十一話 絶望の闇と希望の時
まずはレハベアムに接近しなくてはならない。私の得意な近距離戦闘に持ち込まなくては。だがレハベアムはレメゲトンを開き、口を開き詠唱を始めた。
「― 穢れ有き醜悪なる魂に、悲しみの闇を身に包みし、地獄に示したまえ― 」
遥か天に、一本の柱が出現した。一本の柱の周りに、暗黒の霧が集中し、やがて球になった。
「― 穢れ無き善良なる魂の恨みを、悪魔に示せ― 」
暗黒の球に亀裂が走り、亀裂の間から緑色の上半身の醜女が出現した。表情がとても歪んで怒っている。憎しんでいるように見える。悲しんでいる表情でもあるし、何かに恐れているようにも見える。歪んだ喜怒哀楽を浮かべながら、両手を合わせた。
「― 悪魔に虐殺されし魂の涙を拭く時来たれり― 」
合わせた両手を広げると、両手の間に暗黒の非物質が出現した。
「― 罪無き逝った魂の願いを叶える時来たれり― 」
暗黒の非物質は徐々に膨らみ、両手から零れるほど大きくなってきた。遂には、暗黒の非物質で天が隠されるほど巨大に成長した。その超大規模な成長ぶりはまるでブラックホール。星を覆いかぶさるほどの暗黒星だった。
「― 今こそ、全ての悲しみが終わる時、来たれり。悲しみに満ちた天国からの裁きが下る時。血塗られた哀れな世界を滅せよ― 」
今、この闘技場の真上天空に暗黒星が浮かびあがっている。天空は、あの死月の時と同じ、暗黒星が浮かんでいた。
「わかってたわよ。私は。凹成二年の誕生日に、私は視ていた。あなたが黒獄の天秤で暗黒星を召喚することを!」
幼かった頃に見た凹成二年の十月九日。未来視の映像そっくりそのまま、今現状に起きている。
「クククククハハハハハッハハハハハハハハハハッハハアハ!この魔界を滅ぼし、俺が人間界の未来を救ってやるのだ。クハハハハハハハハハ、ハアアァーッハハハハハハハハハハハ。」
「まだよ。この魔界の未来は絶望だという根拠はない!まだ、明るい未来へ繋がる可能性の提示が終わっていない!この私が、あなたと一緒に魔界の未来を変えてみせる!」
この魔界はたった今、二つの選択がなされた。人間によって滅ぶのか、悪魔によって守られるのか。滅亡か、可能性の提示か。
未だに聞こえる生徒たちの恐怖に帯びた雄叫びは、あの暗黒星で更に混乱する生徒たちが抱く恐怖を過激化させた。未だに降り注ぐ黒きレーザービームの雨に魔天を覆い隠す巨大な暗黒星。本物の闇と絶望が満ちた世界となっていった。
私は振り向き、後方にあるワープ球へ走る。ワープ球には闇の壁が塞いでいる。それを拳で砕き、道を切り開く。
「な、なに。」
だが開いた先には、上からのレーザービームのいわばカーテンのような並びでワープ球が囲われている。このレーザービームは貫通性共に斬撃性がある。触れれば私の肉が真っ二つだ。
「これって、どうやってあっちの皿に行けばいいの!?」
魔力吸収の皿へ行く手段が消えてしまった。この黒獄の天秤は互いの皿は三本の鎖によって吊るされている。こうなったら鎖によじ登って、一本道を渡ってあっち側の皿へ渡らないといけなくなった。
巨大な鎖へ昇る。だが鎖の上には紙ドクロが三体、私を睨み付け、口腔に闇の力を溜めていた。
「まずい!」
咄嗟に鎖から離れた直前、紙ドクロの口からレーザービームが放たれ、鎖に直撃する。闇床に着地するも、私の周りには既に十体の紙ドクロが囲っていた。咄嗟にしゃがみ、十本のレーザービームを間一髪避ける。私の頭上には十本のレーザービームの先端が衝突している。これに当たっていれば私の体は貫通していた。包囲網を横に転がり、抜けるが、紙べアムの足元にぶつかった。
「!?」
紙べアムの両手は黒ではなく、白、いや、白い紙で包まれていた。その手を私に向け、掌に闇の球体が溜められ、一本のレーザービームを私へ解き放った。対する私は横寝の体勢のまま足払いをし、紙べアムを転がせた。レーザービームは私に命中することなく、上へ薙ぎ放った。転がった紙べアムに上乗りし、その顔面に拳を下ろした。顔は砕き散れ、その亀裂は全身に走った。粉々になった紙べアムの模型から、複数の紙がペラペラと空中に浮き、おおよそ十体の紙ドクロが出来上がった。紙ドクロたちは仕返しにと私にレーザービームを放ち、対する私は十本のレーザービームを右に回避した。
「厄介ね。」
そのとき、後方から右肩にレーザービームが通った。焼けるような激痛の貫通跡に私は痛みをこらえた。後方に振り向くと、一体の紙ドクロが浮遊しながら私を睨み付け、口から煙が出ていた。後ろの紙ドクロがレーザービームを放ったのか。
仕返しにその紙ドクロに走り出し、拳を当てる。紙ドクロは顔面から衝突するが、折り紙を潰したかのようか感触でただブシャリと潰しただけになった。砕いてはいない。潰してもしわくちゃになった紙ドクロはまだ私を睨み付け、口腔に闇のエネルギーを集結させた。
「まずい!」
こいつレーザービームを放つ気だ。咄嗟に小さく跳び、右脚に二十四時間分の力を一秒でチャージさせ、暴脚で蹴り上げる。紙ドクロは顎から潰れ、そして真っ二つにちぎれた。しかしその分厚い筋肉に張れた右脚に一本のレーザービームが左から貫通された。
「くっ。」
左へ見張ると、一体の紙ドクロが浮遊し、口からレーザービーム放射後の煙を出していた。咄嗟に右足を引くが、背に貫通する熱いものが体内を通り、そして私の胸から黒きレーザービームが飛び出た。
「ぐううう。」
今度は背後から急所か。
レハベアムの戦い方が分かった。レハベアムは第四部の闇で相手の能力を無力化させ、第三部の紙ドクロを空中に大量にばらまき、闇のレーザービームで倒す戦法か。魔術師本人は特に何もしないで遠くから眺めているだけ。卑劣を極めた戦い方だ。
そのとき、私の足元に黒い蔓が生え、足首に丸まった。
「なにっ、この!」
これではジャンプができない。能力が発動できず、私の行動が制限されてしまった。必死に脚を引くが、蔓は頑なに壊れなかった。そして、全ての紙ドクロが私を包囲し、一斉にレーザービームを放った。
「!?」
私の両腕に両脚、両肩、全ての部位にレーザービームが左右上下襲い、貫通していった。全包囲網のレーザービーム集中放射は終わり、私の肉体全て穴だらけとなった。
「……!」
流石の私も立てる体力を失い、闇床に膝を下ろした。
「所詮、お前の力はその程度だ。善魔。」
黒獄の天秤戦で初めて、私に声をかけた。私は力ない首をレハベアムへ曲げ、彼を見つめる。
「お前はただ未来を救いたかった。だが、おまえが守りたい未来は俺と共通するものではない。俺が守りたいのは、人間界の未来。お前が守りたい未来は魔界だろう?」
レハベアムが何かを語り始めた。今の私には、それを反論する体力などない。
「お前が魔界の未来を守るとなると、人間界は多くの被害を生む。それだけは止めなくてはならない。だから殺した。生徒らを。」
「あなたの……動機は……そのためだったの……!」
レハベアムはいずれ人間界へ行くであろうこの学校の生徒が闘技場観客席に集うため、一網打尽にし、黒獄の天秤では私に偽物を戦わせた。全ては人間界を守るため、だったというのか。ただ復讐心に駆られ、人間界の苦しみを返しただけではなく、ちゃんと意味を込めて実行していたのか。
「お前はこの魔界を俺と一緒に変えたいと言ったな。悪の意思の脱却と平和への願いを訴えた。だが相手は悪の意思に生きる悪魔だ。ヒトの意思はそう変えられない。それに、悪魔によって虐げられた人間が善魔に甘えるなど、笑える話だ。俺はそんなに安い人間のつもりではない。」
「どうして……どうしてそんなに強がるの……!私に甘えたっていいじゃない!」
「ふざけるな。俺は貴様ら悪魔に虐げられた人間の一人だ。誰がこの世に宿敵に甘えるか。」
「何度言わせるつもり……!私は、」
「はいはい善魔善魔。もう聞き飽きた。善魔と聞くたびに肌毛が立つ。」
「善魔の何が悪い!」
「存在だ。」
「!?」
「悪魔に背けられ、平和の願いと悪の意思の脱却を理解されず、人間に恐れられ、誰からも共感されず、貴様はただ空虚に訴える。その哀れな貴様を俺は存在否定する。」
「いいえ。私は必ず、この魔界を変えてみせる。全ての悪魔から、悪の意思を抜き、平和の世界へ作ってみせる!」
「……今から俺はこの魔界を、あの暗黒星で半分だけ滅する。半分はこの学校のだ。そして、俺がこの学校を卒業して、人間界に帰る直前で、残り半分の魔界を二度目の暗黒星で完全に滅ぼす!そうすれば、人間界は完全に救われるのだ。」
「そうはさせない。私は、アンタをぶちのめす!」
一人の人間にこの世界の未来の可能性を左右されてたまるか。まだ、平和への可能性が提示されていない。可能性が提示できるまで、私は止まらない。
「……暗黒星が落ちるまでにまだ時間はかかる。いいだろう。相手になってやる。正々堂々でなっ!」
私を囲う全ての紙ドクロが天秤の中心に集結し、天秤の柱に向けてレーザービームを放った。すると柱は折れ、皿ごと私とレハベアムは底奥の暗闇に落ちていった。
「うおおおおお!」
皿は地面に叩き落され、割れた。私たちは湿気た地面に着地し、間合いを取る。
この地面は平らで、上から見たら円形の地形だ。皿のように限られた空間で戦うより、広い方が私にとって戦いやすい。
レハベアムは第四部の闇でコピシュを生成し、剣と魔術書スタイルで私に対し戦うつもりだ。
「はああああああああああああああああああああああああっ……!」
私は体内に巡る魔力を存分に発動させ、時の力を発動させる。私の全身から時の渦巻くオーラが放出されている。
闇床や第四部の闇での能力制限がない今、私の能力がフルに扱える。まずは全身を時の流れに任せ、時による瞬間移動を発動させる。すると、私たちの間合いが広がった距離が零点一秒で縮まり、レハベアムの間合いに侵入する。更に、レハベアムはまだ私が間合いに入ったことに気が付いていない。それほどの超圧倒的スピード。これが時の流れに身を任せたスピードだ。時の流れから一度肉体を外し、今度は拳に時の力を籠める。
「時速移動からの、くらえ、零時拳っ!」
レハベアムはやっとこさ私が間合いに侵入したのを気が付いたが、時すでに遅し。私は右拳をレハベアムのお腹に下した。
「ぐはあ、―」
すると、レハベアムは殴られた後、体が静止した。
零時拳で殴られた相手は五秒間だけ時が止まる。つまり今のレハベアムは、時が止まっているのだ。五秒間だけ。
私は力を一秒に短縮化させる時の短縮化だけでなく、殴った相手の時を止めることができる。
そして、左拳に二十四時間分の力を一秒に短縮化させ、もう一度腹に下す。超圧倒的パワーが腹にダイレクトアタックし、五秒経過。レハベアムを縛る時が活動した。
「ああああああああああああああああああああっ!」
腹に正面衝突したことでレハベアムは真後ろに吹き飛び、壁に背を衝突させる。そしてズリズリと落ち、尻を地面に下ろす。
「な、なんだ。瞬間移動したかと思えば、右拳で殴られたと思えば左拳で殴られた。しかも、なんだこの異常な力は!」
時が止まった相手は、自身が時が止まったなんてことは認識できない。相手からすれば右拳で殴られたのに、時が止まっているから次の時が認識できず、次の時が活動したときには左拳で殴られた、という現象に見えるだろう。
時速移動、時を止める、時の短縮化、この三つの時を私は操れる。しかもごくまれに未来さえ視ることができる。これが私、バエル校長を瞬殺した生徒会長ウァサゴ・ロフォカレの力だ。
「思ったより強いな。なるほど、納得だ。」
レハベアムは口から血を流すも、余裕に立ち上がり、魔術書を開いた。詠唱するつもりだ。そうはさせない。詠唱をする時を与えず、時速による瞬間移動でレハベアムの間合いに零点一秒で入り、零点二秒、レメゲトンを持つ右手の背に時速による素早い拳を当てる。
「ぐおおお?!」
レハベアムの右手からレメゲトンが撥ね、魔術書と魔術師を切り離した。レメゲトンは空中を舞い、地面に落下した。
「魔術師の弱点は詠唱する時間。その隙さえ無ければあなたなんて楽勝よ!」
「悪いな。既に詠唱は終わっているんだ。」
「何を、―っ!」
背に熱いものが貫通し、胸を通った。レハベアムは胸を通った黒きレーザービームを避ける。まるでそうさせたを知っているかのように。
「厄介ね。あなたの魔法は!」
背後に振り向くまでもない。先ほどの紙ドクロが背後からレーザービームを吐いたのだろう。詠唱したら次からはもう再び詠唱する必要が無いのか。だが今やレメゲトンはレハベアムの手中にない。今が殴り時だ。
レハベアムは左手の小さな黒剣コピシュを私に突くが、時の流れに身を任せている私にとっては、レハベアムの動きなど超スロー再生にしか見えない。いとも容易く突きを避け、そして右脚に時の力を流すため、一度己の身を時の流れから外す。そして腹を蹴り、レハベアムの時を止める。蹴った右足の足底を床に置き、回し蹴りで二十四時間分の力を一秒短縮化させ、左足の足底を腹に叩き込む。
時速移動、時を止める、時の短縮化を操る私だが、己の身を時の流れに任せながら相手の時を止めたり時を短縮化させるのはできない。この三つを同時に行うのは不可能になっている。相手の攻撃を交わしたり間合いを詰めるのは時速移動で、時速移動中のときに相手の時を止めようとしたり時を短縮化させたりする場合は、一旦時速移動を解除しなければならない。更に時の魔力までも大幅に消費してしまうため燃費もよくない。
五秒経過。レハベアムの時は動き出し、二十四時間分の力の蹴りで真後ろに吹っ飛ぶ。
「ぐはああああああああああああっ!」
再び背に壁を衝突させ、壁が壊れた。レハベアムは口から多量の血を吐き出し、両手を腹に添える。
「な、なんて力だ。正直、敵わない。」
「そうよ。この私に勝て、……ぐっ。」
さっきまで私も余裕こいていたのに、途中で気分が悪くなり、膝を地面につける。私の体は既にボロボロ。貫通された傷口から多量の血が流れだしている。更に、紙ドクロはその辺にうようよと浮いている。いつ何時レーザービームが飛んでくるか。決して私が優位に立ったとは限らない。
ふと右に目をやると、紙ドクロ四体の頭上にはレメゲトンが置かれ、レハベアムの方へ運んでいる。
「そうはさせるか。」
あの紙ドクロたちめ、レハベアムのところへ持っていくつもりだな。そうはさせない。倒れているレハベアムへ間合いを離し、運ぶ紙ドクロたちを襲う。だが走る直前に上からレーザービームが放たれ、足元を撃たれる。
「ぐっ!」
前方に転がってしまい、倒れてしまう。そのとき、背にレーザービームが当たり、そのまま貫通し肉を溶かされる。更に一度に三発、レーザービームを背にくらってしまう。右に転がり、咄嗟に立ち上がる。私の背から腹がもう穴だらけだ。もう、戦うのは流石にきつい。
「諦めてたまるものか。善魔の意思に、賭けてっ!」
口に出して己を鼓舞し戦意を上げる。だが全方位紙から紙ドクロに睨み付けられている。そして、私がくらっている間に、四体の紙ドクロはレハベアムの元へ既に運ばれていた。
「間に合わなかったかっ!」
レハベアムは右手でレメゲトンを受け取り、開く。
「もう、終わりにするぞ。ウァサゴ生徒会長。」
レハベアムから間合いを空けてしまったことで、私が不利になってしまった。こうなったら時速移動で己の身を時の流れに任せて接近するしかない。
「くっ.......!」
しかし体内を巡る魔力があまりない。時速移動は燃費が悪い。もうあと一発分の魔力しか残っていない。時速移動で間合いを詰めたら、そこで魔力が尽きて、能力が発動できない。さあどうする。時の魔力を身に流し一瞬で間合いを詰めるか、拳に込め最強の一撃を叩き込むか。ここが勝負の分かれ目だ。
このとき、私の目には何かの映像が映った。未来視だ。これから起きる未来の映像が私に舞い下りた。
「この後私は……どうなる?」
映像には、拳に時の魔力を込めて、レメゲトンを詠唱するレハベアムへ走り出した。未来の私の選択は最後にして最高の一撃を込め、この戦いに一刻も早く終止符を打とうとしたのか。だがレハベアムの背後空中に紫色の魔法陣が浮き、そこから無数の柱のように太く長い槍、その数約七十二本の柱槍が現れた。次々と柱槍を放ち、一本ずつ、私の肉体を強く突き、そして貫通した。その傷跡は大きく、突かれる度に肉片が撥ね、無様に砕け散った。七十二本目の柱槍の時には既に私の肉体はバラバラに散り、地面に転がっていた。
なんとも強力な魔法だ。七十二本の柱槍を放ち、一気に殺す物理的な魔法。これを喰らえばあっという間に死ぬ。いや、死ぬ未来を視てしまった。
映像はここで終わり、現実に帰った。
「そうはさせるかっ!」
勝負の分かれ目のうち拳の魔力を込めて接近しようとすると死ぬことが分かれば、迷うことはない。己の身に時の魔力を流し、時速移動をする。時の流れに身を任せ、一瞬でレハベアムの懐に入る。まだレハベアムは私が間合いに入ったことに気が付いていない。ここで魔力は尽き、自動的に己の身は時の流れから追い出された。同時に、レハベアムは一瞬で間合いを入ったことを間近で見て、冷静に驚く。
「今だ!」
右拳に力をいれ、腰を回し、肘を伸ばし、真っすぐストレートに拳を放つ。拳はレハベアムの胸板に届き、正面衝突させる。
「ぐふっ。」
しかし大したダメージにはならず、レハベアムは胸で拳の衝突を受け止めた。
「しゅ、瞬間移動するのは分かっていたよ。」
「?!……な、なにを。」
レハベアムが私を見つめ、ニヤリと笑みを浮かべた。まるで私が策にハマったことを嬉しがるように。
「さっきまでの破壊力とは比べ物にならないこの拳。そりゃあそうだ。お前は闇を踏んでいるのだ。」
咄嗟に真下の地面を見る。すると私の足元だけ黒かった。レハベアムは私が瞬間移動するの予想して、間合いの足元に闇床を設置させたのか。今見ればレハベアムの右手には第四部の闇で出来たコピシュがない。コピシュを闇床に変えたのか。
すると闇床からコピシュが上がり、私の左足底を突いた。激痛が筋を通る。
「ぐはあああああああああ!」
肉を突いたコピシュの剣身は下がり、私はつい咄嗟にバク転で後退してしまった。レハベアムとの距離を離してしまった。
「逃げることなどできない。」
後退した矢先、背後からレーザービームが背から胸へ貫いた。
「ぐふっ!」
私は右膝を地面に下ろし、息を荒らしてしまう。
「残念だったな。お前はここまでだ。ここまでの余興、久々に楽しんだぞ。」
レハベアムは笑みを浮かべながら、私を見下した。
「余興ですって?」
「鎮魂劇だ。人間界のな。鎮魂劇のこの余興で多くの亡き人間たちが盛り上がったことだろう。」
レハベアムからすれば黒獄の天秤は余興に過ぎなかったらしい。本気でレハベアムはこの世界を壊すつもりでいるのか。
「だが、鎮魂劇も次で最後だ。最後はお前の血で花火をふかせて、クライマックスを迎えよう。」
レメゲトンを開き、口を開いた。
「エロイムエッサイムエロイムエッサイム 我は求め訴えたり。第一部『ゴエティア』。」
するとレハベアムの背後空中に紫色の魔法陣が浮き、魔法陣から七十二本の柱槍が現れた。槍先を全て膝つく私に向け、レハベアムの左手が上がった。
「この手を下ろすと、七十二本の柱槍が放たれ、お前の肉体を打ち砕く。」
これが未来視で視た映像だ。つまり、私は死ぬ。死ぬ運命は変えられない。
「わたしの負けか。」
だとしたら今更あがいても無駄だ。死ぬ間際だ。最後はせめてレハベアムが無事に人間界へ渡れることを祈って、私の体内にあるフライングチケットを渡そう。
「……シトリー、すまない。」
この地に弱虫なシトリーを残すことを、申し訳なく思う。
「……せめて心から尊厳を込める。あとは地獄で魔界が半分だけ滅びるのを見ているがいい。」
左手が下がり、七十二本の柱槍が次々と私に放たれた。最後は瞼を閉じ、レハベアムの言う通り、地獄で見ることにした。
しかし、なかなか柱槍が私に届かない。死ぬ直前、事故はスロー再生のようにゆっくりと死ぬそうだが、明らかに柱槍が私の元へ来ない。不思議に思い、ゆっくりと瞼を開ける。すると、私の目には、誰かの背が映っていた。
「シトリー……?」
小柄な背のシトリーが青い魔術書を詠唱し、放たれた柱槍の前に立っていた。そのとき、ドドドと鋭いものが壁に連続して衝突する音がした。
「間に合いました。」
シトリーの前には、空間を固めたバリアーが浮き、七十二本の柱槍を真正面から受け止めた。シトリーが詠唱する空間魔法は、銀よりも硬いバリアーを張ることができる。まさか、それで私を守ってくれたのか。
「何をやっているんですかウァサゴ先輩。はやく、あのレハさんをやっつけましょうよ。」
バリアーを維持させたまま、膝つく私に近寄り、そっと右手を私の肩に置いてくれた。そのとき、シトリーの右手から私の肩へ温かい魔力が流れてくる。
「シトリー……あなた、わたしを助けて……うん。ありがとうシトリー。」
自然と笑みがこぼれた。するとシトリーも可愛い笑顔で私を見つめてくれる。それだけで心の支えとなる。活力が湧いてきて、体力が戻ってきた。
そうだ。今ここで折れるわけにはいかない。私は善魔。この魔界を暗黒の未来から希望と平和で包まれた世界を変える者。死ぬわけにはいかない。
立ち上がり、レハベアムを睨み付ける。
「どうしてだ……どうしてお前らは立ち上がる。なぜそこまでして魔界を守りたがる……!お前ら善魔の意思はなんなんだ!」
「単純な話、私はあなたを助けたい。その心一筋よ。」
もとより、私はレハベアムを助けるために生徒会へ入会させようとした。それが魔界を守るためでもあり、レハベアムを救うことになる。だがレハベアムはそれを拒否する。だからさっきまでの私は死にそうになっていたのだ。
「お前らがおれを助ける?それがむしろ俺にとって不愉快なのだ。俺は全ての悪魔を恨む。憎しむ!俺が人間界を救うのだ!」
「ええ、私も人間界を救いたい。だから魔界を救う。世界を守りたい一心は、私たちはなんだかんだ言って共通しているのよ。だから私たちとレハは同じなのよ。」
「ふざけるな!俺は悪魔に虐げられた人間だぞ。それは人間界に生きる人間たちと同じだ。お前らは悪魔は敵だ。」
「いいえ敵じゃない。だって、私たち、善魔だもの。」
シトリーの肩に左手を置き、レハベアムに笑みを見せる。
「もうたくさんだ。だったらお前ら善魔ごと、この世界を滅ぼしてやる!」
レハベアムは左手を真上に上げ、魔力を込める。すると天空に浮く暗黒星が落ちていき、地面が揺らぐ。重力が変換され、地の破片が天空へ上がる。
「クハハハハハハハハハハハ!怯えろ。怯えるのだ!あれが、人間たちの憎悪の集大成。」
この世界を潰し滅ぼさんとする星の接近に、ケラケラと笑うレハベアム。
「どうした。この世界を守ると決めたのではないか?その根性を見せてみろ。おい、善魔!」
瀕死の私を煽り、黒い笑みを浮かべて睨み付ける。
「……こうなったら、全て元通りにするしかないわね。」
「ウァサゴ先輩。まさか……!」
「ええ。あれをやるわ。ちょっと私が危険だけど、善魔の根性を見せつけなきゃね。」
最終手段だ。今こそこの魔界を守ってみせる。
シトリーからもらった全ての魔力を時に変換させ、身体中から放出させる。時の魔力は空間を歪ませ、ごちゃごちゃに混ざる。
「これは!?」
暗黒星までもが歪み、そして足元には時計盤が現れた。短針と長針、秒針は逆戻りに高速回転させる。すると空間全体が逆再生されていき、歪みが徐々に戻っていく。すると暗黒星は逆再生されて落ちるどころか上がっていき、そして小さくなっていく。
「なに!テウルギア・ゴエティアが!?」
宙に浮く緑の酷女の掌の中まで小さくなっていき、次に酷女が霧の球体に戻り、霧が消失し、一本の柱槍になっていき、その柱槍も消えてしまった。暗黒星の召喚後から前へ高速で逆再生されていく。そして壊れた天秤や皿、ガラスが逆再生され、自動に直っておく。
そして空間の歪みは完璧に正された。今の私たちは天秤の真下の地面に立っている。
時を逆再生させた。空間はそのままにさせて時間だけを逆再生させ、暗黒星を消した。事の現実を戻し、前の現実にさせた。
「そんな……魔界は……ほろばないのか……。」
するとレハベアムは前傾して倒れた。暗黒星が消えたことで再び詠唱する魔力が無く、遂に尽きたか。上空には多量の紙がドクロ状の形を無くし、ペラペラの形状になって落ちていく。
改めて、凹成二年の誕生日の私に礼を言う。よく未来の私に未来視の映像を送ってくれた。これで魔界は守られ、平和への可能性の提示の可能性までもが守られた。
だが、同時に私も時戻しで魔力が再び尽きてしまった。急に目の前が揺れ、頭がクラっとし、意識が消えた。私も前傾して倒れた。
黒獄の天秤の勝敗は引き分け。同時に魔力が尽き、同時討ちの形となってしまった。




