三十九話 真実と事実
右足で床に着地した瞬間、体内が揺れ始め、肉片は落ち、崩れ始めた。心臓が止まり、ようやく一体目のケルベロスは死んだか。では、まずはここから脱出しなくてはな。
ダーインスレイヴに流し込んだ血を俺の体内に戻し、床に寝ているグラシャの元に走り、その体を右腕で抱く。
「さて、ここからどう出ればいいか」
体内から出る方法ときたら、口から吐いてもらうかダイとして出るかだが、その二択はどうしても勘弁過ぎる。とすると無理矢理肉の壁を貫くしかなさそうだ。この恐怖感、改めて、ダイに生まれ変わる直前のカイムの気持ちが分かる気がする。
そのとき、右方向に肉の壁が崩れ始めた。そして風がいまこの体内に流れてきた。壁が崩壊したことで外に繋がった。
「よし、あそこから出よう」
と喜んだの束の間。
「ギャルルル……」
ケルベロスの体内に、生きているケルベロスの顔一つが突っ込み、せっかくできた希望の出口が塞がれた。
「オーマイゴッド……おいおい、死体の中にわざわざ顔を突っ込む犬が他にいるか」
そこまでして俺を食いたいのかこの犬め。左方向の壁も崩れたが、当然か、外から体内へケルベロスの顔一つ突っ込み、体内にいる俺を食おうとしてきた。
「挟み撃ちってわけか。だがまあ、逆に追い詰められたのはお前たちだ」
ダーインスレイヴを床に刺し、左手にレメゲトンを召喚し、第四部を詠唱。
「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」
レメゲトンから七十二枚の紙が分離し、紙ドクロになったところで左右に三十六枚向かせ、顔に睨めっこさせる。そして一斉に口を開け、レーザーを放った。三十六本のレーザーは体内に突っ込んだケルベロスの顔に直撃した。ケルベロスはひとさまに顔を引っ込み、左右の壁に今度こそ出口が開かれた。レメゲトンを消し、ダーインスレイヴを持って、右の出口へ右脚だけで突っ走った。再び出口が塞がれる前に。そして出口付近で跳び、思い切って外に出た。下にから地下空間の床があり、およそ五秒後に着地。勢いで前転するも床にしっかり右足底で踏み、華麗に着地に成功した。
「危機一髪だったな」
まだ地下空間だが、改めて俺はまだ生きていると実感できるこの空気。汚染された埃被った空気だが、体内の空気よりは遥かにマシだ。
後ろを振り向くと何気にこのケルベロス。死体のまま四足で立っている。心臓は切り刻み、左右から肉を抉られたというのに、なかなかのバランスだ。
「はあ、とりあえず、最後の最後まで頑張りますかな」
まだ残念なことにケルベロスはまだ二体居る。しかも俺はいま救出対象のグラシャまで抱えている。そのうえ俺の残り少ない体力と魔力。左脚はなく、右脚一本で器用に立ち回らなければならない。正直これ以上ないっていうぐらい勝機は薄い。グラシャは相当弱り切っている。一早くフェニックスに診せなくてはならないというのに。
俺が体内から出た途端、行く手を塞ぐようにケルベロス二体が俺を挟む。
「……何が何でも、俺は死ぬわけにはいかない。たとえ、一歩下がったら死へ突き落される場面でもな」
こればかりはもう、本気の死ぬ気で戦うしかあるまい。俺が死ぬつもりもグラシャを死なせるつもりもない。早々に決着をつけてやる。
「ギャアアグルルルルルル……」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアガアアアアアアアアアアア!」
二体のケルベロスが俺に威嚇。そんなに俺に敵討ちがしたいかこいつらは。だが、俺は死なない。決してだ。
「来いっ!」
俺の声に応じて、ケルベロス二体、俺に向かって走り出した。
「待てっ!」
っとそのとき、謎の者が叫んだ。それにケルベロス二体は応じ、座り込んだ。襲い掛かる直前に座り込ませるとは、これはつまりケルベロスの飼い主か。
「ああら、私の代わりに愛犬を遊んでくれたの。嬉しいわあ」
死体ケルベロスの背にブネが立ち、上から俺を見下してきた。俺も目をブネに向け、睨んだ。
「随分と躾がなっていないようだから一匹殺した。悪いがこの二匹も俺の手で始末させてもらう」
「その右脚一本でグラシャを抱えつつ、残り少ない魔力で? アンタ頭良いっていう噂あるのに、意外と現実を見ない大馬鹿なのねえ」
「これが人間の底力ってやつだ。お前のような悪魔にはない力だ」
もっとも、俺にそんな力を発揮できる体力は残っていないが。
「ああ、火事場の馬鹿力っていう意味と同じでしょ。馬鹿力の『馬鹿』って言葉がまんまあなたに刺さっているわよねえ。馬鹿で無駄なあがきはやめて、さっさと食われなさい」
俺を挟むケルベロス二体は口から涎を垂らす。俺は最大限殺気を放ち、俺からも威嚇する。
「っと、言いたいところだけど……今回ばかりは流石に引かざるを得ないわね」
「え、え、な、なに?」
ここでブネがまさかの降参宣言をする。気を張り詰める俺から、ついマヌケな一言が零れた。
「正直このままあなたを追い詰めたいけど、人間の底力ってやつを侮るのは意外と賢い行いではない。もし瀕死なあなたがその力を発動させて、私の飼物が殺されちゃったら、元の子もない。それにケルベロスは再生を繰り返し過ぎて生命力が危うい。挙句、媒体であるグラシャ=ラボラスまでも奪われては、倒される確率はどう考えても高い。よって、損するのは私の方」
分析を踏まえて、敗北は可能性から避ける慎重な判断だ。仮に俺がブネの立場だったら、俺もそうするであろう。
「一旦、ケルベロス二体をもう一度手術して、完全に回復させてからあなたを餌にさせてもらう」
「流石は念には念を入れる慎重なタイプだ。だからと言って、俺がそのまま逃がすと思うのか?」
「追えるものならね。あなたは闇だけど、私たちの部長はなんと……光を操るのよ?」
「光?」
暗殺部の部長がここにいるのか。しかも、邪悪な部活のトップが光を操るとはとても考えられない。悪魔が光属性を使えるのは善魔のみだ。それもかなり高潔な精神を持つグラシャやウァサゴに限られてくる。
ブネの隣に上から何者から落ちてきた。死体の背に着地し、その者は黒いゲーティア制服を着て、髪色は白い。白は悪魔が嫌う色だ。とことん異色な情報が俺の脳に集う。
「君がレハベアムだな。僕はアンドロマリウス。暗殺部の部長だ」
「アンドロマリウス……!」
セーレが部長の名前をアンドロマリウスと言っていた。まさか部長自らその顔を俺に見せるとは。
「僕の部員が大変失礼した。まさか外道な真似をしていたとは、これでは部長の顔が丸潰れだ。今後はブネの行いに注意しつつ、厳正な処罰を下すと約束する」
アンドロマリウスは俺に一礼し、すぐにその瞳を俺に向けた。
「お、おおう……」
ヒトを殺してなんぼの暗殺部の部長というのだから、口調や性格も相当イカれた奴だと思い込んでいたが、なんとも口調は丁寧で姿勢も正しいから、イメージがひっくり返された。正直悪魔らしさが全く当たらない。あの瞳、とても輝きがある。あまり穢れた様子はない。
「はあっ? ねえちょっとやめて。私はただ生物兵器を造っていただけよ」
「ブネ。お前は手術を強制する際、手術される側の涙を見たことがあるか?」
「うるさいわね。あの人間と同じことを言うのやめなさい」
どうやら部員と一見優しそうな雰囲気を醸し出す部長は仲が悪いようだが、どうせ部長アンドロマリウスも裏の顔はとことん外道に塗れた醜い表情を浮かべているのであろう。でなければカイムやブネといった、一癖二癖もある危ない部員を締まりきれまい。
アンドロマリウスは終始無表情で俺を見下ろす。
「厳正な処罰を部長が下すのか。信用する価値が悪魔にあるというのか?」
「生憎、契約の箱は持ってきていないから厳正な処罰は証明できない。だが信じてくれ。ブネは必ずや部室で重い罰を受けさせる」
契約の箱はないから証明できない。その発言でどのみち信用する価値はないのだが、一方ブネの反応はというと。
「ねえアンドロ、本気でやめて。なぜ手術をしただけで私が罰を受けないといけないの」
ブネが途轍もなく嫌がっている。抗議して肩を叩いている。あの表情をよく覗く限り、とても嘘ではない。心の底から嫌がっている。あるいは、高度な演技で俺を騙す茶番をやっているのか。どのみち悪魔の言うことは信用できない。
「いいから、ブネを寄こせ。善魔生徒会室で罰を下す」
「悪いが、僕の仲間に手出しはさせない」
俺を挟むケルベロス二体が後退し、翼を生やした。ブネとアンドロマリウスはそれぞれケルベロスの背に乗り移った。
「逃げる気かっ!」
その瞬間、俺の右肩に焼けるような痛みが襲った。右肩を見ると、右肩に一つの貫通された小さな穴があり、血が溢れ出てきた。
「こ、これは……いつ右肩に傷を負った?」
左手で傷穴を塞ぐ。ここで光というパワーワードを思い出す。アンドロマリウスは光を操るという。光はとてつもなく速い。咄嗟にアンドロマリウスを睨み付けると、右手の人差し指に小さな光の弾が溜められていた。
「悪いが追わせはさせない。それに君も相当な疲労だろう。一旦ここは休戦だ」
「ふざけるなっ!」
とそのとき、右脚が震え、力が急激に抜けた。俺は前へ倒れてしまい、グラシャを床に叩きつけてしまう。
「言った側から。ほら、聖水だ」
アンドロマリウスはポケットから聖水の小瓶を取り出し、俺に向けてそっと投げた。小瓶は俺の頭上で割れ、聖水が頭から浸透してくる。すると魔力が徐々に回復していく。貰った回復で立ち上がるが、ケルベロスは翼を羽ばたかせた。この地から立ち去るつもりだ。
「ではレハベアム。またいつか会おう。そのときは人間界と魔界の……平和の在り方について、ゆっくり語りたいものだ」
「平和の……在り方……」
ケルベロス二体はそのまま地下通路へ進み、大穴から飛んで行った。
本当は第三部を詠唱しようと思ったが、なぜか読む気が失せてしまった。逃がすつもりはなかった。第三部なら追尾、追撃もできたはずなのに、読む気が消えてしまった。分からない。なぜ逃がしたのかを。
いやそれ以前に、暗殺部の部長アンドロマリウスの口から、『人間界と魔界の平和の在り方』と出た。ヒトを殺すことが目的であるヒットマンチームがなぜ、平和の在り方を語るのだろうか。しかも部長は善魔しか持てない光を持つ。善魔は真に気高き高潔な精神を持つことで、光を放つことができる悪魔のことだ。あのウァサゴでさえ、心臓に秘める程度の光しか放てない。ヒトを殺める部活のトップが、善魔だというのか。
「……考えるだけ無駄な事か……」
グラシャ救出はできたものの、ブネを逃がしてしまい、挙句ケルベロス二体も逃がして、回復の機会を作られてしまった。更にアンドロマリウスは光速の弾を放つ、善魔にしか成しえない光属性の持ち主。善魔生徒会と暗殺部の戦争はここから更に激しくなりそうだ。
「……最後の最後まで、裁きを下すことはできなかったか……」
今は俺の無力感に嘆いているが、悔しむ暇はない。より鍛錬に励まなくてはならない。
「……正直、かなり疲れた……ここからあっちまで歩くのは……きついな……ヴァプラに運んでもらおう……」
こればかりは癪ではあるが、ヴァプラに救出をお願いざるを得ない。生徒手帳を取り出し、ヴァプラの名前を押す。生徒手帳は微動に震え、左耳に当てる。送信はすぐにキャッチされすぐに繋がった。
「レハ後輩っ! おおおおおレハ後輩からの電話だっ! おおおおおおおおおおおお無事であったか!」
「喧しい……悪いが、俺を運んでくれ。疲れて、そのうえ左脚がないから歩きにくいんだ。グラシャもかなり危ない。大至急、救出を頼む」
「な、なんだってええええええええええええええっ!? よし分かった。場所は?」
「アモンのアジトの地下一階だ。崩壊しているが、地面に大穴があるから、そこから入ってこい」
「了解した。今行くっ!」
ピッ、と電話が切れた。ここで俺は床に倒れ、完全に脱力する。正直、立つのもきついんだ。
「……はあ、今日は最悪な日、だったな……」
少し眠くなっていき、瞼が重くなっていく。少しずつ睡魔が襲うようになり、もう楽になりたいという欲に支配され、睡魔の赴くままに寝ることにした。
『ううむ、こうも戦闘シーンばっか続くと、やはり読者は飽きてしまうのかしら。いや、絶対そうね。読んでて分かるもん。正直面白くない』
いつぞやに聞いたことのある女性の言葉が耳に入ってくる。
瞼を開けると、真っ先に映った光景はコンクリートのヒビが多い地下の天井ではなく、完全室内の天井だ。上半身を起こすと、俺はこいつの物と見受けるベッドに寝ており、辺りを見渡すと、この部屋に女性の人間、名はカタリキヨ レアとか名乗っていたか、謎の者が居り、黒い机に置かれてあるノート型機械と向かって喋っていた。
「ここは……また来てしまったのか俺は」
ウァサゴ犬の危険場面に突然このような謎の夢を見て、そして今再び。今度はたまたま眠くなって寝始めたら、再度見てしまったか。
『でも、そうねえ。レハベアムは強すぎる分、こうして敗北も必要だしねえ。よし、ここからは面白メインにして書いていこうかな』
するとカタリキヨ レアは合計十本の指を使って、機械についている様々な記号が載ったボタンを高速で打つ。
ベッドから降り、カタリキヨ レアの後ろに回り、ノート型機械の画面を見る。どうせカタリキヨ レアは俺の姿や声を全く見えないし聞こえもしないのだ。この機械に打ち込まれた文章を見て、これから起きる運命を見させてもらう。上の文章は、俺がさっき寝たところでストップしている。
「……って、おい……いくら面白メインに書くとはいえ、俺の口からなぞかけを言わすな」
どんな文章が書かれているかは教えないが、この女性め、今後起きる運命に、俺の口からなぞかけを言わせて善魔たちを笑わせるつもりだ。俺にそんな恥ずかしい真似をさせないでくれ。
「っ!?……そ、そうか……本当にあいつ、下したのか……」
どうやらこの文章は俺視点だけでなく、第三者視点、つまり俺や善魔生徒会以外の者たちのシーン、俺たちが知ることのない全く別の者のシーンも書かれている。
俺が寝たシーンから、物凄い文章の列があっという間に作られ、そして最後の最後に『完』と付けた。この『完』とは、物語の終わりの意味なのだろうか。魔界の小説文化とは異なるから分からない。
『ふうう、さてと。ようやく鷹獅子護衛編書き終えたああああ。あとはハーレム編ね』
画面がついた方をボタンが並ぶ盤に下ろし、ノート型機械を閉ざした。カタリキヨ レアは背筋を伸ばし、眼鏡を外して机に置いた。そして椅子から立ち上がり、俺の体をすり抜けてベッドにダイブする。
「……なんだか、他人の私生活を覗き込むような感覚だな……」
そもそもなぜ俺はこの部屋に来てしまったのだろう。本当に変な夢だが、あの機械に打ち込まれた文章は、これから起きる運命と化す。一言に変なでは済まない、真に謎の夢だ。一見してこの女性が魔界の運命を司る神なのか、運命を操る能力者系の人間なのか。やはりとても分からないものだ。
『……他の皆、どうしているんだろうな。もう今頃書き終えているんだろうか……』
そして瞼を下ろして、そのまま寝た。
「寝るの早いな……」
やれやれと思いながら、なんとなく瞼が痒くなり、人差し指の肘で、瞼を閉ざして擦る。
擦り終え、瞼を開けると、一気に景色が変わり、また別の天井が視界に映った。
(……戻った……?)
どうやら俺があの部屋で瞼を開けるだけで、この世界へ戻れるらしい。というとやはりあの部屋は夢なのだろうか。だが、夢にしては出来過ぎた運命だ。なぜ俺は、魔界の運命を書く謎の者の部屋へ行けるのだろう。いったい何の運命がそうさせる。運命の操作があまりにも不自然だ。
平和の在り方を語る暗殺部の部長、俺と同じレメゲトンを持つ暗殺部の協力者、魔界の運命を書く作家。この件で大きな三者と出会ってしまった。今度とも俺の運命に大きく左右する謎の三者だ。これからも俺を襲うだろう。気を引き締めて前へ進まなくては。
「ここは……」
なんだか倒れて目覚める度にいつも鼻を襲う薬品臭。目覚める度に映るいつもの天井。上半身を起こすと、黒いベッドで寝ていて、黒いカーテンに覆われている。ここは保健室だな。
二度あることは三度ある。きっとこのカーテンの先には、あの魔女が椅子に座り込み、俺が起き上がるのを待っているのだろう。だが、何気に俺の身体中には包帯が巻かれていて、傷口も塞がっており、潰れた左脚が復活している。フェニックスが手当してくれたのは間違いない。つまりあの魔女が俺を看護する手間もないはず。だからいないということを祈り、ベッドから降り、カーテンを恐る恐る開ける。
カーテンを開けたその先の正面には机があり椅子があり、スタイルの良い女性が座っていた。
「……またお前か」
その後ろ姿でつい一言が零れる。すると椅子を半回転させ、魔女が怪しく色々しい瞳で俺を見詰めた。
「はぁぁい。保健室で物理的保健体育を企むサキュバス、アスモデウスでぇぇす」
死闘の末、俺も力尽き倒れると、保健室で俺を看護してくる、自称俺の彼女。アスモデウスだ。サキュバスゆえ人間の精子が好きらしく、いつかは俺を犯して精子をふんだんに奪い、殺すつもりらしい。
ふと右手の小指を見る。小指の第一関節には、薄透明な赤い糸が現れ、アスモデウスの小指と繋がっている。
「毎回看護はありがたいのだが、できるなら俺はフェニックスがいい」
フェニックスは俺が唯一許せる善魔だ。そのうえ限りない回復力で俺の傷を癒してくれる同級生。性格も打ち解けやすいし、フェニックスなら俺も仲良くできる奴だ。
「はぁい、呼んだ?」
隣の黒いカーテンが突然と開けられ、なんとフェニックスが隠れていた。
「うお、フェ、フェニ。居たのなら俺の隣で居てくれ」
「えへへ、ごめんごめん」
フェニックスが微笑みながら謝る。
「いやね、ヴァプラがあなたたちを運んでくれたんだけどね、この学校についたとき、アスモデウスさんが駆け付けてくれて、手当を手伝うって言ってくれたんだよ」
「なるほど……」
「流石にフェニちゃんほどの回復魔法は持ち合わせていないけど、あなたの看護は譲れないからね」
ダイナミック理解。アスモデウスの俺に対する看護意欲は高いのは俺も十分に知ってる。前に百六十センチの爆乳に埋もれたが、あのときの身体の火照りや香りはまさに女の性欲そのものだった。
「しかし、人見知りなお前がよく、アスモデウスから手当を手伝うことを承諾したな」
「実はアスモデウスさんと席が隣なんだ。で勉強が分からないとき、教えてくれるんだから仲良いんだ」
「それは今更知ったな」
前にフェニックスの護衛で、フェニックスが所属する一年A組の中に紙ドクロを配置させたが、まさかフェニックスの隣がアスモデウスだったとは。正直全く気がつかなかった。
「まさか、この上品な女体を持つこの私が、下品な犬に成り下がったのはびっくりしたよ。どの雄犬にも性器差しだすからね」
「そうか。お前も被害者なのだな」
あの時に居た生徒や教師は全てブネのバーゲストによって黒犬になり下がった。アスモデウスもそのうちの一人の被害者か。
「ええ、そのあとは気絶していたけど、燃える学校の中で目覚めた。いやあびっくりしたねえ。まさか黒犬の次は、学校が大火事になっているとは。しかも炎が熱くない上に、次々と皆の傷口が塞がれていった。あれはまさに奇跡だったね」
黒犬騒動後、フェニックスは調理室から油を上から学校に振りかけ、回復の炎で引火させて一気に学校ごと燃やした。回復の炎自体全く熱くなく、むしろ燃やされた者は如何なる傷も再生される。今までに断たれた手や脚もフェニックスが全て一から再生してくれた。本当に俺の命の恩人だ。
「フェニ。大きく魔力を使っただろう。本当にありがとう。俺だけならず、皆の命を救った。お前は俺から見ても本当に誇らしい存在だ」
するとフェニックスは表情を赤く染め、あわわと言葉が慌てる。
「い、いいえいえいえいええいえいえいえいえいえそんなことっ! い、いきなり褒めないでくださいよお……照れるじゃないですか」
とにもかくにも、今回は善魔生徒会メンバー全員が眩い活躍してくれた。善魔の名に恥じない活躍だったと思う。今回の騒動の中、救った善魔生徒会の活躍で、悪魔はどう思うのだろうか。命の恩人と讃えてくれるか、善魔に救われた恥の汚点を悔やむか。
「ねえレハぁ。私も看護したんだしぃ、たっくさん私も褒めてよお」
なお俺限定の看護で称えを求める魔女は、いくら止むを得ない状況だろうと黒犬となって善魔生徒会に牙をむいたので、活躍どころか足を引っ張る対象に。
「そ、それよりもレハ。今回の騒動で一番心身深い傷を負ったのが……」
一変して悲しい表情を浮かべたフェニックスは、自分が隠れたカーテンを横に引くと、そこの黒いベッドにはグラシャが寝ていた。
「グラシャ……!」
急いでグラシャの元へ寄る。フェニックスがカーテンの内側に隠れていたのは、グラシャに寄り添って見守っていたからか。
グラシャは瞼を開け、弱った瞳で俺を見た。
「レハベアムさん……」
グラシャの顔や手がやや青く、その手を掴む。すると俺の手に伝わるその低い体温で、むしろ俺の体温すら冷めてしまわないか、というほど。血脈の振動も弱い。
「おいグラシャ……なんでそんなに弱っているんだ……」
彼女も回復の炎を受けたはずだから、肉体の傷は全くない。なのにこの弱りようはいったいなんだ。
「グラシャさんね、回復したのにとっても元気がないの。なぜ元気がないのか、私にもよく分からなくて……」
フェニックスもグラシャの弱体に理由が不明。なぜだかフェニックスもそんなに元気さがなく、落ち込んでいる。
「ねえ、なにか心当たりはない?」
「心当たり……まさか、ケルベロス……!」
「「ケ、ケルベロスっ!?」」
二人してケルベロスの名に驚く。
「え、どういうことなのレハ。なぜケルベロスの名前が……?」
「今回の騒動の犯人はブネという、暗殺部の部員が仕業で、しかも奴はグラシャ=ラボラスを手術した。そしてグラシャ=ラボラスをケルベロスにさせたんだ」
「た、他人を犬にさせておいて、グラシャさんらもケルベロスにさせたのっ?! なんて酷い奴なの!」
「しかも、ケルベロスは分裂と再生を繰り返し、致命傷を負わせても切断面から肉を生成し、生命力を大幅に使った」
最初は一匹だった。だが二頭と一頭に分かれ、そして新たに頭を生成。肉体が崩れても、肉体を生成し、再生力を使えば使うほど総合的な生命力は減っていった。
「だ、だから、グラシャさんは弱っているのね……肉体は完全に回復しても、細胞と生命に力がないんだ……」
「フェニ。お前の肉体はどうなっている。完全な不死身の構造だろう。だがグラシャ=ラボラスは一方的に手術され、奴の思うままに細胞や本能を弄られて、こうして凄まじい分裂と再生力を得た。このままグラシャ=ラボラスはどうなる?」
「私の場合は不死身だから、いくら細胞が元気なくても心臓が消えても生きていられる。でもグラシャ=ラボラスさんは不死身の血を得たわけではない。だからいくら細胞分裂を繰り返しても、いつかは再生力に限界がつき、生命力は減っていく。つまり、僅かに残った再生力でなんとか生き耐えているって感じ」
「やはりそうだったか……」
俺の思う通りだった。もし仮に不死身の血を持ったケルベロスだったら、分裂と再生を無限に繰り返す、まさに最強にして最凶のモンスターになるところであった。
「やはりって、どういうこと?」
「……いいか、よく聞けフェニックス。恐らく暗殺部はもう一度お前を狙ってくるだろう」
「え、えええええええええええええええええええええええええっ?! な、なんで?」
「分裂体のケルベロスはまだ二匹残っている。暗殺部の飼育の元にな」
「え、ええええまだケルベロスは居るの?」
「しかも、さっきも言った通り、ケルベロスは分裂と再生を繰り返す。そこに不死身の血が加わるとどうなる?」
言った途端、フェニックスは鳥肌して(鳥だけに)、俺の言葉の意味を理解した。
「絶えない生命力で分裂し放題……。不死身ケルベロス軍団が出来上がってしまう……」
「だからカイムはお前を狙い、不死身の血を得ようとして、ブネは犬の身体を持つラボラスを狙ったんだ……」
カイムやブネは計画無しでフェニックスやラボラスを狙ったわけではない、ということか。一早く計画を知るべきだったか。
「ザッツライト。流石レハベアムね」
引き戸から声がした。廊下側から引き戸が引かれると、そこにウァサゴとヴァプラ、シトリ-、そしてセーレが居た。
「ザッツライト、とはどういうことだ」
一旦グラシャの手をベッドに置き、セーレに向かって歩み迫る。今回の裏切り者であるセーレを睨み付ける。そこにウァサゴが間に入り、口を開く。
「まあまあレハ。まさかセーレを怒らせるとは私もびっくりしたわね」
「ウァサゴ。念の為言っておくが、セーレは裏切り者だ。暗殺部のスパイとして善魔生徒会に忍び込んだ」
一応、仲間として命は助けてやったが、それでも善魔生徒会を裏切った事実は揺らぐことはない。セーレには処罰を下すしかあるまい。
「と思うじゃん?」
ここでウァサゴが謎に変な疑問形一言を口から零す。
「なに?」
「暗殺部のスパイ? いいえそれは違う。セーレはきちんとした善魔生徒会の部員で、むしろセーレは暗殺部に忍び込んでくれたのよ」
「……な、なななななにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
ここで俺はセーレの言葉を思い出す。『ふっ、アンタが私を救う? やれるものならやってみなさい。どうせ失敗するのは目に見えているけどね』『……予言するわ。その約束は必ず達成できない、とね』と。俺がセーレを暗殺部の関係性から救ってやると言ってやったというのに、セーレは頑なにできないと言い張った。それらから導き出される答えは、セーレは暗殺部所属のスパイを演じつつ、その逆に本当は善魔生徒会所属のスパイだった。こっち側のスパイだから、忍び込んだとはいえ端から暗殺部との関係性は存在しない。だからできないと言い張ったのか。
セーレはふふうんとやや誇らしげに口角を上げ、小馬鹿にしたような表情で見つめてくる。
「だ、だか待て。セーレ、なぜお前は俺に攻撃してきた。俺を殺すつもりだったぞ」
「ああら忘れたかしら。私は怒ると海も荒くなる。あなたは私を怒らせた。だから怒りの感情はあなたを襲った」
「それ以前の話だ。怒る前に三叉槍を出して襲ってきた。あれはなぜだ……あっ。だからお前の槍術は……」
「まるで本当に私の槍術が完全に甘いみたいな言い方やめてくれる? ちょっとイラってきたから」
セーレがブチ切れする前、三叉槍で俺を襲ってきたが、当初セーレの槍術は俺にとっては実に容易く受けきれるものであった。あれは手加減していたからか。
「流石の私も、味方であるあなたを本気で殺しに行かないわよ。後々あの場で詳細を話すつもりでいたのに、アンタときたら私を挑発しまくるし、人間で下級生のくせに生意気なこと言うしねえ。挙句あなたが私を殺す勢いで突き刺して……あれ本気で痛かったんだから」
セーレが俺を殺す演技の勢いが逆に、俺が返り討ちする勢いとなり、セーレに激怒の荒波を引き起こしたというわけか。
「まあいい。今回は水に流してあげるわ。聖水を持っていたのも、アンタに渡すつもりで持っていた。全てはウァサゴとの密約な計画なのよ」
「密約な計画って、それじゃあお前ら二人だけの計画で、俺ら仲間を欺いたのか」
そう言いながらウァサゴ生徒会長へ睨みを効かす。
「ごめんね。なぜ秘密にしていたかというと、なるべくセーレが暗殺部に忍び込んでるってことを僅かな可能性すら隠したかったの。こっちにはお喋りな仲間がいるしね」
「「「ダイナミック理解」」」
俺、フェニックス、シトリーがヴァプラを見ながら頷いた。十分すぎるほど説得のいく説明であった。
「……お、俺の事かっ! でへへへぇ」
自覚があるとはいえ、右手で自分の頭を撫でながら照れるなお前。ぶっ飛ばすぞ。
「……で、話は戻すけど、なんでザッツライトなのかというと、レハベアムの言う通り、暗殺部は不死身の血を狙って、魔物を無限大に造る計画を実行しているからよ。それが私の調査結果」
俺の予想通り、暗殺部は不死身の血を未だに狙っている。カイムのダーインスレイヴはいわゆる注射器のようなもので、まずカイムが不死鳥となって、そこから不死身の血を量産。そこからブネが造った飼物に不死身の血を注入し、無限に分裂と再生を繰り返せる魔物を自動量産する、という計画か。
「だからブネは逃げたのか」
部長アンドロマリウスが出てまで、ブネを引かせたのがよく分かる。暗殺部の目的のために、ブネは必要なのだ。だからあと一歩のところでブネは引いた。
「だからいいフェニ? あなたは最っ大っ限、善魔生徒会の仲間と一緒に居なさい。単独行動は許されない。あなたの甘い行動一つで人間界と魔界は大きく揺れ動くのよ」
セーレがフェニにプレッシャーを掛け、圧力をかける。
「プ、プレッシャー……うう、わ、わかりました」
固唾を飲み、圧力に屈しながらも気を引き締めるフェニ。ということはもう一度フェニを護衛することになるということだな。フェニックスの軽率な行動で二世界の運命が分かれるというのは、俺としてもそれはかなり避けたい。
「セーレ、忍び込んでくれたその情報で、一つ聞きたいことがある。部長のアンドロマリウスについてだ」
「なに?」
「アンドロマリウスは俺に、『人間界と魔界の平和の在り方』を語りたいと言った。そして奴は、指先から光を放ったんだ。光を持つということは、奴は善魔なんだ。奴はいったい何者なんだ」
不死身の魔物を量産することが目的の暗殺部だが、肝心のその部長であるアンドロマリウスは、その目的と反して二世界の平和の在り方を俺に問い、そして光の弾を放った。組織の目的と彼の性格がどう見ても異なりすぎている。光を放つことが出来る善魔が行う目的ではない。
「それがね、私にも分からなかった。アンドロマリウスは薄らと私の存在に気が付いたのか、アンドロマリウスに近寄ることができなかった」
「スパイの存在に気づき、怪しいセーレの接近を前もって防いだということか。奴め」
アンドロマリウスも可能性から避けていく慎重なタイプの持ち主か。
「でも、カイムやブネはこう言っていたわ。『部長は優しい』と。そして『何を考えているのか分からない』とね」
「三年生すら部長の思惑を知らないのか」
尚更謎が深まるばかり。アンドロマリウスの真の目的とは如何に。
「え、暗殺部の部長って優しい性格なんですか? さっきレハさんが善魔とか言っていましたが……」
シトリーがセーレに質問する。当然、我々善魔としては敵対する部活の部長が優しいというのは聞いて耳を疑うものだ。
「ええ、顔は信頼する三年生にしか出さないけど、一年生から二年生の部員全ての名前と顔は把握しているし、部員を労われと言うらしいわ。授業にもきちっと出ろとも言うし、勉強について分からないところがあれば、彼は顔は出さないものの教えるとも言っていた。凄いのは、花も労われとも言うほど」
「めちゃめちゃ優しいですやんアンドロマリウス先輩……」
全員一致の驚きの表情。しかしウァサゴのみがやや考え事でもしているのか、左手を絞めて自分の顎に乗せて目線を下に向けている。何か意味深な表情だ。
「ウァサゴ、ちなみにアンドロマリウスの顔は知っているのか?」
問いてみると、ウァサゴは表情を濁らせて応じる。
「い、いや、彼のことは知らない」
「……?」
なぜウァサゴは、アンドロマリウスのことを男だと知っているのだろう。明らかに何か怪しい。が、今は質問攻めする時ではない。
「私からは以上。一応言っておくけど、善魔生徒会のことは何一つ話していないわ。本当のような嘘しか言っていない。例えばヴァプラは実は真面目で切れ者。真の実力は隠しているから侮ってはいけないよとかね」
「セーレ先輩っ! そんな立派な事実を嘘にしないでくださいよおっ!」
「とても事実に見えないんだが」
「とても真面目に見えないんだが」
「とても切れ者に見えないんだが」
「とても真の実力者に見えないんだが」
俺、フェニックス、シトリー、ウァサゴの順でヴァプラを最大限にイジる。とはいえ、そんな嘘をついてくれたことで、暗殺部は容易にヴァプラ共々近寄る勇気は薄れたはずだ。少なくとも信じる敵部員はいるであろう。
「そんなぁっ!?」
『フェニックス』
●性格:自虐的で臆病な性格で基本逃げ腰な善魔。しかし仲間と一緒に居ると急に勇敢になる(要は群れだとイキりだすタイプ)。感情は特に素直に表し、喜怒哀楽が分かりやすい。
●経歴:不死鳥の化身者として生まれるが、不死身の血を求めて暗殺部に狙われるようになり、追われる日々のストレスにより精神が不安定に。結果、巨大な不死鳥に化身し暴走。ちょうど時を同じくして、レハベアムのゴミ(ビキニ)山の処理で燃やしていたところ、不死鳥は火の山にダイブし、気持ちを落ち着かせようとするが、それに至らずレハベアムを襲う。
その後、フェニックスは元のヒト型に戻り、善魔生徒会に助けを求める。フェニックス暗殺の主犯者カイムの撃破は成功し、フェニックスは善魔生徒会の入会を希望。唯一のヒーラーで味方の傷を癒す。
●年齢と誕生日:十五歳、十二月三日(十二=ふじ 三=み)
●趣味:空を飛ぶこと。火や炎を吸い取る。特に火の山にダイブすること(あああヌクヌクして温かいんじゃあ^~)
●大好きなもの:鳥肉料理
●大嫌いなもの:暗殺部、雨、己の低身長でこの私をロリ扱いする奴。
●何か一言を:「『不死身、不老不死……フフフ……なんとかパワーっ!』ってセリフをいつか言いたい。だけどこの私にそのなんとかパワーがないから、何かしらの能力がほしい。あそうだ、ウァサゴ先輩の修行の元で時の力を会得しようかなっ! 再生力に時止めって、もう最強じゃんっ! よおし頑張るぞっ!」
~三日後~
「ウァサゴ先輩の筋トレヤバすぎるよ……なんで小指の突きで大地割ろうとするんです……」




