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ソロモン校長の七十二柱学校(打ち止め)  作者: シャー神族のヴェノジス・デ×3
第三章 鷹獅子護衛編
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三十二話 どんでん返し

『形勢逆転したのはいいけど、これだけで終わらないのがこの私、カタリキヨ レアなのよね』

(カタリキヨ レア……?)

再び女性の人間の声がした。しかも、今度は視界は異文化の個室ではなく、人間の声だけが俺の中に響いた。

 一瞬、名前っぽい名前が聞こえた。苗字と名前のようだが、ウァサゴ・ロフォカレやグラシャ=ラボラスを除いては魔界全体に名前を二つに分ける文化がなく、尚且つ魔界に存在しないネーミングセンスだ。とてつもなく珍しい名前にしか聞こえない。明らかに魔界外の名前だ。

『ウァサゴ犬は未だ体力が切れず、再生し、更にっ! なんとラボラスが目覚め、レハベアムを二匹して襲うっ!』

(な、なにいっ!? ま、まさか……)

カタリキヨ レアとかいう運命を操作する謎の者が、この後に起きる運命を語った。

 ウァサゴ犬には、死者の怨念による爆発を直に与えたのに、まだ立ち上がるというつもりか。犬になってもタフな奴め。更にこのタイミングでグラシャの中に眠るラボラスが目覚めるのは、流石にまずい。俺は心の中切実に、カタリキヨ レアに向かって書くのを辞めろと必死に祈った。しかしこの女性、あのノート型機械に向かって言っているのか分からないが、やけに独り言の多い人間だ。やはり神聖さの微塵もない。あの機械にこれから起きる運命を書いていることであろう。

 足元に落ちている、体に亀裂が広がっているウァサゴ犬は、生まれたての小鹿のように、弱々しくありながらも力を振り絞って立ち上がり、眼光を俺に向ける。

「やはり立ち上がったか……」

俺は間合いを取るため、地を蹴り後退。レメゲトンを開き、いつでも詠む態勢にする。ウァサゴの口からバーゲストが出ていないから、再び目覚めてくるであろうとは思っていた。だから精神的ショックによる動揺は少ない。どこまでもタフな奴だからな。

「隙ありいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

そのとき、天空から勇敢な声が聞こえた。上を見ると、空から翼が生えた犬が俺に向かってダイブしている。

「殺意……!? あれはグラシャではない。ラボラスだっ!」

殺意以前に雰囲気で伝わるこの衝動。赤き右目がギラリと輝いている。

 俺は左に向かって転がり、ダイブを避ける。ラボラスが着地した闇床には爪が大きく食い込んでいる。

ラボラスは俺に不敵な笑みを浮かべて、口を開いた。

「へっ、うちのグラシャがお世話になったなあ……お礼として、てめえを食い殺し、一生善魔に近寄るなと躾けてやるよお……!」

「仇返ししか考えない悪魔にお礼を言われてもな、気持ちだけ受け取っておく」

「遠慮するなって。なあ。てめえの心臓を食い、私は更なる力を得る。そしたらその力で人間界を荒らしてやるよ。どうだ嬉しいだろ」

このラボラスは俺を殺すことで、暗殺部の生体実験を受けられるようになっている。グラシャはそれを望まない。だが説得に応じる相手ではない。こうなればグラシャにも覚悟をしてもらわないといけない。ラボラスが死んでもいいっていう覚悟を。でなければこっちの身や人間界が本気で危険だ。

「お前に俺は倒せない。圧倒的な絶望の闇に沈むのだからな」

挑発すると、ラボラスの眉間にしわが寄せた。

「あんまり私を挑発しない方がいいよ……人間が悪魔に対して、死因が挑発だなんて、不名誉な死に方じゃない?」

「悪魔が闇に沈んで死ぬってのも、悪魔にとっては不名誉な死に方だろうな」

「調子乗んなっ!」

ラボラスが両足を広げ、姿勢を低くした。翼を羽ばたかせて、空を飛ぶ姿勢にもなっている。

 そのとき、天空に浮くバーゲストの妖精の集合体が蠢きだした。

「な、なんだ。いったい」

大きな集合体は弱ったウァサゴ犬に向かってダイブし、その身を包み込んだ。すると集合体は群れたまま、巨大な犬の姿に変形し、巨大な黄ばんだ牙や爪が生えた。

「な、なんだこりゃあ? てめえの飼物ペットか?」

「こんな不気味な怪物ペットは知らないな」

バーゲストの妖精の集合体が、ウァサゴにとり憑いたバーゲストに更なる憑依をしたようだ。その結果、このような巨大な犬の姿に。今まで生徒らに憑依していたバーゲストの妖精たちが、今度はウァサゴ犬に憑依した。

 巨大ウァサゴ犬は遠吠えし、その声の衝撃で亀裂した地の破片が揺らぐ。そして、俺に向かって突進してきた。

「あっ! あの獣待てっ! 食い殺す気かあいつぅっ!」

続いてラボラスも俺に向かって走り出した。

「巨大ウァサゴ犬とラボラス、厄介な犬二匹の世話をしなくてはならないのか……! ちっ、こうなったら躾けてやるっ!」

巨大ウァサゴ犬に魔力はもうないから、ただの大きいタフな犬。恐るに足りぬ相手だが、問題なのはラボラス。こいつの能力は俺はまだ知らない。その上、二対一という不利な状況。だが場を支配しているのはこの俺だ。第四部による闇床と第三部によるレーザーの雨ならば、勝てるはずだ。

 向かってくる二匹のうち、ラボラスは翼を羽ばたかせて宙に浮いた。その突如、ラボラスの体が透明になり、空間に混じり込んだ。

「透明悪魔か。だが無駄だっ! 俺の闇からは逃げられんっ!」

ラボラスの影に接する真下の闇床から、針を真上に伸ばした。針先は宙に浮くラボラスに向かって伸びた。これで突き刺さり、透明になる能力は無力化される。だが、針は透明になったラボラスの体を貫かず、くうを突き刺す。ラボラスに命中していない。

「命中していないのか。なら、これならどうだ」

たまたま針の軌跡から外れていたのなら仕方ない。ならば、針から放射状に更なる針を飛ばし、必ず命中させる。全方位散り放たれる無数の針は、巨大ウァサゴ犬に命中。針霰で突進が止まった。一方、ラボラスはというと、針に撃たれ透明の鱗が剥がれ落ちるどころか、姿さえも見えない。

「なに、なぜ当たらないのだ……?」

三百六十度針を無数放っているのだ。時速移動で無数の針の軌道を避けるウァサゴ犬とは訳が違うのだ。

「八ハッハ残念だったなあ? 私の能力は、ただの透明悪魔ではない。空間そのものに混ざることでありとあらゆる物体をすり抜ける能力なのさっ!」

どこからか、この空間全体にラボラスの声が響く。

「すり抜ける能力……?!」

「あんたの闇はよ、触れたもの限定に効果が発動するんだろう? だが私の能力によって、この私を触れることはできない! つまり、私を闇に沈めるのは不可能ってわけさっ!」

第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』は、その闇に触れたものにのみ、魔法や能力を無力化する。あくまで空間に存在する闇で、空間そのものに触れていない。空間に同化することで、対象物をすり抜け、攻撃が命中しないということか。

「私はここだよおっ!」

背後から殺気を感じ取った。後ろにふり向くと、爪が伸びた右手だけが浮いていた。その爪は俺を既にひっかこうと攻撃に移していた。すぐさま前方に一歩出して、避けようとするが間に合わない。爪の尖った先端は俺の背を抉り掻く。

「ぐあああっ……!」

激痛が俺の肉体に走る。咄嗟に浮く右手に対し、闇床から針を伸ばすが、当たる前に右手が消えた。

「肉体の一部だけ空間に出すことはできんだよお。出さないとアンタに傷負わせられねえからな」

なるほど、何も全身を空間に混じるだけでなく、一部部分だけ混じらせないこともできるのか。その一部でしか攻撃ができない。でなければ俺の肉体もすり抜けて攻撃が命中しないから。

「だったら、話は簡単だ。攻撃してくる瞬間、その手を闇に染めてやる」

ラボラスが俺に攻撃するために、一部だけ肉体を見せるのであれば、それが闇に染めるチャンス。一度闇さえ触れさせれば、ラボラスは空間に混じることはできなくなる。カウンターを決めてやる。

「ふん、染めることができたら、の話だけどねえ」

今度は前方空中に、左右の翼が空間に露になった。その翼を俺へ羽ばたかせた瞬間、羽が高速で撃たれ、俺の肩に命中する。

「ぐうっ! は、羽を弾丸変わりに……」

「ほらほら、染めてみなよっ!」

連続して翼を羽ばたかせ、羽を次々と撃ってくる。対する俺は前方に闇床から壁を出し、羽の弾を防ぐ。逆に壁から闇の針を放ち、ラボラスに撃つ。ラボラスは急いで翼を空間に透明化させ、針は命中することなくくうを切る。

「私ばっかに気を取られていないかい? フフフ……」

突如として、俺の体が影に覆われた。背後に振り向くと、巨大ウァサゴ犬が立っており、左手を挙げてその肉球を俺に叩きこもうとしていた。俺は右に回避し、左手は空振り。闇床を叩き込み、コーティングした闇に亀裂ができた。

「邪魔犬は引っ込めっ!」

巨大ウァサゴ犬の手足四本に接している闇床から鎖を出し、手足を縛る。これで巨大ウァサゴ犬の動きを封じ込めた。だが手足を乱暴に荒く動かし、鎖を引きちぎった。

 第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』の闇に物理耐性は鉄ほどない。筋力だけでいとも容易くちぎったか。

「相変わらず憎い奴めウァサゴ……」

巨大ウァサゴ犬が大きな口を開け、俺に大接近してきた。俺を食うつもりだな。

「来るなっ!」

地を蹴り後退。その直後、俺の背に横向きの棒らしき物が衝突。その棒には、非常に悪意に満ちた一撃だと感じた。俺はその棒に打たれ、後退が防がれた。

「逃がすかよおっ!」

ラボラスの声が直に聞こえた。顔だけ後ろにふり向くと、その棒は翼であり、俺が後退したタイミングで翼だけを露にして、背を打ってきた。

「なに……貴様あああっ!」

翼の衝撃で俺は前方に押された。対する巨大ウァサゴ犬の口が俺に大きく迫り、その大喰らいの口で俺の体丸々、口腔の中に入れられてしまった。

「しまった。まさか、俺は食べられるのか……!」

なんとも鼻が曲がりそうな異臭に唾のベタつい粘膜。とても長居できない所だ。そのとき、舌が丸まり、俺は喉元まで飛ばされた。

「ま、まずい……! お、俺を飲み込むな。不味いぞおおおおおお」

喉の奥まで飲み込まれていき、俺の体は飲み込まれるがまま食道を転がり、全身に粘膜が纏わりつく。

「うおおおおおおお……!」

そして胃袋に到着し、胃酸の湖が見えた。このままでは俺は胃酸にダイブしてしまう。咄嗟に第四部を開き、詠唱した。

「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」

胃酸の湖ダイブまで残り一秒といったところだ。左手に魔法陣が浮かび上がり、闇塊を召喚させた。闇塊を胃酸に落とし、闇塊から物体の闇を床状に広げた。闇床は胃酸の表面を覆い、俺は間一髪に闇床に着地し、ダイブを防いだ。

「ふう、危うくダイへの一歩になるところだった」

脱出させられるときに必然とダイになるのはごめんだ。

「地獄への一歩なら手伝ってやってもいいぜ?」

胃袋の中で、俺の独り言に対する返事が響いた。俺の前にラボラスが存在を顕した。

「体外から体内へすり抜けたか」

俺を巨大ウァサゴ犬の体内へ押し打ったラボラスが、こいつも体内に現れた。地獄寸前まで追い詰めに来たというわけか。

「ブネのセンパイさんによお、私が殺した証拠としてアンタの一部を見せる必要があるのさ。だから胃酸ごときで死なせねえ。まあその心配は要らなかったようだがな」

ラボラスの体が再び空間へと消えた。この狭い胃袋の中、俺は何としてでもラボラスの攻撃を闇に染めなくてはならない。

 レメゲトンを閉ざし、周囲に気を張る。落ち着いて奴の攻撃を待つ。

「死ぬ準備はできたかあああ!」

俺の右肩の前に翼が現れ、右肩に強い打撲を受けた。

「ぐう……わ、罠に引っかかったな」

「なに……?」

翼の打撃部分に粘着性の第四部の闇塊が付いた。その闇は翼を侵食し、真っ黒に染めてくる。

「ば、馬鹿なあっ! な、なぜ闇に触れているんだ」

真っ黒に染めたことで、ラボラスの透明の鱗は剥がされ、ラボラスの体が露になった。

「俺が食道に転がるとき、表面を覆っている粘膜を体全体に付けといたんだ。その粘膜を液体状の闇と合わせて、俺の体に覆わせた。直接攻撃すれば必ず闇がくっつくようにな」

俺の第四部の闇は固体と液体、二つの性質を持つ。固体の闇を鎧のように俺の体に覆わせれば、ラボラスの攻撃に応じて鎧から針を出し、カウンターが決められるが、カウンターを決めるには俺の意図が必要だ。闇は魔術師の意図と魔力により、どのような物にでも変形する。どこからか襲い掛かってくるかわからない状況の中、カウンターをすぐに決めるには脳内指示による鎧からの針反撃では間に合わない。もし万が一反撃を外せば、ラボラスは俺に直接攻撃することはなくなり、ダメージを与えることがさらに厄介なことになっていた。しかし、粘膜性ならば奴の攻撃が俺に命中するだけで闇は自動的にラボラスに付着する。俺は最初から巨大ウァサゴ犬の体内で戦うことを想定していた。想定していたうえで俺は体内に入った。

「野郎……全て計算のうちってことかあ……!」

「あとは闇に沈めて、尻尾を思いっきり引っ張れば、ラボラス、お前は再び眠りにつく」

「……! グラシャの奴、私の弱点を教えやがって……! ふん、お前に私の尻尾は触らせはしないよっ!」

ラボラスは普通の翼と漆黒の翼を羽ばたかせて、俺へ滑空した。だが、漆黒の翼から巨大な闇の塊を作り、飛べなくなったラボラスはあえなく落下。

「おんぎゃあああ」

闇床に落ちると、闇床から鎖を放出し、ラボラスの体を縛る。仰向けになり、縛ることで行動を防いだ。

「ク、クッソオオ、動けねえ……! おいこの鎖を離しやがれ……!」

ラボラスが俺に向かって怒鳴り声をあげるが、今度は闇床は半液体状になり、ラボラスは徐々に沼と化した闇に文字通り沈んでいく。

「お、おいい……この下は胃酸だろ……このままだと私……」

「ああ。お前は、闇に沈んだんだ。そして溶け消え、ダイとして生まれ変わるんだ」

「い、いやだ……そ、そんなこと……ブボボボボボ」

ラボラスの上半身は闇沼に埋もれ、次に下半身が沈み、尻尾だけが残った。最初に言ったどおり、ラボラスは見事闇に沈んだ。

「さて、あとは尻尾を掴むだけだな」

ダイに生まれ変わる運命を受け入れ、圧倒的な精神的ダメージを受け付けたラボラスに、もはや反撃の体力は残っていまい。闇沼に沈みゆく尻尾に寄り、左手で掴み、思いっきり引っ張る。すると、尻尾に生えている毛が針のように逆立ち、そして弱ったように毛は力なく湾曲した。

「トドメはしっかりと刺したぞグラシャ。依頼者までもダイになってはいかないからな」

ブネを倒し、闇の取引を止めるよう依頼者であるグラシャまでもダイになっては、依頼は成功しない。闇沼はあくまでラボラスを脅すように仕組んだ、俺の意図だ。

 沈殿化を止め、グラシャ=ラボラスの体を引っ張り出した。赤き右目は白目を向いていて気絶している。青き左目は無事だ。だがどうやらグラシャも気を失っているようだが、先に目覚めるのはグラシャであろう。

「さて、あとはこの体内からどう脱出するか」

尻からの脱出だけは避けたい。となるとこの胃袋から食道へ逆戻りか。嘔吐のように脱出するのもなんだか気が引けるが、尻よりかは遥かにマシだ。

 そのとき、左の壁に突如と穴が開いた。

「……ウァサゴの体内、いったいどういう仕組みなのか、正直気になるな……」

今は犬の姿といえども、あの最強のウァサゴの構造がいったいどうなっているのか、あの穴を見たら気になり始めた。俺は悪魔の体内構造や仕組みは知らないから、勉強するついでに色々見に行こう。もしかしたら、次にウァサゴが暴走したときに他の弱点があるかもしれない。

 グラシャ=ラボラスの体を肩に置き、壁に空いた穴の先へ移動する。その先には、何やら大空間が広がっており、中央には、心臓がぶら下がっていた。心臓の周りにはバーゲストの妖精が無数、ゴミにうろつく蠅のように飛び回っていた。

「なぜ胃袋の隣に心臓が……?」

いや、冷静に考えろ。悪魔の体的にも、今やここはバーゲストの妖精に憑依された体内だ。バーゲストが存在する以上、何が起きてもおかしくない。

 そして、ヒト型の体をしたウァサゴが心臓の表面に一体化していた。

「ウァ、ウァサゴっ!」

ヒト型の時点で、あれはどう見てもウァサゴ本人だ。だがウァサゴは受け答えをしない。あの心臓の表面に埋め込まれているのが原因なのだろうか、気を失っている。

「今助けるぞ、ウァサゴっ!」

グラシャ=ラボラスの体を床に置き、第三部『アルス・パウリナ』を詠唱。

「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」

七枚の紙がレメゲトンから分離し、紙ドクロに変形した。七体の紙ドクロは心臓に向けて口を開け、レーザーを放射した。心臓に向けてレーザーが伸びるが、それを見たバーゲストの妖精たちが、自らの体を心臓の前に位置し、自らの体を盾としてレーザーを受けた。

「なに、受けただと。どうやら心臓は守りたいらしい」

あの心臓は巨大ウァサゴ犬の生命の元。妖精、もといウァサゴ犬の細胞セルとして守りたいのは当然か。

「だがウァサゴは何としてでも返してもらう。覚悟しろ」

七体の紙ドクロは俺から離れ、心臓を囲った。更にレメゲトンから複数の紙を放出し、紙ドクロを増援させる。レーザーを放つ紙ドクロと受け止める妖精が争っている隙に、第四部を開き、詠唱した。

「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」

左手に魔法陣が浮き上がり、純粋闇製の剣を召喚した。闇の剣でウァサゴ本体と心臓を切り離そう。心臓に向かって走り出し、間合いを詰める。そのとき、心臓が突如と明るく光り出し、俺に光線が放たれた。その速度は光速。あっという間に俺の左肩を貫いた。

「ぐふああああ……! こ、これは……光……?!」

走りを止め、右手で左肩の貫通穴を防ぐ。しかし血は止まらず、流れ出てくる。再び心臓が光り出し、俺は咄嗟に闇の剣の先端から壁を出し、防御する。だが、光線はいとも簡単に闇の壁を突き破り、俺の左胸を貫く。

「な、なにい……闇が、光に負けただと……?!」

右膝を床に下ろし、左胸の傷口を防ぐ。光を貫かれた闇壁は、貫通穴から溶け出し、気体となって消滅した。

「レメゲトンの闇に防げないものはないと思っていた。だが、そうは違う。まさか光だったとはな……いやはや」

これは完全なる慢心だ。今まで悪魔から光以外の魔法や能力を全て無力化させてきて、更に光属性の攻撃を受けたことがなかったから、光でも闇で防げるものかと思っていた。だがよく考えれば、闇という影に光は慈悲か無慈悲か敵うわけはない。光に照らせない影はない。

「しかし、なぜウァサゴの心臓から光が……?」

ウァサゴがいくら善魔といえども、悪魔の体に光属性は存在しない。更に言うなら悪魔は光に弱い。光が弱点の悪魔に光属性が存在しては、己の体が滅んでしまう。

「はっ、まさか、単純に考えたら、奴が善魔だからなのか……?」

善魔という意思が、悪魔が苦手とする光を克服させたのか。そればかりか、その秘めたる善魔の想いが、ウァサゴの心臓に光が芽生えたのか。

「今のウァサゴに意思はない。ウァサゴの光が、体内の異物である俺を追い出そうして暴走しているのか……!」

この巨大ウァサゴ犬の体内に蠢く異物の俺を、その光で殺そうと脳が命令をしている。だから心臓が俺に攻撃してきたのか。

「ウァサゴと心臓を引き離せば、光の暴走は止まり、同時にウァサゴはバーゲストの憑依から外れる」

今ここで俺が死ねば、ウァサゴは永遠にバーゲストに囚われたままで、そして誰にも止められなくなってしまう。善魔生徒会の宿願は永遠に果たせなくなってしまう。だから俺は死ぬわけにはいかない。人間界のためにも、魔界に光の平和をもたらすためにも。

 心臓から放たれる光線は周り、紙ドクロやバーゲストの妖精もろとも大広場の肉壁を切り裂いていく。もう俺の動きを止めている暇はなさそうだ。

「俺の闇では、ウァサゴの光には敵わない、か。ならば、最終兵器を使うしかないな」

闇の剣を捨て、左手を我が胸の前に差した。左手の下から魔法陣が現れ、ゆっくり上へ上がっていく。上がるにつれて鋼製の棒状が召喚され、左手を通過すると、その手で鋼の柄を握った。その先からは大きな鍔、連なり、両刃の剣身が姿を現した。剣先まで到達すると魔法陣は消え、俺は魔剣を召喚した。

「血を求める魔剣……ダーインスレイヴっ!」

この剣は、以前にフェニックスを狙ったカイムが持っていた伝説の魔剣だ。カイム撃破後、暗黒星の爆発でどこかに吹き飛ばされた魔剣を探し、使えるかもしれないと俺が隠し持っていた。それが今のようだ。

「俺に流れる魔王の血よ。魔王の遺伝子が作ったこの体の傷口を全て閉ざせ」

ダーインスレイヴに呼びかけると、言葉に反応するようにダーインスレイヴは赤く光った。そのとき、俺の体内に流れる血が蠢きだし、自動的に俺の傷口全て、血小板で防がれた。これで流血は塞がれ、体力気力低下は止められた。

「さて、初めてダーインスレイヴを使うが、こいつの切れ味はいったい……」

左手を下ろし、腕をまっすぐに伸ばし、ダーインスレイヴを振るう構えにする。

 心臓の光線で切られた肉壁の破片に、バーゲストの妖精が浸透した。すると肉片は黒犬の姿に変形し、次々と黒犬が生まれる。心臓の前に黒犬の群れが作られ、その内一匹が俺に向かってきた。俺に間合いを詰めてきて、跳んだ。ジャンプの勢いで俺に噛みつく気だ。だが俺は跳んでくる黒犬に対し、ダーインスレイヴを横に振るう。その斬撃は黒犬の胸に衝突。刃は黒犬をばっさりと裂き、いとも容易く切断した。

「ふん、なかなか良い。これならば心臓を切るのは容易いことだな」

ダーインスレイヴはやはり重いが、その重さにぴったりなほど切れ味も清々しく良い。鉄でも切れそうだ。黒犬の血がダーインスレイヴにつき、その血が剣身に浸透した。すると、その血が俺の体内へ流れるような気がした。まるでこのダーインスレイヴ、持つと途端に俺の血管と繋がるような感じだ。柄からでも、生き物のようにダーインスレイヴには鼓動が伝わる。

 一斉に群れが俺に走り出した。ダーインスレイヴを構え、間合いを詰めてくるのを待つ。第一匹目は正面から右に迂回し、俺の右肩へ跳び込んできた。左手に持つダーインスレイヴを右横に振るい、間合いに侵入した黒犬の体を輪切りにする。第二匹目は今度は俺の左へ襲い掛かってきた。左手を返し、ダーインスレイヴの剣身を上げて、やってきた黒犬の脳天へ下す。刃は脳を縦に切断した。だが、第三匹目が俺の斬撃後に右からやってきた。

「甘いっ!」

右手に持つレメゲトンの背本の角を振るい、黒犬の頬を叩く。レメゲトンに触れた者には生命力を奪う呪力が働く。呪力に取りつかれた黒犬は弱まり、俺の足元に倒れる。下した剣身を己の体で軸に周し、倒れた黒犬の首を斬る。そのとき、ダーインスレイヴが勝手に動き、俺の腕を引っ張り、俺の背後にいるものを斬った。その剣身には感触があり、第四匹目の黒犬が斬られていた。

「流石は血を求める魔剣……。殺戮に関しては勘のいい剣だ」

血の匂いを覚え、俺以上に気配を読み取るのが早い剣だ。やはりこの剣は生きている。殺戮を楽しみ、ただひらすら血を欲しがる邪悪な剣だ。

「いいだろう、ならば、俺の殺気に合わせてみろっ!」

ダーインスレイヴの剣身に俺の殺気を纏わせる。俺の殺気は物を触れずにして切れ込みを生みだすほどだ。その気になれば破壊することもできる。

 第五匹目、第六匹目が真正面から間合いを詰めてきた。俺は二匹に向けてダーインスレイヴを振るい、その殺気を帯びた斬撃はまっすぐ飛んだ。飛ぶ殺気の斬撃は二匹を同時に絶ってみせた。

「飛ぶ斬撃、ふむ、意外と簡単なものだな」

純粋な闇製の剣は、所詮、闇ですぐに作った模造剣に過ぎず、耐久性、切れ味は良くない。俺の殺気を纏おうとするとすぐに折れてしまう。闇製の剣は、俺の苦手な近距離戦法に持ちかけてくる相手の対抗策に過ぎない。だがこの剣ならば耐久性、切れ味共に抜群で、殺気にも余裕で耐えられる。更には殺気の切れ味を飛ばすこともできる。これならば近距離戦法でも怖くない。

 黒犬の群れが四方八方俺を囲んだ。これでは斬撃後に対する対処法がなく、隙を突かれてしまう。数の暴力で危険か。

 いや、この床全体には、先ほどまで斬ってきた黒犬たちの血が広がっている。ダーインスレイヴは血を操る能力を持っている。この黒犬の血ならば一網打尽にできる。

 一斉に黒犬の群れが俺へ中心へ攻め寄せてきた。対する俺はダーインスレイヴを血池に刺し、剣身と黒犬の血を合わせた。すると血池はダーインスレイヴに反応し、血池全体に波紋が広がる。攻め寄せてくる黒犬たちはそんなことを気にせず、足で血池を踏む。

「ブラッドスパイラルッ!」

血池全体に血で作った剣身を複数生やし、周回させる。背びれで溺れるものを斬る鮫のように、血の池の表面に泳ぐ血の剣は、黒犬たちの肉体を叩き斬り、切断する。

 一気に黒犬たちを葬り、血池をダーインスレイヴに集結させる。吸い込まれる大量の血は、ダーインスレイヴの剣身に染み込み、その状態で心臓に向かって剣身を下から上へ存分に振るう。

「ブラッドインパクトっ!」

吸収した全ての血を放出。大量の血は斬撃の軌跡の形になり、巨大な斬撃が飛んだ。心臓は善魔の光を一点集中させ、ブラッドインパクトに向けて光線を放った。血の巨大な斬撃波と光線は衝突し、強風が飛び舞う。火種が強烈に出て、お互い譲り合わぬ激突となっている。

「ならば、魔王の血はどうだ」

俺が放ったのは黒犬が流した血の斬撃。だが俺に流れる魔王の血ならば、善魔の光に勝てるかもしれない。ダーインスレイヴの剣身に俺の血を集中させ、思う存分振り落とす。すると剣身からは、真っ黒な血の斬撃波が飛び、黒犬たちの赤い血の斬撃波を破壊。続いて光線をも切断し、その先にある心臓を真っ二つに絶った。

 これで巨大ウァサゴ犬の撃破は成功した。あとはウァサゴ本体を救出するのみだ。だが、心臓内部から眩い光が溢れ出てきて、視界は一気に白一色となった。

「うっ、眩っ」

足元の床は一気に崩れ、俺は落下した。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおお」

重力に従って真下に落ちる。床が崩れたということは肉体は崩壊していくということだ。バーゲストの妖精が作り出した肉体は無へと還る。

「レハベアムっ!」

その時、遠くから俺を呼ぶ声がした。その声は次第に近くなり、突然と腹が何者かに抱かれた。そして白一色の眩しい光は徐々に消え失せ、視界が明らかになっていく。視界の真正面にいたのは、ウァサゴ・ロフォカレ本人の顔だ。

「ありがとうレハベアム。私を救ってくれて」

「……無事、なのか……?」

バーゲストが抜けた者は強制化身の衝撃や振動により、気を失ってしまう。ウァサゴもそれは同様のはず。そればかりか大量のバーゲストが憑依し、巨大化されたのだ。ウァサゴの肉体は俺を抱く体力すらきついはず。

 着地後、その振動でウァサゴの手腕からポロリと落ち、地に倒れる。

「いてっ」

やはりウァサゴめ、バーゲストの憑依から解除された途端、圧倒的な衝撃による肉体痛で無理をしていたか。俺を落としたということは、それほど手腕に力が入らないのだろう。抱かれた間、彼女には力の振動がかなり薄かった。

 落下後、ウァサゴも転げ落ち、瞳に意識が薄い。今にも気絶してしまいそうだ。一方、巨大犬の肉体は光と共に崩れ落ち、肉とバーゲストの妖精が光によって溶かされている。ついに、バーゲストの妖精を倒すことに成功した、か。

「学校に襲った災厄、倒せたか。はあ、よ、よかった……」

俺は立ち上がるが、急にめまいがし、立ち眩み。膝を地につける。

「ううう……気分が悪い……魔剣の代償か……」

このめまいは魔力の使い過ぎ、ダメージの蓄積にも関係あるだろうが、なにより俺の血を放出した一撃による血の不足。ようは貧血といったところだ。

「代償が貧血とはな……地味に嫌な代償というかなんというか……」

しばらく膝を地に付けたまま、少しばかり休憩する。 もう流石に、これ以上戦える自信はない。隣のウァサゴを見つめると、もう完全にウァサゴの瞳に意識がなく、気絶している。グラシャ=ラボラスも同様に気絶したままで一向に目覚める様子はない。

 辺りを見渡すと、運動場は黒犬と生徒の体が倒れているままで、俺が飲み込まれた状態から変わっていない。

「レ、レハっ!」

「大丈夫かレハ後輩っ!」

俺を呼ぶ声がした。後ろにふり向くと、フェニックス、シトリー、ヴァプラが学校門から俺の元へ走り寄ってきた。

ここでヒーラーのフェニックスが来てくれたのは嬉しい。いち早くグラシャ=ラボラスとウァサゴの負傷を癒してほしい。

 三人が駆け付け、フェニックスはすぐさま両手に回復の炎を纏わせ、ウァサゴとグラシャ=ラボラスの体に触れた。回復の炎は両者の傷を燃やし、傷が見る見るうちに癒されていく。すると、グラシャ=ラボラスが目覚め、上半身を起こした。

「ううっ……わ、私は……」

彼女には殺気の波動がない。今の彼女はグラシャだ。

「大丈夫かグラシャ……」

そう呼びかけると、グラシャは俺を見て、全身の傷を見て驚いた。

「ひ、ひええええっ! そ、その傷はもしかして……ラボラスが……?」

「一部がラボラスだが問題はない」

「問題大ありじゃないですかレハベアムさんっ!」

「応急処置はしている」

ダーインスレイヴによる血を操る能力で、傷に血を固めて流血を止めている。傷そのものは残っている。ダメージはひどく体を痛めている。

「レハが一番負傷ですね。待っててくださいね。すぐに治りますから」

回復の炎を纏う両手を離し、次に俺の隣に寄ってきた。その両手を俺の背に下ろし、回復の炎が俺の体全体に回り込む。すると応急処置を済ませた傷が全て塞がり、元の肌色に戻った。魔力も回復し、体内に流れる血も増えた。一気に細胞が漲り、気力が目覚め、めまいもなくなった。

 しかし、今度はフェニックスが倒れた。

「フェニックスっ!」

地に転がるも、瞳には意識がある。主に俺に魔力を使い過ぎて元気がなくなったのだろう。

「大丈夫、ですよレハ……。ちょっと休憩すれば、治りますから……」

「そうはいかない。お前には学校を丸ごと回復の炎で燃やす大切な仕事がある」

倒れたフェニックスの右腕に触れ、フェニックスへ魔力を流す。それでも十分な量ではないが、学校を油塗れにすれば魔力はそれだけでも大いに節約することができる。

 フェニックスは地に手を置き、起き上がった。

「ありがとうレハ……」

「お前らもよくやってくれたな」

雷の力で駆逐したヴァプラや妖精を空間バリアーの牢屋で確保したシトリーがいなければ、この襲撃に終止符を打てなかった。改めて感謝する。

「善魔生徒会ですからね。学校を守るのも一つのお仕事ですから」

「……と、いうわけでっ、謎の襲撃団バーゲストの妖精を成敗した。勝利は善魔生徒会のものだっ! テレテッテーテッテレーっ!テテテッテレーテテテ、テテテレレー」

音楽もないのに謎の勝利のファンファーレを言い出してきた。無音に響くテとレだけのファンファーレは、聞いてて相変わらずのヴァプラだ。褒めなければよかった。

「さて、正直俺も疲れた……が、まだ運動場には多くの生徒がいる。彼らをいち早く学校に入れて、回復させなければ……!」

「はい、下手したら死ぬ可能性もあります。急ぎましょう」

気絶したまま長時間放って置いたら、死ぬ可能性があるかもしれない。俺としては、人間界に悪影響を及ぼす可能性が十分にある生徒は死んでもらって結構だが、それでは善魔生徒会の活動に意味がない。善魔生徒会の一員として救出せねば。

「……悪いが、俺は行く」

が、しかし、俺は彼らの救出活動には参加しない。俺の発言に三人は静かに驚く。

「えっ……?」

「おい、なぜだレハ後輩。今学校に入れるだけで救われる命があるのだぞ……!」

「ああ、お前らは救出活動してくれ。俺は、この襲撃団の元を叩く。妖精たちを召喚させた奴を倒す」

「確かに……召喚者を倒さないと、再び妖精たちをここに攻める可能性がありますね」

もし二度目の襲撃が来たら、せっかく救われた生徒が再び黒犬になり、この学校は再び大混乱に陥る。根源を倒さないと、いつまで経ってもこの学校に平和は訪れない。

「では、これを渡しておきます」

シトリーが薄透明な箱を俺に渡した。その箱の中身は、バーゲストの妖精が無数、北の方角に集まっている。

「妖精をとらえた箱か」

「ええ、この妖精たち、なぜか北の方角へ集まっていて、ずっと進み続いているんですよね」

透明な壁に顔を当て、ひたすら前へ進もうとしている。シトリーが作った空間製の壁は、この妖精たちでは壊すことは不可能だ。

「もしかしたらこの妖精たちは能力者の元へ帰ろうとしているのではないかと思うんですよね。なので犬の方向に従って歩いたら、その能力者に会えるかもしれません」

いわばこの箱は能力者の位置する方向を示すコンパスのようなものか。

「分かった。ありがとうシトリー」

「ええ、能力者の撃破をお願いいたします」

「あ、あのレハベアムさんっ!」

ここでグラシャが俺に向けて前を向けてみせた。

「私も連れてってください……恩を仇で返した分、役に立ってみせます」

能力者討伐にグラシャも名乗り出てくれた。

「仇で返していない。ラボラスがお前の体を乗っ取ったからな。一緒に来てくれるのであれば助かる」

すると三人は心なしかホッとした表情を見せる。きっとおそらく、彼女の体にラボラスが戻ったことが、三人に彼女への疑心を作り出したのだろう。ラボラスは凶暴な奴だ。もし目覚めたら善魔生徒会の救出活動を非難し、妨害をするかもしれない。俺と同行させた方が、グラシャにとっても善魔生徒会にとっても安心するのであろう。

「では、早速行くぞ」

左手に透明な箱を乗せ、この先の北を目指す。

「あ、ちょっと待ってください。せめてこの犬たちに祈りを……」

グラシャは運動場に転がる無数の犬たちに向けて、両掌を合わせた。

「祈り? 悪いが今はそんな暇はない。一刻も早く能力者を」

すると、黒犬たちの死体から魂が出てきた。その魂は真っ黒で、邪悪さや怨念が物凄く伝わる。見てて気分が良くないものだ。例えるなら気色の悪い悪霊を見ているような。魂は学校の壁をすり抜けて、次々と現れる。無数の魂はグラシャの元に集い、グラシャの体を中心に回り込む。

「グラシャっ!」

そのとき、魂たちが黒から一転、白に色が変わった。白い魂たちから伝わる波動には、優しさ。良心がある。さっきまでの悪意など欠片もない。例えるならば、誰にも理解されぬまま死に、悪霊としてこの世に残る魂に対し、真摯と共感し、悪霊を理解してくれたことで、心が救われてやっと成仏できたかのような。子と親が別れたまま死に、お互い悪霊としてこの世に残り、幾数年をかけて再会させて、未練がなくなり成仏できたかのような。悪意、邪悪、怨念が一転、良心に生まれ変わる想いだ。

「あなたたちの死は決して無駄にはさせません……。この悲劇を止めるためにも、これ以上の悲惨を止めるためにも……この私に……力を……!」

この場合、悪意に塗れた出産で大量生産された子側の黒犬の想いを受け止め、負の感情に染まった魂を正の感情に道を示してくれた。誕生の尊さを大胆に汚された黒犬たちの魂を浄化させた。

 白い魂たちはグラシャの皮膚に浸透し、全て吸収した。するとグラシャは白いオーラを纏い、かなり魔力が漲っている。

「ふう、さて、祈りは成功しました。では行きましょう」

清々しい表情で祈りを終わらせ、満足の意を示した。

「お、おい。その能力はいったい……」

明らかに、悪魔が成しうる所業ではない。これは百パーセント純粋な良心でないとできない芸当だ。

「成仏できなかった魂の負の感情を正しくして、一時的に私に協力していただく能力です」

「負の感情を正す……?」

「この騒動によって、命無駄に誕生させられた犬たちの憎悪を、どうか正義に使ってほしいと私が訴えかけたのです。私の願いを聞いてくれた犬たちは、私に共感してくださり、憎悪の闇から正義の光に変えてくれました。今の私には、犬たちの良心なる正しい力があります。この祈りの力で、能力者を葬りますっ!」

死してなお憎悪を頼りにこの世を彷徨う悪霊を成仏させ、一時的に正しい魂を己の体に憑依させる能力か。まるで神話に出てきそうな聖者のような力だ。悪意に塗れたこの世界の中、悪霊を聖なる祈りにより成仏させるとは、俺が持つレメゲトンの第五部『アルス・ノウァ』とは真逆の効果だな。

「……お前を、心から尊敬する。聖なる祈りの力を持つグラシャ。その力をぜひ、善魔生徒会のために使ってほしい」

俺はグラシャの能力に感動し、自然と心から、スカウト気味のセリフをこぼしてしまった。

「……! わ、私を……善魔生徒会に入れてくださるんですか……?」

「俺たちは、この魔界を光ある平和の世界に変えるために動いている。その聖なる祈りの力を、思う存分魔界のために使ってほしいためにも、ぜひ俺たちの仲間に入ってくれ」

善魔生徒会の最終目標は光ある平和の世界の実現。平和への可能性の提示と悪の意思の脱却だ。聖なる力を持つ善魔グラシャを、善魔生徒会にスカウトしない理由はない。

「ええそうですよグラシャさんっ! 私たちの仲間になりましょうよっ!」

「グラシャさんなら私たち頑張れるから、入ろうよっ!」

続いてシトリーとフェニックスもグラシャを歓迎する。一方ヴァプラは、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおん、うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

涙を滝のように流し、猛烈に感動している。そしてグラシャの手を掴み、頭を何度も下げた。俺と同様、憎悪に染まった魂が良心ある魂に生まれ変わったシーンに感動でもしているのだろう。

「全力でっ、我らが善魔生徒会に入ってくれええええっ! 命からお願いするうぅ!」

涙がグラシャの体中に飛び散る。ヴァプラのオーバーリアクションにグラシャはやや引き気味だが、俺らに向けて視野を向け、口を開いた。

「申し訳ないのですが……私だって入りたいんです。でも、ラボラスが入会を許してくれません……それに入会してもきっと、いえ、絶対にラボラスが皆様の妨害するでしょう。これ以上、皆様に迷惑かけたくありません……」

「言っただろうグラシャ。俺たちが『ラボラスをどうにかする』と」

グラシャの依頼を受ける際に、俺は確かにグラシャに対し言った。そして後にこうも言った。『安心しろ。俺たちはお前が憧れる善魔生徒会だ。必ずグラシャの悩みを解決させる。それが善魔生徒会のヒト助けだ』とな。

「お前のような素晴らしい者をみすみす見過ごすわけにはいかない。そのためにも、ブネとラボラス、そしてこの騒動の根源を絶対に倒すぞ」

なんにせよ、まずは妖精を送り出した能力者を倒さないといけないが、必ずグラシャの依頼を成功させてやる。グラシャという聖者は、善魔生徒会に入れてやる。

 なんとなく、俺に決闘を申し込んでまで生徒会に入れたがるウァサゴの気持ちが分かる。いや、グラシャに対し半強制的な入会を求むスカウトを言った時点で、俺はウァサゴと同類か。まあ、流石に相手の気持ちを優先させるがな。

「あり……がとう……ございます……皆様……」

グラシャの青き左目から、多くの涙が零れた。左手で涙を拭くも、その涙は枯れることなく、次々とあふれ出てくる。

「……今は思う存分泣いてくれ」

そう言うと、グラシャは泣き叫び、ただひたすらその声が運動場に響いた。





 なあ、カタリキヨ レアよ。この一連はお前が書いた運命なのか? それとも必然なのか? いったいどっちなのだ。俺たちが目指す善魔生徒会の宿願や、俺個人の目的はいったい叶うのか、叶わないのか、どっちなのだ。俺はこれからどうなるのだ。そもそもお前は神なのか、人間なのか、どっちなのだ。この先の未来は果たして、どう転がるのだ。

三か月間投稿が遅れて申し訳ありません……

 ここからは小説家活動を再発するのでよろしくお願いします

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