二十一話 独りじゃない
四時限目が終了し、A組に行きフェニックスを迎えに行く。
「フェニックス」
「レハベアムさん」
フェニックスは急いで俺の元へ走り寄ってきた。
「じゃあ行くぞ。三階だ。ダッシュで行く」
「分かりました」
昼休みが始まった今、スナイパーは裏空間からどこでも狙撃してくる。だから今となっては教室も危ないようになった。
教室を出て、廊下を走る。右に曲がり上階段を二段ずつ飛んで走る。
「えっほ、えっほ、ちょ、ちょっと早いです……」
「スナイパーが現れるかもしれないんだぞ」
「それは嫌ですうう!」
三階へ上り、生徒会室へ走る。すると既に生徒会室前にてウァサゴ、シトリーに、ヴァプラ、セーレが待っていた。
「急いでレハ! フェニックスちゃん!」
生徒会室まで走り、ウァサゴが扉を開けると、俺とフェニックスは急いで室内へ入った。最後にシトリーが魔術書を開き、呪文を唱える。扉の前に空間バリアーが敷かれ、これで何者も入れないようになった。
「ふう、ここまで来れば安全ね。一応」
「まあ、スナイパーが裏空間を通じてここに狙撃しない限りはな」
「君がフェニックスちゃんだね、俺ヴァプラ! よろしく!」
ヴァプラは親しみを込めて初見のフェニックスに挨拶をした。セーレは挨拶はおろか名乗りもせず、ただその様子を見つめていた。
「よ、よろしくお願いします……」
ウァサゴはいつもの社長椅子に座り、全員もいつもの席に着いた。ヴァプラが俺の右に座ってくる。フェニックスは俺の左に座り、ヴァプラの隣を避けた。
「レハそれよりお腹空いた」
「何呑気なことを言うんだ。俺たちは一刻も早くスナイパーと魔術師を倒さなければならないんだぞ」
するとウァサゴの腹からぐううと鳴る音が響く。よほどお腹空いたのだな。
「飯食わねば戦場行けないでしょ」
「……まあ、そうだな。お腹空いて本来の力が出せなかったら足手まといだしな」
「だったら私も食べます!」
「あ、あの……わたしもお腹すきました……」
「分かった。じゃあ待っとれ」
鞄から四人分のお弁当を出し、ウァサゴ、シトリー、フェニックスに配る。今日のお弁当はタンドリーチキンだ。
「うっほおおおい美味しそう!」
「まずは野菜をくえ」
「「いただきまあす」」
二人は俺の言葉を無視し、タンドリーチキンを食した。
「まあ、好きにさせればいいか」
「いいなあレハ後輩の飯、俺も食べたいぞ」
「お前は自分のお弁当があるだろ。それを食え」
「レハの作る飯は格別だぞおヴァプラ」
「ですよねえ。はあスパイシーで辛味があって美味しい」
フェニックスに関しては黙々と、そしてガツガツと必死に食している。それほどお腹空いていたのだな。あ、不死鳥にタンドリーチキン食わせてしまったら共食いじゃないか……これはしまった。配慮が足りなかったか。だがフェニックスはそんなこと構いなしに黙々とタンドリーチキンを食す。挟んで野菜やご飯、漬物も食べてくれる。
「ん! んんん」
鎖骨を複数回叩いた。食道に食べ物が詰まったか。そんなに頬張るから詰まるんだ。
「ほれ、水稲だ」
俺の水稲を渡すとフェニックスはそれを掴み、ゴクゴクと飲んだ。水圧で詰まった食道を叩き込み、飲み込む。
「っぷはあ。はあああ美味しいですレハベアムさん!」
「そいつは良かった」
「さて、これでエネルギーついたわね」
いち早くウァサゴが俺の弁当を平らげ、椅子から立ちあがる。まだヴァプラとセーレがお弁当の蓋を開けるところだぞ。食うの早すぎ。
「じゃあ、行くわよおお鬼退治に!」
「まだ俺たちが食べていないから待て。急かすな」
だがフェニックスもいつの間にか食べ終え、タンドリーチキンは不死鳥の胃袋の中に消えた。心の中で謝る。共食いさせてごめんな。
程なくして全員お弁当を食べ終える。その間にこの空間に一切の黒いモヤモヤは現れなかった。きっと暗殺部もお弁当タイムだったのだろう。
「さて、では全員食べ終えたわね。じゃあ準備は良い?」
「俺はいいぞ」
「俺もです!」
「私もおっけいです!」
「いいわよ」
全員が準備を整ったところで、全員立ちあがり、
「じゃあ出動、裏空間へ!」
シトリーは魔術書を開き、左手を差し伸べる。左手に薄透明なドアノブが創られ、ドアノブを中心に扉が出現した。片開きの扉が出現し、シトリーはそれを開く。すると寒気が差し込み、黒い霧がゾアっと表空間に溢れ出てくる。
「隠れている場所さえ分かればこっちのものだ。俺の紙ドクロで探し出せる」
今度は俺がレメゲトンを開き、第三部『アルス・パウリナ』を詠唱する。
「我は、太陽の道にて死した三百六十星の屍なり。魂兵の憎悪を受け入れよ」
レメゲトンの全てのページを分離させ、紙ドクロに折りたたまれ、裏空間へ出動させる。
「これであとは時間の問題だ。スナイパーさえ倒せばこっちが有利だ」
「念のため私たちも行きましょうか。スナイパー以外の敵もいるでしょうし」
「いや、誰かはここに居させた方がいい。もし万が一空間バリアーを突破された場合、フェニックスを守れるために」
「そうですね。何しろ相手にも空間魔術師がいますし。破られる可能性はあります」
空間魔法を制するは空間魔法だ。空間魔術師が空間バリアーを一方的に解除できる可能性がある。
「きっと恐らく相手は、生徒会室にバリアーを張るということは知っての上ここに来る。だとすると空間魔術師の魔力が必要だ。だから空間魔術師は表空間から襲来してくる。だからこそフェニックスを守るヒトが必要だ。相手にも空間魔術師が居るとなると無敵のバリアーに甘えてはいけない」
フェニックスを守るためなら、いくつかの可能性は潰しておかなければならない。空間魔術師が相手にも居る以上、こちらの空間バリアーを突破される可能性はある。だからこことフェニックスを護衛する者が必要だ。
「それに、正直増援はいらない。なにしろレメゲトンの全てのページを裏空間に送ったからな」
「何ページの紙ドクロ?」
「一億ページだ」
「まあそりゃあ大漁……」
「それに裏空間はヒトが入る空間ではない。瘴気が冷たすぎる。これでは精神が不安定になる」
ヒトが住まず幽霊や悪霊が住む裏空間だ。ヒトが立ち入ればその瘴気に精神が追いやられる。
「分かった。レハが言うなら、ここで待ちましょうか」
「……む、早速見つけたぞ」
「どこだ」
「屋上だ」
俺の脳内には、屋上から狙撃銃を置いて狙っている姿を確認した。あれが朝撃ってきた奴に違いない。だがスナイパーの隣にはもう一人の生徒がいた。その生徒は片手に魔術書を持っていた。
「魔術師も確認した。だが魔術書が赤い。さては火属性だな」
そしてシトリーが予想する空間魔術師でもある奴だ。そいつは赤い魔術書を開き、詠唱し始めた。が詠唱=隙だ。そんな詠唱を待つ俺ではない。屋上に浮く紙ドクロの群れで包囲させ、レーザービームを放った。そのとき、スナイパーが狙撃銃から、特殊な形をした銃を持ち、紙ドクロに向けた。するとその銃口から火炎が放射してきた。
「なに、火炎放射器だと」
人間界の銃器だ。火炎を放つことができる。その火炎は広範囲に広がり、多くの紙ドクロを一網に燃やし尽くした。
「なるほど。すでに対策済みか」
スナイパーは裏空間から狙撃していただけではなく、きちんと紙ドクロの弱点を把握していた、というわけだな。
「え、なになにどうしたの。何が起きたの」
当然ウァサゴらには何が起きているのかが分からない。紙ドクロから送られる情報は俺のみに伝わってくる。他者に教える場合は変わって俺が伝えなくてはならない。
「スナイパーが火炎放射器を使って紙ドクロを燃やした。これはしてやられたな」
「おやまあ……それはまあ……」
淡々と説明しているからウァサゴらにはどのような現状か把握できない。
そのとき、スナイパーの側に立つ魔術師が詠唱を終え、小さな火球を連続して飛ばしてきた。紙ドクロの群れは火球に火炎放射で次々と焼かれていく。
「ふん、面白くなってきた。この俺に弱点を突くとはな」
「あの……大丈夫なのですか?」
シトリーが俺に心配そうに見つめる。
「俺が直々に出向いてやる」
俺は裏空間への入口に入り、屋上へ向かう。
「レハ! ちょっとどこに向かうの!」
ウァサゴが表空間から単独行動の俺へ怒鳴る。
「屋上だ。俺が直々に倒す!」
「だったら私も」
「言っただろう、増援はいらないと」
「単独行動は危険よ」
「悪いが足手まといだ」
「な、なんですってえええ!」
ウァサゴを置いて、俺は屋上へ繋がる廊下を走る。
俺の脳内の映像には、魔術師が火球を飛ばし続け、紙ドクロの群れを次々と燃やされている。だが無駄だ。レメゲトンの紙は何度でも再生する。俺のレメゲトンにはもう既に紙が再生され、復活を果たしている。炎が相手なら俺は闇で葬るのみだ。
二段ずつ階段を飛び越し、突っ走る。そのとき、天井に銃口が生えてきた。俺は咄嗟に後退し、同時に銃弾が飛ばされ、俺の足元ギリギリに着弾する。
「なるほど。銃口をどこからでも生やすのが真の能力だな」
撃つ方角を変えられたり扉から出現したり、銃口を生やす場所を選ばないのが奴の能力。裏空間で身を隠すしたのは、俺から逆探知されないように、絶対に見つからない狙撃をするためだったのか。
当然俺に詠唱をさせてくれる隙は与えてくれないか。天井の銃口は俺に向け、次の弾丸を飛ばしてくる。俺は階段上でバク転して回避し、更に後退。踊り場に着いたところですぐさま壁に隠れ、レメゲトンを開く。だが、俺の前の壁に銃口が現れた。
「な、なに……」
正確に俺が避難した場所を把握している。これでは相手からは狙い撃ちだ。だが俺はそれをチャンスだと思い、レメゲトンの第四部の復活したページを銃口に向けた。
「放て!」
第四部の紙はレーザーを放つ性能がある。それを活かし、直接ペラペラ状の紙からレーザービームを放つ。同時に銃口から銃弾が飛んでくるが、レーザービームは銃弾を真っ二つにし、銃口の中にレーザービームが通り、内部から破壊する。
「やったぞ。これで奴は狙撃ができない」
生えた銃口は壊れたまま壁へ引かれていった。
狙撃を回避したことで撃たれる心配がなくなり、俺は上り階段へ返し、走りながら次は第四部を詠唱。
「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ」
左手にホロスコープの魔法陣が出現し、闇の盾を作る。いつ火炎が飛んできても完全に防げるように。そして屋上の扉を蹴っ飛ばし、屋上に待つ生徒を睨む。
「ここまで来ればお前らに勝ち目はない」
だが火炎放射器と火の魔術書を持つ生徒二人は、俺へ不敵な笑みを思い浮かべた。そのとき咄嗟に殺気を感じ取り、左へバク転させた。同時に入口の地点に一本の槍が落ち、床に突き刺さった。その槍の柄は蛇の皮で覆われ、蛇の口から刃が出ている。蛇そのものに槍を差したような武器だ。
「ちっ、勘のいい奴だ」
入口の上にはもう一人の生徒が立っており、両腕に蛇が巻いていた。
「殺気を抑えるのが下手なだけだ」
「へ、そうは言っても人間、お前は大ピンチなんだぜ? 悪魔三人に囲まれてよお」
火炎放射器に火の魔法書を持つ生徒、そして、蛇だが槍だが知らないもう一人の暗殺者。合計三人の悪魔か。確かに俺の方が不利だ。だが先ほども言った通り俺に増援なぞいらない。
「いいか、お前らは善魔生徒会の一員として必ずひっ捕らえる。場合によっては殺すが、覚悟は良いな?」
「クールに強がってんじゃねえ!」
「何が善魔生徒会だ。偽善者の戯れよそんなもん」
蛇の男は入口の上から降り、腕に巻く蛇が真っすぐピンと張った。そして口から刃が生え出て、次に床に落とした蛇槍を掴む。二本の蛇槍を構えて、俺に走ってきた。対する俺は闇の盾を床に置き、闇を広げる。床一面に第四部の闇が侵食し、足元を支配する。
「うお、これは……!」
これで三人が闇床を踏んでいる間魔法と能力を無力化させた。近寄ってきた男が持つ二本の蛇槍は、刃を吐き出し、ピンと張った体からくねくねと曲がり、通常の蛇に戻った。
「な、なにい俺の武器が!」
「え、魔法が出ねえ!」
魔術師も詠唱しても火が出ず、戸惑っている。
「任せなあ!」
火炎放射器を持つ生徒は俺に銃口を向け、引き金を引いた。しかし無意味だ。俺の前に闇床から闇壁を出し、火炎を防ぐ。
「な、なんだこいつの魔法……手も足も出ねえじゃんかよっ!」
「強すぎだろ!」
「大人しく降伏すれば命は助けてやる」
それぞれ三人の足元に闇の蔓を生やし、足を縛る。これで行動を封じる。
「降参だ降参! お前には敵わねえ」
火炎放射器を捨て、生徒三人は両手を上げ、降伏を示した。
「そこのお前」
赤い魔術書を持つ生徒に指を差す。
「な、なんだよ」
「お前は空間魔術師なのか?」
念のため確認してみる。シトリーはスナイパーと空間魔術師がセットになっていると予想していたが、俺は空間魔術師は表空間から襲来すると予想した。
「ど、どうだかな」
「正直に言え。さもなくば」
魔術師の足元を縛る蔓を巨大化させ、徐々にその体を闇にコーティングさせていく。闇に包まれる恐怖で煽る。
「ち、違う! 俺ではない。生徒会室に行ったんだ。フェニックスを奪うつもりで」
「なら問題ない。生徒会室にも護衛は居る」
シトリーの予想は裏切り、見事俺の予想が的中した。あの部屋の前には空間バリアーが敷かれている。また、敵の空間魔術師によって空間バリアーが破られようがウァサゴら護衛チームが待っている。なんら問題はない。
「おい、人間」
火炎放射器を捨てた生徒が俺を呼んだ。
「お前俺らに勝った気でいてねえか?」
「どういうことだ」
火炎は俺に通用せず、狙撃銃も破壊した。足は束縛し、自由を奪った。いったいこれ以上俺の勝機に何があるというんだ。
「それは、つまりこういうことだ!」
右手をポケットに突っ込み、何かを取り出した。それは手榴弾だ。
「……!? おい貴様やめろ」
「やめないねえ!」
左手でピンを抜き、俺に投げてきた。まずい、次で爆発する。爆破されると流石に重症を負ってしまう。
そのとき、俺を覆う空間が泡状になり、何層にも重なった。
「こ、これは……!」
手榴弾は何重する泡に衝突し、爆破する。重なる泡が俺を守ってくれて、衝撃を完全に和らげた。
「単独行動してイキっていた割には情けないわね」
背後からツンとした言葉がした。振り向くとそこにはセーレがハープを持って突っ立っていた。
「セーレが守ってくれたのか」
「ええそうよ。感謝しなさい」
重なる泡はシャボン玉のように割れた。
そういえばセーレはセイレーンの化身者と言っていた。そのセイレーンの清き水の力で泡を作り、何層にも重ねて衝撃波を撃ち殺したのか。
「そ、そんなバカな……俺の最後の手榴弾が……!」
生徒はそのショックで倒れ、力なく倒れた。
「ああすまないセーレ。助かった」
「ふん、言っておくけど、私はウァサゴの命令でここに来ただけ。アンタが死のうが私はどうでもよかったけど、死んだらウァサゴが怒るから守ってやった。勘違いしないで」
相変わらずツンとしたセーレの毒舌を吐いて、俺へ背を向け、入口を返って行った。
生徒会室に帰ると、生徒十人ほどがまとめて縄で縛られ、床に座っていた。
「こいつらが暗殺部の部員か」
「ち、畜生……強すぎだろこいつら……」
「なんで囮作戦が効いてねんだ……」
あの火の魔術師の言う通り、空間魔術師は部員を連れて表空間から襲来し、空間バリアーを破って奇襲してきたというわけだな。俺の予想が的中して何よりだ。
「流石レハ後輩だ。相手の作戦を的中させるなんてな」
ヴァプラが縄の尻尾を持ち、いつでも縛る敵たちに電気を送れるようにしている。
「な、なんで俺の作戦がバレたんだ……」
縛られている生徒が俺にガンを飛ばしてくる。きっとこいつが空間魔術師だな。
「シトリーも空間魔術師としてバレてしまった以上、貴様らが生徒会室の空間バリアーを破るのは分かっていたことだ」
これでスナイパーは撃破し、他の暗殺者も捕らえることに成功した。フェニックス護衛の一日目はなんとか果たすことは出来たな。




