三十三話 闇と光
箱の中に蠢くバーゲストの妖精たちは、ただひらすら北へ北へ進んでいた。この先におそらく、妖精たちを使役している能力者がいる。そして同時に、この道の先にはあるアジトが建っていた。
「この先には、アモンのアジトが建っていた。まさかとは思うが、ラボラスに闇の取引をした暗殺部三年生のブネが、バーゲストの妖精の能力者じゃないだろうか」
アモンのアジトと同じ行先にたまたまブネがいるのか、そうではないのか。彼亡き後のアモンのアジトは今や無法地帯であり、とある組織が使っていたが、そのとある者が組織を倒し、がら空き状態となっていると聞く。
「そういえば、ラボラスとブネの取引が終わったあと、私が目覚めたとき、ラボラスは私にこんな事を言ってました。『ブネがこの私を飼物と呼びやがって』と」
「飼物?」
「はい。もしかすると、ブネはバーゲストにとり憑かせた犬を飼いならしていたのではないか、と今思うんです。もしあのままラボラスが飼物の服従を受け入れていたら、私たちグラシャ=ラボラスは黒犬となって善魔生徒会を襲っていたのかもしれません」
「ああ、十分にあり得るな。となると、ブネが今回の襲撃者で、アモンのアジトを占拠しているというわけか」
ラボラスに闇の取引を行った暗殺部三年生のブネが、バーゲストの妖精をこの世に召喚させた者で、尚且つゲーティア高校を襲撃させた。しかし腑に落ちない部分がある。
「ブネはラボラスに俺を殺すよう依頼した。ではなぜ、ブネはバーゲストでゲーティア高校を襲撃させ、善魔生徒会以外の者を憑依させたのだ? あのバーゲストの殺意は、明らかに仕組まれたものだ」
依頼者であるラボラスがいる学校になぜ襲撃させたのか、その点が不明で、依頼者ごと襲うなんて正気の沙汰ではない。結果的にウァサゴもバーゲストの術に引っかかったが、そもそも騒動の始まりはバーゲストの妖精が、善魔生徒会以外の生徒に憑依。そのとき、見回りに出かけていたシトリーとヴァプラはバーゲストにならず、それ以外の生徒に憑依した、という点が明らかに不自然だ。能力者の人的な意図がはっきりしている。
「きっと、ラボラスごとバーゲストの餌にさせたかったのでしょう。流石は暗殺部の三年生。やることなすこと外道です」
善魔生徒会は暗殺部の副部長カイムを倒したことで、今や対立がはっきり極面化している。バーゲストの妖精軍団を使って、俺たちを襲い、先に戦争を仕掛けた、とみて間違いないだろう。
「どちらにせよ、ラボラスは暗殺部に入ろうとしている。グラシャは善魔生徒会に入りたがっている。ブネを倒すまでは、グラシャ=ラボラスは善魔生徒会と暗殺部の戦争の大きな種だろう」
グラシャ=ラボラスの体は今や俺たちが守っている。ブネや他の部員にその体を奪われたら、それは善魔生徒会の敗北を意味する。何が何でも守り、ブネを倒さなくては。
「なるべくは自分の力で守ってみせます」
「いいや、俺が守らせてくれ。俺の闇なら、お前に襲い掛かる能力魔法は全て防ぐことができる。物理的に襲い掛かってきても、ダーインスレイヴの血で鉄壁を張ることも可能だ」
第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』の闇で能力や魔法を無力化させ、ダーインスレイヴから放出する血の鉄壁で攻撃を防ぐ。護衛なら俺はできる。
「その祈りの力は、ブネに思い切って叩き込んでくれ」
「……ありがとうございます。はい、ブネに生命の尊さを思い知らせてあげます」
「ああ。―止まれブネ」
歩みを止め、ブネの前に左腕を出す。
「敵、ですか」
「ああ、殺意が俺たちにかなり向けられている」
荒廃したビルが建て並ぶこの街の道に立つ俺たちに、多くの殺意の視線が集まってきている。
「隠れても無駄だ。出てこい」
すると前方、この道路を挟んだ二つのビルの入り口や奥の死角から、武装したゲーティア高校生が現れた。上階の窓からも顔を覗かせて俺を睨んでいる。
「あの人間がカイム先輩を倒しただってよ」
「とても嘘としか思えねえが、売られた喧嘩は買わないとなあ」
「人間の分際で悪魔に立ち向かうとは……許せんっ!」
「必ずや、暗殺部の恐ろしさたあっぷりと体に刻み込んで殺してやるう。ウケケケケ」
後方、左右のビルにも暗殺部部員が現れ、俺たちは完全に包囲された。その数、ゆっくりと数えている暇はないほど多い。
「おい人間……仲良しの善魔はどうしたんだあ?」
「まさかとは思うが……たった独りでこの数に喧嘩売るこたあねえよなあ?」
大勢の暗殺部部員がここに集められているとは思わなかったな。だが考えてみれば、ブネという三年生がゲーティア高校を襲撃したのだ。下級生の部員ごとバーゲストにさせるわけがない。襲撃戦を乗り越えたことを想定して、このビルを占拠し構えていたのか。
部員たちは剣や斧、銃を構えて、大勢の殺意を俺に向ける。
「あのお嬢ちゃんを奪い、ブネ先輩に貢献したらボーナスだ。全力で取り掛かれええええっ!」
掛け声に応じて、暗殺部部員が一斉に俺に向けて間合いを詰めてきた。
「ひいっ! レ、レハベアムさんここここれは……!」
グラシャは俺の背に体を寄せ、怯えた声で震える。
「グラシャ、お前は空間に溶けて眺めていろ。悪が善の前に消えることをな」
「ひ、秘策があるのですかっ!?」
「俺が何のためにこいつらの前に現れたと思う」
左手で指パッチンし、合図を鳴らす。予め街に入る前に紙ドクロの軍団を上空に配置させておいた。合図を聞いた紙ドクロは、下に向けて一斉にレーザーを放射させた。第三部『アルス・パウリナ』恒例のレーザービームの雨だ。
漆黒のレーザーは街に降り注ぎ、暗殺部部員の体を次々と貫く。
「う、うあああああっ!」
「こ、この雨は、黒獄の天秤にでも降ってきたやつだ!」
「な、なんでよりにもよってこの雨が!」
レメゲトンから更なる紙ドクロを放ち、暗殺部部員が占拠している複数のビルへ特攻させる。紙ドクロたちは顔を覗かせていた窓から侵入し、暗殺部部員に向けてレーザーを放った。この辺りは、上から左右からレーザービームが飛び出る混沌の地帯と化した。
「出てこいと言われて素直に出るとは、それでも暗殺者なのかこいつらは」
罠だと思っている釣り糸は賢い魚だ。そうは思わないから、今こうして俺の魔法に体が危険な目にあっている。馬鹿な奴らめ。
「えええい、まさかこの魔法は人間の仕業だなあっ!」
「あの人間を倒せばこの雨は止まるぞっ!」
流石に気が付いたか、貫く雨の中、暗殺部部員たちは再度俺に向かって走り寄ってきた。
「いいだろう、望むところだ。ちょうどダーインスレイヴが血に飢えていたところでな」
左手に魔法陣を出し、ダーインスレイヴを召喚する。
「お、おい待てストップっ! おい、まさかあの剣は……」
「ダーインスレイヴっ!? 噂じゃカイム先輩が持っていたとかなんとか」
「くそおお……今こそ、カイム先輩の敵討ちだあああっ!」
悪魔が死んだ悪魔のために敵討ちとは馬鹿馬鹿しい。返り討ちにして、あの世でカイムを再会させてやる。
「わ、私は透明になりますうっ!」
グラシャはその体を空間に溶かし、同化した。
第一人目、剣を両手で頭上に上げた部員が俺の間合いに入り、剣を思い切って振り下ろした。
「今こそウァサゴのものまね、してみるか」
右手のレメゲトンを魔法陣に預け、がら空きにさせる。その状態で襲い掛かる剣身に人差し指と中指を差す。剣身が右手を裂く前に、二指で挟み、真剣白刃取りを成功させた。
「な、なにいっ! こいつ指で剣を止めやがった……!」
暗殺部部員たちはその芸当に激しく驚き、一歩後退りした。
「意外と簡単なものだな」
もっとも、指に相当の力を込めているからか正直かなり疲れるが、この腕前を見せるだけでも敵の戦意を下げることぐらいできよう。
ダーインスレイヴを挟んだ剣身に叩きつけ、その剣身を真っ二つにする。
「えっ、鉄の剣が斬れたっ!?」
「軟な剣では俺を斬ることはできん」
驚いている隙に、挟んでいる欠けた剣身を奴の左目に投げ、剣先は左目を突き刺した。
「ぐああああ、目が、目があああっ!」
「軟な剣では斬ることができないだとう? 本当かどうか試してやるっ!」
第二人目、俺の右から大声を出して襲い掛かってきた。対する俺は右腕を出し、右腕でその剣を受け止めようとする。
「なめやがって、斬れても知らんぞおおっ!」
その男は剣を思う存分剣を振り下ろし、右腕に命中。皮膚は斬られ、本当に切断される直前、剣身が俺の血管に衝突。衝突したとき、耳にうるさい金属音がした。
「き、金属音……? な、なぜ剣と腕がぶつかったら金属音が!?」
「いやそれ以前に、なぜ右腕が斬られねんだっ!」
血管に衝突した剣を引くと、その剣身にはヒビが入っていた。
「な、なにいっ! 剣にヒビが!」
「あいつの腕、どんだけ硬ぇんだっ!」
俺の身体的奇跡に暗殺部部員たちは更に恐れ慄く。
「このダーインスレイヴは血を操る能力を持つ。したがって、右腕に流れる血を硬めた。血は鉄分を含むから、これぐらい分かるよな」
言わずもがな血は鉄分を含む。その鉄を凝縮させ硬くした。血流の外側だけ硬くさせ、内側は血が流れている。だから鉄分の本来の仕事、酸素を運ぶことも忘れず、かつ体外からの攻撃を守る。勿論、皮膚への攻撃は痛いがな。
「ば、化け物かこの人間は……!」
焦る第二人目の部員に間合いを詰め、左手のダーインスレイヴを横に振るい、腹を斬る。その傷口から大量の血が流れ、ダーインスレイヴはそれを欲しがるように微動し蠢く。
「さあて、買われた喧嘩の代金はまだもらっていないんだ。覚悟しろよ」
右手にレメゲトンを召喚させ、剣と魔術書の戦闘スタイルにする。
後退りする悪魔の背後にレーザーが降り注ぎ、万引きを防ぐ。
「くっそお、このままなめられては悪魔の恥だ」
「暗殺対象の前に逃げるのは暗殺者の誇りが失せる。襲い掛かれえええっ!」
群れを成して俺に襲い掛かってきた。第三人目は前方から斧をもって、横に振るうも、その大振りは俺に後退するチャンスを与え、なんなく回避。第四人目は俺の背後に迫ってきて、剣先で突き刺そうとした。だが先に、ダーインスレイヴの剣身を背に構え、突きを剣身で受け止め。前方の敵から間合いを離したところで、レメゲトンの第三部『アルス・パウリナ』を相手に見せ、紙からレーザービームを放ち、顔面はレーザーに貫かれる。背後に構えたダーインスレイヴを上から振るい、突いてきた剣身を弾く。そして前方に立つ第五人目の頭から股間を斬る。その一閃による傷から大量に血を吹き、ダーインスレイヴの剣身は思う存分吸収する。そして己の体を軸に右回転し、第四人目の腹を斬る。第六人目は右から拳で俺に殴ろうとしてきた。対する俺は右手に持つレメゲトンを閉ざし、その表紙で拳を受け止める。すると第六人目はレメゲトンに触れたことで呪力が働き、生命を吸収。根こそぎ生命力を奪い、体が沈もうとした。そこで左足を上げ回転、奴の頬に踵蹴り。こいつの体を右の群れに蹴り飛ばす。部員同士の身体衝突で群れは後方へドミノ倒しのように倒れる。俺は右に突入し、倒れた悪魔を土台して高く跳んだ。
「うごお、こ、こらあっ! 土台にすんじゃねえっ!」
空中を舞いながら、剣先を群れの頭上に向け、奴らの血で出来た弾丸を飛ばす。
「ぐはああっ!」
「て、鉄砲玉だこりゃあっ!」
撃ちながら、俺は第一部『ゴエティア』を開き、詠唱。
「エロイムエッサイムエロイムエッサイム 我は求め訴えたり」
空中を舞う俺の後方に魔法陣が浮き上がり、今度は七十二本の柱槍が頭上へ発射される。
「う、ごえええええええ、に、逃げろおおっ!」
逃げようにも、個人個人は他人の体が邪魔で身動きが取れず、放たれる柱槍は、部員たちを激しく襲い、無残に体が貫かれていく。地を強く刺し、地中で止まった。俺は左の群れの頭上に着地し、ついでダーインスレイヴで首を斬る。更に跳び、他の部員の頭上に着地。ダーインスレイヴで首を斬り、跳び、頭上に着地、首を斬り、を繰り返す。
「あの動き、まるで暗殺者の動きだあっ!」
そして群れの外に出て、地に着地。
「ま、まだだ。まだまだ襲い掛かれええええっ!」
群れで俺へ間合いを詰めてくる。俺は冷静にレメゲトンを開き、第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』を詠む。
「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」
俺の足元に魔法陣を出し、そこから闇の水が噴き出た。黒い噴水は上空まで高く飛ばされ、水滴として落ちてくる。
「ふふ、悪いが、お前らの負けだ。観念しろ、兵力が違うっ!」
水滴はそれぞれが闇の剣と変形し、更に紙ドクロ同士紙を重ね合い、紙でできた俺の分身、紙ベアム軍団を結成。紙ベアムは降ってくる闇の剣を左手でキャッチし、俺の前に群れた。
「な、なんだこれはああっ!」
「不気味だっ!」
闇の剣を構え、右掌から闇のエネルギーを集め、いつでもレーザーを出せるようにさせた。
「くっそおお、掛かれ掛かれええっ! なんでもいいから突撃しろおっ!」
「ええいやけくそだっ!」
暗殺部部員の群れは、紙ベアム軍団に突撃。しかし、複数の右掌から放たれる闇のレーザーで暗殺部部員は次々と返り討ちを受けた。レーザーを抜け、紙ベアムの間合いに侵入した部員は、それぞれの武器で紙ベアムに振るうが、闇の剣で受け止められ、数の暴力による合戦が行われた。が、優勢は紙ベアム軍団で、数で上回る紙ベアムは部員たちの背を斬りつけ、複数人で剣を突き付けた。
「こ、殺され……」
「ひ、卑怯だぞ、ぐふああああっ!」
次々と殺されていく悪魔に対し、俺はフッと、つい笑いが噴き出た。
「フフフフ……フフフ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハっ! クハハハアハハッハハハハアハハハ、これは最高傑作だあ。悪魔が、次々と死んでいくう! これを見て笑わずにいられるかクハハハハハアハハハハハっ!」
俺という人間独りに多勢で殺しに来た暗殺部の悪魔たちが、人間によって敗北した。散々強気に出ていたその面が今や恐怖に歪んでいる。これほど良い気味なことはない。
「あ、あの、レハベアムさん……?」
ここで左からグラシャの声がした。左へ振り向くと、俺の隣でグラシャが実体を表し、心配そうな瞳で俺を見つめていた。
「流石にあれはやりすぎなのでは……?」
「悪魔に情けをかけろと言いたいのか? 情をかけるほど相手は呑気な連中ではないんだ。殺さなければこっちがやられる。人間界がやられるんだ。俺が死ねば人間界を守ることはもう誰にもできなくなる。そういう使命感を持っているから、俺が悪魔を殺さないといけないのだ」
相手が俺を殺しに来ているということは、すなわち、相手も殺される覚悟の上でやってきている、と判断して俺は魔法を詠む。そういう覚悟のない戦闘員は部隊の足手まといだ。だから殺されて恨んできても文句は受け付けない。どっちみち、悪魔は俺を惨殺に殺そうと考えている。俺がおそらく死んだら、全員で俺の死体を痛ぶり、何度も傷口を剣で刺すだろう。だったら、その思考どおり、俺もそうしてやるまでだ。
「理想を語るのは自由だが、理想だけでは現実は越えられない。理想を叶えるには、まずは理想に敵対する者を排除し、そいつらを土台にして現実を越えるんだ。甘ったれることを言っていると死ぬぞ」
「……で、でも……私にはそのようなことできません……そのような、目には目を、歯には歯をのやり方では、平和は叶えられないと思います」
俺の瞳にまっすぐ刺すような強い目だ。何かしらの思考、信念に基づく強い眼差しだ。だが俺はあえて反論した。
「痛手のいたちごっこをするのであれば、もう二度と俺に逆らうことのないよう、圧倒的なダメージを与え、ひれ伏させるのみだ」
と言いつつも、我ながらウァサゴと同じような、力尽くによる平和の実現論だったな。とはいえ、説得に応じる相手ではないのも確かだ。今まで殺してきた悪魔の屍を無駄にするわけにもいかない。
「お前は本当に純粋に優しい者だ。俺やウァサゴと違う平和への理郎視をしている。だが、選択を誤るな。死ねば、俺たち善魔生徒会の宿願は永遠に叶えられないものになる。人間界は永遠に悪魔に虐げられるんだ。そういう未来は何としてでも避けなければならない!」
グラシャは俺の言葉を受け入れ、眼を下に逸らし、次なる反論を止めた。
「……確かに、私も人間界が悪魔の物になるのは嫌です」
眼を逸らした、ということは俺の言っていることに対し抵抗しつつも、俺の思考を受け入れたということだ。
「……いつか、俺やウァサゴが狂ったりしたら、そのときはお前が、お前の光で俺たちを正してくれ。何も、俺はお前の姿勢を全て間違っているとは思っていない。むしろ、お前の言っていることは確かだ。俺たちは所詮、戦うことでしか平和の道を歩めない兵士だ。死線を潜り抜け、敵の刃を避けて、血池を歩んで、茨を耐えて、敵を敵を倒すしかできない。だが、邪悪な敵を倒すだけでは平和は実現しない。お前のような、真に正しき優しき心が一番必要なんだ。俺たちの戦う意味はただ敵を殺すだけではない。その心を守るためでもある」
「レハベアムさん……」
「だからいいか。決して、その理想を捨てるな。その理想で俺たちを導け。正してくれ。確かに、俺とお前の平和論は似て非なるもの。お互いの線が交わることはないだろう。でも、お前の言っていることは俺にも分かる。俺だって人間だ。お前の良心を理解できないほど落ちぶれていない。お前の理想は、平和を叶えるためのいわば種だ。種が花へと成長するその間を、俺たちが何としてでも守る。理想がなければ平和は実現しない。それだけを心の片隅に置いといてくれ」
例えば戦争に荒れ果てた世界にとある一国。その姫がすべての国の統一による平和を叶えたいと言い出す。当然、その姫の演説に反発する兵士が居れば、共感する民がいるだろう。だが、世界に比べちっぽけな、本当に小さい平和の種がなければ、花は咲かない。無から花は実在しない。その種を毛嫌いし、姫の暗殺を企てる者がいれば、それこそ世界は崩壊する。その種を守るために、暗殺者を殺さないといけない。姫の力では暗殺の手から免れない。だからこそ姫に共感した兵士がいる。兵士が姫を、平和の種を守る。その役割を果たすために戦う。姫は平和のために演説する。平和を謳う姫と平和のために戦う兵士。お互いの役割を交換しても実現することはできない。その人が行う役割があるからこそ、真に発揮できる。俺の口や心から、平和のために謳うことはできない。平和のために悪魔を葬ることしかできない。戦うことでその種を守ることができるのだ。
「……分かりました。私の力で、レハベアムさんたちを導いてみせます。いつか、必ず」
「そうと決まれば、早く決着をつけよう。ブネを倒し、お前が善魔生徒会に入ってもらうためにもな」
「はいっ!」
そのとき、天空から雨が降り出した。
「雨か……こんな時に雨とは、回復の炎の火力が心配だな」
バーゲストに憑依させられた生徒の体力的に、一刻も早く回復させなければならない状況なのだが、雨が降ると回復の炎が消されてしまう。タイミングは最悪だ。
皮膚に落ちる雨の水滴。その水滴の色が、明らかに異様だった。
「え……黒?」
水滴が黒色で、皮膚以外にも地には既に墨のような黒い水溜まりがあった。上空から振り出される雨全体が黒い。
「不気味な雨だな……グラシャ、濡れると風邪を引くから空間に溶けろ」
「は、はい」
返事をしたが、なぜだかグラシャの体は透明にならず、体を空間に混ぜようとしない。
「……あれ? おかしいですね。なぜか体が透明にならない……?」
「なに?」
しない、ではなく、できないなのか。さっきまでは空間に溶け込めたはずだ。雨が降るまでは。
「……はっ! まさかこの雨……」
そういえばフェニックス護衛戦のとき、フェニックスを生徒会室に入れて、シトリーが空間バリアーで扉の前に設置した。空間バリアーは無敵の壁だ。何者であろうとも壊すことはできない。なのに、フェニックスは敵に追い詰められて、生徒会室から出て行った。それはつまり、暗殺部は空間バリアーをどうにかして生徒会室の中に侵入した。
では今回はどうだ。雨が降るまではグラシャは確かに空間に溶けていた。だが、黒い水滴に当たった途端、グラシャは己の体を空間に溶け出すことができなくなった。
「おいグラシャ。光を出してみろ」
「え? な、なんでです?」
そのとき、グラシャの皮膚に落ちた水滴が広がり始め、グラシャの体をコーティングし始めた。
「いいから、光を出せっ!」
「は、はいっ!」
グラシャの体から、聖なる祈りの光が照らされた。その光はグラシャに降りかかる黒い水滴が溶け出し、コーティングする黒い水は消えた。
「確定だな。とても信じられないことだが、この雨は、第三部『アルス・パウリナ』だ」
「パ、パウリナ?!」
「ああ……用心しろ。敵側に、俺と同じ、レメゲトンを持つ奴がいる」
無敵の空間バリアーを溶かし、グラシャの空間溶けを防ぎ、更に光に溶ける。この性質は、俺にとっておなじみの魔法第三部『アルス・パウリナ』だ。第三部『アルス・パウリナ』の闇は光を除くありとあらゆる魔法能力を全て無力化させることができる。更に固体と液体に分けることもでき、自由自在に動くことができる。しかも、レメゲトンは二つと存在しない伝説の魔術書。魔王唯一の魔術書なのだ。だから二つあるなど普通はあり得ない。なのに、この雨は明らかにグラシャの空間を無力化し、光に溶けた。
「グラシャ、その光を継続させろ。光が途切れたらお前は闇に飲み込まれてしまう!」
さっきのコーティングしようとした闇、明らかに魔術師による意図がある。俺もレメゲトンを持つから分かる。グラシャをパウリナの闇でコーティングさせて、捕らえる気だな。
「走るぞ、光が途切れる前に!」
「はいっ!」
聖なる祈りの光は使う度に制限がある。黒き魂を白く正し、己の体の中に取り入れた。白き魂が尽きるとグラシャは光を出せない。光が尽きるとグラシャは敵の闇にコーティングさせてしまう。
前へ前へ、漆黒の雨に打たれながらとにかく前へ走る。だが、俺たちの前方に、黒い水溜まりから突然と噴水を始めた。その噴水はやがて固体となり、巨大な上半身を作った。
「こ、これは……!」
太い腕を上げ、俺たちに振るってきた。俺たちは一歩地を蹴り後退。アームハンマーを避ける。
「これはいったいなんです……!?」
「第三部『アルス・パウリナ』の闇は固体と液体に分けることができ、動かせるし増やすこともできる。雨から降った闇の水でゴーレムを作ったのだろう……」
目の前に創られたゴーレムは、瞳のない顔で俺たちを睨み付け、再び腕を振るう。
「グラシャ、光であのゴーレムを破壊しろっ!」
「は、はいっ!」
グラシャの右手から眩い光が溜められ、球としてパウリナのゴーレムに投げた。光の球はゴーレムの体に当たると、闇はチーズのように溶解し、ドロドロに溶けた。
「さ、前へっ!」
溶かしたゴーレムを横切って、前へ走り進める。だがその先には、大量の黒い水溜まりがあり、ゴーレムが創られていた。行く手を塞がれたことで前進が止まった。
「ちっ、こうなれば俺が破壊してやる。これ以上グラシャに光を使わせるわけにはいかない」
レメゲトンを開き、第一部『ゴエティア』を詠む。
「エロイムエッサイムエロイムエッサイム 我は求め訴えたり」
俺の後方に魔法陣が浮きだした。魔法陣は触れることが出来ない結界だから闇の雨には無効だ。そこから七十二本の柱槍を解き放った。第一部『ゴエティア』による柱槍放射は魔法といえども、槍そのものは物理だから、第三部の闇に触れても消えることはない。
放たれる七十二本の柱槍はパウリナのゴーレムを次々と貫き破壊していく。だが破片が蠢きだし、壊された胴体へ融合し、元の上半身へと戻る。
「か、回復したっ!?」
「回復というより修復だな。第三部の闇はいくら破壊しても何度でも修復できる」
どこまでも俺が持つレメゲトンの闇の特徴を抑えている。信じられないが、やはり暗殺部にレメゲトンを持つ魔術師がいる。
「グラシャ、突破口はただ一つ。お前の聖なる光であのゴーレムたちを一気に滅ぼしてくれ。だが、お前の光は使う度に減っていく。祈りの光がなくなれば、お前は闇に飲み込まれてしまう。だから、大胆に使いつつ温存してくれ」
「そ、そんな無茶苦茶なっ!」
「無茶なのはわかっている。だが今はそれしかないんだ。それとも、光を温存してここに長時間待機するか? そのうち光は消え失せてしまうぞ」
この雨が降り続く限り、ゴーレムは増えてしまう。取り囲まれたら俺たちの負けだ。グラシャの光が無くなっても負け。だったら進むしか道はない。
グラシャは覚悟を決めた固い表情でうなずき、両手に間隔を保ち合わせ、光の球体を創る。
「どうか、道を開けてくださいっ!」
球体から複数の矢が放たれ、パウリナのゴーレムたちを無慈悲に貫く。貫通穴は闇の体へ広がり、溶けていく。こうなればゴーレムたちは動けない。
「走れ、全力でっ!」
俺はグラシャの手を繋ぎ、溶けるゴーレムたちの側を過ぎ去る。
「はぁ、はぁ……くっ、ひ、光が……」
グラシャの体を包む光が徐々に弱まっていく。流石に常に照らしつつ一気に光を放射すれば、光の効力は消えていくか。
「もうしばらくの辛抱だ。あそこにアモンのアジトがあるっ!」
ゴーレムの群れを抜けた先には、アモンのアジトが聳え立っている。あそこに暗殺部の奴らがいる。しかしグラシャの光が最低まで弱まり、闇の水滴がグラシャの皮膚にしたる。これではグラシャは闇に飲み込まれてしまう。
「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」
目には目を、歯には歯を。第三部には第三部にを、だ。闇の雨を降らすのであれば、闇の傘でグラシャを守る。左手から闇の傘を創り、グラシャの頭上に傘を広げる。
「大丈夫かグラシャ」
「あ、ありがとうございます……―ひゃあっ!」
突然とグラシャが左脚へ目を向けて声を上げた。俺も続いて目を向けると、グラシャの左脚に黒い手が握られていた。これも敵側による第三部の操作か。その手はグラシャの脚へ侵食し、コーティングが広がっていく。
「い、いや……闇が広が……」
「グラシャっ!光を振り絞れっ!」
「も、もうできません……!」
闇は脚から下半身へ、上半身へコーティングしていった。
「た、助けて……」
俺へ左手を伸ばし、物凄く怯えた声で助けを呼び、その瞳はフォローを求む念が詰まっている。
「グラシャアアアア!」
傘を捨て、彼女の左手を掴む。だが敵の闇が左手までもコーティングし、グラシャの体全体が闇に包まれてしまった。グラシャはまるで像のように姿が留められている。
「くそ、これをどうすればいいのだ」
そのとき、コーティングされたグラシャの足底に黒いキャタピラが生え、自動的にアモンのアジトへ一直線に進んだ。
「待てっ!」
俺はグラシャを追いかけるべく、アモンのアジトに走った。
ヴェノジス・デ×3です。
レハベアムの運命は如何にどうなるのか、レハベアムを倒そうとたくらむ謎の者ヤロベアムの正体は? そして運命を書く人間カタリキヨ レアは何者なのか……? 今度とも楽しみに読んでいただけたら幸いです




