二十九話 鷹と犬
「ど、どういうことだ。全員が黒い犬になったというのは……!?」
ウァサゴが冷静にふたりにツッコミを入れた。
正直、それはあり得ないことだ。全員が全員、犬の化身者なわけがない。しかしあのふたりの慌ただしい様子、どうみても嘘ではない。
「お、俺もよく分かりませんスっ!」
ヴァプラの隣に立つシトリーが廊下に立ち、魔術書を開いて右方向に空間バリアーを張った。なぜ張ったのか、今いるこの室内からではよく見えない。俺たちは急いで廊下に向かい、シトリーが張った右方向に目を向ける。すると空間バリアーの前には、複数の黒い犬が張り付いており、空間バリアーの防御の前に、ただ吠えていた。
「な、ななななななななななにいいいいっ!?」
本当に黒い犬だ。黒犬の群れが奥の廊下にも立っている。更には左側の廊下にも黒犬の群れがこちらへ向かってきている。
「シトリー、こっちにもバリアーだ!」
「はい!」
青い魔術書の呪文を詠みあげ、左側の廊下にも空間を固めてバリアーを張った。黒犬の群れは目の前の透明なバリアーに気が付かず、突進し、その頑丈さに負けてくい下がった。だが二方向の群れ全員から鋭く睨まれ、ただひたすら吠えている。
「いったい、どういうことなの? これ全員、本当にゲーティアの生徒なの?」
「はい、間違いようがありません。私たちが見回りの途中、外から、羽が生えた黒くて小さな犬たちが学校に風来してきたんですよ」
「黒くて小さな犬が……?」
「はい、その犬は黒く輝いていました。妖精のように本当に小さいんです」
「その小さい犬たちが、ありとあらゆる生徒の口の中に入っていき、生徒がこのような黒犬に化身し始めたんだ!」
シトリーとヴァプラが説明し終えた。とりあえず状況は理解した。そして同時に、俺はその、羽が生えた黒くて妖精のような小さい犬に聞き覚えがある。
「それはバーゲストだ……!」
「バーゲスト? なんだそれは」
「異国に伝わる不吉な妖精。そいつを見た者には後々不吉な出来事を呼び起こすという妖精だ」
邪悪な妖精が犬の姿で現れ、近しい存在が次々と死んでいくという。吠えると重要な人物の死が近づくとされる危険な妖精だ。
「だとしたら、私達、もう既に見ているじゃないいいいいい!」
「馬鹿、いまはそれどころではない。肝心なのは、バーゲストがゲーティア生徒全員の口から侵入し、全員が黒犬になったというのが問題だ」
バーゲストの伝承は今は置いといて、バーゲストそのものが悪魔の体内に入ることで悪魔が黒犬になるというのは聞いたことがない。となるとこれは能力だ。何者かがこのバーゲストを召喚する能力で、学校内に大混乱を呼び起こしたのだ。
「どうするよこれ! いくら悪魔とはいえ生徒を傷つけるなんて難しいぞ!」
ヴァプラがそう言うと、ここで根本的な疑問が生まれた。
「そういえばなぜ、お前らは黒犬にならなかったんだ?」
ありとあらゆる生徒が黒犬になったのなら、学校の見回りの途中だったヴァプラとシトリーも黒犬になるはずだ。なのにふたりは黒犬にならなかった。これには必ず訳があるはずだ。
「し、知りませんよお! そのバーゲストっていう妖精さんが私たちを避けたんですよ」
「避けた?」
「はい、バーゲストさんは私たちを避け、周りの悪魔に」
避けたということは何かの法則性がある。いや、どちらにせよ今は法則性はどうでもいい。、まずはこの状況を打破しなければならない。シトリーのバリアーは魔力により制限がある。二つのバリアーの前に吠える黒犬の群れをどうにかしなければ俺達、なんだか食われそうだ。
「あのそれよりも、セーレ先輩は大丈夫なんでしょうか?」
フェニがこの場にいないセーレの身を心配する。
「そうだわ! セーレいないじゃない!」
思い出したようにセーレが居ないことに驚く。すぐさまウァサゴは白い生徒手帳を取り出し、セーレに連絡する。
「……ダメだわ。出ない」
この地獄のような状況でセーレに連絡がつかない。
「まさか、セーレ先輩食べられたとか……!?」
フェニがとんでもない発言を出し、思わず脳裏に想像する。だが俺は冷静に皆に一言呟いた。
「それは二番目にまずいことだ。一番まずいのは、この状況を打破しないということだ」
セーレは確かに心配だが、まずは己の身を守らなければセーレすら探すことも守ることもできない。
「そうね。きっとセーレは無事でいてくれている。その間に、私達はセーレを探し、この黒犬の群れをどうにかするわよっ!」
ウァサゴは拳に時のオーラを流し、ヴァプラは鮫肌の巨大な翼で身を包み、四足歩行のドラゴンに化身した。フェニックスは小さき体を内側から燃やし、不死鳥に化身した。俺は右手のレメゲトンを開き、第四部を詠唱する。
「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」
左手に紫色のホロスコープ型の魔法陣が出現し、闇製の剣を出した。
「どうするウァサゴ、こいつらはあくまでバーゲストに体を乗っ取られ、化身させられている。殺せば止まるが」
バーゲストは生徒たちの体内に入り、その体を乗っ取った。そしてその能力で体を犬に変えた。つまりバーゲスト自体をどうにかすれば生徒は救えるはずだ。だが、生憎、俺たちはバーゲストを肉体から追い払う技術など持ち合わせていない。
「とりあえず気絶させましょ。ダメージは負わせていいけど、急所は外して。なるべく命は奪わないように!」
「おうけい分かった」
対する黒犬たちは襲う気満々だ。確実に俺たちを喰い殺すつもりだ。
「グラシャ。お前は生徒会室の中で待機しろ……あ、お前、そういえば翼があるんだったな」
グラシャに頭を振り向くと、グラシャは体を微動にして怯えている。生徒会室の中で待機しろと言ったが、彼女には翼がある。室内にいるよりかは学校外で宙に舞った方が安全だ。
「い、いえ! 私も戦ってみせます。なにしろ私も、化身者ですから!」
するとグラシャ=ラボラスの体から黒いオーラが纏われ、黒い制服が茶色の毛に変わり始めた。同時に二足歩行の態勢から四つん這いになり、肉体が犬の姿に変わった。
「翼が生えた犬だと……? そんな伝承聞いた事がない」
化身者はいくつかの伝承に残された動物や幻獣に化身することができる。だが、翼が生えた犬という伝承は俺は知らない。
「当然でしょうね。何しろ私、いや、私達が正解ですね。私が鷹で、ラボラスが犬の、複合幻獣ですから」
「複合幻獣? それってキマイラとか鷹獅子のことか?」
複合幻獣とは、その名の通り様々な動物の部位が合わさった幻獣である。キマイラでなら、獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持ち、鷹獅子なら読んで字の如く鷹と獅子が合わさった幻獣が対象だ。
「ラボラスは鷹獅子一族の中で唯一、犬として生まれました。だから私達は世にも珍しいグリフォンなんです」
「なるほどな」
鷹獅子の亜種ということか。聞いた事がないのも道理だ。グラシャはイジメられる側と言っていたが、グラシャ=ラボラス自体の戦闘能力はラボラスに続き、グラシャにも流れているようだ。俺を殺そうとしたラボラスなのだ。当然戦えるのであろう。
「己の身は己で守りなさい。いいわね皆!」
「ああ!」
「はい!」
戦闘能力を持つ善魔生徒会に護衛依頼者のグラシャが加わり、六人か。対し黒犬の群れは、一年生から三年生、合計三千匹ぐらいだ。これは死を覚悟して駆逐しなければな。
「ただ一つ言えることがある。皆、死ぬなっ!」
ウァサゴが俺たちに活を入れた。
ウァサゴは右拳で左側のバリアーに勢いよく殴った。するとバリアーは大きく前進し、強く押した。押されていく黒犬の群れはそのまま後退され、廊下の壁にバリアーごと激突した。バリアーは黒犬の群れを圧縮し、壁とバリアーで挟まれた。更にウァサゴは一瞬で左廊下の奥に瞬間移動し、バリアーの前に立ち、左拳でバリアーを押す。更に圧縮し、群れを潰す潰す。その力の限界で壁が崩壊し、黒犬の群れは次々と外に放り出され、落ちていった。
「私なら問題ないわ。あなたたちはただひたすら戦いさない!」
ウァサゴは最後にそれを告げると、崩壊した壁の穴に跳び、外に出た。相変わらずの怪力無双っぷりだ。あれならやられる心配はなさそうだな。
対する俺は闇の剣で右側のバリアーを刺し、第四部の闇でバリアーを貫く。それだけに収まらず、貫いた剣身を伸ばし、群れ群れに剣身を突き刺していく。更に剣身は枝分かれしていき、より多くの黒犬の肉体に鋭い闇の刃を届ける。バリアーの向こう側に立つ黒犬の群れにたった一刺しで突き、次々と倒れていく。すると口からバーゲストが現れ、窓へと飛んでいった。窓を通過し、灰色の魔天へ向かっていった。
「バーゲストが現れたぞ!」
「いやそれだけではないようです。犬の姿から徐々にヒト型に戻っていきます!」
バーゲストが抜けた体から次々と、黒犬の毛が黒いゲーティア制服に変わっていき、黒犬の肉体がヒト型に戻って行く。しかし貫かれた傷穴はそのままで、誰一人目覚めない。
「まとめて刺したが、急所は外したつもりだ。あとで目覚めるだろう」
たった一突きでなら悪魔は死なない。バリアーは溶け、黒犬一匹もいないから一旦この場は安全になった。
「では俺とグラシャはこのまま右へ下階へ行く。シトリーとヴァプラとフェニは上階へ行け」
「了解です」
「承ったぞっ!」
「ええ!」
三人は左側の廊下へ行き、上階へ続く階段へ向かった。
「グラシャ、できればずっと空中で飛んでてくれ。俺の闇は味方問わず全ての能力を封じる。しかしグラシャが飛べば俺の闇に触れることはない」
「分かりました。なるべく援護するようにします」
翼を羽ばたかせて宙に舞う。グラシャ=ラボラスの戦闘能力を期待して進むか。
「あと一つ聞いておくが、もし仮にラボラスが目覚めたら俺はどうすればいい?」
この緊急事態時にグラシャの中にラボラスが目覚めれば、ラボラスが体を乗っ取り、俺を襲う可能性は十分ある。いざ目覚めたらその対処法を知っておきたい。
「私の尻尾を思い切って引っ張ってください。先ほども言いましたが、鷹が私で犬がラボラスなので、犬の部位にダメージが入るのはラボラスのみに限られます。ラボラスの唯一の弱点が尻尾なのです」
さらっとグラシャの永遠のパートナーの弱点を教えてくれた。そういえばさっき、グラシャ自身が己の尻尾を引っ張ったことでラボラスは気絶したな。分かりやすい説明だ。
「だがそう簡単に尻尾を触らせてくれるとは思えないのだが」
ラボラスはあくまで俺の敵だ。敵が己の弱点を知っている以上、いとも簡単に弱点に触らせてくれる奴はいない。
「勿論、その時は私が引っ張ります。ですが万が一私自身が触れない状況になった場合、その時は尻尾を引きちぎる勢いでお願いします」
引きちぎられる覚悟で答えてくれた。犬の部位のダメージはラボラスに限られるのであれば、仮にちぎれたとしてもグラシャにダメージはない。ラボラスを気絶させられるのであればなんでもいい。
「分かった。では進むぞ」
俺とグラシャは右の廊下に進んだ。廊下を歩みながら、レメゲトンの第三部を開き、詠唱する。
「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」
レメゲトンから紙々が分離し、紙ドクロに折りたたまれていった。複数の紙ドクロは窓の外に飛び、セーレを捜しつつ黒犬の駆除に行かせる。紙ドクロの視野情報は俺の脳に送り込まれてくる。だから紙ドクロの群れをこの学校中に送り込めばセーレは必ず見つけ出せる。尚且つ俺本体の遠くにいる黒犬の群れでも倒すことができ、効率は飛躍的に向上する。
曲がり角に背をつけ、右目だけで奥の廊下を見つめる。すると奥の廊下にも黒犬の群れが蔓延っている。そして手前には下り階段があるが、まずは黒犬を悪魔に戻さなくてはこの学校の事態は収まらない。一匹一匹戻してやらなければ。
闇の剣の形状を拳銃に変え、曲がり角に身を出す。すると廊下に立つ黒犬の群れが一斉に俺に着目し、俺へ全員が向かってきた。
「やはり襲い掛かってくるか」
対する俺は闇の拳銃を群れに向け、銃口から闇の弾丸を放った。我が第四部の闇は無限に増殖する。だから拳銃による弾切れを起こすことはない。無限に放たれる闇の弾丸の嵐に黒犬たちは次々と撃たれ、倒れていく。撃たれていく犬の順に口からバーゲストが現れ、次々とその体から抜けていく。黒犬の姿からヒト型の姿に戻っていく。どうやら強制的に化身させられたのを解放させたことで、どの体でも気絶するらしい。強制化身の後遺症が残らなければいいが。
「た、大変便利な魔法ですね」
「まあな」
それよりもセーレが見つからない。もう既に学校の全てに紙ドクロが回って、黒犬を倒しながらもセーレを捜している。まさか本当に死亡したのだろうか。いくらあんな先輩とはいえ流石に心配だ。
そのとき、背後から咄嗟に殺気を感知した。拳銃を再び闇の剣に変え、背後へ振り向きながら振るう。闇の剣身は、俺の背後から襲おうとした跳んだ黒犬に当たり、腹から肩へ肉を斬った。斬られた黒犬は落ちるように倒れた。
「不意打ちか」
振り向いた先には数匹の黒犬が俺の間合い外で立ち、睨みつけていた。更に、背後の下り階段と上り階段から黒犬の増援が現れ、完全に包囲される。
「グラシャ、危険だから天井まで翔べ」
そう言いながら、闇の剣身を床に刺し、剣身から床へ放射状に闇を広げる。床が闇床となり、俺を囲む黒犬の足元まで広がっていく。グラシャは闇床を見て、俺の言う通りに天井まで上がってくれた。
「悪いが貴様らの命なんて気にしている暇はない。運良く生き残りな」
一斉に黒犬達が俺へ突進してきた。だが、黒犬の足元に広がった闇床から、鋭く細く長い無数の針が急激に生え、黒犬たちの体を突き刺す。無慈悲な無数の黒針は肉を貫き、黒犬たちは下からの針に吊られ、その激痛で気絶する。そして口からバーゲストが現れ、窓口へ飛んで行った。残った肉体は針に貫かれたままヒト型の姿に戻っていき、悪魔達の血は黒針にしたりり、一斉に針を抜く。残酷な気絶を迎えたヒト型の肉体は人形のように力なく倒れる。闇床ごと消して普通の床面が露になる。
「お強いですね。仮にラボラスと戦っていたら果たして無事に生きていたでしょうか……」
「まあ、これでも黒獄の天秤出場者だからな」
とは言うものの、正直ラボラスから不意打ちをくらえば、あっという間に喰われて死ぬであろう。油断は禁物だ。魔術師にとって接近からの不意打ちは弱い。
「では行くぞ」
「はい」
グラシャは天井付近を維持し宙に浮き、翼を羽ばたかせて、後ろの階段へ進む。俺はグラシャの後ろに立ち、仮にラボラスが目覚めても尻尾を掴めるように、間合いを維持する。
曲がり角の手前にある上りと下りの階段。俺は下に用がある。が、階段の踊り場にて黒犬が二匹立っていた。その二匹の黒犬、ただ立っていただけではなく、何やら異様な行為をしていた。その行為を見たグラシャは思わず、両手で目隠しをする。
「ううわ、見てはいけないものを見てしまいました」
「ああ、そうだな」
黒犬同士、踊り場にて交尾していた。それだけではなく、学校中に散らばる紙ドクロからの数多の情報が俺に集中的に飛び込んできた。脳に映る紙ドクロの視野スクリーン全て、各場所で黒犬同士の生々しい交尾生中継されている。
「な、なんで犬同士がセックスしているのでしょうか」
「意図が不明だ。バーゲストに憑依された悪魔に性欲なんてあるのか」
更に暴走は収まらず、踊り場や各場所で犯されているメス側の黒犬があっという間に孕まった。これはただの孕まりではない。腹の成長性があからさまに異様だ。風船のようにどんどん膨らんでいく腹に亀裂がおき、肉が血と共に引きちぎれた。とてもグロイ光景だ。メス側の黒犬はそのまま倒れ、口からバーゲストが現れ、窓の外に向かって飛んでいった。バーゲストが離れたということは、黒犬の姿からヒト型の姿に戻っていった。だが、あの肉の裂き方、どう見ても即死だ。
「お、おい! まさか!」
悪魔の裂けた腹から、数匹の小さき血塗れの黒犬が誕生した。その赤子たちはぐぐぐんと急激に成長し、あっという間にオス側の黒犬と同身長になった。
「意図が判明した。増やしているのだな」
これは繫殖だ。交尾したのは黒犬を増やすため。バーゲストに憑依された犬型の悪魔を母体として、急激に成長する黒犬たちを誕生させ、繫殖力を高めるのが狙いか。
「となると、これはまずいぞ。黒犬はネズミ算に増えていく!」
バーゲストに憑依された全学生の悪魔はざっと三千匹。ここから急激な成長と繁殖を繰り返せば、あっという間に黒犬は増えていく。三千匹から六千匹、十二千匹、二十四千匹・・・とても考えられない数だ。
「増えていく前に能力者を殺さなければ……!」
このネズミ算を止めるにはバーゲストを操る能力者を殺す必要がある。でなければこの魔界はあっという間にバーゲストの惑星へ化してしまう。しかし肝心の能力者がいったいどこに居るのかが未だに不明だ。このゲーティア高校に狙ってきたということは、奴がゲーティア高校生だという可能性はある。まだ近いはずだ。殺すには今しかない。
悪魔から生まれた黒犬たちが俺に睨み付け、間合いを詰めて走ってきた。対する俺は左手の闇の剣を振るい、斬撃から黒いブーメランを放つ。ブーメランは俺へ突進してくる黒犬たちへ刺さり、その肉体に斬りつけた。子側の黒犬たちは横に倒れ、血を流して死亡した。その死体は犬のままでヒト型にならない。母体から生まれた子供の黒犬の肉体はヒト型ではなく犬のままなのか。
「酷い……なんて酷いのでしょうか。命をもてあそぶ能力がこの世にあるだなんて……」
尊い命を仕組られた能力で増やす行為は、確かに外道だ。そんな能力で生まれた黒犬たちはいったい、どんな気持ちで俺たちを食べようとするのだろうか。間違いなく言えるのは、そんな外道な能力で生まれてきた生体の気分が良い訳がない。グラシャが静かに憤りを露している。
「ああ、必ず殺してやる」
何にせよまずはこの緊急事態を善魔生徒会に教えなくては。白い生徒手帳を手にし、全ての名前にタップする。送信し微動する生徒手帳を耳に当てる。すると真っ先にウァサゴが受信した。
『レ、レレレレレレハっ! あ、ああああああんまりにも破廉恥なことが!』
服装が破廉恥なウァサゴが破廉恥な交尾の行為に激しく動揺している。
「ああ分かっている。この学校中に繁殖が行われている。しかも生まれるスピードが早く、子供は急激に成長する。一刻も早く能力者を倒さなければ、この混乱は収まらない」
『レハ後輩よっ! こちら三階の東廊下だ! 増援を要請する! もう、我々では抑えられそうにない!』
三階へ向かわせたヴァプラが俺に増援を要請した。どうやら三階は黒犬でいっぱいのようだ。三階にいる紙ドクロの視野情報では、廊下や教室全て黒犬で埋め尽くされている。ヴァプラ、フェニ、シトリーだけではきついか。
「大丈夫だ。既に三階には百体の紙ドクロが黒犬の駆逐を行っている。やがて東廊下にも紙ドクロはやってくる。もうしばらくの辛抱だ」
三階に向かわせた紙ドクロは既に自動的に、黒犬の群れ群れに一方的にレーザーを放ち、撃ち殺している。そう簡単にヴァプラたちを殺させはさせない。増援はそう遅れてはこないだろう。
『感謝するレハ後輩! よおし、最後まで戦うぞお!』
『『はい!』』
シトリーとフェニの声がヴァプラの生徒手帳から聞こえた。生存を確認できて何よりだ。
「ウァサゴ、悪いがお前はセーレを捜してくれないか? 俺は能力者を探し出す」
『念のため聞いておくけど、紙ドクロの探索でさえ見つからなかった、のよね?』
学校中に散らばる無数の紙ドクロでもセーレはどうしても捜し出せない。だがそれだけの理由で仲間を見捨てるわけにはいかない。
「ああ、だがお前なら希望を捨てずに何が何でも捜そうとするだろう」
『当然よ。分かったわ。じゃあ気を付けて』
「それから最後。もう悪魔だろうが子供だろうが区別するな。目の前にいる黒犬たちは全て全力でぶん殴れ。悪魔を救おうと手加減していたらやられるぞ」
駆逐に関してだが、今全ての悪魔が黒犬になり、黒犬から黒犬が生まれたこの現状において、どれが憑依された悪魔なのか子供なのか区別ができない上に、混乱をいち早く終止符つけるには悪魔の命を気にしている暇はない。大虐殺するつもりでやるしかない。
『……わかったわ。こればっかりは流石に自信がなかったわ。殴っても黒犬のままなパターンもあるし、負傷もしているしね』
あのウァサゴが弱音を吐くとは珍しいな。それほどウァサゴを追い詰めているというわけか。手加減して致命傷を外せと命令したのはいいが、返り討ちされては意味がないからな。手加減して殴っても、中には憑依された悪魔ではなく、子供側の黒犬だったりして、なかなか悪魔を救えないのが多いと精神面にも相当ストレスが加わるだろう。群れに手加減する一匹狼は存在しない。何が何でも一匹狼は生き残ろうと全力で群れに立ち向かうものだ。
「ウァサゴがいる一階にも紙ドクロの増援はやがてやってくる。お前も耐えろ」
『ありがとうレハ。じゃあ、全力で殴り尽くし、セーレを捜しだすっ!』
ウァサゴは電話を切った。俺も生徒手帳を胸ポケットにしまう。
「ではグラシャ。行くぞ」
「はい」
下り廊下へ下り、更なる戦場へと向かう。




