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ソロモン校長の七十二柱学校(打ち止め)  作者: シャー神族のヴェノジス・デ×3
第三章 鷹獅子護衛編
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三十死話 血と水

 キャタピラの進行のままに、アモンのアジト正面から侵入した。俺も急いで扉を蹴り、中に入る。濃い影の中、グラシャはその奥に連れ去られ、俺は追いかける。この先にあるのは罠なのは間違いないが、だからと言って立ち止まるわけにはいかない。このまま突っ切るのみだ。ひたすらグラシャを追いかけ、濃い影の中単身突っ込む。進むにつれて、影の先に奥の部屋が見えてきた。闇はグラシャを連れたまま奥に進み、俺も奥の部屋に入る。すると、この室内は、空間に異様なものが浮かんでいた。

「音符……?」

透明な水で出来た音符が複数、天井付近で浮かんでいた。

「罠にしてはあからさまだな。警戒せねば」

目の見えるところに罠を設置させるとは、よほど引っかかることに自信のある罠なのだろうか。だが正体の知れぬ罠だ。油断はできん。

 グラシャの闇像はこの部屋の奥に止まり、行き止まりだ。そのとき、奥の壁の影から、うっすらとヒトの姿が見えた。

「その肌色に魔術書。間違いない、あなたがレハベアムね」

「貴様はっ!?」

影から姿を現した。その恰好は、黒いゲーティア校の制服の上に黒いドクターコートを着て、眼鏡を掛けている女性だった。

「私はブネ。暗殺部の三年生よ。よろしく」

「ブネ……! ラボラスに俺を殺すよう依頼した取引者」

するとバリアーの箱に閉じ込められているバーゲストの妖精たちの動きは止まり、ずっとブネの方を見ている。

「そして、お前がバーゲストの妖精を操る能力者だな」

やはりこのバーゲストの妖精たちは飼主であり能力者のブネの方向へ指していたのか。

「ええそうよ。まさか、ラボラスがあなたと同行し裏切っていたとは、流石にびっくりしたけどね」

どうやらブネは、ラボラスが二重人格者だということは知らされていないらしい。グラシャの存在は知らされていない。そのことで、ブネはラボラスが善魔生徒会に裏切ったと勘違いしているらしい。

 ブネはグラシャの闇像に右手を置き、次なる言葉を発した。

「だから、とある依頼者の支援で、ラボラスを闇漬けにしてここまで運ばせていただいたわ」

「とある依頼者……? おい、まさかそいつが第三部の雨を降らしたのか?」

「第三部の雨……? 何を言っているのか分からないけど、そう、その依頼者が闇の雨を降らしたのよ。依頼者曰く、その雨は全ての魔法、能力を封じ込め、尚且つ体を包むようにコーティングすることができるって。だから裏切ったラボラスちゃんを闇で包ませて、こっちまで来させた。本当に便利な魔法です事。以前にも、あなたの仲間にいる空間魔術師のバリアーを溶かしてくれたしねぇ」

聞いてもいないのに深くまでベラベラと教えてくれたが、やはりな、確かにこの耳で聞いた。その依頼者が俺が持つレメゲトンの所持者だ。つまりレメゲトンはこの世に二つ存在することになる。その依頼者は暗殺部の部員だと思っていたが、そうではないのか。では一体何者なのだ。

「そいつの名前を言え」

「あら、それはダメね。我々暗殺部の良い取引様の名前を言うわけにはいかないのよ。プライバシー保護ってやつ? 無断で名前を言うのは社会的にマナー違反じゃなくて?」

「この反社会的組織のくせして」

「逆に社会的な偽善組織に何の価値があるのかしら」

とはいえ、聞ける情報は聞けた。暗殺部に支援をする依頼者が、レメゲトンを持つ謎の者だ。

「まあいいわ。これから私たちはあなたを殺す」

グラシャの闇像から手を放し、ポケットから注射器を取り出した。

「今は亡き副部長が欲しがっていたあなたの血を手に入れ、ラボラスに注入する。そしてラボラスを生体実験で色々弄って、完璧な飼物かいぶつを造るわっ!」

カイムに続いてこの女ブネも俺の血をお求めか。俺が持つ魔術書の正体が気付かれていない以上、流れる血の正体はまだ知らされていないだろうが、なんにせよ血を奪われるのはまずい。しかも凶暴性のあるラボラスに俺の血が注入されたら、俺の血には魔力がふんだんに含まれている。大幅な戦闘能力アップになるのは間違いない。暴走する。

「さあて、じゃあ、後は頼んだわよ。私たちのスパイ」

ブネは影の奥に向けて誰かに言った。

「スパイ……?」

影から同じくゲーティア高校の生徒が現れた。その姿は、清き水色の長髪で潤った肌をした美少女だった。

「セーレっ!?」

バーゲスト襲撃時に行方不明、もしくは戦死したと思われていた、善魔生徒会のセーレが暗殺部のブネの隣にいる。しかもスパイと呼んでいた。

「……そうか、なるほど。だから貴様には善魔の欠片が微塵も伝わってこないわけだ。堂々としたスパイ生活だったな」

スパイの割には善魔らしき姿勢はなく、むしろ悪魔による毒舌な正論をぶちかましていた。暗殺部の仕事とはいえよくもまあ、堂々と善魔を演じなかったな。善魔らしさがない、という時点で不自然に怪しむべきだったか。

「ええ、正直胸糞悪い生活だったわ。そんな生活にわざわざこの私が善魔を演じるなんて、私自身阿保らしく感じてね。素のままの私をやらせてもらったわ」

ドストレートにものを言うセーレ。逆に悪の清々しさがとても伝わる。心に思ったことはストレートに言う性格だな。

「ケッケッケ……じゃあ、ご対面の挨拶はいいから、さっさと殺してくれる?」

「ええ任せて」

するとセーレの右手にハープが召喚され、手に持った。対する俺は右手にレメゲトンを召喚させ、臨戦態勢に入る。ブネは俺に向けてニヤリと笑みを浮かべ、グラシャの闇像を抱えて壁の影に行って消えた。

「待て、ブネっ!」

だが、セーレが壁の影の前に立ち、俺の行く手を塞ぐ。

「レハベアム。あなたの闇は私とて厄介なのは間違いない。だけど、先に言っておくわ。あなたは溺れて死ぬわ」

善魔生徒会に忍び込んできたスパイセーレを倒さないといけない限り、先には進めないということか。

「予言か。大した自信だ」

「……戦いはもう既に始まっている。そんなことも気づかないなんて、インテリ系のあなたも意外と馬鹿なのね」

「なに?」

セーレの左掌が俺に向けてきた。その掌から水が放射してきた。噴水放射は俺へ真っすぐ伸び、俺は咄嗟に右にかわす。噴水放射は壁に直撃し、砕けた。

「なんという威力。だがそんな水、俺の前には無力」

レメゲトンを開き、第三部を詠唱する。

「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」

左手に魔法陣を浮かせ、魔法陣から闇の塊を出す。……というつもりだったが、なにかおかしい。左手に魔法陣が浮き上がらない。

「なに、なぜだ。なぜ魔法が出ない?」

詠唱になに一つの失敗はしていない。なのに魔法が出ない。どうしてだ。

「はっ、まさか、魔法封じの結界……!?」

その名の通り、詠唱しても魔法を出なくさせる結界のこと。魔術師である俺にとってかなりの痛手となる結界だ。

「この水の音符がそうかっ!」

この室内に浮く水の音符が、俺の詠唱の声をかき消し、詠唱を封じているのか。だから魔法が出ない。

「そうよ。あなたはここにやってくると踏んで、先に魔法封じの結界を張らせてもらったわ。だから言っったでしょ? 『戦いはもう既に始まっている』って」

罠だとは分かっていたとは、まさかそれが魔法封じの結界だったとはな。かなりしてやられたな。これでは俺は魔法を出すことが出来なくなった。

「魔法専門のあなたにはとても辛い環境でしょう? だから私が楽にさせてあげるわ。この魔界の環境から逝かせてあげるのよ。多大なる感謝をしなさいっ!」

セーレの左手に水の柱が召喚され、柱が三叉槍に変化した。するとセーレは三叉槍を構えて俺へ間合いを詰めてきた。

 仕方ない、ここは魔法抜きで戦うしかない。俺は魔法で相手の魔法や能力を封じ、レーザーや七十二本の柱槍で遠距離、近寄る者には死者の怨念の衝撃を叩き込む戦法だったが、得意な戦法が封じられた今、あの剣全てに頼るしかない。

 攻寄るセーレは、三叉槍による中距離な間合いを俺に入れ、突いてきた。

「死ねっ!」

対する俺は左手にダーインスレイヴを召喚させ、瞬間的に右へ振るい、三叉槍の刃に剣身を叩き込んだ。突きの軌跡はいとも簡単に逸れて、セーレは体勢を崩した。

「なっ!」

右へと振るった剣身を、今度はセーレへ薙ぎ払い。左横へ剣身を振るうが、セーレはすぐさま体勢を立て直し、一歩後退した。俺の斬撃はくうを切った。

「まさか剣を持っていたなんてね。しかもその剣、伝説の剣じゃない?」

「……ダーインスレイヴだ」

「暗殺部に属していたから知っていたけど、それカイムが持っていた剣ね。なるほど。カイムから奪ったの」

「何か悪いか?」

「ええ悪いわ。あなたは今までその魔術書だけで戦ってきたと思っていた。この魔法封じの結界を張ってあなたの絶望に染まった顔を見たかったのに、余裕な表情で待ち構えていると思いきや案の定カイムの剣を持って……私の作戦が半ば失敗してイラッてきたのよ」

「それはつまり、貴様の知数が俺より下ということだな」

「なんですって……?」

「悪いが、俺はお前を殺し、早く依頼者を助けないといけないんだ。スパイだろうと元仲間だろうと躊躇なく殺す。覚悟はいいか」

セーレに向けてダーインスレイヴの剣先を向け、殺気を放った。

「俺はできている。悪はこの俺が断ち切る」

「ほざかないでっ!」

セーレはハープを水に戻し、両手で三叉槍を構えた。三叉槍を俺へ左から薙ぎ払いするが、俺は後退。三叉槍の穂はくうを斬り、その隙に俺は一歩前へ踏み込み、ダーインスレイヴの剣先でセーレに向けて突く。対するセーレは左へ体を避けて、突きをかわす。同時に三叉槍を引き、返しに三叉槍を俺へ左から隙の俺に振るう。だが、右腕に流れる血を硬め、襲い掛かってくる穂の前に差しだす。皮膚は斬られたが、鉄の高度を持つ血管ががっちりとその穂を受け止めた。

「その剣の能力の仕組みのようね」

「ああ、便利だろう」

「でもいいのぁ? 私の水はどこにでも侵入するのよ。ネズミのようにねっ」

俺に触れている一本の穂が突如水になり、俺の皮膚に浸透した。

「なに」

咄嗟にセーレから間合いを離し大きく後退。しかし水となった穂は完全に俺の右腕に沈んだ。

「皮膚は水分を含んでいるのよ。水と水が合わされば一体化する。そしてあなたの右腕にはこの三叉槍の一本の穂が含んでいるわ。つまり、これがどういうことかわかるわよね?」

「はっ、まさか……まずい……!」

俺の皮膚の水分に三叉槍の穂が含まれているとなると、俺の右腕の中に穂が存在するということになる。そのとき、俺の右腕に、皮膚に同一化した穂が内側から出てきた。

「ぐああああああああああああああああっ!」

穂は肉を切り裂き、俺の血が溢れ出てくる。

「コップにおかわりした水は一緒に混ざるのよぉ? 油じゃあるまいし。そして水分に同一となった水は、更に大きくなる」

穂は右腕の水分を吸い取り、大きくなっていく。大きくなるにつれて肉を引き裂き、ダメージが重なっていく。

「ぐああああ……こ、こいつをどうにかしなくては」

この穂は水分を吸い取る。仮に空いた左手でこの穂を引き抜こうとして触ろうとしたら、左手の水分までもが吸い取られる。そうなっては俺は水分不足になり戦意が失ってしまう。それだけは防がねばならない。左手に持つダーインスレイヴを上げ、その剣身を俺の右腕に下した。刃は右腕の肉を切り裂き、離した。

「ぐうううう……や、やった、斬り離したぞ」

切断した右腕は床に落ちた。そのとき、右腕に生える刃は思う存分水分を吸い取り、俺の右腕が萎んでいった。その有様はミイラのように、虚しく醜い。

「ううう、あんまりだ……俺の腕が……」

この右腕を持って帰り、フェニックスに手当をしてもらうとたら、完全に回復するだろうか心配になったが、今はそんな心配は不要か。右腕よりも俺やグラシャの命に比べたら小さいものだ。

「賢い行いね。でも大丈夫ぅ? 随分痛そうだけど」

今までセーレは水を操る能力者だと思っていたが、水分を吸い取る力までも隠し持っていたとは。意外と侮れない。右腕が使えなくなり、レメゲトンを持つ余裕もないのでは流石に厳しいか。詠めないのでは意味がないが。

「ふん、心配ご無用だ。お前が俺の水分を吸い取る気なら、俺はこの魔剣でお前の血を吸い取る」

「人間の水分なんて下水だけど、あなたを殺せるのなら飲んであげてもいいわ」

「それはお互い様だ」

俺とて悪魔の汚らわしい血を体内に入れるのはごめんだ。だがダーインスレイヴを扱う以上、そういう特性は仕方ない。慣れるしかない。

 再びセーレが俺へ間合いを詰めてくる。俺も左腕一本でダーインスレイヴを構え、奴が近寄るのを待つ。

 あの三叉槍、穂は二本になったから二叉槍なのだが、刺されるだけならまだしも、水分を吸い取り穂が大きくなるから、当たるわけにはいかない。だがそれはセーレとて同じ。このダーインスレイヴを刺せば血を吸い取り、脳や細胞への酸素補給ができなくなるうえに血液不良によって死亡することができる。お互い刃に当たるわけにはいかない状況のなか、戦技がものを言うだろう。戦闘能力のコントロールがうまくできれば、戦技で相手の肉を切り裂くことは可能になる。

 セーレはその長い槍のリーチを活かして、中距離に立ち右から払う。対する俺は槍のリーチ内に入り、右足を上げて、靴底で穂の口金くちがね、つまり柄と穂を繋ぐ接合部を受け止める。

「知っているか、槍の弱点を」

「なに?」

「こんな広い空間なら槍は確かに有利だろう。槍術の弱点は懐に入れば弱いというが、実はそれは嘘だ。結局は柄でも攻撃できる。柄尻で攻撃もできる。防御もできる。一見槍は全てが有利な点が多く挙げられる。だが槍の弱点は、習得が難しいという点だ」

「な、なんですってええっ! この私が槍術をマスターしていないとでも?」

「ああそうだ。ウァサゴのように細い腕をしておきながら圧倒的な筋力を隠し持っていたのならいざ知らず、お前の薙ぎ払い、余裕で受け止められた。だから腕でも受け止められるんだ」

セーレの槍での攻撃は振り後の隙が大きく、攻撃前の軌跡がいとも簡単に読める。本当に槍術をマスターしているものであれば、相手に攻撃前の軌跡は読ませない。自らを弱く見せているだけだ。

「マスターどころかド新人だ。聞きかじっただけで槍を振るっているのがその証拠だ」

「こ、これはただの攻撃でしょっ!」

「命のやり取りにただの攻撃、か。そういう意思がお前の攻撃を鈍らせるんだ。ただ生命体を殺すただの攻撃なんぞで、この俺の命を取ろうなどとおこがましいにもほどがある」

「じゃ、じゃあどうすればいいのよっ!」

「俺を殺す覚悟のない奴がそんな発言をする。お前のような暗殺部部員全員に教えてやれ。暗殺の心得を得てから殺しに来いとな」

靴底で口金を受け止めたまま床へ下し、穂は床に斜めに刺さる。口金に足で強く抑え、セーレの手は抑えられた槍のままに釣られて下された。

「ちょちょっ! は、離しなさいっ!」

そして右足に重力を乗せたまま左足を浮かせて、セーレの左頬に前払い。

「ぐふっっ!」

セーレを蹴り飛ばし、背を床に叩きつける。間髪入れず、俺は倒れたセーレに攻め寄せ、跳ぶ。セーレの真下に浮くと、ダーインスレイヴの剣先をセーレに向け、そのまま落下。

「え、ちょ、ま、ままままま待ってぇっ!」

戦闘中に似合わない、死を目前にタイムストップを要求する暗殺者には死を。俺はセーレに着地。ダーインスレイヴの剣先はセーレの腹真ん中に突き、剣身は体内へ切り刻んだ。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!」

激しい断末魔の咆哮。吐血し、血の飛沫が俺の顔に付着する。

「善魔生徒会をスパイしたのが運のツキだと思ったか? それは違う。暗殺者の心得、覚悟のない半端者は、黄金のように光り輝く覚悟を持つ者には勝てない。それが現実だ。こうして悪魔に虐げられる人間の俺がお前を殺せた結果は、全て覚悟の差なんだ」

これまで俺に襲い掛かってきた暗殺部の部員や、その他悪魔共にも同じことを言っている。面白半分で俺や人間界にいる人間を殺そうとしている奴らや、生命の尊さをいとも簡単に傷つける悪魔には、逆に殺されるかもしれない覚悟を持っていない。その覚悟の有無が勝敗を大きく左右する。

「お前自身に秘める覚悟やその意志が弱ければ、殺せるのは無抵抗な人間だけだ。相手を確実に殺すと決めた以上、その行いに覚悟しろ!」

これから死亡するセーレにダメ押し。そうすればあの世であれこれ反省するだろう。

「ぐふっっ! ……クッソォォ……まさか、こう……なるとは……思いもしなかったわね……」

とても弱った声でボソボソと独り言を言う。だが、不自然だ。こいつの眼差しは、生きているようにまだ強い。とても俺のことを睨んでいる。

「……ああそう、もう私キレたわ。潜入任務だろうとスパイだろうともう関係ないわ。アンタがその気なら、私だって、覚悟決めてあげるわああああああああああああああああああああああああああ!!」

「潜入任務?」

ポロリとセーレの怒鳴り声から耳に引っかかる発言が聞こえた。そのとき、セーレの肉体が突然と水となり、剣身を透かした。水は蛇のように床を這い、俺の前方に逃げた。俺との間合いを取り、水から肉体へと戻り、下半身が人魚のように大きい魚の体になった。

「ちょっとウァサゴとの約束を破ってしまうけれど、仕方ないわね。だって、アンタが私を殺そうとするからねっ!」

「何を言っているんだ貴様」

この俺との戦いの最中に『ウァサゴとの約束』を言い出した。どうやらセーレとウァサゴとの秘密の約束があったようだが、いったいそれが何の関係をしているんだ。

「知らなくていい。知らないまま、あの世に向かいなあああっ!」

あのクールなセーレが謎にむしゃくしゃに怒り、彼女から殺意の波動が俺の身に伝わった。激怒のあまり殺意が目覚めたか。暗殺者の覚悟が激怒とは、まさに感情に振り回されて殺意の波動がとても歪んで、力が無駄にそぎ下されている。そのとき、突然と地ならしが発生した。

「な、なんだ。地震か」

「地震? 違うわね。これは振動よ。そう、津波のねっ!」

「なに、津波だと?」

「窓を見てみなさい。答えは分かるわ。私の真の能力と一緒にね」

やけに自信たっぷりに言うから窓に目を向けた。すると、俺は幻覚を見ているのか、それはそれはとてつもなく高い波がこの街に押し寄せ、次々とビルを飲み込んでいった。

「……なるほど。海水を遠隔操作することが出来るのか」

このセーレ、海水を呼び寄せる呪文や能力の仕草は一切していない。人魚セイレーンになった途端、津波が押し寄せてきたのだ。

「私の意思は海の意思。私が怒っているときは海も怒っているのよ。だから津波が押し寄せてきた。海そのものが私の武器よ」

「感情で海を操作するのか。化け物か……!」

津波が押し寄せてくるにつれて地ならしが強くなっていく。このままアジトに待機していては俺は津波に流されてしまう。

「この私を本気で怒らせたことを、自然災害もろとも後悔しなさいっ!」

まさに神の所業。己の感情だけで世界崩壊を招きかねない威力を持つ。このセーレ、只者ではない。

 そういえばこのビルは上階へと行けるはずだ。ビルの耐久が心配だが逃れるには上階へ行くしかない。今すぐこの空間から離れ、来た道を返す。

「逃げられるものなら逃げてみなさい。だけどあなたが私を倒さない限り、この海の怒りは収まらないっ!」

後ろからセーレが戦略的撤退をする俺に向けて煽ってきたが構うことはない。複数の窓が割れ、海水が後ろの部屋を浸水。濁った海水が思う存分押し寄せ、俺を襲ってくる。全力で走り抜け、背後に迫る海水から逃げる。アジト出入口すぐに階段があるが、前方の出入口からにも海水が浸水。海水に挟まれた俺は跳び、海水の挟撃から回避する。両足底を壁に付け、横に壁キック。階段に着地するも、海水はすぐに階段に押し寄せてきた。

「流れが強すぎる……!」

海水の激流は階段をあっという間に飲み込み、俺は必死に階段を駆ける。

「そうだ。この海水を逆に飲み込んでやる」

左手に持つダーインスレイヴを魔法陣で消し、代わりにレメゲトンを召喚。上がりながらレメゲトンの第三部を詠唱する。

「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」

この階段の十四歩目を踏んだ後、その段に魔法陣が出現し、闇の壁が生えた。壁は海水をたらふく飲み込み、無力化させる。この壁さえあれば海水は上階へ浸水してこない。

「え?」

しかし前へ見ると、その上階から海水が下降してきた。

「このビルはもう、すでに海の中なのかっ!」

後ろの壁から闇の一部を鷲掴み。その欠片を下降してくる海水へ投げ、咄嗟に壁へ展開。下降してくる海水を無力化させ、なんとか防げた。更に、壁は階段となり、外側の海水を飲み込みながら闇の段を上階へ進ませる。

「この津波を止めるにはセーレの撃破が必須……うむ、やれる。いくら津波であろうとも俺の闇では無力だ」

レメゲトンは今や使える状態だ。聖水でない限り俺の闇は流されない。上階へ階段となってくれる闇床を踏みながら、前ヘ進む。

 そして屋上へたどり着き、外を見渡す。このビルの屋上は無事なのだが、屋上の崖からすぐは海水だ。崖と海水の間に僅かな差さえない。もし万が一ビルから落下しても、プールのような感覚で海水が受け止めてくれるぞ。

「フフフフ、よくここまでたどり着いたわね」

そして、前方の海水にはセーレが待ち構えており、下半身を海に泳がし、上半身を外に出して肘を床に下していた。

「セーレ……貴様、この魔界を海で覆うつもりかっ!」

「この私を本気で怒らせたのが悪い……私だって怒るつもりはなかった。でも怒ったからにはこの津波は止められないっ!」

この街を沈めた海水だが、再び後方の奥にはそれを越える津波が押し寄せてきた。

「さあ、あの人間を、圧倒的な水圧で潰しなさいっ!」

セーレは海水に沈み、俺の前から去った。

「どいつもこいつも自然破壊威力を持って……俺こそ、どうなっても知らんぞっ!」

右腕を失った今、片腕のみであの津波をどうにかしなければならない。本来ならレメゲトンを持つ手と、レメゲトンの魔術で召喚された闇を持つもう一つの片手で俺は戦える。しかし今となっては、召喚された闇を持つのは難しく、足から魔法陣を設置せざるを得ない。つまり、毎回詠まないと魔法は出せないということになる。いつもなら最後に詠んだ魔法ならいつでも出せたのだがな。

「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」

右足が踏む床に魔法陣を設置し、魔法陣から闇の噴水が起きた。噴水は高く高く上がり、空中で分散。無数の水滴はこのビル屋上の床を染め、闇床にしていく。

「なんてこった……魔法陣一個につきこの程度の噴水しか出ないのか……これではあの津波に勝てない」

噴水程度しか出ない水の量であればあの津波には勝てない。津波を無力化させるのは簡単だ。しかし闇水の量が圧倒的に足りない。俺の魔力が尽きない限り闇水はいくらでも出せるが、生憎魔力の量はダム一個分しかない。襲ってくる津波に対し全ての魔力を放出すればなんとか無力化にさせることができるだろうが、魔法陣では蛇口の幅が小さすぎる。

「魔法陣を増やし、あの津波に対抗しなくては……!」

魔法陣を各ビルの屋上に設置し、蛇口を増やそう。魔法陣を多く設置できれば、その分闇水が多く出やすくなる。

「効率の良い方法を考えた。……我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」

レメゲトンから複数の紙を放出し、紙ドクロを作る。紙ドクロの軍団は闇の噴水を浴び、その紙の頭蓋骨は第三部の闇にコーティングされた。

「よし、行けっ!」

闇に包まれた紙ドクロたちは俺の元から分散。海水に沈んだこの街全体に行かせ、紙ドクロたちはその闇で海水を飲み込んでもらい、少しでもこの街から海水を減らす。

「さて、俺もぼちぼち身を隠さないとな……」

押し寄せてくる津波がもう目前に迫ってきている。闇床から壁を生やし、俺を中心にドーム状の壁を形成する。そして津波がこのビルを直撃。一方俺は闇のドームにより津波を完全防御。海水は闇の壁が全てのみ込んでくれている。

「さて、海水をたらふく飲むのは俺か、闇水を飲むのはセーレか。決着をつけてやる」

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