三十八話 魔王の生命力と魔獣の命
「これで、第二部の詠唱ができるな」
そのとき、囮役の紙ベアムから俺の脳内に連絡が来た。脳内に紙ベアムの視野が映り、背後に飛ぶケルベロスを見た。
「……え、な、なんでだ……」
ケルベロスの姿が異様におかしい部分が追加されていた。ケルベロスは三頭から二頭へ、その内一頭を俺に追尾させ、今ここに仕留めた。残る二頭は、そのまま空を飛んでいるはずだ。だが、二頭から三頭へ増えている。
「なぜ頭が増えている……は、ま、まさか……」
ケルベロスの頭は二頭から三頭へ元に戻っているのだ。ここで咄嗟に嫌な予感がし、その最悪なイメージが脳裏に映る。仕留めたケルベロスへ注目する。輝きを失せた瞳に、今一度眼光が復活し、立ち上がった。
「頭が増えているに加え、脳天を貫かれても生きる再生能力……とすると、あのケルベロスは……!」
首の両端に、黒い濁った泡が噴き出た。泡は棒状に重なり、棒の先端に泡が複数、丸状に丸まる。本体の首を挟む黒い泡のタワー。そして泡が次々と破裂し、泡に隠れるモノが姿を現した。
「グググギャアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ガルルルルル……」
脳天を貫かれた頭の左右の隣に、新たな首と頭が再生された。今俺の前に威嚇するケルベロスの頭の数は、一頭から三頭だ。俺の脳裏に映った最悪のイメージが、こともあろうか現実と化してしまった。
「そのまさかか……ということは今ケルベロスは二体居るっていうことかっ!」
囮を引いたケルベロスと、俺の前にいるケルベロス。その肉体は今この世に二つ。頭の数は合計六つだ。
「細胞分裂……DNAは不気味ぞ」
圧倒的な再生能力と生命力を持つケルベロス。仮にケルベロスを真っ二つに裂いたら、互いの切断面から肉体が再生され、一つから二つへ身体が再生される。そうなればケルベロスは増えていく。偽王国の被害は無尽蔵だ。
「いや待てよ……カイムは不死身になり、手から身体が再生されたが、ケルベロスは不死身の血を吸ったわけではない。不死身の血は再生能力が無尽蔵。対してケルベロスは再生能力に限界があるはず。不死身なわけではない!」
そもそも自然的な不死身の原理は、老いた身体は経験や知識を若い細胞に移し、外に離す。老いた身体は時間を置いて亡くなるが、いわゆるDNAを引き継いだ若い細胞は若い身体を作り、その繰り返しで不死身は論理的には成立される。つまり、死んでいるのに、別の身体が生きているのだ。だが、時代を越えるほどの長い期間、細胞分裂を繰り返せば、当然、細胞自身再生能力も減っていく。再生能力が無くなれば、細胞分裂はできなくなる。つまり、不死身は不死身でなくなる。それが不死身の仕組み。結果的に言えば、自然的な不死身はよほどの再生能力がない限り、存在しない。逆に存在していれば悪魔類は苦労はしていないだ。
フェニックスのような完全ファンタジックな不死身はこれに該当しない。あの身体は老うことを知らないから。細胞分裂を必要としない完全なる不死身の身体だ。対してケルベロスの再生能力は自然的な不死身の原理に近いものがある。異常に再生能力が高いから、身体ごと細胞分裂が可能で、部位を生やすこともでき、脳天を貫かれても生きている。だが、再生能力に限界があるはず。更にあの図体だ。再生能力は一気に使う。
「体を再生したんだ。生命力は一気に削れたはず……! 今のケルベロスは相当弱っているはずだ」
ケルベロスは俺に向かって走り出したが、さっきまでの走力とは比べ物にならないぐらい遅い。とはいえ疲労が全く無い元気な走りだが、確実に身体能力は減っている。やはり再生能力の大幅消費が、生命力や身体能力に大きく影響している。
「勝機はある。確実に生命力を削れば倒れてくれるはずだ」
俺も間合いを詰めてくるケルベロスに向かって走り出す。互いに間合いが重なり、ケルベロスは三つの口で俺を同時に嚙もうとしてきた。俺は床にスライディングし、三つの顎を通り過ぎ、懐に入る。立ち上がり、筋肉に覆われた腹に向かって跳び、ダーインスレイヴで突き刺す。
「お前の血にリンクしてやる。少々グロいが、覚悟してくれ……!」
ダーインスレイヴの剣身はケルベロスの血管を突き、剣先は流血に触れた。ここでダーインスレイヴの能力、血を瞬時に固める能力を使い、血管に流れる血を全て固めた。流血が全て止まり、心臓は停止。ケルベロスは今動けなくなった。
「ブラッドニードル」
更に、硬まった血の形状を変える能力を発揮し、血管全てに硬まる血を針に変え、血管を内側から突かせる。血管から肉へ針は一気に伸び、血の針は外へ出た。ケルベロスは体内から血の針が放出され、針山と化した。
「ギュアガガ……」
「所詮、ダイアモンドも叩けば砕ける。三度目の正直だ……!」
内側から血を硬めたことで行動を完全停止。ダーインスレイヴを腹に刺したまま、手を放し、着地したところで今のうちに第五部を開き、詠唱だ。
「憎き大天使ミカエルよ。 光で死した死者の祈りを聞きたまえ。我の願いを叶い、滅びたまえ」
左手に赤い魔力が煮え、もう一度跳び、この手で腹に殴る。既に殺害歴も探知し、衝撃波は瞬時に発動。黒き衝撃波は肉体に激震する。硬いということは脆い。骨は勿論、硬めた血や血の針ごと砕き、爆風で肉片もろともバラバラに飛び散る。
「細切れになった……ということはすなわち、復活するわけだな」
細切れとなった肉片から泡が噴き出し、肉を再生。新たなに肉体を形成していく。複数バラけた肉片が、あっという間に小さな黒犬と化し、更に頭もそれぞれ三頭になった。小型ケルベロスの群れに俺は今囲まれている。
「細切れになってもケルベロスの群れを作るとは、まだ再生能力に余裕があるのか」
この状況、小型ケルベロスの群れを作らせたのは非常にまずい。小さくさせたことでかえって小回りが効くようになり、数も多い。魔術書を詠む暇は無さそうだ。このダーインスレイヴ一本が頼りだ。
「ギュガアアアアアアアアアアアアアッ!」
ケルベロスが一斉に俺に襲い掛かってきた。正面から第一匹目が跳び、口を開けて鋭い牙で俺を嚙もうとしてきた。跳び込みに俺はダーインスレイヴを右へ薙ぎ払い。剣身はケルベロスの口を斬り、頬から首、胴体へ裂く。第二匹目、第三匹目、第四匹目も正面から襲い、牙や爪を剥き出しにして、跳び込んでくる。右薙ぎした剣身を返し左薙ぎ、更に剣先から血で作った鉄の剣身を出し、三匹まとめて叩き斬る。血の剣身をダーインスレイヴに引き、態勢を立て直す。次に第五匹目は俺の右方向から間合いを詰めてくる。対する俺は右へレメゲトンごと魔術書を投げ、レメゲトンは真ん中の顔に衝突。まさか投げてくるとは思わなかったのか、犬の反射神経に似合わずマヌケにも魔術書は顔面に当たった。その勢いでケルベロスは後ろに飛び、同時に生命力を根こそぎ奪う。レメゲトンも空中から衝突後落下するが、俺は右に走り、ダーインスレイヴでレメゲトンを串刺ししてキャッチ。第六匹目は俺の左側から襲い掛かってくるが、ダーインスレイヴを振るい、レメゲトンの角を頬にぶつけ、生命力を奪う。同時に斬る。第七匹目、第八匹目は俺の背後から跳び込み、牙を出して襲ってくる。対して俺は、右腕の血流を硬め、背後に振り向き、硬めた腕で第七匹目の左頬を叩く。左の顔はやや驚いた表情のまま頬は歪んだが、真ん中と右の顔が俺の腕を噛みつき、肉を抉る。しかし牙は鉄の血を貫くことはできず、噛みつきは浅い。第八匹目も俺の顔へ迫り、口を大きく開けてくるが、腕に噛みつくケルベロスを第八匹目の身体にぶつける。二匹は体が衝突し合い、一瞬だけ怯んだ隙にダーインスレイヴで右薙ぎ。その一閃で横に並んだ顔六つを切り裂く。次に、第九匹目、第十匹目が正面から向かってきた。俺はダーインスレイヴを真上に差し、思いっきり振り下ろす。空を切る斬撃ではなく、剣身に刺しているレメゲトンを真っ二つに裂く。裂いた魔術書を瞬間的に右手、左足で殴り蹴り、かっ飛ばす。正面から向かってくるケルベロス二匹の顔面に裂いたレメゲトンが衝突し、二匹とも無気力に倒れる。床にレメゲトンが落ちるも、魔法陣の中に消え、俺の右手に復活した状態で戻ってきた。
「さて、いよいよ頃合いか」
斬ったことでダーインスレイヴに十分な血の補充に加え、レメゲトン当てで生命力を奪った。そろそろまとめて葬ろう。
床にダーインスレイヴを刺し、剣身から八方向血を全て流す。俺を中心に血は波紋状に広がり、上方向に血の壁が建てられ、血のドームを造る。鉄の小さな要塞で、外側が何をするのか視野が閉じられて分からないが、詠唱する環境この上ない。周囲の外側から血の壁を引っ掻く音がするが、まったく動じない。さて、これで第五部を詠唱できる。
「憎き大天使ミカエルよ。 光で死した死者の祈りを聞きたまえ。我の願いを叶い、滅びたまえ」
赤い魔力が煮えた左手をコンクリートの床に置き、この地下に眠る死者の怨念を作動させる。呼び起こすことで床に亀裂が発生し、血のドームの外側へ広がっていく。
「ここは地下だ。オペラはかなり響くぞ……!」
亀裂から死者の雄叫びが発生し、ケルベロスの鼓膜を木端微塵に破壊していく。同時にケルベロスの精神もズタズタに狂わせ、死の絶大な恐怖を植え付ける。雄叫びが鳴り止み、血のドームをダーインスレイヴに戻すと、ケルベロスの群れは部分破壊と精神崩壊で倒れ、あわよくば死を齎した。
「さて、これでケルベロスの生命力を半分削ったな」
三頭から一頭へ、一頭から三頭へ再生、更に小型の群れをし、再生能力がやっとこさ途切れた。ケルベロスの総合生命力の半分はここで倒れてくれた。
「……少しだけ、休ませてくれ……」
ダーインスレイヴを床に刺し、腰を下ろして重心を傾ける。ほんの少しの休憩だ。
ケルベロスの生命力に随分と踊らされ、魔力も大きく消費したことで疲労がどっと来る。しかし、ケルベロスはまだ生きている。囮に引いてくれた空を飛ぶケルベロスが。
ここでレメゲトンに様子が起きた。囮の紙ベアムに使った紙がレメゲトンに自動再生された。これは、紙ベアムが倒され、戦闘不能になりレメゲトンに還ったということだ。ということはつまり、囮はケルベロスによって倒されてしまった。
「……第二部の詠唱は、今するしかないな……」
二頭から三頭へ、再生能力をほんの少し使ったケルベロスの体力と、俺の残りの魔力と体力、とても勝負にならないが、第二部を起こすほどの魔力は残っている。だが直にケルベロスはここへやってくる。第二部の詠唱は時間がかかる分、今詠唱しなくては勝機は薄い。
地下空間の奥に突然の爆風が発生した。ほぼ同時に獣の咆哮が地下空間に強く響き渡る。
「うっ、早速来たか……」
地下空間の奥に、空からケルベロスがやってきた。六つの紅の眼光が遠く俺を鋭く睨んでいる。もう早速来たのでは、第二部の詠唱は間に合わない。もうこうなったらヤケクソだ。正面から倒す。
「……負けるわけにはいかない。何としてでも、ケルベロスとブネを倒すんだ……!」
ダーインスレイヴを引き抜き、腰を上げる。第二部を諦めてレメゲトンの第三部を開き、集中力を一気に脳に集める。
「人間界のためにも、俺はまだ死ぬわけにはいかない。守るため、無事に帰るため、平和を取り戻すため……俺の命は全て運命に掛かっているんだっ!」
ケルベロスは俺へ全速力で走り出した。一気に間合いを詰めて倒すつもりだな。ならば俺は近寄らせまいと第三部を詠唱する。
対するケルベロスの身体に何か様子が起きた。右肩と左肩に亀裂が発生し、その身体は三つに斬れた。右足のみで走る右胴体の犬、左足で走る左胴体の犬、脚を持たない真ん中の犬にだ。
「三つに分裂……まさかとは思うが分身するつもりか……?」
案の定、それぞれの切断面から泡が噴き出され、肉を形成。あっという間に肉体は作られ、三頭で一身のケルベロスが、一頭一身の巨大な黒犬三匹へ分裂した。
「数の暴力で攻めるつもりか……」
いや、それだけではなかった。それぞれ三匹の両肩から泡がタワー状に噴き出し、首と顔も作られた。三匹の犬に三頭が。横に並べば合計九つの頭が揃い、ケルベロスが三匹俺に向かってきた。
「……散々、絶望は味わってきた。だが、絶望如きで俺は負けられないんだ!」
神話の魔獣ケルベロスが三匹とも俺に襲い掛かってくるこの絶望に、俺が慄いて立ち止まり、死を受け入れるわけにはいかない。何が何でも運命を乗り越えるしか俺が生きる道、他になし。
三匹ともケルベロスが俺の間合いにほぼ同時に入る。右のケルベロスの真ん中の頭が先に俺へ嚙もうとしてきた。俺は一歩床を蹴り、後退し噛みつきを避けるが、左のケルベロスの右の顔が首を伸ばし、後退した俺へ頭突き。
「グファア……!」
頭突きの勢いで真後ろにかっ飛ばされ、背を瓦礫にぶつける。更に追い打ちは続き、真ん中のケルベロスの真ん中の顔が俺に迫り、大口を開けて、瓦礫ごと俺を食べようとしてきた。牙が俺の頭上に差した。すぐさまにダーインスレイヴの剣身を頭上に構え、鋭い牙を剣身で受け止め、噛み砕こうとする顎の筋力は俺の脚力で耐える。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ……!!!」
噛まれないように歯の上で必死に抵抗する俺に対して、真ん中の顔もフルに筋力を使い、力尽くで嚙もうとする。その圧倒的な顎の力に、俺の集中力と体力が一気に削れた。一瞬でも俺の力を抜くと、あっという間に牙と歯に潰れてペンチになりそうだ。顎の力に俺の筋力で巻き返すことはとてもできなさそうだ。
更に、左右の顔が歯の上で耐える俺に向けて口を開き、濁水と雷の魔法弾を溜め始めた。左右のケルベロスも合計六つの口を開け、濁水、炎、雷の魔法弾を溜め、今動けない俺へ魔法弾の集中砲火の狙い目にされている。
「ま、まずい……!」
全ての魔法弾を喰らえば無事に済まない。しかし力を抜けば歯と歯に押しつぶされ、食べられてしまう。
「ええい……こうなったら……!」
噛まれる覚悟で一瞬だけ力を抜き、身を口腔へ委ね、魔法弾の集中砲火から逃れる。ほぼ同時に力の対抗の均衡が崩れ、牙は歯に下された。だが、回避が間に合わず、俺の左脚は噛まれてしまい、無残にもペンチとなった。
「グアアアアアアアアアアアアアアッ……!」
痛烈かつ激痛の電気的な信号が俺の体全土に激走する。肉は勿論、神経や骨も完璧に粉々と化した。口は牙と歯を開け、更に俺の潰れた左脚を嚙もうとする。再び噛まれる前にダーインスレイヴで左脚を斬り裂き、部位を離し、歯の麓に落ちた。
「ひ、酷い奴だ……」
牙は下され、何度も俺の左脚を噛み、その度にぺっしゃんこと引きちぎりを繰り返す。
「そんなに俺の脚が美味しいか……!」
次に喉から逆風が発生し、その突風に体が浮き、胃袋へ吸い込まれていく。
「う、うあああああああああああああああ……!」
再び犬の胃袋に入るのか俺は。喉を通過し、食道へ突入される。胃袋の中は胃酸だ。容易く溶かされてしまう。食道に転がりながらレメゲトンの第四部を開き、詠唱する。
「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」
ダーインスレイヴの柄を口で握り、空けた左手に闇塊を創る。その直前に食道を通過し、胃袋に転げ落ちる。その間に闇塊を胃酸の湖へ投げ、塊から闇水へ形状変化させ、胃酸の表面に浮かせる。闇水の表面は床と変化し、俺の体は闇床に叩きつけられる。
「いてて……また犬の胃袋か……」
巨大ウァサゴ犬の胃袋、そしてケルベロスの胃袋。今日で二回も犬の胃袋に入るとは、はっきり言って運が悪い程度の悪運ではない。最悪だ。とりあえず立ち上がり、銜えたダーインスレイヴの柄を左手で握る。
「さて、この悪運を活かそうか。せっかく来てしまったんだ。心臓をズタズタにしてやる」
体内に入ってしまったからには、心臓を貫いて倒す。その方が一番手っ取り早くケルベロスを始末することができる。
食道入口から向かい先に通路がある。その先へ歩き、中に入る。その空間の奥には、鼓動を繰り返す臓器、心臓が天井から一本の血管で吊るされている。ウァサゴ犬と似た体内構造だ。だが、あの時と違って、心臓にはグラシャ=ラボラスが取り込まれていない。
「まさか、こんな汚い所に客人とはな……」
心臓から女性の声がした。上を見上げると、血管に吊るされる心臓の上には、白い患者服を着たグラシャ=ラボラスが座っていた。
「お前はラボラスだな」
ケルベロスの人格を持っているのはラボラス。今グラシャは獣の衝動の中に封印され、あの身体にしまわれているのか。
「せっかくの客人。丁重なおもてなしをしなくちゃねえ……」
「おもてなし? なんだ、茶でも出してくれるのか? 間違ってもがん細胞塗れの液体は出してくれるなよ」
「ああら、そんな生易しいものではないわ。ケルベロスの体液茶を出そうと思っていたけど」
「……いつまでこんな話を続ける気だ。俺は時間稼ぎのつもりでこんな茶番をしに来たのではない。ケルベロスを一刻も早くどうにかしないと偽王国も危ないんだ」
暴れるケルベロスが三匹。再生能力をふんだんに使い、これ以上体力も残っていないだろうが、尽きるまでに暴れてもらっては偽王国も崩壊するレベルだ。
「だから、この心臓をその剣で突きたいわけ? でもいいのかしら。ケルベロスはグラシャ=ラボラスと一心同体。二つの身体のようでいて、一つなのよ。もっとも、ケルベロスは複数分かれているけどね」
ラボラスが心臓の上から跳び、床に着地した。そのとき、ラボラスの背には一本の血管が上方向へ続き、その血管が心臓に繋がっている。天井に吊るされているのは間違いで、心臓とラボラスは一本の血管で繋がっている。
「もしケルベロスの心臓を突けば、グラシャ=ラボラスも死ぬ。お前にとってラボラスは死んでいい存在なのかもしれない。でもグラシャも殺す勇気が、人間にあるのか?」
「なるほどな……」
ケルベロスを殺すには、媒体であるグラシャ=ラボラスを殺すということになるのか。今回の事件において一番の被害者はグラシャだ。ラボラスやケルベロスは死ぬべき存在で、これらの原因の元となったブネは大罪者だ。だからグラシャが死ぬことは許されない。
「……ラボラス。お前は一つ大きなことを勘違いしている」
「勘違い?」
「その勇気の勘違いだ。はっきり言ってグラシャを殺す勇気はない。この件で一番の被害者はグラシャだ。だが、俺には人間界を守るという宿命がある。グラシャと人間界の命を比べれば、当然選ぶ方はただ一つ。俺の行動には勇気なんてものは必要ないんだ。あるのは、宿命を全うする俺の命だ……!」
人間界を守るという宿命がある限り、俺の命を全て捧げるつもりだ。俺が魔界で戦ったということは人間界に知られることはない。守ったということも。しかしそんなことはどうでもいい。人間界を血で汚す悪魔共を倒すのが、俺の使命だ。人間界には今なお悪魔に苦しむ者が多数存在する。この二世界でもっとも多くの涙を流してきたのは人間界の方だ。
右手に魔法陣を出し、レメゲトンを魔法陣の中に預け、魔術書もろとも魔法陣を消す。空けた右手を握りしめ、ダーインスレイヴの剣先をラボラスに向け、左に一閃。
「殺される覚悟に悪魔にあるのか、この剣で確かめてやる」
ラボラスに向かって走り、間合いを詰める。対するラボラスは牙と爪を出して、俺を待ち構えた。
「来いっ!」
俺の間合いがラボラスに重なり、ダーインスレイヴを右へ薙ぎ払い。対するラボラスは一歩後退し斬撃を避ける。次に一歩前進し左薙ぎ。だがラボラスは跳んで、俺の背後に着地する。
「殺される覚悟? それはお前のことじゃないのか?」
身体ごと後ろへ振り向いたとき、俺の頭上に一本の血管が輪となり、そのまま俺の首へ落ちた。
「しまっ……!」
時はすでに遅く、血管は俺の首を絞めた。ラボラスは背に連なる血管を両手で引っ張り、更に俺の首を絞めてくる。喉が塞がれ、息ができない。
「アハハハハ、残念だったな。さあ選べ。お前が死ぬか、その剣で血管を絶ち、私たちを殺すか!」
ケルベロスの心臓とグラシャ=ラボラスを繋げるこの一本の血管。今その血管は俺の首を絞めている。さて、俺が諦めて死ねば、ケルベロスは死ぬまで止まらず、ブネもそのうち人間界へ行き、殺戮を繰り返す。俺がこの剣で血管を絶てば、このケルベロスとラボラスは止まるが、グラシャも命が途絶えてしまう。その代わり俺が生き、人間界を守ることが出来る。
「選ぶまでもないな……!」
当然、俺は生きる道を選ぶ。俺は人間界の多くの命を守るために生きる。
「だが、『お前たち』が死ぬのではなく、『お前』が死ぬ、の間違いだっ!」
「は? 何を言っているんだお前は。このまま死んでしまええっ!」
握りしめた右手を血管の上に差し、更に力を入れる。すると右掌の中で何かが割れ、透明な液体が血管の表面にしたり落ちる。その直後、血管は蒸発し、煙が出る。
「……つっ! あ、ああああああああああああああ……! な、なんだこれは……!」
蒸発する血管の痛覚がラボラスに届き、苦しんでいる。
「聖水だ」
「せい、すい……だと……?」
セーレが貰った聖なる水だ。レメゲトンを消し、空けた右手の中に予め聖水の小瓶を隠していた。全てはこのときのために。俺を絞める血管は緩くなり、輪から外れた。
「あ、ぐあああああああああああああああああああ……!」
血管はあっという間に蒸発し、途切れた。ラボラスに続く血管はドミノ倒しのように先端から溶け進んでいく。その間ラボラスは電撃のように隙間なく聖水の効果に苦しんでいる。そして、外に出る血管は全て溶けたそのとき、ラボラスの身体から光が飛び出てきた。
「こ、この光は……!」
「レ、レハ……ベアム……さん……」
俺の名前にさん付けし、尚且つこの光を発するのは、ラボラスではありえない。とするとこの人格はグラシャだ。
「グラシャ……!」
聖水は悪魔を溶かすほどの凄まじい力を持つが、グラシャは光を操るほど心優しい性格の持ち主。ラボラスに聖水は効いたが、グラシャには効いていない。聖水による体の溶け方が止まっているのがその証拠だ。グラシャまで右脚一本で走り寄り、グラシャはぐったりと倒れてしまった。彼女の元へしゃがみ、俺の膝枕にグラシャの頭を乗せる。
「あ、ありがとう……ございます……レハ……さん」
「今は喋るな。体力を使うぞ」
ただでさえ媒体であるグラシャ=ラボラスの生命力をふんだんに使ったのだ。これ以上というぐらいグラシャに生命力は残っていない。
「は、はい……では、お言葉にあま……」
そのままグラシャは瞼を閉じ、眠った。僅かだが呼吸はしている。辛うじて生きているが、相当弱っている。いち早くフェニックスに診せてもらわなければならない。
一方、心臓にも聖水が浸透し、臓器全体が聖水に覆われた。聖水の光で心臓が溶けていき、同時に黒い霧が溢れ出てくる。
「……グラシャがどれだけ苦しんだか、俺の怒りを味わえ」
グラシャの頭を床にそっと置き、立ち上がる。聖水に溶けゆく心臓に睨みつける。ダーインスレイヴの剣身に、俺に流れる魔王の血を送り、剣身に充満させる。
「煮えたぎる魔王の血を喰らえ……!」
今までは悪魔や魔物を斬り、その際に血を採取して血に含まれる鉄分を利用してきたが、今度は俺に流れる代々魔王王家、モーヴェイツ家の血で叩き斬る。
心臓に向かって走り、間合いを詰めて、思いっきり跳ぶ。間合いが重なったところで、ダーインスレイヴを右斜め下へ振るう。
「ブラッドブレイクッ!」
振るうと同時に魔王の血も刃と化し、二つの刃で心臓を斬る。左上から右下へ斬り下ろし、身体を縦軸にして右に一回転。再び左から今度は水平斬り。しっかりと刃で心臓を斬り、斬った勢いでもう一度身体を回転し、更に左下から右上へ斬り上げる。
左から左へと回転の勢いを利用して三連撃。血と剣の斬撃で計六傷のダメージだ。斬り捨て御免の勢いで心臓を斬り上げ、ぶっ飛ばす。そして心臓は壁に当たり、思いっきり破裂した。
「……言っとくが、この怒りはまだ序盤。全て思い知らせるのはブネ。貴様だあああああああああああっ!」
所詮、ラボラスもブネに手術された被害者。加害者はブネ。この怒りをぶちかますべきはブネだ。
『シトリー』
●性格:臆病者で、怖い人に話しかけると返事次第では驚き、最悪気を失うほど。非常にか弱く、とにかく弱々しい。そのため悪魔、特に男性からからかわれやすく、性的暴力の狙いの的。ちなみに逃げ足は強い。
だが、任務に対する使命感は高く、その時のシトリーの行動力も同時に高い。ウァサゴに関する事は全てシトリーが自らの行動で動き、ウァサゴに害するものを取り除こうとする。だから、怖くても立ち向かう勇気は誰よりも高い。
●経歴:高校でイジメられていたところをウァサゴに救出され、ウァサゴの姿勢に導かれ、彼女のもとで動くようになる。
以上。
(↑えっ! もっと語るところあるじゃないですかっ! もっと書いてくださいよおおお)
(シトリーに関する○○編があれば経歴追加するかも?)
(私がメインの編作ってください……! (涙))
●年齢と誕生日:十六歳(高校二年生なのに一年生の人間にため口されて悔しい)一月十一日(足せば十二。とある一覧表を参照)
●趣味:ウァサゴ先輩の覗き見、ウァサゴ先輩の写真集閲覧、ウァサゴ先輩のフィギュア作成、ウァサゴ先輩用の下着作成、寝ている間にウァサゴ先輩の肉体舐め回し、ウァサゴ先輩の……
●大好きなもの:ウァサゴ先輩の全て。なにからナニまで全てが愛してやまない。ウァサゴ先輩を傷つける奴は絶対に許さない……もし傷つけたら、空間バリアーでぺちゃんこに潰してやるんだから……ウへ、ウヘヘヘヘヘッヘヘッヘッヘヘヘッヘエヘ
●大嫌いなもの:悪魔(特にウァサゴ先輩の悪口を言う奴)、男
●何か一言を:十七話 予感 にて、シトリーのとある一言
「ウァサゴ先輩と暮らせるなんて私幸せです……!(ウァ、ウァサゴ先輩と一緒に寝れるなんて……グヘ、グヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!)」




