死十三話 天の王子
口では言わないが、単純にこいつら俺を犯す気満々ではないか。結局やっていることは淫魔や夢魔たちと同じだ。いくら創造神が人間一匹のために天界を生み出し、女神や天使を使ってその人間に肉体を差し出すなど、そんなことはあってはならないんだ。
「俺はそんなくだらないことで天界に呼ばれたのかっ! 要件はもう終わりだ。早く戻らないと弁当ができなくなる」
女神や天使のくだらない話を直に聞いたせいで時間の無駄であった。弁当や学校の支度をしなくてはならないというのに、この淫女め。遅刻して単位を失ったらどう責任付けてくれるんだ。
「そういう悪態も、素直じゃないのに必死にクールを装うレハベアム様が可愛いです」
「……何を言っても、どうやら俺はお前らに敵わないようだな」
女神や天使に口答えしても、この俺を反抗期と罵る。俺のためにと動いても、俺の気持ちには全く考えてくれないようだな。そういうところはウァサゴにとってもそっくりだ。善で動く連中は相手の気持ちを尊重しない奴らが多いのか。
「話は戻します。いいですか、私たちがなぜここに呼ばせたのか、ここからが本題です」
「ま、まだ話が終わらないのか……」
この俺を連行した真の目的、やっとこさ話されるようだが、はっきり言ってもうどうでもいいことだ。俺はさっさと話せと言ったのに全く話さないのだから、聞く集中力はもう途切れてしまった。
「私たち天界の全住民は、レハベアム様を時にムラムラ、時にヒヤヒヤ、時にメロメロしながら温かく見守ってきてましたが、実はもう一人、心配している人物を見守り続けています」
四六時中、厳重警備体制で俺を見守りという名のストーカー行為で覗かれていたそうだが、俺以外にも一人を見ていたのか。
「なんなら俺の事を永遠に見なくて、全集中力をそいつに注いでくれてもいいのだがな」
「名は、メナリク・モーヴェイツといいます」
「へえ、メナリク・モーヴェイツ。モーヴェイツ……モ、モモモモモモモモモモモモーヴェイツッッッ?!!」
今までの人生の中で全臓器が口から吐き出るほど仰天した。永遠に気絶したまま死んでしまうレベルの驚愕の事実だ。
「お、俺以外にモーヴェイツの奴が魔界にいたのかっ!?」
モーヴェイツ家は代々魔王一族と言われ、脈々と受け継がれてきた血筋に分岐点が生じることがあり、魔王の座を争う親戚もありそうなものだが、それでも魔界で他のモーヴェイツ家の噂は今まで聞いたことがなかったから、モーヴェイツ家は今や俺だけだと思っていた。
「やはり記憶がありませんか。メナリク様があなたの妹だということを」
「い、いもうとおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?! え、俺に妹が存在していたのかっ?!」
親戚ですらない、俺の妹が魔界に存在していたのは驚愕中の驚愕だ。これ以上の驚愕は、仮に魔界に隕石が落ちてきても驚かないであろう。だが一個不自然だ。妹がいたのなら人間が魔界にもう一人実在したという噂があってもおかしくない。少なくともそのような噂があれば、確かではないにせよ俺は会いに行ったぞ。
「その妹とやらはいまどこにいるんだ」
「メナリク・モーヴェイツ様は魔界に居ません。なんと、あなたが目指す人間界にいるのです」
「え、ええええええええええええええええええええええええっ!?……でもそうか。それは俺としても嬉しいものだ」
俺の妹が人間界にいるのか。ならば人間がもう一人実在という噂が聞かないのは納得だ。でも安心した。存在すら記憶にない妹が人間界に居たのならば、俺は安心して魔界で暮らすことができる。
「でも、なぜ妹も見守るんだ? いくら悪魔の矛先が人間界とて、あそこはそこそこ安全な場所だろう」
「確かにメナリク様は、悪魔が比較的に完全に仕切られていない安全な国にいます。しかし、そんな妹君に悪魔の矛先として狙われました。何者かの依頼によって」
「依頼……? そいつは誰だっ! 俺が依頼主を殺してやる」
そこそこ安全な人間界に暮らしている、顔も知らない妹だが、俺の唯一の家族を狙う不届き者を、末代まで呪い殺してやる。
「殺せているのであれば、即、私たちが手を打っています。しかし、天界の技術でもそれが敵わず、天界の目でも姿すら確認ができない謎が多い相手です。名は、ヤロベアム。自らを『歴史を越えた魔王』と名乗っています」
「ヤロベアム……! 暗殺部に手を貸している依頼主」
ヤロベアム。そいつは暗殺部に俺の暗殺を依頼し、尚且つシトリーのバリアー無効化や闇の雨を降らすなど、レメゲトンの第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』で部員たちをサポートしている謎の者。俺が持つレメゲトンと同じものを持つ謎多き魔術師だ。
「ヤロベアムはレハベアム様の暗殺だけならず、メナリク様の拉致も暗殺部に依頼しています」
「拉致? 捕らえる気なのか」
「ええ、どうやらあなた様の妹君で人質を取りたいようです」
「くそ、外道な奴だ」
もし人間界で何かの目的があれば、人間を敢えて殺さず捕らえ、いつでも殺せる状態を相手に見せつけて、自分を有利にさせる方法があり、その方法を人質と呼ぶ。と、ゲーティア高校の教師フルカスが授業で教えていた。ヤロベアムめ、俺に対し人質を取るとは、どこまでも悪魔め。
「で、暗殺部に依頼をしているということは、人間界に進出している悪魔は暗殺部の卒業生ということか?」
「ええ、ゲーティア高校の卒業生です。名はアムドゥスキアス」
メナリクが人間界にいて、暗殺部に拉致の依頼をしているということは、人間界へ行くことが出来、暗殺部のメンバーであることが条件だ。つまり、そいつはゲーティア高校の卒業生で、卒業した今なおも暗殺部のメンバーに数えられている実力者だ。
「しかし、アムドゥスキアスは卒業生でありながら、三年生として在学生徒でもありました。卒業生を在学生徒にできるあのゲーティア高校の制度は、私たちもよく理解していませんが、ゲーティア高校に居たことは確かです」
「なに、じゃあ今からアムドゥスキアスを殺せば……」
「いえ、中退書類を提出し、もう人間界へ進出しています」
「くそ、遅かったか……!」
アムドゥスキアスを止めようにも、俺は卒業生ではないから人間界へ行くことができない。世界の壁のせいで妹の危機なのに助けに行けれないなんて、現実は非常すぎる。
「やはり人間界は危険だ。そうだ、お前たちの力で妹を天界へ連れていくことはできないのか? 俺を無理矢理連行したように」
天使たちは何が何でも俺を捕らえ、天界へ連行する気でいた。その意気ならばメナリクもぜひ天界という安全な世界へ連行してほしい。
「天使が世界へ降臨するには、その地が聖域であることが条件です。人間界は魔法という概念が存在しないため、聖なる力が宿る地も存在しないのです」
だから創造神は魔界に俺のために聖域を創り、ついでに天使たちは安全に魔界に降臨できたのだな。しかしこういう場面を想定できなかったのか、人間界に聖域がないのは痛い。
「じゃあ、拉致を止める手段がないのか……?」
「はい……」
流石の神の女王様も返事を濁らせるほど。俺には卒業証書がなく、天使たちも人間界に降臨できない。おめおめと悪魔にメナリクが拉致されるのを待つことしかできないのか。
「せめてフライングチケットがすぐさま卒業できる代物だったら……!」
フライングチケットは卒業式のみ使える幻の代物で、いますぐ卒業できるわけではない。せめていますぐ卒業できる効果があれば、即使い、俺が人間界へ行き、直々に妹を守れたというのに。
「現時点で、私たちやレハベアム様が人間界に干渉することはできません。しかし、対策はあります」
「対策……?」
アプロディーテーが真剣な眼差しで俺の瞳を見る。俺はその瞳に睨みつき、力強く訴える。
「対策があるなら俺は何でもする。この身を滅ぼそうとも八つ裂きにされようとも焼かれようともだ。なんなら犯されてもいいっ! 対策を教えろっ!」
現時点で何もできないのなら、俺はメナリクを救うため、なんでも対策を行うつもりだ。それがたとえ俺が今まで味わってきた苦痛や恥が、何倍も辛い茨の道であろうともだ。
「あなた様が天界の王子となり、悪魔全てへの対抗勢力、及び将軍になることです」
「天界の……王子?」
「創造神様が生んで下さった宇宙を守るため、私たち天界は、悪の全勢力と雌雄を決す時を待っていました。それが今です。もしあなた様が天界の王子となり、我が軍を率いて偽王国の軍勢に立ち向かい、偽王国を滅ぼせば、今度は魔王となって、王の権限で人間界と魔界を隔てる世界の壁を除去できるかもしれません」
一気に天界と魔界の戦争へ壮大な話になってきたな。それも、俺が魔王となる選択肢がどれほど貴重な悩みなのかが良く分かる。
「偽王国が二世界の間に壁を出しているのか?」
「はい。それであなた様の長年の目的である人間界へ帰ることが出来、メナリク様や人間を守ることができます」
天界の王子として偽王国に戦争をかけ、偽王国を倒す。その後魔王となり、魔王の権限で魔界と人間界の間にある世界の壁を除去。ゲーティア高校を卒業することなく、俺は人間界へ行くことが出来るというわけか。
ならば迷うことはない。俺は喜んで天界の王子となり魔界の魔王になり、悪魔共を殺してやる。全ては妹と人間と、人間界を守るために。
「しかし、この対策は叶うことができません。叶うことができたとしても、もう既にメナリク様は魔界へ拉致されていることでしょう」
「な、なぜだ」
せっかく希望でやる気がムンムンと上がってきたのに、なぜアプロディーテーはやる気を下げる発言をしたのだ。何が原因なのだ。
「あなた様が天界の王子になるためには、儀式による冠の贈呈式が必要不可欠なのです。しかし、肝心の冠は奪われたのです。悪魔によって」
「な、なんだとおおおおおおおおおおお?!」
肝心の冠がなければ俺は天界の王子になれないではないか。何のためにこんな話をしたのだこいつは。
「誰が奪ったっ! 今すぐ取り返してやる」
「名は、カイトロワ・アンリデウス・サンソン」
「アンリデウス……悪魔にしては名前が多いな」
光が差し込む天界に進出し、聖城に侵入して王子の冠を奪うとなると、そのアンリデウスはかなり光の耐性が強いことが分かる。特殊な名にせよ光耐性にせよ、悪魔としてかなり異様な存在だ。
「アンリデウスは、サキュバス専門学校の生徒会長を務めています。冠は生徒会室に置かれています」
「さ、サキュバス専門学校……?!」
ついさっきまで俺が淫魔夢魔に追われていた夢の中に学校があった。あそこに天界の冠が置かれているのか。
「アンリデウスは天界の冠を盗んでナニを企んでいるのかは未だ不明ですが、どのみち取り返えなければならないものです。しかし、サキュバス専門学校は男悪魔の侵入対策として、学校周りは大きな鋼鉄の要塞が設置されています。侵入することは困難であり、もし天使が悪魔だと偽って侵入し、淫魔にバレてしまったら、逃げ道がなく即処刑されます」
淫魔や夢魔たちはどんなに堕落に過ごそうとも食べ過ぎても、決して醜く太ることなく、いつも若く美しくいられる。精子を吸えば尚更だ。そのような美少女が集う学校だ。そんな淫魔たちに興奮する思春期真っ最中な男性生徒は腐るほど多く、サキュバス専門学校にどうにか侵入しようと頑張るわけだが、きちんと対策として鋼鉄の要塞を設置してあるのだな。男性生徒の侵入するという男の夢は儚く終わり、天使が冠を返しに行くこともついでの対策済というわけか。
「入ることも、入ることが出来たとしても地獄というわけか」
「しかし、不幸中の幸いか、レハベアム様は淫魔が大好物な人間であり尚且つイケメン男子です。もしレハベアム様がサキュバス専門学校に入りたいと言えば、淫魔たちは喜んであなた様を向かい入れるでしょう」
悪夢の中でも、淫魔たちは俺を絶対的に犯す凄い執念で追いかけてきた。現実でも俺は色欲の大罪者であるアスモデウスに好かれているほど。確かに受け入れてくれそうだ。どのみち入りたくないが。
「ですが、仮に冠を取り返すことが出来たとしても、学校と要塞から無事脱出できるかはまた別のお話。相手は淫魔です。冠を潔く返してくれたとしても、あなた様を外へは出さないでしょう。サキュバス専門学校の中で性処理奴隷にされます」
性処理奴隷は悪夢の中でもそう言われた。冠を何に使うかは知らないが、魔界に唯一の人間として淫魔たちはみすみす逃がすつもりは毛頭なかろう。
「無事に取り返しに行くのは相当困難です。行けば奴隷として捕らえられ、永遠に日の目を浴びることができなくなるわけですから。それでも取り返しに行く覚悟はありますか? メナリク様や人間界のために。悪を倒すために」
天界の王子になるためには、サキュバス専門学校に侵入し、冠を取り戻す必要がある。戦争や人間界進出の話はその後になるということか。
俺が冠を取りに行っている間も、メナリクを襲う魔の手は刻一刻と迫ってきている。俺が無事に冠を手に入れたとしても、天界の王子として偽王国を滅ぼすのが先か、アムドゥスキアスがメナリクを拉致し、ヤロベアムの手に渡るのが先か。かなり際どい線引きだ。ただでさえ無事に帰れる保証はなく、正直間に合う自信はない。
「どのみち、裏で暗躍しているヤロベアムも心配です。ヤロベアム対策としても、あなたにはぜひ天界の王子になっていただきたいです……!」
天界の目ですらヤロベアムの姿が分からず、俺と同じくレメゲトンを持つ謎の者に対抗すべく、天界も大きな一手として、この俺を天界の王子にさせたいはずだ。女神ですら人間の俺に重圧を掛けるほど。
「どうか、お願いします……!」
アプロディーテーが直々と頭を下げ、深く深くお願いした。
「「「お願い致しますっ!」」」
並ぶ天使たちも一斉に大きく叫び、一礼して頭を下げた。女神や天使、最大にして高貴なる生き物が人間相手に頭を下げるだなんて、俺としても恐れ多すぎて緊張してしまうのだが。
「……俺は、善魔生徒会の役員だ。助けを求めるヒトがいるのなら、喜んでその依頼を引き受ける。それが善魔生徒会の基本的理念、『ヒト助け』だ……!」
シンプルイズベスト。善魔生徒会は困っているヒトやイジメられているヒト、泣いているヒト、助けを求めるヒトの味方だ。女神や天使たちはゲーティア高校の生徒ではないにせよ、善魔生徒会の最終目標は魔界から悪の意思の脱却と平和な世界の実現にある。よって、助けることこそ全てだ。
「レハベアム様……!」
アプロディーテーやミカエル、他の天使たちは頭を上げ、喜びを爆発させたような希望に満ちた表情を浮かべる。
「天界の王子となったら、俺が魔界の魔王になる支援も頼めるか」
「勿論です……! 天界の私たちが何から何まで全て! 私たちとあなた様で魔界に希望の光を差し込みましょう!」
これにて俺が長年抱いていた、卒業証書で人間界へ帰るという目標は更に遠ざかったな。俺は天界の王子として、父にして前魔王ソロモンが用意した覇道を歩み、魔王となって魔界を変える。そして、俺の妹や人間界を救う。
「時間はそんなにない。すぐに俺を魔界へ戻してくれ」
俺が一秒たりとも無駄に過ごすことは、メナリクを襲う魔の手は一秒単位で迫るのを待っていることと同じだ。メナリクを守るため、天界の王子になりたいから冠を手に入れたい。今すぐにサキュバス専門学校に行かねばならない。
「し、しかしレハベアム様」
「なんだ」
「天界の全住民の混浴も必要な儀式です」
アプロディーテーが冗談のように言っていた、天界の全住民が一堂に集まる温泉のことか。総勢三億神の女体と乳で俺を洗うとかほざいていた。
「ふざけんな! 今はお前らに発情している暇はないんだぞ!」
「いいえ、これは避けて通れない道です。ただでさえ魔界の空気は汚染されており、あなたの寿命をドンドン蝕んでいっています。天界の混浴とは、私たちの女体でレハベアム様の肉体を洗うことで、聖なるベールを肌に染みさせることにあります。聖なるベールは魔界の空気を弾き、更に悪魔からの接触を最小限に抑えることができます。サキュバス専門学校に行けば、淫魔たちはあなたの肉体を直に触りまくるでしょう。聖なるベールはあなた様を守る効果であり、場合によっては淫魔たちはあなたに触れなくなります」
「ほ、本当かそれっ!……で、でも……」
ただでさえ見惚れてしまうような美しい女体が三億体、裸になって俺の裸に擦りつけてくるのか。こんな混浴、破廉恥すぎて逆に犯罪だ。
「でも、ではありません……! レハベアム様が仰ったでしょう、時間はそんなにないと……! さあ、すぐに取り掛かりますよ……!」
心なしか、アプロディーテーの表情に紅の照れが染め、楽しみすぎてニヤニヤが止まらないような笑みが溢れ出ている。それとなぜか、アプロディーテーについているニップルシールが中心から濡れている。更に頭から湯気が出ており、太腿も擦り始めた。アプロディーテーの肉体に露でている異常さ、まるでナニかを我慢しているようだ。ミカエルや他の天使も同様で、苦しそうに息が荒く息が白い。なのに皆は己の乳を鷲掴みして揉むのを繰り返し、表情はとてもニヤけている。
「そんな混浴の方が時間がかかるっ! いちいち全員の女体で俺の身体洗っていたらメナリクはさらわれてしまう」
「ご安心を……天界に時間という概念は薄く、天界の一秒は魔界の数百年単位となります。メナリク様がさらわれる時間までには、たああああっぷり時間がかかりますゆえ……! さあ、もう行きましょう……! もう、我慢ができない……!」
するとアプロディーテーが咄嗟に俺の間合いに入り、両手を広げて俺を抱く。
「んっ!?」
爆乳が俺の鼻の上にダイレクトアタックし、押し付けてくる。更に他の天使たちも俺の背後や両肩から次々と抱き、俺の身体全てに女体や爆乳が突かれる。
「わ、分かったから離れてくれ……! あっ、ああああああああああああああああああああ」
淫女密度百パーセントのハグの花とされ、皆からのハグの圧力で、俺の身体が徐々に女体に埋もれていく。更に、俺の顔丸々と爆乳の谷間に挟まれて、完全に呼吸が塞がれた。
「ああ、愛していますレハベアム様……あなた様の今までの辛い孤独の時間を全て、私たちの愛で消してあげますから……」
アプロディーテーの母性のような一言が最後、俺は意識が遠ざかり、眠ってしまった。
このあと滅茶苦茶犯された。とにかく広い温泉の中心にぶち込まれ、裸状態の三億神の女神と百億の女天使に囲まれて混浴した後、泡で包まれた各々の爆乳が俺の素肌を滑り、同時にシゴかれた。悪夢の緊張により悪汗塗れの身体の汚れは全て取り除かれ、幾度となく俺は賢者と化した。
改めて知った。俺は今まで学歴トップの座に君臨していたが、その程度では賢者と呼ぶにはまだ遠いと。賢者の領域は、自らが無我となり、知識の一部になることだということを、身をもって知った。
「無我の領域……また俺は来てしまったのかここに」
いつのまにか気絶していたのか、目を覚ますと、異文化の物が置かれた部屋に居ることに気が付く。そう、魔界の運命を書く謎の作家、カタリキヨ レアの部屋だ。
カタリキヨ レアはいつもの黒い机の前で、ノート型機械についている記号の各ボタンを高速で押し、魔界の運命を書いている。彼女の背を見るのはこれで三度目か。そして、この部屋に来てから、初めて新たな進展が起きた。カタリキヨ レアの両隣に、ノート型機械を前にして同じ動作をしている女性が二人座っていた。
「カタリキヨ レアの仲間か……?」
早速ベッドから降り、カタリキヨ レアの後ろに立つ。後ろからその画面を見ると、実際に俺がサキュバス専門学校に入るシーンが文章として書かれている。レアを挟む二人の女性も、黙々とノート型機械の画面に集中し、高速で各ボタンを押し、画面に文章を打ち込んでいく。レアは勿論の事、他の二人も俺の存在に全く気が付いていない。
「見てみるか」
まずは右に座る、服に様々な剣の柄が描かれた女性が書く画面を見てみる。その文章は、こう書かれていた。
――……私はアマノエクスツルギを振り、能力ムラクモカリバーによって、斬撃の軌跡を変えた。アイクの背に斬撃がワープし、斬撃はアイクの背を斬った。
「……」
だが、アイクは微動にも怯まず、強い眼差しで私の瞳を見詰め、軽く右口角を上げた。
「ワユのことだ。後ろから斬るということは既に分かっていた。だから俺もそうさせてもらった」
「な、なにを!――ぐっ」
突然と背に深々と突き刺さる激痛。背肉に伝わる金属の感触と、アイクの能力で何が起きたのかすぐに理解した。分かっていても、アイクの前にして顔を横に振り向かせ、自分の背を見る。私の背には、背後に何者もいないのに、剣が刺さっていた。
「ムラクモダイトによる剣の無限な生成と遠隔操作、ね」
ムラクモダイトは……――
ワユという視点の主とアイクという敵らしき人物が、剣と能力で戦っているシーンが書かれている。斬撃の軌跡やら剣の生成やら凄くて便利そうな能力だ。
次に左に座っている女性の背の前に立ち、同様に画面を見て、読んでみる。
――……真っ裸で表情が満面紅色のフレイをベッドに押し、フレイはベッドに横たわる。次に私もベッドに寄り、フレイの小さな体を中心に四つん這いになる。私の爆乳がフレイの顔の上でぶらぶらと揺れている。
「もうやめようよスキール……僕、もう恥ずかしいよ」
フレイが恐る恐ると言葉を震わせながら、私の爆乳に注目しながら言うが、視線の先に捕らわれている時点で、フレイの言葉には説得力はもう存在していない。私はフレイを見下ろしながら、徐々に腰や肘を下ろし、爆乳をフレイの顔に迫らせる。
「何言っているのよ。あなたはもう私たちの奴隷なのよ? もう私たちの王子じゃないんだから、楽しみましょ? せめてフレイの前では私から、騎士の重荷を下ろさせて……」
隕石の如く落ちていく爆乳にフレイは怯え……――
読んではいけないシーンを読んでしまった。何やらフレイが奴隷とされて、元王子だと言い、スキールとかいう者は騎士の重荷を下ろさせてと、よく分からない関係をしてイチャイチャしている。
今改めて理解をしたが、カタリキヨ レアや作家の二人は、やはり小説を書いている。今までは、カタリキヨ レアが能力によって魔界の運命を書いていると思っていたが、仲間であろう二人の女性作家は、魔界の運命を書く作家と同席して小説を普通に書いている。それが仲間と共通している能力なのはさておき、このことから一つの推理がされる。
俺がカタリキヨ レアが書く小説を読む限り、俺視点がほとんどだから、どうやら俺が主人公的な位置づけっぽく判断できるが、どういうわけか、俺自身が、俺たちの物語を書くカタリキヨ レアの部屋に時々召喚されている。ならば二人の女性作家も、書いている小説の物語において主人公的な位置づけの者が、この部屋に召喚されているかもしれない。もしかしたら近くにいるかもしれない。
「探してみるか」
この部屋の後ろには扉がある。外を探検して調査する必要がある。
と思った矢先、扉が開かれた。何者かがこの部屋に入ってくる。即座に警戒し、どうせ見えないだろうが念のため身構える。扉がごく自然な形で大きく開けられ、そこから二人の女性が入ってくるとすぐ、女性らが俺を見てパッと驚く。
「あ、ああああああああっ!」
「もしかしてお前もか?」
この謎の部屋にて、初めて俺を見える者と会えた。だが、その二人も服装からして、かなり文化が異なる形姿となっている。
「あなたもこの部屋に召喚されたの?」
まず一人目が、青紫色の長髪をなびかせて黄色のミニ王冠と大きな櫛を二つ、頭上に飾り付けしている女性。オレンジ色のノースリーブスとミニスカートを着て、右腰に和柄な装飾が施された鞘に刀を差している。
「お前、どこの者だ?」
二人目がなんと耳の先端が長く尖っている。神話によれば耳の先端が長いというのは確かエルフと呼ばれている。猪の顔を模した黄金のヘルムを被り、同じく黄金の派手なビキニアーマーを着て、とにかく黄金色と鎧の露出度による主張が激しい、立派な爆乳を携えた女性。右腰に黄金の柄と鞘をした細身の剣を差している。
「ああ。どこの者と言われても答えは迷うが、俺は魔界と呼ばれる世界の人間だ」
この二人からは殺気や敵意は全く感じず、漂う気はむしろ、なんとも言い難いが特別な気を感じる。
「へえそうなんだ! 私はワユ・アースサノ。よろしくね」
頭に二つの装飾品をつけた女性、ワユ・アースサノが明るく元気に名乗り、俺に容易に近づいてきた。シャイな俺は咄嗟に警戒し、左掌を前に出して、ジェスチャーで止まれと示す。
「悪い。俺はシャイな人間で、さりげなく近づこうとする人は苦手なんだ」
魔界暮らしの影響のせいで、悪魔ではないのに、謎の者ではあるものの初対面で気を遣ってしまった。
「ええええそんなあ。まあ、しょうがないね」
そこで止まったワユは、容易に納得してくれたが、威厳さを醸し出すエルフの女騎士は険しい目つきで一歩寄ってきた。そこで右手を俺に差しだし、広げた。
「スキールニリ。セロコック・スキールニリ・ストゥルルソンと言う」
握手を求めているのか。握手ぐらいならシャイな俺でもできる。ワユの接近にノーと示した左手で、差し出された右手を握る。
「レハベアム・モーヴェイツだ」
軽く握手し、すぐさまにスキールニリの手から離し、スキールニリも互いに手を瞬時に引いた。
「握手ができるんなら近づいてもいいじゃんっ!」
ワユも稼働し、握手ができる間合いに入ってきて、右手を俺に出してくる。右手に対し俺も左手で握手する。するとワユは元気に握手しながら自然と腕を振り、強い握手してくる。
「君もここに来てしまったんだね。何の前振りもなく」
ワユは手を離すと、俺の目とアイコンタクトをしながら話しかけてくる。
「その言い方から察するに、あの二人の女性作家との関係性がありそうだな」
アイコンタクトから逃れるついでに、後ろで執筆を続けている作家三人組を見て二人に確認する。
「うん、そうなんだよ。よく分かったね」
やはりそうだったか。俺以外にも、小説から作家の部屋へ召喚された者はいたのか。俺だけだと悩んでいたが、仲間が出来て正直ホッとしている。
「レハベアムという名前は、あの真ん中の作家が使っているノート型機械の画面に書かれていた。物語内の視点がお前のようだったから、やはりお前も私たちと同じタイプのようだな」
「タイプ?」
「うん。なんでもね、あの三人の作家さんが言っていたんだよ。『小説書いているときに守護神のような気配を感じる』タイプの時と、『書いていないときに悪霊みたいな怖い気配を感じる』タイプの時に分かれるって」
「『小説を書いているとき』……確かに、俺が度々この部屋で目を覚ますとき、カタリキヨ レアは小説を書いているな」
一度目はカタリキヨ レアが部屋に入り、椅子に座って小説執筆を始めた。二度目は既に書いているときに。しかも二度目はカタリキヨ レアが小説を書くのを辞めたときに、俺も消えた。
「そうそれっ! 私もツルギガミチ アヤバっていう右に座っている人が小説を書いているときに限って、アヤバの部屋で目が覚めるんだ」
「同感だ。左に座っている作家、名は確かクサムラ アリサとか言っていたか。奴が書いている最中に部屋で起きる」
それぞれの作家が書く小説に出ている名前が、二人の名と一致。斬撃の軌跡を変える能力を持つワユと、フレイという奴隷?王子?を犯そうとしたスキール。もといスキールニリ。俺たちの共通点は、作家が小説を書いているときに目を覚ますことのようだ。カタリキヨ レア、ツルギガミチ アヤバ、クサムラ アリサによる作家の謎はまた一個増えてしまった。
「奇妙な共通点だよねえ私たち。今日初めて会ったのに」
「……奇妙な共通点はまだある。あの三つの小説、第一人称で書かれている俺たちが集まったということだ」
さっき小説を覗いたとき、ワユ視点とスキールニリ視点で小説の物語は展開されていた。当然、レアが書いている小説も俺視点だ。
「確かにそのとおりだ。いわゆる、主人公視点というわけだな」
「えええ、じゃあ私って作品の主人公なのかなあ。えへへへそれはなんか嬉しいな」
「いいや、一概に嬉しいとは言えないぞ。あの作家は小説を書いているが、何かしらの目的があって書いているはずだ。たとえば小説を売るために販売しているとかな」
「販売? じゃあ、私が大活躍しかり大感動しかり大笑いしかり、私の英傑伝が知られるんだねっ!」
「ああそういうことだ。知られたくない事や恥ずかしい秘密さえもな」
そういうとワユは「へ?」とまだ事の重大さを分かっていないのか首を傾げるが、スキールニリは俺が言っていることをすぐに理解したのか、表情が青ざめてしまった。
「……ま、まさか……私の誰にも知られたくない秘密……!」
スキールニリは急いで飛ぶようにクサムラ アリサの真後ろに立ち、スキールニリが第一人称の小説を読む。すると彼女は、
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! ちょ、アリサそれ以上書くのやめなさいっ! 私とフレイのイチャイチャな時間を書くのやめてぇ! お願いよおおおおおっ!!」
さっきまでの威厳や風格がまるで嘘のようにスキールニリが乱れ、慌てて悲鳴の雄叫びを上げる。そうだ。俺もそれ、読んだらまずかったかな、と思っていたのだ。この俺も人のことが言えない哀れな奴だ。女神や女天使たちの女体や爆乳で滅茶苦茶にされたシーンも書かれている。これを読む読者たちに、俺たちの恥ずかしい過去が知られてしまう。
「イチャイチャな時間……? はっ! まさか私とキルロイの時間も書かれているの?!」
ワユも急いでアヤバの真後ろに立ち、
「ねえやめてっ! 書くのやめて! 私の脇をキルロイに舐めさせる日課書くの超やめてっ!」
彼女の耳元で大きく叫ぶ叫ぶ。が、アリサにアヤバはまるで声そのものが気が付いていないように、黙々と二人の秘密を暴露していく。
「……まあ、俺も知られたくない多くの秘密をレアに書かれている。気持ちは十分にわかるぞ」
何気にこの二人、エロという意味で性癖がかなり特殊でヤバいが、俺は女神や女天使、淫魔夢魔、アスモデウスに、ナイスバディ共に犯されたから、読者に読まされるのはプライバシーの侵害だ。
「いいか、よく聞け二人とも」
スキールニリとワユは俺に振り向き、その表情は恥ずかしさと悲しみ、怒り、色々な感情が融合してカオスなことになっている。
「なんでお前はそんなに冷静でいられる……」
「俺はお前らのような変な性癖持っていないからだ」
「ドストレートっ! レハベアムだって爆乳女神に爆乳天使に犯されたくせにっ!」
「それも含め、いいから聞け。この時点で俺たちが作家たちにどんな呼びかけをしても何の反応一つも見せやしない。なんとなく守護神のような気配がするだけだ。読者に暴かれる秘密も諦めろ。問題なのはだ、作家たちが俺たちの運命を書くせいで、書いた文章がそのまま現実になっているということだ」
カタリキヨ レアは俺視点を中心に物語を書き、元の世界に戻ると書いた文章がありのまま現実と化す。それはおそらくワユやスキールニリも同じ経験をしていることだろう。静かにうなずき、共感してくれたところで次を話す。
「それはつまり、運命は変えられないんだ。俺たちの呼びかけが聞こえていないのでは、作家たちは自分が思うままに文章で俺たちを自由自在に書く。お前らや俺が自ら取った行動も全て、作家の都合に過ぎなかった。過酷な運命や辛い運命も全て、偶然ではなく、台本に書かれた必然だったということだ」
運命を書く、ということはその場その場の出来事や俺たちの人生の分岐点だって、何から何まで作家が用意していた台本に従って俺たちは知らず知らずのうちに動いている。動かされている。
「だが、逆に書いてくれないと俺たちは、運命のその先へ進むことが出来ない。俺には魔界で成すべきことがある。だから俺はカタリキヨ レアにここから先の物語を書いてもらわないといけないんだ」
小説の登場人物がこうして現れた以上、もはや彼女らはただの作家ではない。レアたち作家の真の目的は未だ不明ではあるが、俺はレアが書く小説の中で、魔界や人間界で助けを求める声が複数上がっている。それが作家が用意した運命であってもだ。
「……そうだね。私がいる世界も、この私を必要としてくれる人がいる。キルロイや民が。だからアヤバさんにはこれからも書いてくれないとね……」
「言われるまで全く気が付かなったが、レハベアムの言う通りだ。私も世界樹でやらなければならないことがある。守るべきものを守るために」
「どうやら俺たちは趣味や使命が合うらしい」
予め台本に用意された運命であろうとも、俺やこの二人は、作家が創った舞台で守るものを守るために戦う。
「うんそうだねっ!」
「念のためワユにも言っていたことを言うが、クサムラ アリサの一言曰く、あの女性作家二人以外にも、もう二人の男の作家仲間がいるらしい。名など詳細は語らなかったが、仲間という関係性がある以上、その小説の、第一人称を演じる者もこの謎の世界に召喚されているかもしれない」
「つまり、あと二人が謎の世界に……」
「その二人もいつか会えるといいね」
「……いいや、必ず会うだろう。俺たちは本来、出会うはずがなかった、作品すら異なる世界の住民だ。作家の本当の企みもそうだが、出会うはずがなかった俺たちを会わせた、真の運命を操作する奴がいる気がする」
作品同士が融合するようないわゆるコラボでもしない限り、作品の壁を越えて俺がワユやスキールニリが居た舞台に降り立つどころか、出会うことすらありえなかった。なのに、謎の世界の作家の部屋で目覚め、作家の作品の登場人物同士が出会ってしまった。ありえない出会いをありえさせたこの運命を操作している、真の黒幕がいるはず。
二人は俺の意見に固唾を飲む。
「出会うはずがなかった俺たちと、これから会わせる予定が運命として用意されているだろう。この部屋に召喚される度に厳重な注意をしていこう」
「うん、わかった」
「ああ」
『あああ疲れた』
とそのとき、カタリキヨ レアの一言が空間に響き渡り、俺たちにもそのマヌケな声が筒抜けになっていることを気が付かず、ノート型機械を閉ざした。
「どうやら俺はここまでらしい。次会う時はよろしく」
カタリキヨ レアが『小説書いているときに守護神のような気配を感じる』タイプの時を終わらせ、俺は元の世界へ目覚めることが確定した。
「うん、またねっ!」
「レハベアムが来るまでに、我々もこちらから色々調べておこう」
「ああ、頼む」
すると俺の身体は消失していき、瞼も強制的に閉じられた。元の世界へ、カタリキヨ レアが書く小説の世界へ戻っていった。
レハベアムは魔王の覇道を歩むことを決意し、偽王国を滅ぼすため天界の王子になる道を選びました。これからレハベアムの活躍を見ていただけたらとんでもなく嬉しいです




