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ソロモン校長の七十二柱学校(打ち止め)  作者: シャー神族のヴェノジス・デ×3
第一章 黒獄の天秤編
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二話 生徒会長ウァサゴ・ロフォカレ


 酷い事故が発生した波乱の入学式が終わり、今は我が家へ帰宅中。だが、バエル校長の瞬殺事件が目に焼き付きで、具合が悪い。歩くのも辛い。顔が鷲掴みされ血塗れになっていた光景は別に精神的ショックではない。ウァサゴに関して気分が悪い。とりあえず、ヒト気のない小さな公園に入り、隅にあるブランコに座った。鞄を足元に置き、休憩する。

「はあ…憂鬱だ。」


小学校、中学校での生活は確かに苦しかった。イジメや悪戯してくる奴、ナイフや拳、能力で殺しにかかる奴、とにかく腹が立つ忌々しい奴らで心底憎かった。だが入学式早々、今までの学校生活で一番苦労しそうだと思った。

 やはり生徒会長だけに、スピーチしその場を動かずにして、いつの間にかバエル校長を殺し手でつるし上げるほどの者は初めて見た。まだ十代後半であの実力だ。あれが噂通り、本当に異世界に行ったら破滅しかない。あんな奴が俺に絡まれたら、まず俺の魔術書を当てれるかどうか。当てれば生還できるだろうが、もし当てれなければ死ぬ。あの生徒会長がいる限り、俺の学校生活は危ぶまれる。

 だが、生徒会長は『他の世界に光ある平和的交際』と言った。その言葉に偽りがなければ彼女は異世界に行っても殺生はしないはず。人間である俺にも攻撃はしないはずだ。いや、所詮は悪魔の言葉か。ヒトを惑わし油断させ、罠に陥れる卑怯な手口を得意とする話術。とはいえ、わざわざバエル校長を血祭りに挙げ、ガラの悪い新入生たちを恐怖のどん底に陥れたほどだ。平和と悪の意思からの脱却を願う白か、やはり悪魔として黒か、あの生徒会長の真意は分からない。

 そもそも俺は、あの生徒会長の生徒的指揮には毛ほど興味もない。仮にウァサゴのおかげで悪魔が良くなろうが、魔界の平和な未来の実現だろうが、人間の俺はどうでもいい。悪魔が悪の意思から離れれば、人間に被害はなくなるだろうが、端から無理な話だ。ウァサゴの指揮に便乗しようとは思わない。逆に青臭いことを平気でぬかす善魔が気持ち悪いぐらいだ。イジメを受け続けた俺ですら反吐が出る。

 とはいえ、この命を賭してもゲーティア高校を卒業しなくてはならないんだ。犠牲を出してでもだ。そのためなら、残り学校生活三年も可愛く見える。小学六年、中学三年、合わせて九年間の努力を無駄にしてはいけない。

「俺は…卒業するんだ…絶対に…!」

「あの…すみません。レハベアムくん、ですよね。」


背後から突如の声に、肩を飛びつかせた。本能から敵襲と思い警戒した。鞄を手に取り、すぐさま身を前に出して後ろに振り向いた。

「誰だ!」


短髪で小柄な顔に眼鏡をかけた、ゲーティア高校の制服を着た女性が立っていた。

「ひゃあっ!」


俺の大声に彼女も驚き、身を一歩引いた。

「ご、ごごごごご、ごめんなさい!おおおどどどろかすつもりはなかったの…」


怯えた表情で、瞳から薄ら透明な鱗が見える。声がもどろになっている。体が微量に震えている。

「……?」


男の怒鳴り声に驚き、本能から怯えるか弱き少女を見ているようだ。

「ごごごっご、ごめんなさい!命だけは…」


脅かすつもりで大声あげたわけではないが(そもそも脅かすつもりでもなかった)殺し屋だと勘違いされているようだ。まあ、生きるためにやむなく殺したこともあるが、それはそうと、結局、この子は何がしたかったのだろうか。

「…で、アンタはなに?」

とりあえず、この子に話しかけてみる。急に背後から話しかけては、咄嗟に大声あげてみれば怯えているので、正直この子の言動に理解が追い付かない。

「…え?」

「何しに来た、と言ってるんです。」


言葉に威圧を掛けて、再度聞いてみる。このやり方で相手の心理を揺さぶり、更に怯えさせる。

「わ、わたしは…その…」


とはいえ、やはり目的があって俺に話しかけたようだ。

 俺の命に関わる野蛮な目的であったら、魔術書を取り出して、この子を殺す。彼女は悪魔なのだ。お互いが殺し合いの対象。俺が殺しても文句は言えない。

「私、ウァサゴ先輩に、あなたを捕らえるよう、命令を受けたのです……。」

「ウァサゴから……?」


……どういうことだ。まさか、生徒会長がいきなり俺を狙いに来たのか?狙いに来た真意が白だろうが黒だろうが、どちらにせよ、野蛮な目的なのはわかった。だが、ここは慎重になって、なぜ俺を捕らえようとするのか、情報を絞り出すとしよう。場合によっては、この子をまだ殺さず人質にとるのも一つの策か。

「なぜ、俺を捕らえようとするのですか?」

「え…?そ、それは…ウァサゴ先輩の命令だから…。」


あのヒトがあれをやってと言われて、みたいな言い訳だ。自信なさげに答えるあたり、命令の目的は聞いてないのか。いや、もしかしたらとぼけているかもしれない。もう少し揺さぶりをかけてみるとしよう。

「じゃあ、なぜ、ウァサゴが俺を捕らえようとしたのですか?」


威圧的に尋問し、殺気を放ち、最大限に睨み付ける。

「そ、それは…」

「それは…?」

「うう…あなた、年下のくせに生意気ですよ…。」

「…は?」


予想にしなかった答えに、一瞬理解が追いつかなかった。

「わ、わたしはっ!ウァサゴ先輩にあなたを捕らえてほしいと言われたんです!なのに、なんで私が尋問されているんですかっ!おかしいですよ!」


怯えながらも、涙こぼしながら大声張り上げて必死に訴えてくる言動に、俺は内心仰天した。

「……わけのわからない奴。」

「それはこちらのセリフです!もういいから、あなたを捕らえます!」


彼女は手を上げた。手のひらから、ガラスのような薄透明の四方形が浮かび上がった。

「なに…。」


これは、悪魔が持つ能力だ。何の能力かは知らないが、薄透明の四角形を生み出した能力で、強行的に俺を捕らえる気か。四角形は徐々に成長し、一人を入れられるほど大きくなった。

「仕方ない。殺す…!」


地を背後に蹴り、奴の間合いを取る。同時に鞄から魔術書を取り出し、開いた。

「逃がしませんよ!」


だが、詠もうとする直前、奴が大きくなった四角形を俺へ投げた。

「……!」


四角形は俺に直撃し、その後四角形が口を開いた。四角形は俺を飲み込み、口を閉めた。

「――しまった!」


奴が生み出した四角形の中に閉じ込められてしまった。拳を壁に叩き下ろしたが、あまりにも硬かった。コンクリートを拳で叩いて壊せるレベルではないほど、頑丈すぎた。

「無駄ですよ!私の空間ガラスを壊そうだなんて。」

「空間ガラス…?そうか、分かった。」


これは、一部の空間を固め、様々な形に変える能力か。空間を圧縮し固めたものは、何よりも堅い壁となる、絶対防御の力。

「あなたはもう私から逃げることはできません!さあ、ウァサゴ先輩のところへ連れてきますよ。」


確かに、空間を圧縮した壁を素手で破壊するのは不可能だ。

 だが、俺が何の策もなしにこの魔界で生きてはいない。

「必ず殺す。」


拳を緩め、手を魔術書に添えた。

「―我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ。」

第四部のページを開き、詠唱。俺の足元に、太陽を囲う十二の星座のシンボルが描かれたホロスコープの魔法陣が現れた。太陽のシンボルから、黒い水が柱状に噴射し、四角形内を濡らした。黒い水であたり壁や床は墨のように真っ黒に染まった。そのとき、

「え?」


空間ガラスは黒い水に溶け、俺を囲う四角形は消えた。解放された身となり、

「何なのです、その間抜け面は。その程度の能力ですか?」

奴の拍子抜けした表情が内心面白く、軽やかに罵倒した。奴はまさに、開いた口が塞がらない、唖然とした感じだった。

「そ、そんな…私の能力が…!」


よほど自分の能力が無効化されたのがショックだったのか。慢心だな。

「確かに、お前の能力は厄介かもしれない。だが、俺の前では無力だ。」


奴へ右手を差し出した。地面に散らばる黒い水は水滴に分裂し、俺の右手に集結した。集結した黒い水はやがて、細いS字の小剣コピシュに形を作り、液体から物体化した。柄を握り、剣先を奴に向けた。

「死ね。」


魔術書を鞄の中に入れ、コピシュを上げて、奴へ走り襲い掛かる。

「きゃ、きゃあああああ!」


恐怖に帯びた悲鳴を上げ、やりなげに手から四角形の空間物を投げてきた。それをコピシュで振り下げると、空間物を真っ二つに裂いた。このまま間合いを詰め、コピシュの刃が奴に届く範囲まで迫った。この弱虫メガネっ子の前でコピシュを上げて、頭に振り下げた。

「―待ちなさい!」


そのときの瞬間、目の前から高い声が聞こえた。それと同時に、下げたコピシュが奴に当たらず、途中で止まった。コピシュの刃は、人差し指と中指に挟まれて斬撃が阻止されていた。

「―!?」


俺の目の前には、肌がピンク色の角がない女がいつのまにか現れ、俺の剣身を指で挟んでいた。

「ウァ、ウァサゴ先輩!」

入学式で青臭いことをほざいた生徒会長ウァサゴが突然、俺とメガネっ子の間に現れ、メガネっ子を庇った。

「…生徒会長か。」


ゲーティアのブレザー制服をマントみたいに上から羽織り、袖を腕に通さないで肩から直接腕を出していた。第二ボタンまで開けた白シャツと紺色のミニスカート肌を着て、長くきれいな白髪をポニーテール状に一つに結んでいた。生徒会長にしては、風紀は乱れているような。いや、悪魔だから許されるのか。

 それより、一瞬にして、斬られる直前のメガネっ子の前に現れ、剣身を指で挟み止めたこの超早技。今俺はこの早技を目の当たりにしていたから分かった。これは能力だ。バエル校長をいつの間にか殺していたのは、ヒトの目では追えないほどの早技の能力だったのか。しかも、挟まれた剣身がピクリとも動かない。また、大男の顔を鷲掴みして吊るすなど、何という力だ。

「どうして来たんですか?」


生徒会長の背後に立つメガネっ子が震えながら言葉を発した。

「心配で来てみたのよ。そしたら、案の定襲われてるから。」

「まさか悪魔が、悪魔を助けるとは。いや当然か。なぜならお前は、善魔だからな。」


ピンチの部下や仲間は見捨てる悪魔のくせに、部下を心配し仲間を見捨てない優しさ、善魔らしい行為を罵る。

「女の子相手に刃を下そうなんて、人間なのに悪い子ね。」


人間は優しい心を持つ紳士的イメージだからか、それに反する行為を悪いことと罵られた。

「小娘から襲われたからな、少しお灸を据えようと思ってな。」

「小娘って言い方なんですか!私のほうが年上ですよ!」


元はといえば最初に襲ってきたのはメガネだ。命に関わることなら正当防衛だ。

「で、俺を捕らえて何をしようというんです?」


単刀直入に命令した相手に聞いてみた。逃がさないよう、コピシュの剣身から黒い粘土状の塊を出し、指で挟んでいる手を粘土で包み込ませ、固めた。

「…!」


これで生徒会長は右手が拘束され、俺から離れなくなった。

「瞬間移動しようと無駄です。三秒後に質問に答えないと拷問しますよこの場で。」


時間を言いつけ質問を急かす。時間が過ぎれば、包み込ませた黒い塊は圧縮し、右手はちぎれる。

「あ、あなた!ウァサゴ会長に失礼なことを!謝りなさい!」

「いーち。」


何かを叫ぶメガネを無視してカウントダウンし、生徒会長の心理を弄ぶ。

「ま、まあまあ落ち着いてレハベアムくん。別にあなたに喧嘩売ろうって気じゃないのよ。」

「御託はいい。にーい。」


質問に答えていないのでカウントダウンは止まらない。あと一秒で手はちぎれるだろう。

「ちょ、ちょっと待って!ひ、ヒトの話を聞きなさい!」


カウントダウンで焦るウァサゴ。悪魔が困る姿は良い見物だ。

「さー」

「あなたを生徒会に入会させたかったの!」


カウントダウンの途中、二点五秒でようやく質問に答えた。あと零点五秒で手はちぎれたのに。惜しい。

「…はい?」


だが、まったく意味の分からない答えが返ってきた。むしろ、謎の回答でカウントダウンすら頭から飛ばされた。

「あなたは人間だから、周りは悪魔で辛いでしょ?だから生徒会が相談乗ってあげようと迎えに。」

「殺されたいか?誰がいつ相談に乗ってくれと言った。」


悪魔に心配されるとは、これほどコケにされたことはない。悪の意思の脱却だの俺を生徒会に入れたいだの、ヒトを困惑させる発言が多い。

「ち、違う違う!私は善魔として、人間のあなたと交流したいの。」

「交流…?」

「あなたがなんで魔界に居るのかは知らないけど、人間として悪魔に虐げられ、酷いイジメを受けてきた生徒を、生徒会長として見過ごすわけにはいかない。同時に、私は魔界と他の異世界との平和的交流を望む善魔として、魔界に唯一住む人間に興味がある。だから、あなたを生徒会に入会させたいのよ。」


俺の瞳に目強く覗き込み、機嫌を損ねないと必死に丁寧に言葉をかける様子。悪魔としては、あまりにも不自然な態度だ。悪魔にしては困っているヒトをほっておけない優しい感じだ。

「…聞いてていまいちピンときてないのだが、どうして、俺を生徒会に入れたいんだ?」

「あなたが生徒会に入って、私の身近に居てくれたらあなたの身は安全になるからよ。」

「俺の安全?」

「あなたが生徒会役員になれば、私の暴力性を見た生徒たちは、その影響で下手にあなたに手が出せなくなる。もし手を出してしまったら、校長を血塗れにしたようになるのを知ってしまったからよ。」

こいつの影響下に身を委ねることで悪魔どもは迂闊に俺に絡むことはできなくなるということか。まさか、伝説の右腕を瞬殺し、新入生たちに恐怖を植え込んだのはそのためだったのか?それに、俺のことを快く気遣ってくれる姿勢や言葉、悪魔にしては異様だ。普通、悪友以外の仲なら他人は見捨てる悪魔なのに、出会って数分しか経っていない人間を庇うつもりか?

「それに、生徒会長の仕事として、また善魔の使命として、悪魔に虐げられる人をほっておけない。だから、私はあなたを守りたい。」


守りたいと素で恥ずかしい言葉を発するとは、こいつの存在そのものが恥ずかしい。恥ずかし過ぎて耳が痛い。男である俺が女性相手に守られながら学校生活を送るとは、正直不甲斐ないから嫌だ。もとい悪魔に守られるのは生涯ごめんだ。

「聞いてて恥ずかしい。自分の身は自分で守る。」

「あなたは悪魔を憎んでいるでしょ?」

「ああ。そうだ。」


俺を蔑んできた悪魔には怒り狂いたいほど恨んでいる。悪魔に目を付けられるだけで嫌がらせや悪戯、イジメをしてくる。そんな毎日が続くと、逆に憎たらしくて殺したくなる。この醜悪な環境でたった独り育った俺の中には、悪魔に対する憎しみと、なぜこのような理不尽すぎる人生を歩むことになったのか、その運命への恨みしかない。

「私は外道な悪魔とは違う。スピーチ聞いたでしょ?私は心から、悪の意思の脱却を実現させたいのよ。そのためには、悪魔によって虐げられてきた魔界に住む唯一の人間、あなたの力が必要なの。」

「なに…?」

「その憎しみを、私の理想に使ってほしいの。憎んでいるからこそ、私と一緒に魔界の平和統一に協力してほしい。」


力強い瞳から伝わってくるこの情熱。明らかにそこらの悪魔が出せる態度ではない。真摯、真面目、真剣に俺に話しかけている印象だ。だが、善魔だろうと所詮こいつも悪魔だ。悪魔の言葉には必ず裏がある。俺を利用しこき使うつもりだ。

「人の憎しみを有効活用しようというのか。そんなに死にたいならお望み通り、平和な天国に逝かせてやる。」

「その必要はないわ。だって、すぐにここも天国みたいに平和な世界になるから。」


あっさりと俺の嫌味を否定された。こいつ、まさか本気でこの魔界を平和にするつもりなのか?

「いい?これだけはハッキリとしている。あなたはやっぱり、魔界で唯一の人間じゃない。全世界で唯一、悪魔によって虐げられてきた、多くの弱者の気持ちが分かる特別な人間よ。」

「弱者の…気持ち…?」

「そう。あなたは、弱者よ。でも、強い。あなたは今まで、外道な悪魔のイジメに耐えてきた、勝るとも劣らない強い精神力がある。それは、真の弱者しか得られない特別で強い力よ。いくら力や知力で虐げる強者でも、その特別な力の前では無力。それどころか、弱者が寄り集えば、その集団は鋼よりも硬く強い剣になる。どんな悪魔をも殺す最強の剣よ。力や知力で相手を虐げることしかできない強者こそ、弱い。逆に、そんな奴の影で怯えてきた弱者の剣ほど、恐ろしいものはない。『窮鼠猫を嚙む』みたいなものね。ようは。」

「きゅうそ…?」

「人間界のことわざよ。追い詰められたネズミは、命をかけた反撃で猫に攻撃するという意味。反撃を食らった猫は驚いて逃げていくわ。この場合は、ネズミが人間で、猫が悪魔ね。身体的にデカいから強く見えるだけで、本当は威張っているだけなんだから悪魔は。」


自分も悪魔のくせに、悪魔を罵倒しているその姿がまるで自虐のように聞こえて、説得性の欠片もない。

 だが、今までそれに似た経験は多々ある。ナイフや人間界にいる悪魔から仕入れた銃を持った悪魔が複数現れ、俺は生きるために必死に逃げた。グルではない別の悪魔が複数居る道を必死にくぐり抜け、最終的に行き止まりの狭い場所に追い込まれ、危機的状況になった。しかし、とっておきの魔術書の魔法で皆殺しして、命を明日へ明日へと懸命に繋いで生きてきた。

「でも、今日から敵に追い込まれたりはさせない。もう不安な日々を送る必要はないわ。だって、あなたにはこの私が付いているもの。あなたと私が組めば怖いものなんてない!」

自慢げに言い終えると、ウァサゴは俺に左手を差し伸べてきた。

「…その手はなんだ?」


言い終えると、突然手を差し伸べてくるので、俺はこの経験が初めてだからどうすればいいのか分からない。

「え、わかんないの?握手よ握手。あなたと私の協力関係を表して、いや、仲間として、手を結ぶの。」


女性らしく可愛い笑顔を浮かべて答えた。

「…仲間…」


一瞬、仲間という言葉が、どういう意味だったか忘れて分からなかった。だが、すぐに思い出した。仲間という意味は、志や主義、主張を同じくするその人だ。普段、仲間という言葉を、口で発したり頭の中で思ったりしなかったから、意味が錆で覆われて、すぐに思い浮かばなかった。

 だが、俺には、こいつと共有できる志や主義などない。確かに、俺には家族も仲間もいない、孤独の人間だ。学校も外も周りは敵しかいない。そんな寂しい俺に、魔界を変えるために協力しようと、仲間として勧誘する善魔。いきなり会って初対面で俺を信用してくる姿勢が、逆に怖い。人間を信用させてその後道具みたいにこき使うのは悪魔のやり方だ。俺は悪魔を信用しない。

「悪いが、断る。」


差し出した左手を拒否した。

「…もう。フフ。」


手を握らない俺を、おかしそうに微笑した。

「なにがおかしい。」


「素直じゃないところが。素直に仲間になってくれたと喜べばいいのに。」

「なに…!」

ひとり勝手に勘違いして、苛立った。

「俺は悪魔が信用ならない。誰がアンタと手を組むか。」

「それがあなたなの。」


差し出した左手を俺の右手へ伸ばして、強引に手を握られた。

「はい。これで握手。明日からよろしくね。新入り。」

強引に握手され、新たな仲間として生徒会に入れられた。俺は拒否したはずだが。入るとは言ってないのだが。

「さ、触るな…!」


握られた手を振りほどこうとしたが、笑顔の割には握力が嫌がらせ並みに強すぎて痛い。

「何が素直じゃないだ。新入りだ。離せ!」

「そんなに、私の言葉が信じられない?」

「ああ。悪魔の手口は分かっている。そんな偽りの言葉で人間を騙せても、俺は騙されない。」


人間に憑依して、人間にとって甘い言葉を巧みに駆使して罠に陥れる手口は知っている。それで詐欺が成功したという話はよく聞いている。

「悪魔の言葉は偽物かもしれないけど、私は善魔だから言葉は本物よ。」


それはただのこじつけだ。というか、悪魔が自分を善魔と自慢げに自称する奴を見てて、こっちが恥ずかしくなってきた。普通、善魔は悪魔にとって忌み嫌われる対象なのだが。決して誇れるようなことではない。

「じゃあ聞くが、俺がアンタら悪魔の仲間に入りたくない理由は、何だと思う?」

「分からないわ。だって、私は善魔だもの。」

善魔だからと理由に、あっさり切り捨てて開き直ってきた。凛々しい見た目とは裏腹に思ってたより質が悪いな。

「仲間にしたいヒトの気持ちが分からないようであれば、スカウトなんかやめておけ。」


俺は悪魔に虐げられてきた。そんな善魔も悪魔の同類の奴に、仲間になれと言ってくるのは図々しいにもほどがある。

「なんでよ。善魔と人間が手を合わせればそれでオッケイじゃない。」

理由の本質を理解していないな。そんな筋の通らない理由でまかり通るか。

「そんなにすぐに死にたいのなら、まずはそのふざけた口をふさげ。」

「あなた人間なのに怖いのねっ!」

「あのバエルを瞬殺したキサマほどではない。」

「とにかく!あなたは生徒会に入って頑張るの。私は魔界の平和のために、あなたは魔界でイジメられないように。ね。」


意地でも俺の手を離さない姿勢、俺を仲間にしたい想いが腹立たしい。忌々しい。悪魔のくせに俺を信用しやがって。

「なら今すぐにでも、俺がイジメられないようにアンタを殺して悪魔どもに見せしめにしてやろうか?」

「あら、あなたイジメという言葉が嫌いなのね。って、いたたたた!ちょ、やめて!」


右手を包み込む黒い塊の内部を魔力で針に変えて、ちょっと圧縮した。こいつの右手は無数の針で軽めに刺されている状態だ。

「痛い!ねえ、この黒いの離して。痛いし、中が突然動いて気持ち悪いのよ!生き物?!」


右手を包む黒い塊を離せと要求してくる。さっきから騒がしい奴だ。だったらその握力を緩くしろ。

「離した瞬間、俺の首が飛ぶ可能性はあるだろう。」


平和だの脱却だの、人間の俺にとって都合の良い御託で俺を信じ込ませ、離した瞬間、懐から一気に殺す可能性はある。離すわけにはいかない。

「私は善魔だから無暗な殺生はしないよ!私のこと信じて。」

「バエルは殺したのにか?」

「あれは、わたしの目が黒いうちは悪事は許さないよ、っての示しただけ。バエルは死ぬべき大罪者よ。」

「バカバカしい。言っておくが、俺はアンタの平和活動に興味はない。よって、生徒会には入らない。」

「なんで?!私に協力すれば、あなたはイジメを受けなくなるし、人間界も平和になるのよ!」

「イジメを受けたくないからなどで俺が生徒会に入るか!」


この際、俺は悪魔どものイジメや嫌がらせには今更やめてほしいとは思わない。好きにやらせておけばいい。ただ、俺は悪魔の仲間には絶対にならない。確かに魔界が平和になれば、人間界や他の異世界は被害がなくなるだろう。俺にとっても人間界が荒れるのは許せない。だが、

「アンタこそ、その根拠のない自信はなんだ。アンタの言ってること全て、デタラメなの気が付いてないのか?」


悪の意思の脱却や他の異世界の平和的交際、全てスケールがでかすぎて信じるほうが無理な話だ。

「気が付いていないわ。だって、私ならやれるもの。」

自信満々の表情で強気に答えた。こいつからすれば世界を変えることはスケールが小さい方らしい。こいつの根拠のない絶対的な自信をへし折る方が無理な気がした。

「『できる・できない』の問題じゃない。『やる』のよ。人間界で自身の可能性にチャレンジする素敵な名言よこれ。」


更に人間界の名言らしい言葉を言う。俺は人間界の景色や言葉、何もかも知らないので初めて聞いた名言だが、他の異世界との平和的交際を目標とする善魔らしく、異世界の言葉は詳しいな。

「身の程知らずに未来はない。」

「挑戦しない者に未来はない。」


全て、ああ言えばこう言う。何を言ったって聞く耳を持たず自分の意見を貫き通してばかり。一向に俺の言葉を聞いてくれない。俺は悪魔の言葉を信じきれないのに。

「……」


俺の手を握り締める左手が圧縮した。こいつ、俺の手を更に握り潰そうとする気か。

「……」


ならば、奴の右手を包む黒い塊に魔力を注ぎ込み、圧縮させた。俺も負けじと奴の手を潰す。潰されないように、拳を握りしめて固くする。忌々しいので睨めば、こいつも睨み返しやがった。

 お互いの睨みあい、ここで目を逸らしたり魔力を緩めたら負けだ。意地でも睨み負かせ、俺が先に手を潰してやる。

「……」

「……」

「あの……」


横から突然の弱々しい声に驚き、目を声の主に向かせてしまった。同時に、目の前の善魔も驚き、声の主に目を向けていた。

「シ、シトリー!驚かさないでくれるかしら。」

今更ながら、このメガネっ子の名前を知った。こいつ、名はシトリーなのか。

「ふたりとも、両手を合わせてなんかシュールです。」

「え…?」

「は?…ってこれ…」


俺とウァサゴの手を見れば、俺の左手とウァサゴの右手が黒い塊の中にあって、ウァサゴの左手が俺の右手を握っている。俺たち、恥ずかしいことに手腕をクロス状にさせて繋いでいた。他所からすれば、言い争っているのに手腕を繋げて、実にシュールだ。もし住民に見られていたら、生涯消えぬ人生の汚点となっていた。

「い、言われるまで気が付かなかったわ…」


俺の手をいきなり握ってきた奴が気が付かなかったとは、よほど我が夢中で訴えたのか、あるいは相当のマヌケか。

 ウァサゴの方から俺の手を離した。俺が間違っていないと思うが、握手は最大の握力で手を握り潰す必要はないはず。おかげで骨がどうにかなりそうだった。

「アンタが無理矢理握手したからこうなっただろ。」


俺のコピシュを指で受け止め、逃がさないようコピシュを塊に変えて右手を拘束したまではまだ大丈夫だ。その後、こいつから俺の右手を握ったのが悪い。

「…あら、あなたは私を離さないの。」


こいつから手を離してくれたが、俺はあくまでこいつの右手は離さない。

「つまり、私と仲間になる、っと認めたのね。」

「さっきも言ったはずだが、右手を外した瞬間、俺の首が飛ぶ可能性がある。勘違いもほどほどにしておけ。」

悪魔から持ち掛ける話には裏があるのを知っている。その裏で俺が損する可能性があったら、絶対に避けるべきだ。

「だ・か・ら、私は善魔だから殺さないって。私もさっき言ったはずよ。」

「アンタから俺の手を離してくれたが、俺は離すつもりはない。つまり、どういうことか分かるか…?」

「だから、あなたは私の仲間になるってことでしょ?」

「最後までしらを切るつもりなんだな。」


右手を縛る塊に魔力を流した。塊は右手を凝縮せず、水に変化し地に落ちた。

「消えろ。もう二度と俺の前に来るな。」


逆に目障りになってきて、圧縮して右手を切断するのが馬鹿らしくなった。こいつの馬鹿らしさには呆れるを通り越して惨めしか思い浮かばない。

「断る。仲間になるまで。」


晴れやかな笑顔で言葉を返した。善魔のことだ、右手を切断しなかったのは信用したから、と勘違いしていることだろう。そんな気が笑顔からした。

「しっかし、今さっきの魔法、物に変わったり水に変わったり、生き物みたいに動くし、真っ黒だし気味が悪い。それに、能力が使えなくなったしぃ。」

「…」


液体と物体、そして様々な形状に変化することができ、尚且つ、如何なる能力も触れれば無力化される第四部の闇。物理的に破壊することはほぼ不可能の空間ガラスも、闇に染まれば無に消え、闇に触れている間は能力は封じられる。さすが生徒会長なだけに、一発で第四部の魔法の効果を知ったか。

「その魔術書、いったい何なの?」

「消えろ、と言ったんだ。」

「それに、さっきから、あなたの鞄から黒い霧が溢れ出てくるしぃ。」

「…!?…」


こいつ、魔術書から溢れ出てくる黒い霧が見えるのか。初めて他者から目視された。わざとらしく言う限り、魔術書から霧が溢れているのを知っているな。

「あら、もしかして図星かしらん。」


言い当てられたことを、内心で驚くようにし表に出さないようにしていたが、眉毛がピクリと動かして一瞬息が止まった。俺の微動な表情の変化すら見破られたか。

「…そっちが消えないのなら、俺が去った方がいいな…」


こいつと無駄話して体力を使うぐらいなら、安心できる我が家に帰った方が幾らかマシだと悟った。

 肩に掛けていた鞄の口を閉め、こっちからこの場を去ろうとウァサゴらに背を向けた。

「あら?私に背を向けていいのかしら。」

後ろから舐めた言葉をかけられたが、歩みを止めず言葉を返した。

「アンタは善魔なのだろう。死角から突くなんて卑怯な真似はできない。」

「っていうことはつまり、私のことを信用してくれるのね…!」

「…勘違いするな。」


じゃなきゃ、こいつから消えない限りいつまで経っても帰れない。消えろと言った俺が消えないと体力の無駄使いだ。そこまで意地っ張りではない。

「最後に一つ聞くわ。あなたは何のために進学したの?」


意外な質問に驚き、歩みを止めてしまった。

「この偽王国じゃ、学校に行くのは義務付けられていないのに、なんで行くの?なんでわざわざ敵がたくさん居る場所に行くのか、最後に教えてほしい。」


確かに、この偽王国では学校は行かなくてもいい。義務ではないのだから。義務付けられていないのにもかかわらず、なぜ命を賭してまでなぜ学校に行くのか。悪魔からすれば俺の通学はイジメられるために来ているようなものかもしれない。ウァサゴも疑問を抱くのは当然か。それでも、茨の道を歩む価値は大いにある。

「……そこらの生徒と同じ理由さ。」

「つまり、あなたも人間界に行くのね。」


ゲーティア高校の志望動機、もとい、俺の目的は、ゲーティア高校を卒業して異世界へ渡ることができる資格を得ること。それを利用して、俺は人間界へ帰る。これが十二年の学校生活の計画だ。あと三年で目的が、夢が叶う。だから俺は、如何なる不利な現実でも諦めない。その確固たる証拠が、今までの九年間の通学と成績だ。

 今まで学校は一度も欠席したことはないし、成績は断トツトップ。一度もトップの座を渡したことなどない。テストは基本、百から九十まで点数をキープし、それ以下の点数は俺の知らない世界だ。体育も、運動神経は人間より悪魔の方が優れているのに俺が断トツトップ。家庭でも、俺が作った料理があまりにもおいし過ぎて、一時期報道され、五つ星を取った。悪魔から五つ星貰っても嬉しくはないが、貰えるものは貰っておく。資格もたくさん取得し、学歴において常にトップに立ち続けた。全ては、悪の華を咲かせるだろう期待のエリートが集まるゲーティア高校に入学するため。そして、卒業して資格を得るために。

「いい?あなたが卒業できるかできないか、私への協力次第だから。あなたが本当に卒業して人間界に帰りたいのなら、一度よく考えてね。」

「脅しか?」

「どちらにせよ、あなたが嫌でも絶対に仲間になってしまう。そう、強制的にね。」


学歴のトップをつかまえて、生徒のトップが何か言っている。

「あなたに襲い掛かる学校行事は、独りでどうにかできるものではない。」

「…アンタ、平和を志していると言ったな。」

「ええ。それが?」

「じゃあ、救いたいヒトとかは居るのか?」

「ええいるわ。あなたよ。他は人間界で、悪魔に虐げられてきている人や悪魔のせいで悲運な目に遭っている人とか…」

「アドバイスしておいてやる。ヒトの気持ちが分からん奴に、ヒトを、それどころか悪魔すら救うことはできない。」

「…」

「アンタが穴に落ちて、誰かの助けを待っても、全員に見放され一人ぼっち…ヒトを救いたい気持ちがあっても、人に恐れられ、悪魔に忌み嫌われ、傷ついていく自分が救われない哀れな生き物になるのがオチだ。」

「いいえ違う。仮に私が罠に落ちても、誰も救ってくれなくても、あなたなら私を救ってくれる。そう信じているわ。」


こいつに確固たる根拠という言葉や意味はないらしい。全て並々ならぬ自信で押し通す。ヒトを信じすぎて逆に危うさが目立つ奴だ。

「…宿題は渡したわよ。期限は明日までね。」


提出するつもりはない。俺は黙って、なるべく目立たないように学校生活を送るだけだ。

 歩みを再開させて、公園から出た。


 消えろと言っておいたが、あれは再び俺の前に現れるに違いない。そして、俺を奴の思想に利用しようと生徒会にスカウトするだろう。だが、俺は絶対に、何が何でも入らない。この際、奴の本性が白か黒かはどうでもいい。どちらにせよ奴の思想に付き合ってしまったら、それは奴の配下、悪魔の手下になる事を意味する。最悪、あんな奴に牛耳られる未来も可能性はある。悪魔の手下になって、人間として腐っても、俺は悪魔と同類になりたくないし、外道に成り下がるつもりもない。心を売るなんてもってのほかだ。

 …俺が行く絶望に満ちた闇夜の道。その先にあるには希望と光が待っている脱出路。そこまでにたどり着くまでにはあと三年が必要だ。今までこの九年は長かったが、あと三年だ。三年間の間に、奴が俺の道を拒もうとしたり、邪魔するのであれば、ほかの悪魔同様、殺すまでだ…!








「…あの…先輩。」

「ん?なに。」

離れてゆくレハベアムの背中を見つめながら、シトリーの言葉に応じた。

「どうして、あんなにまであの人を入会させたいのですか?」

私の可愛い後輩、シトリーがレハベアムを仲間にさせたい理由を聞いてきた。そういや、理由は話してなかったっけ。

「あら、聞いてなかったの?」

言い争いで理由を聞いてなかったことに驚き、背中からシトリーへ顔を向けた。

「レハベアムくんが生徒会に入ってくれたら生徒は手が出せなくなるからよ。それでももし私の仲間に手を出したら、この私が直々に裁いてあげる。」

善魔として、仲間に刃や銃口を向けた奴には、それ相応の覚悟をしてもらうつもりでいる。悪魔に虐げられた人間を仲間に加えて、彼を守りたい。この心に、嘘偽りなどない。

「…救いたいから、とか守りたいからなんですよね?そのわりには、レハベアムくんを仲間と呼ぶから、まるで戦力に加えたい、という感じに聞き取れましたがでしたが…。」

「あら、よくわかったわね。」

平和のために武力で悪魔と戦うことになるのは必須。もはやこの道、戦いを避けることなどできないのは分かっている。いくら私の戦闘能力でも巨悪に立ち向かうのは非常に困難。だから、あの『魔術書』を持つレハベアムくんの力を借りたい。仲間に引き入れたい。彼を助けたいなどと甘い言葉で、私の戦いに巻き込ませる形が詭弁なのは分かっている。でも私は、魔界と人間界の未来のために、彼のために彼と戦いたい気持ちに偽りはない。それに、私の仲間になる以上、その影響下で彼に対するイジメは減少する。私と居るときは何のデメリットもない。むしろメリットしかない。あとは彼の心次第だ。

「これでも私は秘書ですからね。先輩の考え方ぐらい分かります。」

「でも、それが本来の目的ではない。彼を仲間に加えるのには、もっと別のところにある。」

「というと?」

「…レハベアムくんは将来、とんでもないことをしでかすの。」

「とんでもないこと…?」

「私はそれを止めるために、彼を仲間として迎え、ストレスを和らげるの。」

「どういうことなんです?ウァサゴ先輩はいったい、『何を視た』のですか…?」

「それは、私の口から語るのには無理があるわ。正直、話したくない。」

「それほどの『映像』だったのですか?」

「ええそうよ。…とても、惨劇。」

トラウマレベルの光景で、思い出すだけで気分が悪くなる。寒気がして胃酸が逆流しそうで頭痛の予感がした。あの『映像』の光景は口で語ってもその凄みは伝わらない。それほどの絶大な恐怖が場を包み覆っていた。あれは地獄すら生温いものだった。

 近い将来、この偽王国に、いや、魔界全土に滅亡が訪れる。その災いの元が彼、レハベアム・モーヴェイツ。人間である彼が、魔界を滅ぼすとされる予知を視た。私は彼が起こすであろう惨劇を止めるためだけに、このゲーティア高校に入学して、彼も入学するのを待っていた。この『映像』を見てから、初めて善魔の使命が芽生え、今に至った。ある意味、彼の存在のおかげで私は善魔となった。

「今、彼は独り。暗い孤独よ。彼は孤独に慣れているかもしれない。だけどその分、愛に飢え、悪魔を憎む一方で彼の心の傷から闇が溢れ出し暴走する。そんな彼には今、仲間が必要なの。仲間として温かい手を差し伸べ、彼を憎悪の闇から救い出すことが、予知された滅亡を阻止することに繋がる。これが、今の私の善魔としての使命。」

レハベアムくんに接近した理由はこれが全て。いわば、この魔界の未来は私の手にかかっている。悪魔である私が、悪魔を憎む人間を止められなければ魔界は滅びる。正直なところ、悪の意思の脱却や平和的交際は二の次だ。

「悪魔は太古から様々な罪を重ねてきた。その分ツケで溜まりに溜まった裁きが彼の憎しみのようなもの。だから私は魔界が滅んでもあの世で言い返す権利はないと思う。だけど、まだ魔界は滅びるべきではない。まだ、悪の意思の脱却と、平和への道の可能性を提示してない。その可能性を提示するまで、魔界は滅びさせない。」

「先輩…」

私の言葉に惹かれたのか、この子の瞳から、感動的な強い輝きが感じる。

「私、頑張ります!私も、この魔界を変えたいです!」

幼女のような強い意気込みで言葉を返した。小さい身体で私を支援してくれる姿が可愛らしく、手を頭に乗せ、撫でた。シトリーは嬉しそうに目をつぶり、微笑んでいる。

 この子は内面的でヒトと話すことや前に立つことが苦手で、威圧されるとすぐに怯えがち。だからこいつはヒトに騙されやすくヒトの下に付きやすい。利用されていることに永遠に気付かないタイプだ。弱肉強食で例えたら、言わずもがな食われる側。この魔界で生まれたのが本当に可哀想なぐらいだ。

 だから私はこの子を秘書にさせた。なぜなら、レハベアムくん同様、ほっておけない生徒だからだ。こんな子が、学校で毎日不安な生活を送らなくてはならないと思うと、善魔としての使命に駆られ、焦ってしまう。のんびりしている場合ではないとか、もっと力があればとか、逆に私が自信を無くすぐらいだ。だからこそ、この子の存在が私に鼓舞してくれる。この子を守りたいと思うたびに、私は強くなれる気がする。それに、この子を守れないようであれば魔界を変えることなどできはしない。善魔として、私は誰かを守り、誰かのために戦いたい。

 でももし、平和への道の可能性を提示できなかったら、私は潔く魔界の滅亡を認める。死んだ者も含めて悪魔総全員で罪の償いをできるなら、私は喜んで貢献したい。





 学校帰り直行、前に深い森が見えた。我が家へ無意識に歩くがまま、森の中へ入ってゆく。森の中は坂上がり一本道で、道の左右は無数の木々や草で深く茂っていて壁になっている。坂を上がると、入口に生えている木が連続に微動して、次に横に移動して入口を塞いだ。俺に続いて後から何者が侵入されるのを防ぐため、入口は塞ぐようにしている。道を抜けると、その先は木々のない広場があり、広場の中心には、石造りの古い大きい城がある。あれが俺の住処だ。

「…ついたな…」

天々と暖かい日差しが照らされる。この森は、森の真上の空だけが晴天で、夕暮れの陽光が差し照らしてくれる。偽王国は基本、今日も曇天だったようにいつも天気は雲。その中でこの森だけはいつも晴れで、悪魔は太陽光が苦手だ。だからこの森は一切の悪魔が立ち入ることができない、本当の意味での聖域だ。俺が唯一安心できる格好の場所。

 更に、この森は侵入者が入れば、謎の生命力を持つ木々が道を塞ぎ、別の新しい道を作り、これの繰り返しで、いくら歩んでも永遠に出ることができない、悪意に満ちた迷路で侵入者を弄ぶ。体力を減らし、力尽きたところで木々たちは侵入者を食し、栄養を得ている。これ故、この森は一度入れば二度と戻れない呪われた森と悪魔は呼んでいる。今は俺がこの森を使役しているため、木々たちは俺の命令通りに働く。そのため、俺には攻撃せず、俺以外の者がこの森に侵入したら、木々たちは道を変えて、体力を減らして最後はゆっくりと食す。俺が使役してから、兎や鳥、森の動物が現れるようになり、それから森の真上の天気も良くなり、森の動物が生きやすくなり自然的に繁栄した。俺がこの森を使役している以上、森の動物は平和に過ごすことができ、俺はその動物を狩って糧としている。まさに、動物と人間の理想的共存関係だ。動物まがいに化身する悪魔と共存なんかありえない。

 巨人でも入れそうな縦に長い扉を押す。開き玄関に入ると、中は深暗く、先が影で遮断されていて見えないが、双壁に生体感知タイプのロウソクが並んで設置しているため、複数の火がつき明かりが大きく広がった。床は黒と白のチェック柄で、壁は白色で染まっている。ロウソクの灯火と城の中性的な雰囲気がいい感じに醸し出している。ただ、天井は異様に高く、廊下の道幅も軍団が攻められるぐらい広い。廊下を抜けると、およそ千畳はある広々としたロビーがあり、遥か高い天井には煌びやかで巨大なシャンデリアが吊るされていて灯火がより一層明るく照らしてくれる。ロビーの中心には、剣先をシャンデリアに向けて、板金鎧の上に陣羽織を着て、更にマントを羽織り、頭に王冠と大きな櫛を付けた異風な格好だが貫禄ある男の巨大な石像が立てられている。足元の台を中心に噴水しており、水が広々と溜められている。外見の古びた壁とは裏腹に城内はゴージャスで美を貴重していて、城にしては廊下やロビーなど無駄に広い。とことん広さに追求したような建造だ。

 石像の奥には、横幅の広い階段があり、踊り場から左右に階段が分かれている。段一個一個も幅広く、一歩で段を上がるには足を伸ばすしかないほど。おかげで太ももを使うことで体力を消費しやすいから普段は使わない。また、石像の左右の奥にも部屋をあり、俺が使っている部屋は右にある。この城に住んでいるのは俺だけなので、俺が使っているマイルーム以外の部屋は一切触れていない。一人暮らしだから城全ての各部屋など使わない。幅広い階段を上ってまで二階は使いたくない。

 扉を押し、中に入ると、俺の身長の四倍高い天井のシャンデリアから灯火が照らした。鞄を壁のフックにかけて、ブレザー制服を脱いでハンガーに通し、隣のフックに掛ける。ソファに腰を下ろし、体の緊張を解く。

「…はあ、疲れた…」

重い溜息を吐き、疲労を外に出す。

 マイルームもおよそ百畳はあり、一人暮らしにしては広すぎる。しかもこの部屋だけならず、城の各部屋の広さはせいぜい百畳で天井の高さは四百八十センチと、普通のヒトが使う部屋にしては不自然なほど広すぎる。いちいち廊下とロビー渡ってマイルームにたどり着くぐらいなら、ここだけくり抜いて外に設置したほうが幾らかマシだ。

 この城は、当然元々誰かの物であり、城を使っていたヒトの痕跡がそのまま残されていた。各部屋や俺が使っている部屋には、使いかけの皿に椅子に机は勿論、トカゲやネズミの尻尾や死骸、馬や牛の毛や爪、様々な実験材料までもが保管されていて、不気味な色をした怪しげな液体が大きな壺に満たされていた。何十年も使われてなさそうな雰囲気だったが、甘く濃厚で色香のある女性の香りが残っていて、三角帽子も残っていたので、悪魔の女性、すなわち魔女が住んでいたと思われる。更に、クローゼットやタンスには万は越えるだろう超大量の大きい白ビキニと白パンツが保管されていて、城の中全て服らしい服は一切ない。城主らしき服もなく、全部白ビキニ一式だけだ。天井が高く間取りも広い環境下で白ビキニだけが超大量に置かれていることから、背が高い白ビキニを着た魔女が複数暮らしてたことが推測できる。場合によっては不気味なことに王様らしきヒトが使っていた痕跡はない。それどころか、そもそもこの城には、歴史が存在しない。偽王国にはヴェルサレム王都の奥にもう一つの城があり、そこで偽王国の王政が行われているが、この城に関しては全てが謎で、おそらくこの城を知る者は俺と、元々この城を使っていた白ビキニの魔女たちだけ。森の迷路を抜ける術はまずありえないから、他所の悪魔が知ることなどない。だが、俺がこの城を利用させてもらってから十年は経ったので、もう住者は戻ってこない。今やこの城の移住権は俺の物にある。今更魔女が戻ってもこの城は渡さない。

 体を休めると眠くなった。だがお腹も空いた。今から晩御飯の支度をしなくてはならないのだが、あいにく今日は疲れて眠いし作る気になれない。どうしようか困った。

「クソ、全てはあいつのせいだ。」

善魔に無駄な体力を消費して、イジメや嫌がらせよりどっと疲れた。悪のエリートを育てる場の生徒会長が善魔だとは今思えば矛盾している。なんだってあいつは悪の名門校であるゲーティアに入ったのか。いや、それを言うなら俺も悪のエリートを目指して入学したわけではない。そこでしか手に入らない異世界へ渡れる卒業資格をお目当てに入学したのは俺だけではないはずだ。もっとも、他人の入学志望動機など興味はないが。

「考えている暇があるなら、寝るか。」

どうでもいいことを考えても答えはたどり着くわけでもない。空腹より眠さが勝った。無駄な時間を過ごすぐらいなら寝た方がいい気がした。スクールズボンとYシャツを着たまま、体をソファに寝転んで、瞳を閉じた。











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