三十七話 魔獣
五秒ぐらい落ちただろうか、重力に従って落ちて五秒とは、短い時のはずなのに落ちている間長く感じた。だが、グラシャが俺に助けを求めている時間に比べれば、それはそれは比べようのないこと。長いこと縛り続けられたグラシャを助ける時がやっときた。
着地し、先を見る。俺の視野に入ったのは、台の上に乗せられた血塗れの黒いベッド。そこで寝ていたのは白い患者服を着たグラシャだ。
「グラシャっ!」
ベッドの隣にはカートがあり、その上に様々な形をしたメスが置かれ、刃には血が染みている。上には六個の大きな蝋燭が吊らされ、手術中でも灯りで見えるよう工夫されてある。
「よくここまで来れたわね。人間」
ベッドを越えた奥の暗い廊下からブネが現れた。俺は咄嗟にダーインスレイヴの柄を強く握りしめ、レメゲトンの第四部を開けた。戦闘態勢に入り、殺気を放つ。
「……セーレは裏切った。そこまではまあどうだっていい。問題なのはそう、私がこれまで造った可愛い可愛い飼物を殺し……更に我らが副部長までも殺し、一気に不幸が舞い降りたわね」
「必然だ。お前たち暗殺部はそれほど重い罪を背負っている」
「必然?罪? ねえあなたは本当に魔界で生活してきたの? この魔界において、『殺す』が正義で、『殺される』が悪。それこそが必然よ」
廊下から身を出し、ゆっくりとベッドへ歩み寄る。不敵な笑みを浮かべて、笑っていない瞳で俺を睨みつけてくる。
「確かに、私の飼物は殺されちゃった。暗殺部の副部長までも殺された。魔界の常識で言ったら、負けたのが悪いわ。あなたは勝った。あなたが正義かもね。でも、一応仲間だし、なにより今まで育ててきた飼物をむざむざと殺されて、飼い主がそれで怒らないと思う?」
グラシャが眠るベッドに両肘を落とし、手の甲に顎を乗せる。
「答えはNO。誰にだって怒る。怒らない飼い主は、飼物に愛を込めていない、飼う資格無しのクズ野郎よ。そして当然、いくら身を守るためとはいえ、飼物を殺した者もそれに同等するクズ野郎。そんな奴に正義だの悪だの語る資格はない。この理論でいえばあなたが悪なのよ。あなたは殺した。よってあなたが悪」
肘をベッドから離し、右に回る。カートの上に置かれたメスを掴み、その鋭い鉄先を俺に向ける。
「それに、死闘を制したんだから、あなたが正義かもね、と言っちゃったけど、どっちみちあなたが人間という時点で、存在ごと大敗北しているの。知ってる? 人間は悪魔に虐げられる存在なの。虐げるってとこは、悪魔が勝ちで虐げられた人間が負け。飼物を殺した罪、人間としての大敗北。これ以上あなたに何が残るの? 生きてて悲しくなぁい?」
笑み寄りの真顔でメスを向けたまま今度は俺に歩み寄ってくる。
「言いたいことはそれだけか」
対する俺もブネに歩み寄り、その場でブネが止まる。
「お前の飼物を殺してしまった。それはすまないと思う。だが、あの変貌はなんだ。もはや普通の生体としてあからさまに異常な姿。たまに生態の進化途中で環境への対策として特異が発生し、通常の進化とは異なる自然的な進化。環境に対応したその姿に遂げる。そうやって進化の歴史は太古から誕生とその遺伝子の学習を繰り返し、今に至る。だが、あの醜い姿形はどう見たって、自然的な進化過程を得たものではない。お前が遺伝子を弄ったんだ。そう、無理矢理な」
近づく体の距離にブネは一歩後方に下がるが、俺は瞬間的にブネへ迫り、ダーインスレイヴの剣先でメスを叩き、その手から弾き飛ばした。
「……!」
空中を舞うメスはベッドの上を通過し、床に刺さった。俺はブネの喉に剣先を当て、脅しかける。
「人工的な遺伝子組み換え。それは確かに凄い技術だ。俺でも真似はできない。だが、される側の生体はそんなこと多くは望んでいない。ヒトの都合良しとして勝手にされているだけだ。強制的な手術で、いったいどれだけ元々の生体が痛い目にあったか、怖い目にあったか。それを考えるだけで俺も辛くなる。お前は、手術される側の涙を見たことがあるか?」
グラシャの裏の姿ラボラスは望んだが、自分が望まない手術をされたら、誰にでも怒るし悲しくもなる。ブネが造った飼物たちは戦闘狂と化し、殺意丸出しで俺に襲い掛かってきたが、中には普通はヒトを襲わない草食系の動物がいた。そんな動物でさえ俺をいきなり襲うのは異常だ。
「確かに、ラボラスは手術を望んだ。だが、グラシャは望んでいない」
「あなた、彼女の事をグラシャと呼んだけど、正しくはラボラスよ」
「患者の名前を間違えるな。本当に正しい名前はグラシャ=ラボラス。お前が見たラボラスは裏の性格。俺が呼んでいるのはもうひとりの人格を持つ表のグラシャだ。一つの体に人格は二つあるんだ」
「……なるほど。ラボラスはそんなこと教えてくれなかったわ」
「いずれにせよ、グラシャは手術を求めていない。手術するんだったら、きちっと両者の同意を得るんだな」
するとブネは不敵な笑みを浮かべ、一歩引き、剣先から喉を離す。
「フフフ甘い。同意? そんなの最初から求めていないわ。この私に潔くその体を渡すかどうか、を聞いているのよ。その選択肢に用意されている二つの言葉は、『はい』か『イエス』か」
「否定はどうした」
「用意していない答えにされると、その罰として縛り上げる。麻酔無しの人体手術と殺意本能を増加させるオマケつき。それが私のやり方。今回はラボラスちゃんはきちんと肯定した。だから安心しなさい。麻酔は打ったし殺意本能も弄っていないわ」
俺はダーインスレイヴを床に刺し、一歩前進して左手でブネの喉を掴む。
「手術したんだな……!」
「『イエス』……もう既に、お、終わらせたわ……今グラシャ=ラボラスは手術の影響で少し休んでいる……でも、もうすぐ目覚めるわ……新たなる、魔獣の姿で……!」
そのとき、ベッドに寝ているグラシャ=ラボラスの体が黒く光り出した。
「さあ、とくとご覧あれ。ヒト型の悪魔が、獣になるその偉大なり進化をっ!」
光る彼女の体は宙に浮き、黒い光が帯となり彼女の体を包み込んだ。包んだ帯は複数上乗せを繰り返し巨大なタマゴ状になりベッドに落ちた。その落下の衝撃で、黒いタマゴに亀裂が走り、全体に広がる。
「魔界の歴史にしっかりと焼き付け……悪魔が魔獣と化し、獣の衝動と一緒に更なる悪の発展へと導けえっ!」
俺はブネの喉を離し、ダーインスレイヴの柄を掴み、戦闘態勢に入る。
「頼む……どうか生まれないでくれ……!」
しかし、俺の望みや現実逃避は叶わず、タマゴの亀裂が大きくなり、完全に割れた。その瞬間、殻と殻の間に赤い瞳がギロリと見えてしまい、目が合ってしまった。もう、その時点で俺の脳裏にはある光景が映っていた。グラシャ=ラボラスが真の魔物に生まれ変わるということを。
殻が剥がれ落ち、その姿が露となった。全身黒い毛並みで、爪や牙がはみ出るほど大きく鋭く、紅の眼光も鋭い。そして、頭が、三つ生えている。
「魔界に誕生した、伝説の獣っ! 地獄の番犬ケルベロスっ!」
グラシャ=ラボラスが神話に登場する地獄の番犬ケルベロスに成り果ててしまった。これが、ラボラスが本当に望んだ姿なのだろうか。グラシャにとっては心に深い傷に残るとばっちりだ。
「フハハハハ……コノチカラダ……」
真ん中の頭が喋った。二つの人格のうち、一つの自我が残されているのか。となると今の人格は誰なのか分かってくる。
「ミナギッテクル……チカラガッ! イマナラナンデモハカイデキソウダッ!」
「お前はラボラスっ!」
破壊と殺戮のために力を望み、その体を託したラボラスの成れの果てがこれか。
「フハハハソウサ……モトモトワタシハイヌノカラダ……ケルベロスニナルニハウッテツケノカラダッテワケダッ!」
鷹獅子の中でも特異点として、鷹の翼を授かるも体は犬。犬の体の方をラボラスがつかさどる。その犬の姿をケルベロスにしたというわけか。
「ニンゲン……オマエノカラダ……オイシソウダナ……カンダラチノアジガシテ、ホネモカミナガラクダケバエキスモタップリトレソウダ」
「血の味、か……それなら鉄の骨でも噛んどけ」
俺の血の味はともかく、ケルベロスに魔王の血を飲ませるわけにはいかない。より魔力があの体に激走し、パワーアップは避けられない。
「アンシンシロ。イブクロノナカデモサミシクナイヨウニ、オマエノナカマヤニンゲンカイノニンゲンモタベテヤルカラヨオオオオッ!!!」
耳が潰れてしまうほどの大咆哮でこの部屋全体に振動が響き、亀裂が起きる。
今までの飼物よりも断トツに超一級に危険な魔獣だ。あれが人間界に渡ると壊滅的な危機、いや、人間滅亡にまで至ってしまう。今ここであの魔獣を殺さなければ。
「……善魔生徒会学習委員長、及び、戦闘員。そして、人間として、お前に負けるわけにはいかない。お前をここで、完全に闇に沈める」
こいつを倒さなければ、魔界と人間界、二つの世界は滅びる。滅びるという点において、二世界の平和を目指す善魔生徒会にとって、邪魔な存在だ。
「ヤミトイウ、アンコクノシニオチルノハ、ジャクシャドモダアアアアアアアッ!」
ケルベロスは左手を上げ、その鋭い巨大な爪で俺に振り下ろした。対する俺は左に回避。爪は床に下されると、その切れ味で床は抉られ、更に斬撃の衝撃波が飛び、奥の壁まで斬られた。
「なんという力……」
更に追い打ちは続き、左の顔が回避した俺を睨み、顔を下ろして口を開けた。その複数並んだ牙で俺を嚙もうとする気か。バク転で噛みつきを避け、後方に下がる。そのとき、右と中央の顔が俺の方へ向き、口を開けた。その口腔には右に炎が、中央に雷の弾が溜められ、俺に放たれた。
「なにっ!」
炎と雷の弾は俺の体に直に命中。体中に炎が包まれ、同時に肌に電気が走る。炎と電気の熱さが二倍俺の体に焼き付け、体内まで高温の熱が通った。だが、俺は激痛に耐え、焼かれながらもレメゲトンの第四部を開き、詠唱。
「わっ……我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」
足元に魔法陣が浮き、中心から闇水が噴射する。闇水に打たれながらも、炎と雷を無に還し、体から払う。
「こ、この俺が焼かれるとはな……」
回避しても爪や三つの顔が襲い掛かってくる。回避後の隙を突かれ痛手を喰らってしまった。接近戦では俺の方が不利だ。
「まずは魔法を封じ込めなければ」
最後に詠んだ第四部の魔法を使う。足元の魔法陣の砲口をケルベロスに向け、闇水を放射する。対するケルベロスは両手を上げ、思いっきり床を叩いた。その衝撃で地面ごと揺れるが、同時に、叩いた床板が撥ね、それが保護壁となって闇水放射を防ぐ。
「なに。ラボラスの戦闘経験がケルベロスにも引き継がれているのか……!」
防いだということは、俺の闇水が魔法弾をかき消すのを知っているからだ。
更にケルベロスは三つの頭で撥ねた床板を頭突き、壊すと共に破片が俺に飛んでくる。瞬間的にダーインスレイヴで放たれる破片の散弾を連続で斬り、それを回避。
「戦闘経験の繊細さ……あの図体と獣の衝動のくせに動きは賢いな」
本能は獣の衝動に全て支配されているわけではないようだ。というより、破壊を求める獣の衝動と戦闘経験的繊細さを見事にバランスを保っているというべきか。だったら、そのバランスを崩せばチャンスはある。
ダーインスレイヴの剣身に溜まっている魔物の血を使い、床に刺す。剣身から血を前方に放出し、血の壁を築き上げる。鉄壁を造ったところでレメゲトンを開き、第三部の詠唱を開始する。しかし、ケルベロスは向かって走り出し、血の鉄壁に頭突いた。その衝撃で壁には三つの頭突き分の亀裂が発生し、今にも突破されそうだ。
「詠む暇はなさそうだ。だったら一回怯ませて……!」
背後に壁があり、一旦後退。壁に向かって跳び、空中で両足底をつける。その間に、血の鉄壁にもう一度衝撃が与えられ、いとも容易く壊された。その攻撃後を狙って、壁キックしケルベロスの頭上へ跳ぶ。そしてダーインスレイヴに魔物の血全て集結させ、剣身から放出後すぐ硬化。血で出来た鎚を完成させる。ケルベロスの六つの目が、跳んで接近してくる俺に入ったのはその一秒後で、反射的に襲われる前に、真ん中の頭上に鎚の面を叩き込む。
「いっけええっ!」
頭に衝突後、その振動さで手が痺れるほど頭部に十分な鉄の一撃を与えるに成功。攻撃後、体を前に宙返りして、ケルベロスの背に乗った。背ならばケルベロスは攻撃できまい。
「さて、手っ取り早いのは更なるもう一撃だな」
ダーインスレイヴを背に突き刺し、その間ダーインスレイヴは赴くままにケルベロスの血を吸う。左手を空けたところで、第五部を開き、詠唱する。
「憎き大天使ミカエルよ。 光で死した死者の祈りを聞きたまえ。我の願いを叶い、滅びたまえ」
左手に赤き魔力が煮え、しゃがんで背に置く。ケルベロスの媒体はラボラスだ。ラボラスが今まで殺してきた分の怨念の威力がケルベロスの体に激震する。魔力はラボラスの殺害歴を素早く検索する。
しかし、その間に背に突如と巨大な翼が生えた。
「ま、まさか……」
翼を羽ばたかせて、高速で真上に一気に飛んだ。背に乗る俺は頭部に天井を打ち、更にその勢いで天井を砕く。俺はゴリゴリ崩れていく天井のコンクリートに押し潰れてしまう。
グラシャが司る鷹の翼までもケルベロスは扱えるというのか。となるとグラシャまで獣の衝動に飲み込まれている。
そのまま天井を突破し、地下一階へ。更に地下空間の天井までも破壊し、遂には地上にまで達した。
「こ、この……落ち着けっ!」
瓦礫に下敷きになっても左手に集中し、殺害歴を全て探知に成功した。このケルベロスの体に、ラボラスが今まで買ってきた恨み、怨念を全て解き放つ。左手掌から黒き衝撃波が放たれ、ケルベロスの肉身全体に激震。圧倒的な勢いで飛ぶケルベロスを真下に叩き飛ばす。地下二階の床にその体を叩き下し、隕石が落ちたかのような爆風で土煙が舞う。
一方、俺は瓦礫の隙間に挟まれながら地上へ。瓦礫をどかし、地上に立つ。
「まさか翼を生やすとはな……グラシャまで獣の衝動に飲み込まれているのか」
鷹の翼はグラシャの人格に宿されるもの。その翼までもがケルベロスの一部になっているとしたら、グラシャまで獣の心に染まっている。
「さて、これで逆上するほどの体力はまだ残っているだろうな。だったら一気に決める」
地下から凄まじい咆哮が鳴り上がった。相当怒りを込めた声だ。だが俺とケルベロスとの間合いにこれほどの距離があれば十分だ。レメゲトンの第一部を開き、詠唱。
「エロイムエッサイムエロイムエッサイム 我は求め訴えたり」
魔法陣を地下二階に続く大穴に浮かし、真下に怒鳴るケルベロスに向かって七十二本の柱槍を放った。柱槍はケルベロスに降り注ぎ、手、背、脚、様々な部位に突き刺さる。
「ギュギャアアアアアアアアア……!」
部位を貫き鏃は地まで刺さり、柱槍を抜かない限り身動きが取れなくなっている。だが俺は更に追い打ちを続け、次に第三部を開き、詠唱。
「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」
レメゲトンから紙々が分離し、紙ドクロの群れを形成。大穴の上から紙ドクロたちはレーザーを放ち、漆黒のレーザーがケルベロスの体を貫く。
「チョウシニ……ノルナアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
更なる激怒の超咆哮、その圧倒的な気迫でレーザーを押し返し、部位を貫く柱槍を木端微塵に破壊した。
「声だけでレーザーと柱槍をどうにかした……?!」
爆音波は地上の床を砕き、大穴は更に広がり、アジト内の天井や壁までもが壊れた。崩壊していくアジト内の中、砕けた床が地下へ落ち、俺も大穴へ落ちていった。
「うううるさい……耳がどうにかなりそうだ……!」
ケルベロスは三つの頭を上に向けて、その大口を開けた。左の口は濁った水の塊が、真ん中の口は電気の弾が、右は火炎弾が溜められ、落下する俺へ瓦礫もろとも放とうとしていた。
「まずい、第四部を詠む暇がない……!」
落ちながら詠むのでは、先に魔法弾三連撃が衝突してしまう。しかし空中にいるから回避ができない。
「守れ、紙よっ!」
最後に詠んだ第三部を利用し、紙ドクロの群れを落下する俺の前に設置。紙ドクロの群れを盾とさせる。ほぼ同時に魔法弾が飛んでき、紙ドクロの群れに正面衝突。容易く濡らされ、燃やされた。対する俺は燃えていく紙ドクロの頭上を踏み、足場を利用して跳び、地下一階へ逃れた。飛ぶ勢いで床に転がるも、なんとか命を繋げた。その一秒後に紙ドクロの群れは塵となり、レメゲトンに再生された。
「さて、ケルベロスは落ちてくる俺へ魔法弾を放ったが、紙ドクロの群れを盾にしたおかげで奴は俺を見失ったはずだ。よほど嗅覚が鋭くない限りたぶんな」
俺へ放った魔法弾は紙ドクロの群れが守り、紙が塵になり姿が見えると思いきや、本体はどこかに消えた。そうケルベロスは見えているはず。ケルベロスは犬で嗅覚も鋭いから、俺の居場所も容易く見抜けられるかもしれないが、今このアモンのアジトや地下は今までの魔物の血の匂いや砂埃で充満し、俺の匂いはそう簡単に察知できない。もっとも、すぐにでも俺の居場所がどこにいるのかすぐに感ずかれそうだから、ゆっくりと過ごすことはできないが、詠唱するぐらいの時間は稼げたか。
「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」
第四部を詠唱。俺の左手に魔法陣が浮き、大量に闇水を地下二階へ流す。闇水は地下一階から二階へ流れ、ケルベロスにそれを浴びさせる。無論、ケルベロスがそれに怒らないはずもなく、吠えながら跳び、地下一階へ六つの眼光を覗かせ、俺を発見する。しかし、ケルベロスの身体中に闇水が固まりだし、広がっていく。身動きが徐々に取れなくなり、発見するも地下二階へ落下。続きに魔法陣から闇水を放ち、二階は闇水で充満させていく。ケルベロスは闇の粘土に全身を覆われ固められつつ流れる闇水に溺れさせる。そして闇水も粘土状に固めさせ、二階は完全に闇に沈んだ。
「さて、これで少しは時間は稼げるか」
二階に充満した闇だが、あっという間に亀裂が発生した。闇に埋められても必死に抵抗し暴れているか。第四部の闇は耐久性や硬度性は薄い。ケルベロスの力をもってしても時間を稼げるのはほんの僅かだ。
俺が思いついたケルベロス討伐プランは、第二部の大魔法だ。奴を滅するには暗黒星しか方法がない。また魔界に深刻なダメージを与えてしまうが致し方無い。しかし詠唱するには時間がかかる。だから闇に沈め、尚且つ距離もとる必要がある。
「まずはここから逃げるか」
闇に亀裂が徐々に広がっていく。今から逃げたとしても走力は圧倒的にケルベロスの方が上。どのみち追いつかれてしまうな。
とある秘策を思いつき、レメゲトンを開き、第三部を詠唱。
「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」
レメゲトンから大量に紙を分離させ、紙同士引っ付き人体を模する。俺の紙分身、紙ベアムを使う。その瞬間、闇の亀裂が開き、ケルベロスが闇から抜け出した。紙ベアムを飛ばし、ケルベロスの注目を紙ベアムに集める。紙ベアムは上空へ飛び、続いてケルベロスも翼を展開させ、羽ばたかせて真上に飛んだ。
「よし、これで俺の偽物に追いに行ったな」
紙ベアムとケルベロスは空へ。これで第二部の詠唱はたっぷりと作れる。おまけに空に飛んでくれたおかげで暗黒星を直に当てることが出来る。街も木端微塵に吹き飛ぶだろうが、既に津波の連続で壊れている。問題は何もない。
そのとき、上空から地下二階へ黒く巨大な物体が急速に落ちてきた。突然落ちてきたものだから俺も驚き、恐る恐る落下物へ覗かせる。黒い物体は闇塊に直撃し、もろとも粉々に砕き、砂埃が舞う。やがて砂埃が徐々に落ち、黒い物体の姿が薄く見えてくるようになった。同時に、黒い物体から赤い瞳が二つ、覗く俺に目が合ってしまった。
「おいおいまさか……」
「ギュガヤアアアアアアアアアアアアアアッ!」
黒い物体が大きな咆哮を上げた。その爆風で砂埃が飛び散り、その姿が露になる。巨大な黒い犬だ。巨大な黒犬が俺に鋭く睨んでくる。
「まさかブネ、バーゲストを使ってまた黒犬を造ったのか……!」
ウァサゴが不覚にもバーゲストに取り込まれ、挙句バーゲストが集合し、一つの巨大な黒犬が完成したときと少し似ている。だが、奴の背に俺の魔剣、ダーインスレイヴが刺さっている。
「いやあれは……ケルベロスだっ! あの化け物め、分離もできるのか……!」
背にダーインスレイヴが刺さり、尚且つ紙ベアムへ追いに空へ飛んだケルベロスが、その三匹のうち一匹が本体から分離し、落ちてきたのか。
「ガァルルルルルルル……」
紙ベアムの視野情報が脳内に映った。今飛んでいるケルベロスの頭は二個。やはり一匹を地上へ分離させたか。
「ち、これでは第二部の詠唱ができない……!」
せっかく第二部の詠唱を十分に稼げたと思ったのに、なぜ三匹のうち一匹をここに落とした。仮に二匹のケルベロスを暗黒星で滅しても、一匹が残れば意味はない。
巨大な黒犬が跳んで、爪を立てて俺へ襲いに来た。対する俺はバク転で回避し、放水路入口へ逃げる。黒犬は地下一階の通路へ立ち、その図体と走力を使い、逃げる俺へ追いかけてくる。力は三分の一なのか、走力はさほどないが、それでも逃げる俺へあっという間に迫ってきている。後方から大きな口が開かれ、俺を嚙もうとしてきている。対する俺は左の壁へ跳び、足底を壁に付けつつ、咀嚼を回避。壁キックし黒犬の背に乗る。
「ギュガガガルルルルルウウウウ!」
黒犬は背に乗った俺を払おうとし、前方へ走りながら右左へ暴れる。俺は刺さったダーインスレイヴの柄を握り、払われないよう踏ん張りながら、その傷口から剣身を引く。
「少しは落ち着いたらどうだっ!」
ダーインスレイヴはケルベロスに刺さったまま放置し、その間血を吸い取ったはずだが、それでも血を全て吸えなかったか。更には血を吸われても全く身体能力に影響を及ぼさない。結果、吸血効果はほぼない。
だが、おかげで新鮮な血を取得できた。血の一撃をこの一匹に叩きつける。
「くらえ……ブラッドインパクトッ!」
剣身に血を集結させ、頭部へ跳び、頭上目掛けてダーインスレイヴを振り、血の斬撃をぶっ放す。飛ぶ血の斬撃はケルベロスの頭に命中し、重い衝撃で頭部にクレーターを作り、同時に叩き斬った。ケルベロスは全速力の勢いで前のめりに倒れ、転がっていく。俺は床に着地し、ケルベロスは転がる勢いで壁に直撃。壁は崩れ、瓦礫がケルベロスに落ちていく。
「エロイムエッサイムエロイムエッサイム 我は求め訴えたり」
即座にレメゲトンの第一部を開き、詠唱。俺の頭上に魔法陣が浮き、七十二本の柱槍を瓦礫に埋もれるケルベロスに放った。ケルベロスは咆哮で瓦礫を吹き飛ばすが、その直後に一本目の柱槍が直撃。ケルベロスはその一撃の重さで壁に当たり、更に連続して次々と柱槍がケルベロスの肉体を貫き、七十二本目の柱槍は脳天を貫いた。
「……まずは一匹、だな」
ケルベロスはゆっくりと倒れ、その瞳は輝きを失せた。
☆~キャラ紹介~☆
『ウァサゴ・ロフォカレ』
●性格:選択肢に迷いを出さず即選ぶほどの自信家。常に前進しようとし、立ち止まることを嫌う。しかし、自信がありすぎるため、選択肢を貫くあまりとてもわがままで、それを拒むなら力尽くで捻じ曲げ、強行突破をしようとする癖がある。他人の意見に関しては全く耳を貸さない。また、自分ならなんでもできると信じ、世界を変えようと簡単に理想を立てて、仲間を平気で巻き込む。
だが、なんでも強気で怖い物知らずのウァサゴの姿勢に魅せられ、弱者側の悪魔には、影ながら支持率が高く、トップに立つ素質を兼ね備えている。
●経歴:幼少期の誕生日に、未来を予知する能力が発動し、同時に未来を視てしまった。それは人間の魔術師によってこの魔界が滅ぶ未来であり、人間は未来の自分に対し、『善魔』と呼んだ。未来視の映像はそこで途切れたが、このままでは魔界は滅んでしまうことを知ったウァサゴはそれ以降、善魔の自覚を持ち始め、己の正義を育てるために片っ端から暴力団を潰してきた。
そして悪のエリートが集うゲーティア高校に入学し、イジメられていたシトリーやヴァプラを救い、部下に加えたところで、己の力で生徒会長になった。そして人間界へ帰るために高校の卒業証書を求めて入ってくるであろう人間を待ち、彼に秘める悪魔への強い憎しみが魔界の滅亡の火種とならぬよう、仲間に加え、温かく歓迎しようとした。
●年齢と誕生日:十七歳、十月九日(十=ト、九=キ)
●趣味:筋トレ、修行、時計集め
●大好きなもの:人間界の名言、自分の筋肉、平和
●大嫌いなもの:悪魔、絶望、滅亡
●何か一言を:「そりゃあ、私だって恋したいわよ。でも、やっぱ筋肉が一番恋しいわね。あ^~アイラブ筋肉♡」




