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ソロモン校長の七十二柱学校(打ち止め)  作者: シャー神族のヴェノジス・デ×3
第三章 鷹獅子護衛編
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三十五話 化物

「え、え、ええええええええええええええええええっ!? ちょちょちょ! ちょっとまずいですよ!」

運動場に転がる生徒を全て学校内に救出した三人だが、シトリーは二階の窓から、遠くから押し寄せてくる津波に仰天した。

「な、なんでよりによって津波が押し寄せてくるのぉ?!」

「これでは回復の炎の火事ができない……」

予想外の津波によって、フェニックスは回復の炎による学校の火事ができないことに絶望する。

「お、おい……あの高さじゃ、この学校は二階まで浸水するんじゃねえか?」

ヴァプラがそれを言うと、シトリーが驚いた表情でそのことにツッコミを入れる。

「そ、そうですよっ! 運動場で倒れた生徒たちは皆、学校正面口で待機しています」

運動場にて倒れた生徒たちは、とりあえず一階の学校正面口のタタキまで運び、山積みにしている。とりあえず学校内に入れればそれでいい話だった。だが、津波が来たことで状況は一変した。

「もしあの津波が学校を襲ったら……一階に倒れている生徒たちが流されてしまいます!」

あの津波は学校にダイレクトアタック。当然学校内へ浸水し、一階に倒れている生徒たちの身が危ない。

「急いでもう一度避難せねばならんが、間に合うだろうか……」

ヴァプラはやや自信なさげに言うが、隣でフェニックスが右手を握りしめ、左掌を叩く。

「あ、そうだ! シトリー先輩、バリアーであの津波を防御ですよっ!」

シトリーの空間で作るバリアーなら津波だろうと完全に防御ができる。大きさも魔力次第で自由に変えられ、巨大な津波であろうとも防ぐことはできる。

「それだっ! シトリー頼むぞっ!」

だがシトリーは首を横に振り、できないと言う。

「魔力が尽きて、これ以上バリアー張れないのっ!」

「「な、なんだってぇぇ?!」」

「生徒たちを運ぶときに、抱えながらじゃ効率悪いから、空間バリアーを板として使って、複数乗せてから運んでいたの……」

生徒一人一人抱えて運び、学校内に入れる救出作業は困難を極めたであろう。なにせ運動場で倒れた生徒たちは大勢なのだ。それを三人で運ぶにはかなりの時間と体力が減る。シトリーは己の魔法を有効活用し、空間バリアーを横に敷いて、乗せられる分だけ生徒たちを乗せて、台車のように運んだ。

「それで魔力が尽きたのか……」

「だがやるしかない……そうだ。俺が竜になるから、二人は俺の背にたくさん乗せてくれ」

「女子二人で重い生徒たちをあなたの背にせっせと運べる筋力があると思います?!」

「む、無理ですよ……」

シトリーとフェニックスはか弱く女性らしい筋力しか持たない。女子二人でヴァプラの巨大な背に乗せるとしても時間がかかりすぎる。

「じゃあ……どうすればいいんだっ!」

心身ともに疲労している三人に、一階の生徒たちを助ける術はないことが明らかとなり、助けられない絶望を深く感じていた。

 そのとき、運動場に大きな衝撃音が響き、土煙が舞う。

「な、なんだあれは……!」

「新手ですかっ!」

土煙が落ちると、運動場への視界が開かれた。運動場を襲ったのは、白い長髪をして、その拳はピンク色の肌をして、ゲーティア高校の制服を肩から掛けていた。

「ウァサゴ先輩ッ?!」

バーゲストに憑依され、大幅に体力が減らされたウァサゴだった。三人が救出活動している間は保健室で休ませていたが、この状況にて復活し現れてくれたか。

「皆、急いで一階にいる生徒を二階へっ!」

ウァサゴは運動場から、二階にいるシトリーたちへ命令を出した。

「しかし、とても時間が足りませんっ!」

「足りないというのなら、足りさせればいいっ!」

ウァサゴの両拳に時のオーラが纏われた。その状態で拳を開き、腰を下げ、両手に間隔を保ちつつ合わせた。両手の間に流れる時のオーラは球体へ丸まり、次第にその球体は大きくなっていく。

「流れる時は一直線……その衝撃をくらえっ!」

球体を維持させながら両手を津波へ前に出し、球体が破裂。その割れ目から巨大な光線が放たれた。

「え゛っ!?」

「凄っ」

「流石ウァサゴ先輩っ!」

時のオーラによる光線は攻め寄せてくる津波を貫き、その衝撃波で津波を破壊していく。すると津波の動きがピタリと止まり、学校と津波の間は保たれた。

「津波の時を止めた……?!」

ウァサゴの拳に当たったものは時が止まる力を持つが、生体以外にも時を止められることができるのか。神の所業を越える更なる所業に、三人は口を開け、ただひたすらその光景に唖然していた。

「さあ、これで時は稼げたわ。急いでっ!」

「「「は、はいっ!」」」

三人は急いで一階へ下り、救出活動を再開させた。

「セーレ……いったい、あなたの身に何が……? 今すぐ向かってやりたいけれど、今は学校の方が優先ね……レハ、頼んだわよ」





 一方、俺は各ビルの屋上に跳び移り、第三部の魔法陣を設置している。各屋上に設置した魔法陣は常に闇水を放出し、闇水噴射の蛇口を増やしている。七十二個ぐらい設置したであろう。

「少しは減ったか」

放出された闇水により海水は大分減少した。数時間前までは海水は屋上の崖から僅かな差さえなかったが、闇水の噴射により、闇の水滴がビルや海水に付着。そこから海水をたらふく無力化させ、今や海水は各ビルの中階まで減少している。更に紙ドクロに闇をコーティングさせて海に泳がせているから、効率は格段に向上している。それでもこの街は海に沈められているが、問題はまだまだある。

「俺の魔力が尽きれば、再度この街は海に溺れる……そしてまたか……」

この街から南の方角に、再び津波が押し寄せてきた。もう何度目だろうか。

 そう、俺が闇水の噴射口を増やせば、セーレもそれに応えて津波を押し寄せてくる。さっきからこの津波が来るたび、せっかく減らせた海水が増量するのである。減らしては増やされ、減らしては増やされの繰り返しだ。

「これではいたちごっこだ。一方的に俺に魔力が減るだけ……セーレを倒さない限り津波は何度でも襲ってくる。ちっ、海の中で泳いで俺に全然姿を現さない……」

セーレが津波をよこせばよこすほど、俺の魔力が減っていく。更に、先ほどからセーレは俺に姿を見せていない。ずっと海の中で津波で攻めているだけだ。これでは埒が明かない。

「どうする……荒れ狂う海を、生身の俺が泳げるだろうか……」

ただの人間の俺がセーレが支配する海の中で泳いで、セーレを見つけたとしよう。だが、返り討ちにあうのは俺だ。奴の泳ぐ能力は俺より圧倒的に上だ。泳いだどころで奴に追いつかれるし、片腕一本だけでは俺は海の中器用に動き回れない。

「レハっ! この私を怒らせたことを後悔してないかっ!」

俺が悩んでいる間にセーレの怒鳴り声が聞こえた。ビルの手前からセーレが大ジャンプし、空中を舞う。セーレが俺の頭上遠くまで飛びながら、次なる発言をする。

「悩んでいる……それはつまり、この私に対し手詰まりってことじゃない? ねえ、人間っ!」

俺の事を煽りにそれだけのために飛んできたのか。俺の頭上を通り過ぎると、セーレは海にダイブ。

「好き放題言うわ破壊するわ、なんて悪魔だ」

愚痴をこぼすが、今はそれどころではない。今はあの津波をどうにかしなくては。安易に海に突っ込むのはやはり危険か。海からあんな大ジャンプするとなると、海の中ではセーレは俺の肉体的戦闘能力より遥かに上だ。勝てないのは明白だ。

 そのとき、押し寄せてくる津波の方角、その南から反対の北の海に、突如と巨大な三叉槍が現れた。

「今度は槍か……海水を大きく含み、水風船のように大きくなったってところか」

戦闘時、セーレが持っていた三叉槍だ。奴の三叉槍は如何なる水分を吸い取り、刃が大きくなる。今はこの街は海水だらけ。好きなだけ海水を吸い取り、三叉槍が大きくなったというわけか。一本の穂は俺の右腕の水分に同化し、危険を察知した俺は右腕を斬ったが、セーレは俺の右腕にある穂を拾い、三叉槍に同化させたか。

「セイレーンを怒らせると、海に沈む程度では許されないわよっ!」

先ほどまでとは格段に違うセーレの大きな怒鳴り声が、街上空に響き渡る。三叉槍が現れた方角から、更なる大きな水飛沫が舞い、そこから巨大化したセーレが現れた。

「オーマイゴット……実にファンタスティックだな……」

貝のビキニを着て素肌を見せびらかし、なんとも破廉恥な肉体美をしている。巨大な肉体だから尚更、その美しさに惹かれる。実にセイレーンのような美しさだ。

 だがその肉体美に似合わず、殺意を込めて三叉槍を両手で持ち、穂先を俺に向けて突進してきた。セーレの突進はあらゆるビルを崩壊し、同時に海波が大きくなっていく。背後は大きな津波が押し寄せ、津波と三叉槍の挟撃というわけか。

「まずい……このビルから離れなくては……!」

挟撃をくらえば無事にはすむまい。ビルは崩壊し、俺の足場もなくなり、あの大きな穂で俺の体は間違いなく貫くであろう。このアモンのアジトの西にもう一つのビルがある。だが俺の脚力で移動できるだろうか。かなり飛距離がある。いや、跳ぶしかない。跳んで逃れるしかない。

「逃げても無駄よ。私の泳ぐスピードはマッハを越える。ウァサゴには敵わずとも、アンタを殺せるのなら十分よおおおっ!」

いよいよ挟撃が迫ってきた。もう悩んでいる暇はない。西の方角へ走り、助走をつける。が、俺の目前に海水から水の竜巻が発生した。

「なに……!」

水の竜巻は太く、龍のような大きさで天空に昇った。これではビルに乗り移れない。

「言ったでしょ。逃げても無駄だってねえっ!」

東の方角にも水の竜巻が発生した。これではすべての方角から俺は襲われてしまう。

「いよいよここまでか……」

津波と三叉槍の巨大な挟撃に大きな水の竜巻に囲まれ、もう本当に逃げ場がなくなってしまった。

 そのとき、天空から黒い水滴が俺の皮膚に落ちてきた。

「黒い水滴……?」

それだけではない。次第に黒い水滴は辺りに落ちていき、次第に降ってきた。

「第三部の闇による雨……!」

俺がアモンのアジトに攻寄るとき、暗殺部の協力者が俺と同じレメゲトンを持つ魔術書で第三部の闇の雨を降らした。そこからグラシャが闇に包まれた。

「ふん、ようやく染めたか。悪いが、暗殺部に協力するレメゲトンを持つ貴様ッ! 利用させてもらったぞ。お前の秘策を!」

天に向けて暗殺部の協力者に怒鳴った。この雨は協力者が降らした雨ではなく、俺が降らした闇の雨だ。協力者が降らした闇の雨による策を、俺が利用させてもらった。実は、暗殺部の部員たちが俺を攻めてきたとき、第三部による闇の剣を持たせた紙ベアム軍団を使ったが、その後、闇の雨を降らす天空の雲に特攻させた。俺がアモンのアジトに潜入した後、闇の雨は晴れたが、もし万が一敵が逃げたりしたときのために、敵の策を利用。闇の剣を雲に突き刺し、染めていた。雲が多かったから時間はかかったが、この漆黒による闇の雨は、自然災害の津波を終焉にもたらす。

 噴水に加え、全体的に打ち付ける雨は、一粒一粒が海水を飲み込み、一気に減少していく。押し寄せてくる津波や水の竜巻も、上から打ち消されていき、徐々に小さくなっていく。

「勿論、魔力は大きく消費するがな……」

魔力がいよいよダムの底を着く。魔力が空になったとき、この雨も止む。だが街を沈む海水さえ無力化させれば、セーレの独壇場は破壊される。

「ちょ、なんでこんな時に雨が! う、ううおおおお私の皮膚が闇に……」

俺に突進してくるセーレが闇の雨でコーティングされていく。図体故に丸々体の全てコーティングは魔力の量的に難しいが、一時的にセーレの身動きを封じればそれで十分だ。

 街を沈めた海水全体に闇の雨が降り、海水の表面は全て闇水に油のように覆われている。そして海水に触れている闇水は上から飲み込んでいき、無力化させていく。その繰り返しで海水は猛スピードで減少していき、水位が大きく下がっていく。セーレの下半身が外へ表し、水位の低さから泳げなくなってきている。

「間に合え、全て海水無くなれ……!」

俺の魔力が尽きれば、闇水は一斉に消える。つまり、街全体に沈めた海水が先に無くなるか、俺の闇水が無くなるか、全て俺の魔力次第となる。これが後に大きな不利有利を生むだろう。セーレは皮膚の水分さえ味方につける能力者だ。少しでも街に海水があればセーレはまだ有利だ。

 俺の中でついに、魔力がピタっと切れた。魔力ダムの中はすっかり空だ。同時に、天空から降る雨やビルから放たれる噴水もぴったり止まり、海水を覆う闇水も途端に消えた。街に浮く海水の水位はどうか、ビルの崖から目を向けた。

「……僅かに、残っている……」

街の地面が見えるほど消失したが、それでも海水は残っている。せいぜいヒトの腰辺りの水位といったところか。それでも十分に街に浸水している。

 一方、セーレは北の方角で巨大な図体のまま街の道路で倒れている。無論、彼女の体を覆わせた闇も消えている。

「海水がある分、奴にまだ有利か」

魚の尾に覆う鱗は水色のオーラを覆い、鱗は黒くなり、次第に尾はスカートとなり始めた。そしてスカートからヒト型の二本脚が生え、この水位では泳げなくなったセーレはヒト型に戻った。ゆっくりと立ち上がり、その強い眼差しで睨みつけた。各ビルの中階ぐらいの身長で、俺が今立っているビルの屋上より低い。

「私の海をよくもまあ、闇に沈めてくれたわね……これでは泳げないじゃないの」

「沈めたのはお前だ。街の方をな。だからこうした」

「ふん、私の独壇場を消せたのは褒めてあげる。でなければあなたは私に勝つことはできなかった」

「……正直な」

圧倒的な海の量は、いくら如何なる魔法能力を封じ込める俺でも実際に手に余るものだった。海上や水中において俺は一生セーレには敵わないだろう。もう二度と戦いたくない。

「でも、私の方がもっっっと有利なのは言うまでもないわよね? この身長さで街はまだ海で浸水している。海はまだ私に味方付けている」

「なにをするつもりだ」

「何をって……こうするのよっ!」

セーレの右手を街の地面に下した。街にまだある海水に触れた。そのとき、右手を中心に渦潮が発生し、街全体に浸水した海水を集めた。水位は見る見るうちに減っていき、そしてようやく地面が見えてきた。だがその代わり、残り僅かな海水を集めたセーレの体は大きくなっていき、中階程の身長から一気に、俺が今踏むこのビルよりも頭を越え、優に俺を見下すほど大きくなった。

「さあて、この身長さで私の攻撃を、小さな人間その体で無事に済むと思うかしら?」

三叉槍を離し、その右拳を天高く上げ、俺に向けてきた。

「無理わよねええええっ!」

セーレの怒りの鉄拳が俺に下された。あの拳だとこのビルはあっという間に木端微塵になり砕ける。そうなれば俺は落下。いや、落下しなくても隕石のような拳が俺の身にダイレクトアタックすれば、粉砕するであろう。

「死んでしまええええええええっ!」

だが、俺はしゃがみ、その脚力で高く跳ぶ。拳は俺が踏み場としていたビルに直撃。文字通り砕け散り、破片が空中に舞う。俺は拳の上まで跳び、なんとか避けられた。奴の甲に着地する。

「ふん、跳んで避けるとは運のいい奴ね……でも私の美肌に土足で踏み込むとは、とことん気に食わないやつっ!」

セーレは左手で小さな俺へ掴もうと動かしてくる。だが俺は悠長にレメゲトンを魔法陣で消し、ダーインスレイヴを召喚させた。

「今度こそ逃げ場はないわよおおっ!」

セーレが俺へ最後のトドメを仕掛けに来る。だが、この俺がこいつの、大量に水分を含んだ皮膚に触れている時点で勝敗は決まっていた。

「ふん、いくら美肌だろうがなんだろうが一つ言っておく。いいか、これは女性向けのアドバイスだ。かっぽじってよく聞け」

ダーインスレイヴの剣身を甲の皮膚に突き刺す。そして刺したまま奴の右腕へ走る。走る度に剣身は奴の皮膚を斬り、傷口が開く。

「それは……肌に水分が多すぎると、斬れた後、しわしわになることだっ!」

ダーインスレイヴで傷をつけた傷口から、噴水のように水分が一気に放出された。

「な、なんですってええっ!」

水分が勢いよく抜けていくと、右腕は徐々に萎んでいき、小さくなっていく。

「セーレは水分や海水なんでも吸い取り、巨大化する能力だが、結局は水風船と同じことをしているだけだ。風船に水を入れば大きく膨らんでいくが、それを皮膚に例えたら、水分を多く取り入れた肌はもろく破けやすくなる。俺のダーインスレイヴなら破けやすい肌を斬るのは当然だし、当然風船が破ければ水も出てしまう」

水風船や水分を多く含み過ぎた肌は破けやすい。斬り込みを入れるだけであっという間に水が出てしまう。それがセーレの弱点だ。

萎んでいく肌で足場が凸凹になっていくが、それでも俺はセーレの首元まで走る。

「化粧だの美しさにこだわるだの勝手にするがいい。だが、欲張りものはいつの時代でも損するのさ。多ければ良いってものではない。しっかりと正しい美白を学んで来いっ!」

首元まであと跳んでたどり着く距離だ。脚に力を入れて跳び、ダーインスレイヴを逆手に持つ。そして首へその間合いを着実に入れたところで、左手を大いに振るい、ダーインスレイヴの剣身で首の皮膚を斬る。その傷口から血と水が一緒に放たれ、そしてセーレの体に力の反応が薄くなったのを斬ったときの感触で理解する。跳んだ勢いで首元まで通り抜け、セーレの背後にあるビルの屋上に着地。

「この私が……人間如きに……負けた?」

セーレの口からその言葉が零れると、セーレの体全体がいよいよ萎んでいき、大幅に小さくなっていく。

「……お前の負けだ。善魔生徒会の裏切りものよ」

大巨人サイズのその体が元のサイズにまで小さく、ついにこの街に比べたらほんの小さいヒト型に戻った。皮膚はしわくちゃに萎み、とても見ていられないお姿に。俺なりの美白に対する視点から言わせてみれば、その姿はとても醜い。

「か……乾く……」

そしてセーレは道路に倒れ込んだ。

「……ふう、なんとか倒せたな」

とりあえずこのビルから降り、倒れたセーレの元に寄ってみる。

「おいセーレ。致命傷は外しているから生きているな。お前が死ぬ前に一つ聞くことがある」

弱った相手に鞭打つような質問はしたくないが、これでも情報集めだ。せめて死ぬ前に聞かねばならぬことがある。

「暗殺部に協力している、闇の雨を降らせた奴の名はなんだ」

アモンのアジト突入前に闇の雨を降らし、グラシャを闇に包めさせた者。そして、前回のフェニックス護衛で空間バリアーの突破の原因を作った者でもある。この俺と同じレメゲトンを持つ謎の者について、暗殺部のスパイであり三年生のセーレなら何か知っている可能性がある。

 一方、セーレから溢れ飛び出て行った海水が、再びセーレの元に集ってきた。まだ海水を操れる感情が残っていたとは。再び海水を集めて再起を立てる気か。

「無駄なことを。破れた風船でもう一度水を入れようというのか」

奴の右腕と首には切れ込みがある。何度海水を集めようと、出口を塞がない限り水は何度でも溢れ出よう。ほら言わんこっちゃない。海水はセーレの皮膚に浸透しようと頑張っているが、それでも右腕と首の傷口から出て行ってしまう。

「も……ダ…………し、し、ぬ……」

「死ぬな。俺の質問に答えてから死ね」

今度こそセーレの瞳に強い眼差しはなく、完全に死ぬ直後の弱り果てた目だ。首の急所を外しただけで、あんなに水分が溢れ出てくるとなると、セーレの死因は水分不足か。この街は幾度も津波をくらったというのに。

「答えろっ!」

患者に獄中のご褒美の鞭のような、弱い者いじめをしているような気分で怒鳴るが、全くセーレは俺の言葉に反応しない。これでは情報をせっかく得るチャンスを見過ごしてしまう。

「仕方ない」

俺の制服の内側ポケットに小さな瓶を出す。瓶の中に蝋燭があり、先端は火が出ている。これはフェニックスからもらった回復の炎が入った瓶。いうならば携帯用回復の火か。コルクを開け、その瓶の口をセーレに傾け、一滴サイズの火種をセーレの皮膚に落とす。すると火種はやがて火となり広がって炎に、セーレの体を燃やす。破れた皮膚は再生し、あっという間に傷口が塞がった。炎は消え、完全に弱り切ったセーレの瞳も活力が浮き出てきた。上半身を起こすほど体力が復活し、やや驚いた目つきで俺を見てくる。

「……なんで私を復活させたの……?」

「俺の質問に答えなかったからなのが一番だが、理由はほかにもある。お前は裏切った身だが、それでも一応善魔生徒会だった。だから復活させただけだ。なんとなく情が出ただけ」

俺が善魔生徒会に入ってからやや一か月ぐらいで、セーレ自身も俺と気軽なく話しかけてくれる雰囲気ではなかったから、仲間としては印象は底辺だ。だが、理由はこんなことにもある。

「ウァサゴが俺を見過ごさず、仲間として温かく受け入れたあの精神は、個人ではなく組織に統一させるべきだ。だから俺も、裏切ったとはいえ仲間の死は見届けない。救うつもりだ」

入学当初は俺は善魔生徒会に入りたくなかった。善の皮をかぶった悪魔と仲良くする筋合いはないと思っていた。正直言えば今でもそうだ。だがウァサゴは紛れもなく完全なる善魔。俺はその証拠に、奴の心臓に光を見た。善の皮をかぶった悪魔の心に光は生えない。そればかりか、奴の思想に助けを乞うべく、フェニックスやグラシャまでもが現れた。この悪に塗れた世界で光の助けを求める小さなヒト。俺もそのうちの一人。ならば俺も、ウァサゴのように仲間を、救済を求むヒトを大切にしたい。

「お前が暗殺部のスパイとして働かせられているのなら、俺がその関係性を絶ち、救ってやる。そして再び、善魔生徒会へ戻ってこい」

かつて善の皮を嫌っていた俺と、悪の意思を嫌うウァサゴが衝突し、俺は見事敗北しウァサゴの仲間になった。そしてこの状況、まるで善の皮を嫌うセーレと、悪の意思を嫌う俺が衝突しているように見える。つまり俺も、救いたい奴を無理矢理救おうという奴の思想に毒されたか。

「……ふっ……どこまでもアンタはウァサゴの……」

「何か言ったか」

セーレの小声が薄らすら聞こえたような気がしたが、セーレの表情に笑みが浮かべた。セーレの笑みなんて初めて見た。

「なんでもないわ。ふっ、アンタが私を救う? やれるものならやってみなさい。どうせ失敗するのは目に見えているけどね」

しかし相変わらずの毒舌を言う気力はあったか。まあ、この笑みから素直な発言が出る方が、セーレとしても仲間である俺もお互い薄気味悪く思えるか。良い意味で。

「私やあいつらもよくは知らない。はっきりしているのは、名前と謎の発言だけ。姿すら見せてくれなかったそうよ。あなたと同じレメゲトンを持つ者の名は、ヤロベアム。自称『歴史を越えた魔王』」

「歴史を越えた、魔王?」

「ええ。部長のアンドロマリウスもその発言に不思議そうに謎めいた表情していたわ。現代に魔王はいないし、そもそも死んでいるしね」

こればかりはセーレには教えていなかったが、俺の父にして先の時代の魔王ソロモンは実は死んでおらず、偽王国の王都の中心に位置するエルサレム神殿で俺が来るのを待っている。この凹成という時代に、魔王はその玉座に座っていない。魔王そのものが存在しないのだ。それゆえ今の魔界は、もともと魔王が支配していた偽王国から、ありとあらゆる国々へ分裂している。そして校長バエルがこう言っていた。『ソロモン様は三代目の魔王をお前に引き継がせ、この魔界を再び統一させようとお考えである』。つまり、俺がゲーティア高校で卒業すれば、人間界へ帰らず、エルサレム神殿に直行。中にいるソロモンから魔王伝承の儀式を受け、俺が魔王になるという寸法のようだ。すべての国を再び偽王国に統一させるという考えだ。その後は、伝承通りに魔王の権力を使って、俺が直々に悪の繁栄期を作らせようと企んでいるのだろうと思って、当初魔王になるつもりは全く無かったが、今となっては権力を使って無理矢理悪の意思の脱却を図るチャンスだと思い、人間界に帰るか魔王になるかまだ悩んでいる。話は逸れたが、今はとにかく魔王は実在しないということだ。そんな魔王がいないこの時代で魔王を名乗る者の登場には、それはそれは誰もが怪しむものだ。しかし、その自称はただのハッタリではないのも確か。その証拠がヤロベアムが詠唱した第三部の闇。奴は確実にレメゲトンを持っている。いったい、ヤロベアムは暗殺部を使って何を企んでいるというのだ。

「前にカイムという暗殺部の副部長が証言していたわ。そのヤロベアムという謎の者が、そう、アンタの暗殺を依頼したってね」

「俺の暗殺……? なるほど。だから奴はああ言っていたのか」

カイムと初めて会ったとき、その序盤からカイムは『てめぇを殺すと一億シェケルが手に入るのでな、まずは依頼を完了させる』と言っていた。最初は、そこら適当の悪質な生徒が変な依頼デマを暗殺部に流して俺を殺させよう的な悪戯かと思っていたが、依頼者がその歴史を越える魔王だったというのか。その証言で尚更明らかになったのは、フェニックス護衛時、シトリーの空間バリアーを無力化させたのは、そのヤロベアムが不死鳥暗殺計画に加担していたことだ。

「いい? 暗殺部に依頼したアンタの暗殺はまだ続行している。闇の取引の真の正体はヤロベアムよ。今後とも暗殺部はアンタを狙ってくるわ。だから用心しなさい」

「……分かった。貴重な情報の提供感謝する。その代わり俺がお前を暗殺部の関係性を断ち切ってやる」

「……予言するわ。その約束は必ず達成できない、とね」

ここまで丁寧に暗殺部の内部情報を話してくれたのだ。それは暗殺部に対する裏切り当然の行為。危険を冒してまで話してくれたというのに、お礼として、暗殺部との尻尾を断ち切るつもりで言ったのに、セーレはどや顔でできないと予言付きの宣告する。そこまで俺の事を信用していないのか。あるいは素直になれない照れ隠しなのか。相変わらずの毒舌だ。

「さて、アンタは今からグラシャ=ラボラスを救出してブネを倒すわけね。私としてもあのウザったいブネを殺してくれるのは嬉しいことだわ。だからこれを持っていきなさい」

セーレは左手から泡を出し、破裂。するとそこから切断面が生々しい右腕を出してきた。右手の筋肉がこわばっているからか、右手がグーの握られたまま固定されている。あの海水の中放置したからか、干からびた右腕からすっかり潤っている。

「アンタが自らブッタ斬った右腕よ。まさか右腕で受け止め、挙句自ら斬るなんて、ホントアンタはウァサゴ並みの大胆さを持っているわ」

「褒めているのか馬鹿にしているのか」

「馬鹿とは自虐ね。賢い行いだって言ったはずわよ。あのまま右腕を放置していたら、穂は明らかに膨れ上がっていたわ」

回復の瓶を歯で挟み固定。とりあえず左手で受け取り、互いの切断面をくっつける。顔を切断面同士の右肩に近づけて、上下に揺らし、瓶を揺さぶる。瓶の中から回復の火種が舞い降り、右肩を燃やす。燃えた途端、皮膚や筋肉は勿論、骨に神経や筋までもがくっつくのを実感し、再生された。そのとき、復活した右手の掌に何か硬い物の感触がある。グーにこわばっていた右手を開けると、それは水が入っていた小さな瓶があった。

「それは聖水。悪魔が嫌う水ね」

「この魔界に聖水なんてあったのか」

読んで字のごとく、見て分かる通り、もはや説明不要の聖なる水だ。悪魔に聖なるものは極めての特効薬になる。仮に飲んだら内側から肉が消化。皮膚に垂らしても消化と、悪魔にとってそれはそれは恐ろしいお水だ。

「ほんの限りの池からだったけどね。私も聖水は苦手だけど一応持ってた。どうせ私には使えないし人間のアンタなら使えこなせれるわ。アンタが飲めば魔力も回復するでしょうし、気に食わない奴にぶっかけるも良し。好きに使いなさい」

「では有難く使わせてもらう」

瓶のコルクを開け、その僅かな量の一部、ほんの一滴を口の中に入れ飲み込んだ。すると、俺の中にある魔力が溜め込んであるダムに魔力が再生された。

「うむ、これでもう一度戦える」

「別に体力が回復するわけでもないけどね」

「体力はどうでもいい。俺は今すぐグラシャを助けなくては……」

「ええ、ついでにブネをも倒してちょうだい。あいつのせいで、海のお魚たちはあいつに改造されたわ……」

「一応聞いておこう。ブネは何者だ?」

ドクターコートを着て、更に生体実験をすると言っていた。どうやら生命体を医療的操作する医者のようだ。一方でバーゲストに憑依させた黒犬同士で交尾させたり、鷹獅子グリフォンになることができるラボラスを飼物ペットにするなどと、動物虐待のとち狂った一面が多く見える。

「三年生で暗殺部のヒーラー。奴は命ある者を自分好みに改造し、生物兵器を作る藪医者よ。今回はラボラスを使って、また生物兵器を作るつもりね」

「なに、ということはグラシャ=ラボラスは既に手術されているのか……!」

「ええ、だからほら急いで」

そういえばブネはグラシャをさらい、アジトの影に消えていった。セーレはその時間風ぎだったというのか。

 セーレの足の先に、丁度アモンのアジトが建っていた。ただでさえこの街は広いから、偶然近くにアモンのアジトが近くにあってよかった。

「ブネの手術室はあの奥の部屋の地下。でもいい? ブネは用心深い性格でいつも策を転じている。地下までの道にこれまで作った生物兵器がきっと仕組んでいる。覚悟して行きなさい」

その用心深さ故に、俺に暗殺依頼をしたラボラスが居るのにも関わらずバーゲストの軍団を学校に寄こしたのか。

「ああ。お前は今すぐに善魔生徒会に戻って策を考えてくれ。もうあまり時間はなさそうだ」

「そうさせてもらうわ。あなたと一緒に同行して、ブネと正面に対峙したとき、あのウザったい面から何言われるかと思うとストレス溜まるし」

セーレは立ち上がり、アモンのアジトとは逆方向の道へ背を向けた。

「……少しはアンタを見直したわ。人間だから弱小な奴だと思っていたけど、少しは見惚れちゃったかも?」

「こちとら迷惑掛かっていたがな」

「相変わらずの毒舌ね。可愛げのない」

「お前に言われたくない」

そしてセーレはこの街の出口へと歩き、その背は徐々に小さくなっていった。

「感情で海を操るセイレーン……いやはや、海の静かさは奴のクールさだったのだな」

あの毒舌はもしかしたら、相手をわざと罵り、他者の視点から嫌われ者になることで、あえて遠ざかり人間関係にストレスを感じさせないようにしていたのかもしれない。あまりにも強力すぎる神の所業に匹敵する能力、しかし、ただのストレスで海を大きく揺るがす代償故に、ヒトとの関わりから遠ざかられる運命を背負っていたんだな。孤独ほど痛いものはない。その痛みを知っているからこそ、ヒトに優しくできる。俺もウァサゴもグラシャも……だからセーレもそのうちできるようになれば、俺としても嬉しい。

「……さて、では時間はかなりかかってしまったが、まだ無事でいてくれ。グラシャ……!」






いよいよブネとの最終決戦ですね……!

 ブネの手術の時間稼ぎとして、善魔生徒会に侵入していたスパイセーレはレハの前に立ち塞がるも、彼の説得で後の事を託し、ブネの討伐を頼んだ。さて、ここからどう展開が転がっていくかを今後とも読んでくだされば幸いですっ! それでは!

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