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ソロモン校長の七十二柱学校(打ち止め)  作者: シャー神族のヴェノジス・デ×3
第一章 黒獄の天秤編
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一話 始まり


 凹成二年、十月九日、地獄曜日。あの世界は滅亡に瀕していた。

 真上の天空を丸々覆う、闇で創られた超巨大な黒色の隕石、禍々しいオーラを放つ暗黒星が、世界に落ちようとしていた。

「ああ。」

あれを見た瞬間、能が恐怖真っ黒に染まり、何も考えることができなかった。体も動かなくなった。動きたくても、怯えて足が震えて、息すら止まっていた。

 とてもこの世に存在するものとは思えない、異形の星。闇の魔法にしてまさに究極の芸術だった。あれが、地上に近づいてくるたび、地は砕かれ、裂いた。重力は狂い、無数の土片は宙に浮き、暗黒星へ逆方向に上っていた。

「クハハハハハハハハハハハ!怯えろ。怯えるのだ!あれが、憎悪の集大成。」

この世界を潰し滅ぼさんとする星の接近に、ケラケラと笑う男。角や尻尾はなく、肌は白黄色。それ以外の特徴はない種族といえば、あの男は人間だ。別世界からやってきた者が、暗黒星を召喚し、世界を滅ぼそうとしていた。

「……」

その男の前に、ただ力なく立っていた女性が居た。彼女の瞳も、生や気力が感じられず、ただただ恐怖と服従の事実を受け止めていたような感じがした。

「どうした。この世界を守ると決めたのではないか?その根性を見せてみろ。おい、善魔!」

「ぜん、ま?」

人間は、彼女を善魔と呼んだ。

 当時の私は、『善魔』という言葉に少し驚いた。あの闇に覆われた絶望を好む世界に、光と希望を求める悪魔がいることに。

 

 















挿絵(By みてみん)

第一章 黒獄の天秤編 始

(イラストレーター:モツ煮子美 様)





 凹成十六年。死月三日、紅月(こうげつ)曜日。午前七時三十三分。

 俺にとってこの日は、何よりも辛くて、憂鬱でたまらない日だ。

「はぁ……」

新たな一日を知らせる朝の日差しはなく、空は暗い曇天に包まれていた。目の前の建物の門の前に立ち、重い溜息を吐く。

 俺は、今日の天気に溜息をしていたのではない。目の前の建物に憂鬱を漏らしていた。

 今日は、獄立ゲーティア高等学校の入学日。俺の前にある建物がそれだ。黒い尻尾や角を生やした学生たちが通学路を通り、次々と校門をくぐって行く。

 以前までは俺や彼らは勿論中学生だったが、この日からは、皆、立派な高校生となる。たいていの生徒はきっと、青春や新たな出会い、妄想恋愛などで、新たな学園生活に胸を躍らせるのではないだろうか。

 ただ、俺は違う。

「ねえ、あれが、『人間』?」

背後から、こそこそ声がする。

「おい、なんか人間がいるぞ」

「ううわ、肌が白色じゃん。無理ぽ」

『悪魔』たちは、俺から離れるように避け、通学路を通りながら呟く。こそこそ言ったって、地獄耳でなくとも聞こえている。精神的にイラつく。耳障りにもほどがある。

 俺は、人間。悪魔が巣くう闇の世界に住む、人間だ。人間であるが故に、いや、魔界からすれば異界の者である俺は、悪魔たちから目立ってしょうがない。この偽王国では、『魔界に人間が存在する』と噂が広められ、俺の知名度はそこそこ高い。人気者ではない。むしろ、その逆だ。

 仮に、俺が悪魔だったら、人間という宇宙人は近寄りたくないし、人間界に角を生やした宇宙人が居たら、まず人間は怖がるだろう。俺も怖いと思う。もし万一宇宙人に襲われたりしたら命が危ない。そのような危険性がある以上、人間だろうと悪魔だろうと、宇宙人には近寄れないはずだ。だから、俺は人間である以上、悪魔たちを驚かせるのは申し訳ないと思う。

 ただ、問題はそれではない。

「へへへ人間だぜ。」

「ああ、あの、下等生物か」

わざと、俺に聞こえるように大きく陰口を叩く生徒らが、俺に睨みつけながら校門を通過した。

 古くから、人間は、悪魔に屈服させられる存在だ。

 悪魔たちは人間界へ渡り、人間に憑依し、本体を操って、殺人、強盗、強姦、テロ、様々な極悪事件を起こさせてきた。そうやって、憑依された人間は冤罪を背負わされ、被害者たちは人や大切なものをなくし、双方に酷い悲運を味わわせる。悪魔たちは影から、演じられた事故の成功に笑い、これを報酬に稼ぎ、生きている。

 このゲーティア高校に入学した悪魔たちも卒業したらいずれ、人間界へ渡り、悪事を働き、人間たちを困らせていくことになる。つまり、こいつら悪魔たちは、荒れていく人間界の元凶。人間の敵であり、仇なのだ。

 悪魔たちは、人間を弱者として当たり前のように虐げ、不幸な目に合わせることが喜び。魔界に存在する人間、つまり俺は、悪魔たちにとって最も身近な弱者。イジメの対象だ。簡単な話、俺は今まで学校やこの地域で、悪魔たちからイジメを受けていた。そして、この学校でもイジメを受けると思うと、吐き気が出るし頭痛がする。心から拒否反応が出る。

「本当に魔界に存在していたんだ。なんで人間がここに?」

そんなの、俺が知りたいぐらいだ。望んで魔界なぞ地獄に住みたいとは思わない。

 物心がついた頃には、俺は独りだった。

 母は誰なのか、父は誰なのか、妹はいたのだろうか。それさえも知らない。記憶にない。そもそも、俺に家族は存在していたのかさえ疑問だ。とにかく、俺はこの闇の世界で、たった独りで、ずっと生きてきた。この人間の体で、小学校や中学校へ行き、孤独とイジメに耐え、強く生きてきたんだ。

「俺は、負けないんだ」

拒否反応を曲げて、勇気の一歩で、この人間の体で、地獄学堂の門を通過した。

 下駄箱に靴をいれて、入学式会場である体育館へ、廊下を進む。道中に同じく進む周りの悪魔のヒソヒソ話や嫌味が絶えないなか、前方右の窓の外から叫び声がした。

「うわぁ!」

その声と同時に、外側の窓に背をぶつけた生徒が見えた。誰かに飛ばされて背に窓をぶつけられた感じだった。その窓には、血しぶきが飛び、生々しく付着した。衝突により、窓に亀裂が走った。

「なんだ?」

外の様子に気を引いた生徒たちが、右の窓に寄り集まって、外に注目した。野次馬だ。

「バカめが。この俺様にケンカ売ろうとはなぁ!ガハハハハハッ。」

窓から、猛々しく若々しい声と笑いが廊下内まで響いた。どうやら、外で喧嘩がおきていていたようだ。

「おい、あれって、まさかアモンさんかっ?」

「おお、カッコイイ、アモン先輩」

「男や」

喧嘩の勝利に笑いをあげるアモンという奴は、新入生のなかでは知られているようだ。なぜ入学式でも喧嘩や騒動を起こすのだろうか。

 悪魔は、気に食わない奴は力でねじ伏せるのが特徴。すぐに暴力を行使する。あのアモンとかいう奴は、まさに古典的ヤンキーだ。売られた喧嘩は買うのが男道の信条。ヤンキー魂を掲げて学園生活を送るなど、とても迷惑な奴だ。

 俺は、悪魔同士の喧嘩には全く興味がない。とてもアホらしく思う。また、野次馬と同類にもなりたくない俺は、歩みを止めず体育館へ向かう。

 赤いフロアシートが床に覆われた体育館は、不規則並んだ多くの椅子と、それに座る生徒たちが大勢占めていた。ところどころ座られていない席があるが、俺は体育館入口から見て、一番左隅の席に目を付け、そこに尻を下ろした。足元に鞄を置いた。

 人間の俺が座ったことで、その隣の生徒が、身体を右にちょっと引いた。

「おおう、人間や。初めて見た。気色悪いな」

生体の異種としての近寄りがたさと、人間だからとなめた笑いの反応が一緒に表情に出た。隣の苛立つ反応は無視に限る。

「なあおい、無視すんじゃねーよ。人間」

俺に話しかけてくる悪魔の八割は、このように突っかかってくる奴ばかりだ。本当に面倒くさい奴だ。苛立ちに過激が増す。

「話しかけるな」

耳障りにもほどがあるから、仕方なく低い声で注意した。隣の悪魔に鋭く睨み付け、殺気を放つ。

「あ?てめぇ、なんだその目は」

俺の注意と殺気に逆上した悪魔が拳を挙げて、椅子から立ち上がった。

「人間のくせによぉ!」

眉間をしわに寄せて、怒った目で俺を高く見下ろす。拳が今にも飛びそうだ。

 ここで喧嘩を始められると、周囲の悪魔にも悟られ、更に面倒事になる。なにせ、ここは悪魔がこの場に集中している。ひとりの突っかかりに巻き込まれば、俺は人間故、周囲から喧嘩と罵倒を受ける。

「仕方ない」

こういう悪魔の突っかかりは、周囲に悟られずに、また何事にもなかったことにするのが一番だ。いつもの作戦で、この悪魔を黙らせよう。

 鞄の中から、即座に本を手に取った。そのまま鞄の口から引き、本の表紙を悪魔の膝にぶつける。すると、悪魔は、

「あ…」

力が抜けたように、体を前方に倒れた。微かに息はしているが、意識はない。ほぼ死にかけている状態である。

「手こずらせて」

力のない体を抱き上げて、椅子に座らせる。頭は下がっているが、周囲からすれば寝ているように見える。死にかけているので救援は出せまい。

 抜刀ならぬ抜本、からの居合い。あとは当たれば、たったそれだけで悪魔はノックアウトだ。なぜ悪魔はこの魔術書を当てるだけで弱るのかは俺自身よく分からないが、とにかく悪魔はこの魔術書に弱い。この魔法の本を膝に下ろし、改めてこの本の魔術の便利さに感激する。

「この魔術書にかかれば」

表紙の中央に、黒色の小さい鍵のマーク。裏紙には黒いにわとり。表紙の口付近に、鎖骨が描かれているこのデザインの魔術書は、物凄い魔力を持っている。悪魔なぞ恐るに足りないほどだ。俺はこの魔術書のおかげで、悪魔の面倒事を突破し、今まで生きてきた。

「俺にからんだ罰だ」

隣の死にかけの生徒を放置して、それより、魔術書から黒い霧が溢れ出てきた。霧は重力に従って下へ落ち、床を這うように広がってゆく。だが、周囲の生徒や教師は、床の黒い霧が見えていない。どういうわけか、悪魔にはこの黒い霧が認識できないらしい。かといって、この黒い霧に効果はなく、魔術書から勝手に出てくる不気味な霧だ。俺も、この魔術書はよほど詳しくはなく、ただ使いこなしているだけだ。

「もうすぐ、入学式が始まります。生徒は空いた椅子に座り、鞄は椅子の下に置いてください」

突如、マイクから渋い声が体育館全体に響き渡る。急いで魔術書を鞄の中に入れて、悪魔に気づかれないようにする。腕時計を確認すると、あと五分で八時となる。遅れてくる生徒らは、マイクの声と時間に急かされ、あわあわと各席に座っていく。時間に余裕を持たないから、あとから急がなくてはならないんだ。遅すぎる。

 八時から入学式が始まり、その後は各教室でオリエンテーションが行われ、それで今日は終わる。本格的な学校生活は明日からになる。

 明日からお世話になる教室だが、この世で一番嫌いな場所が教室だ。三十人ほどの悪魔が教室に集まり、その中に佇む独りの人間。周りは悪魔で、全員から真っ先にイジメの対象となる。しかも、一人ひとりの悪魔は、ナイフや人間界に居る悪魔から密輸されている銃、生まれ付き持った特殊能力などを持ち、いつでもその場で殺し合いを起こせる緊迫した状態だ。この偽王国では、学校でもどこでも、殺しても罪には問われない。だから気に食わない奴は速攻その場で殺しにかかってくる。そのような状態で、人間の俺はその場で授業を受けなくてはならない。次の授業が始まるまで待たなくてはならない。学校が終わるまで、卒業するまで、そこで勉強しなくてはならない。今までの小中学校もそうだった。当然、俺の命は危ない。狭い部屋の中、敵が密集しているため、逃げ場はない。毎日が、疎外と孤独、嫌がらせ、激痛なイジメに耐える戦いだ。この世界で、教室で一番生き苦しいのは俺なんだ。

 それでも、俺は毎日登校した。辛くても、学校をサボることはできなかった。したくなかった。

 目的があったからだ。その目的があったから希望を捨てずに、学校をサボらず、真面目に授業を受け、生きてきた。その目的があと三年すれば叶うんだ。それまで俺は、これまで通り学校はサボらず、毎日登校する。だから、絶対に俺は諦めない。

「開会の辞。」

ステージから左端に立つ中年の司会者がマイクで開式を宣言した。いよいよ、正式に学校の最初の儀式が行われる。

「それではこれより、凹成おうせい十六年度、獄立ゲーティア高等学校の入学式をとり行います。」

「全員、起立」

司会者の言葉で、俺や他の新入生、教師、校長が椅子から立った。なお、俺の隣にいる突っかかりが原因で死にかけの生徒や、リーゼント等で見た目からヤンキーな奴は、司会者に従わず座っている。それどころか、各席で新入生らが未だにベラベラと喋り、会場は非常にざわついている。進行に従わない新入生の割合はぱっと見八割だ。あまりにも不真面目すぎる。

 見ろ、高校入学式早々始まりにして、事前に届けられたゲーティア高校の制服が既に、各個人好みに改造されている。明らかに切って短くしたスカートや、同様に袖を切ってブレザー制服をノースリーブにしたり、学ランの背に文字を書いたり、ボタンを金色や赤色に染めたり、多種様々。真面目に席を立った生徒がまるでバカみたいな感じで恥ずかしいし、席を立ったことで人間の位置が悪魔に悟られた。さらに制服をアレンジしてないからダサく見られるのも、俺が時代遅れみたいで腹が立つ。いやいや俺は不真面目な奴らと違って、俺は真面目にしているんだ。俺は間違っていない。

「礼」

明らかに進行できる状況ではないにもかかわらず、強行的に進めた。頭を腰から三十度下げ、三秒一礼する。経ったら、すっ、と頭を自然に上げ、ステージへ遠く見つめる。これが、一礼の基本であり、美しさである。この美しく基本である一礼を無意識にできるひとは、将来有望な逸材となるだろう。

 だが、きちんと美しく礼できていないひとや、礼ではなく会釈の角度で頭を下げているひとが多く、かなり目立つ。作法がなってない。まあ、逆に真面目すぎて評判の良い学校のほうが珍し過ぎるかもしれないが。これでもゲーティア高校は超がつくほど名門だ。つまり、こいつら不真面目な新入生もエリートだ。悪のな。

「着席」

座るときは、なるべく音を立てずに、すっ、と自然に座る。男なら座った後は両手は両膝に拳で置く。これが、起立、礼、着席の見栄えの良い例だ。この新入生の中で、俺が一番美しくできている自信がある。悪魔は礼儀作法の美学を知らない。

 儀式の始まりへの礼を終え、新入生の騒めく流れのまま強行的に進行した。

「校長式辞」

本来なら、こういう式で校長や会長などのお偉いさんの名があがるときは、ここで司会者は「全員起立」と生徒らを立たすわけだが、言ったところで立たないのを知ったか、元々進行表にそれが書かれていないのか、言わなかった。どちらにせよいちいち立つのは面倒くさい。

 が、司会者が宣言すると、騒めきがピタッ、と止まり静かになった。喋る大勢の生徒が一斉に黙り、ステージを見た。

 ステージから左に座る、スーツ姿をした、貫禄のある大きな悪魔が立った。悪魔はステージへ上がり、演台に立った。

「凹成十四年度新入生の諸君、入学おめでとうございます。また、ご来賓の皆様におかれましては、お忙しい中ご臨席を賜り、新入生の門出を共に祝って頂きますことを厚く御礼申し上げます。私の名は、バエルと申します。どうぞ、よろしくお願いします。」

あれが、校長バエル。奴は非常に有名な悪魔だ。偽王国王政から国宝の勲章を受け、生きているだけで他の異世界に悪影響を及ぼすほどの力を持つほどの男。騒めく新入生が黙ったのは、超有名にして恐れられている大いなる存在だからだ。

 バエルは、かつて、ソロモンという邪悪な者がこの魔界の国々を統一し、他の異世界に混沌と破滅を与え、魔界に悪の繁栄を齎した伝説の魔王、の右腕だった男だ。右腕だった男と侮るなかれ、彼も世界を壊しまわった超一級犯罪者だ。魔王の悪事に最も貢献した男で、魔界に繁栄という名の黄金期を作ったひとりだ。

 しかし、魔王ソロモンは不治の病により死。主を失い、右腕として役目を果たしたバエルは、戦場から下り、悪のエリートの育成の道を歩んだ。こうして黄金期は終わり、凹成という時代へ移り変わった。いわば、この凹成という年号は、魔王ソロモンの死と、国宝バエルの第二の人生の幕開けを象徴するものである。

「これまで永きにわたり優秀な悪しき者を多数輩出し、偽王国、いや、この魔界に貢献することで他の異世界に涙と血が流れていきました。これは諸君の先輩方の努力の積み重ねによるものです。諸君も、今日からは歴史と伝統あるゲーティア高生の名に恥じないよう、ぜひ責任と自覚を持って行動してほしいと思います」

バエル校長が言った通り、他の異世界に出回っている悪のエリートのほとんどが、このゲーティア高校の卒業生だ。言葉で傷つけるやり方や残虐の美学(国語)、強盗(数学)、生体が最も苦しく死ぬ方法(理科)、犯罪の歴史(社会)、暴力の正しい使い方(体育)、強姦の仕方(保健体育)、恐怖や怯えの心理(道徳)、生体の憑依のやり方等、これらの授業で学んだことを活かして、他の世界の治安を脅かしている。これらの授業のほとんどが、バエル校長が自身の経験を元に作ったものだ。魔王に最も近く、悪の黄金期に貢献した男が作った授業だと、評判は高く、事実、他の高校卒業生よりレベルは高い。そのことからゲーティア高校は超名門校だとされている。

「さて。本校の教育方針は、悪で世を支配することです。悪魔の道にかなった正しいことを 真心を持って考えるということを常に基本に置いております。もちろん諸君は高校生ですから、学生の本分は学ぶことにある、というのは言うまでもないことです。しかし、率直に言って、学ぶという面においては、我々教師が教えることはほとんどありません。皆さん自身が自ら学ぶ意欲がなければ結果はついてこないからです。我々はその手助けをするだけであり、諸君にはその素養は十分あると思っています。 それよりも諸君にはこの三年間で大いに悩み、いろんなことにぶつかりながら、悪魔として何が正しいか、悪魔として今何をすべきか、といった『悪魔としての腐った根っことなる部分』をしっかり身につけて、悪魔として一人前に成長してほしいと願っています。本校で培った根っこがしっかりと地面に根を張り、大学生になり太い幹を育て、社会に出て若葉が芽吹き、汚い花を咲かせ、大きな実をつける……それこそが、本校の歴史であり、伝統であると信じているからです。以上が、本校に入学される諸君に私から贈る言葉です。結びにあたり、この若者たちが悪魔として成長していく大切な時期に、ぜひとも手助けとなるお力添えをいただきますようお願いをいたしまして、私からの式辞とさせて頂きます」

長々と、ただ感情がこもってないことを言うクソであった。しかし、挨拶が終わると、俺の周囲の生徒から、大勢の新入生から大爆発のような拍手の喝采が起きた。悪魔からすれば、伝説の犯罪者からの言葉に感動するのかもしれない。なにせ、喋る子も黙る大物だ。奴の思想に反するなど考えられない者は多い。反し、奴に睨み見下されれば、ビビり身が縮まるか、最悪気絶で済むか。それほどの圧倒的存在感と底なしの魔力を持つ。

 校長は演台に留まり、次に司会者が進行した。

「次は、新入生宣誓。新入生代表バルバトスさんお願いします」

司会者の言葉に応じて、俺の前の席のヒトの耳がピョンと動いた。いや、ただの耳ではない。猫か獅子か、フサフサして薄い獣耳だった。前の奴が席から立つと、黒い長髪をなびかせ、獣耳を上に尖らせて、ステージへ歩んだ。スカートの口から、毛がフサフサした獣の尻尾がはみ出ている。

 獣耳に尻尾を生やした悪魔。あれは獣に化身することを能力としている者だ。犬に狼、猫に獅子、カエルにワニにキリン等、様々な獣に化身することができる。なかには、グリフォンやキマイラのように、様々な動物の体や顔、部位を一つの体に合わせ持つ悪魔もいる。

 奴の制服は、何のおめかしや改造はなく、俺と同じくゲーティア高校の真新しい制服を着ていた。やはり、変な改造で自身をアピールするより、高校生として規則正しく清々しい、青春色の制服の方が良いと思う。それぞれ違う好みの改造で個性を出すのはいいが、不規則で実にダサい。顔は見てないが新入生代表に選ばれたのには、きっと心身ともに清純派の子なのだろう。悪のな。

 ステージ正面の階段で一度止まり、階段を上がる。校長が立つ演台の前に立ち、制服の胸ポケットから手紙を出した。

「本日は、私たち王政十六年度ゲーティア高校新入生のためにこのように盛大な入学式を催して頂き、まことにありがとうございます。校長先生をはじめ、諸先生方ならびに来賓の皆様にも、心より御礼申し上げます。」

女性らしい丁寧口調で挨拶する生徒。可愛らしい声と丁寧な言葉の使い方から、やはり清純派の生徒だ。

「憎き太陽の光を覆い隠す曇天が、私たちを守ってくれて、桜の花や春の花々を見つけるたびに、まるでどの花も私たち新入生を祝福してくれているような気がいたしました。 校長先生のあたたかいお言葉を頂戴し、まことに感無量であります。 この学校に入学し、校長先生からのお言葉を頂戴する中で、ぜひともこの学校で力と悪さを身につけ、将来自分がなりたいものを必ず見つけたいと強く思うに至りました」

とはいえ、やはり悪魔だ。清純派の悪魔はどこまで行っても清い悪に純粋だ。実に悪に従う。

「私たちには無限の悪の可能性がある、そう信じさせてくれる柔軟さ、自由さがこの学校にはあるように思います。悪魔として成長すると同時に将来の夢をみつけ、なりたい自分になるための階段を昇りはじめるのにふさわしい、絶好の場だと思うのです。私たちは、この学校で学べる三年間に、期待で胸を大きく膨らませております。最後になりますが、校長先生ならびに諸先生方、そして先輩方にはあたたかいご指導とお導きのほどよろしくお願い申し上げます。私たち新入生一同は歴史と伝統あるゲーティアの学生としての誇りを持ち、その名に恥じぬよう実りある学生生活を送ることをここに誓います。以上を持ちまして私の宣誓の言葉とさせていただきます。本日はまことにありがとうございました」

伝説の悪しき者の目の前にして、オーラに屈することなくスピーチを終えた。バエルからバルバトスへ手を差し出し、バルバトスは応じて両手でその手を握る。握手が完成し、新入生の観衆から、再び大喝采の拍手が鳴る。バエルの前に屈しなかったバルバトスに、光栄ならぬ闇栄の拍手だ。

「ありがとうございます。代表のバルバトスさんは席に戻ってください。」

ステージ正面の階段を降り、来た道を返して自分が座った席へ戻る。その最中に、不意にも偶然、俺の前の席へ戻るバルバトスと目が合ってしまった。動物らしい、大きく丸々とした綺麗な瞳。小顔で鼻は小さく美形だった。すぐさま奴に睨んだが、奴は頬を上げ、軽い笑顔を浮かべて俺を見て、席へ座った。

 清純派らしい美少女だったが、所詮こいつも悪魔。いくら綺麗で可愛いヒトだろうと、俺は悪魔が嫌いだ。むしろ、可愛さや美しさでその媚を売り隙を作る妙な手口をする女は、反吐が出るほど嫌いだ。俺が睨んでも平気で笑顔を浮かべるとは、女の武器の手口か?

 スピーチの役目を終えたバエルも、ステージの左階段から来た道を返し、自分の席に座った。

「続きまして、在校生代表挨拶。生徒会長ウァサゴさん。お願いします」

司会者の進行に応じて、校長の隣に座る女性が立ち上がった。その女性は、校長が通った左階段で上がり、演台に立った。肌がピンク色で髪の色が白で、顔が凛々しく、特別な雰囲気がある女性だ。

 この超名門校ゲーティアに集う、悪のエリートとして花を咲かせるであろう生徒たち。その手に負えないほど悪い生徒らを仕切り、トップに立つのが、あの生徒会執行部の部長、生徒会長だ。ヴェルザレム都市では、『ゲーティア高校の生徒会長になった者が社会に出たら、他の世界は再び混沌に塗れるだろう』と大きな期待と名声が課せられるほどだ。

 それほどの実力を持つ強力な悪魔だが、彼女が演台に立ったとき、正面から見た彼女の姿に違和感があった。


 あの生徒会長、角がない。


 冒頭でも触れたとおり、悪魔は生まれつき角が生える。角はダイヤモンド並みの頑丈さはあるが、それが万一折れると、死ぬことになる。だから悪魔にとっては角は、内にある心臓と同等大切なもの。剥き出しの命が弱点故、悪魔にとって角が折れることは何よりも恐れること。それがあの生徒会長には、角がない。

 周囲の生徒は、生徒会長ウァサゴの角無き頭に内心驚き、会場は再び騒めく。

「新入生の皆さん。このたびは入学おめでとうございます。私たち在校生一同は、皆さんの入学を心から歓迎しています。私の名は、ウァサゴといいます。よろしくお願いします」

生徒会長ウァサゴは元気のいい声をマイクで、騒めいた会場に響きかせ、挨拶のスピーチをした。再び、騒めいた空間で強行する形になってしまった。

「ええ、このゲーティア高校は、歴史と伝統のある学校であるのと同時に、生徒の自主性を重んじる自由な校風を持っています。生徒の自主的な活動に関する先生方は、非常に柔軟であり、私たちゲーティア校生の自慢でもあります。授業中は眼鏡の奥にするどい眼光を光らせている先生方も、私たちの自主的な研究活動や部活動に関しては非常に理解を示して下さり、ふだんは決して口出しをなさいませんが、困った時には時には必ず助けて下さいます。 しかし、ただ単に何もせず、どんな活動にも参加せずに日々を過ごしていると、あっという間に時間だけが流れていってしまいます。皆さんの大切な三年間を実りあるものにするためにも、何か夢中になれるものをぜひ見つけて下さい」

彼女自身、自分の角に関して騒めいているのを気が付いていないのか、あるいは気が付いているけど気にしてないフリなのか、元気にスピーチを続ける。

「その他にぜひご紹介したいのは、この学校では、学年の壁を超えたイベントがいくつかあるということです。五月の体育祭では、学年の枠を取り払って、チーム対抗で競い合います。また、毎年の文化祭では、全学年が一緒になって楽しむ仮装大会。こうした催しを通して、ゲーティア校生としての自覚が芽生え、愛校心や仲間と助け合う心が自然に身に付いていきます。これから一緒に学び、一緒に思い出を沢山作りましょう。また、悩みごとがあれば、先輩や教師、私を含む生徒会役員に相談してください」

生徒会長らしいごく普通のスピーチを言って、もうすぐ終わると思った。

「さて、話は変えますが、個人的なことですが、私は、この魔界が大好きです。生まれ育ったこの偽王国が好きです」

なにかと思えば、話の路線を変えて、今度は魔界の話にした。話が長すぎて誰も聞いてないのに、長々しく話す必要性はあるのか?

「ただ、私は、『悪』は嫌いです。」

あまりにも突如、意味分からないことを発言した。

「は?」

一瞬、理解ができなかった。周囲の生徒も、悪魔らしからぬ否定的な一言に拍子抜けで、自身の目や耳を疑っている表情が続出していた。

「『悪』で生体を傷つけ、支配し、他の世界まで脅かすこの社会の流れは、滅ぶべきだと私は考えています。私が生徒会長になったのも、このゲーティアから私の力で、いや、私たちの力で、太古から受け継ぐ『悪』の意思を断ち切りたいからです」

それどころか、伝説の右腕バエルが居るこの場で、悪魔が悪を否定。悪魔にとってありえない、死よりも恐れ多い発言に、この会場の空気は重く感じ、凍り付いたような寒い気配がした。

「悪で世を、生体を弄ぶのは間違っています。悪魔が居るから他の世界は怯えるのではありません。私たちが悪魔だから、でもありません。全ては、古から脈々と受け継がれた悪の意思が、そうさせているのです。ただ悪魔というのは悪を齎す者であって、それが種族であると固定したのは誰ですか?悪魔、という種族はしょせん、悪戯小僧の存在。悪戯小僧なぞ、どこの世界にも国にもそこらじゅうたくさんいますよ。人間にエルフ、神に電子にも、悪戯小僧はいます。悪戯に度を越した殺害や強奪、それら悪事をこなしたのは悪魔ですか?それは違います。様々な種族の悪戯小僧の悪の意思。悪戯するのは、私たち悪魔だけではないですし、悪魔だから悪戯するわけではありません。勿論、悪戯したら反省はしなければなりません。つまり、私たちも過去の行い全部含めて、反省し、他の世界に償わなくてはなりません。それだけで、私たちは悪魔から卒業できます」

生徒会長ウァサゴの暴走は留まることを知らず、悪の意思とやらを全面否定。ようは奴が言いたいのは、悪魔だから悪をするのではなく、悪の意思がそうさせる。悪魔だからと悪魔に責任があるわけではない、というわけか。あれの言動は全て、悪魔からの脱却を訴えたものだ。悪魔にしては、なかなか珍しいことを言う奴だ。

「いつか、魔界にも悪の意思が消え、反省し、悪魔が悪魔ではなくなる。そして、他の世界と光ある平和的交際をする。これが、私の大きな夢です」

更に、悪魔が忌み嫌う光を、言葉として表現し、他の世界と『平和』的交流など、まず無茶苦茶な発言を繰り返す。まさに、魔王ソロモンの悪事の真逆のことを目標の夢を宣言。この発言は、偽王国の王政に真っ向から対立すると宣戦布告するとこを意味する。聞いている側もゾッとした。ますます空気が重く感じてきた。

「おい、何ふざけたこと言いやがんだ!」

新入生の観衆席から一人が立ち上がり、大きくバッシングした。

「そうよ!私たちは、悪のために生きているのよ!」

「ふざけるな!この、善魔が!」

「消えろ!このバカ野郎が!」

次々と生徒らが立ち上がり、大勢で生徒会長ひとりに非難し叫ぶ。

「そのために、私はこれまで、他の世界を脅かしてきた社会や裏組織は潰してきましたし、これからも潰すと思います。ですので……」

発言中に、ウァサゴが手を上げた。その手に握られていたのは、何と、伝説の犯罪者、バエルの血塗れの顔だった。

「なに?」

席へ戻り、座っていたはずのバエルがいつのまにか、ウァサゴの手で鷲掴みされていて、身体が釣らされ、全身赤い血に染まっていた。

「この私が生徒会長でいる限り、あなたたちの蛮行は全て阻止します。場合によっては、殺しますので、よろしくお願いいたします」

あの伝説のバエル校長が血塗れで、生徒会長ウァサゴに掴まれている衝撃的な光景に、ほとんどの悪魔が驚愕して大声出して驚いていた。

 生徒会長が満面の笑みを浮かべ、新入生総勢に力の差を見せつけた。あの見せしめは、バエル校長ですら瞬殺し血塗れにするほどの力の証明だ。

「では、皆さんが一日も早くこの学校に慣れるよう、生徒会長は応援しています。以上を持ちまして私からの歓迎の言葉とさせて頂きます」

スピーチが終わると、右手で掴んでいる校長を新入生の席に投げた。悪より物騒過ぎて慣れないのだが。あの生徒会長ウァサゴが怖すぎて慣れないのだが。歓迎できていないのだが。

「な、何者だあいつ」

結局、自身の角には触れず、悪を脅かす布告となり、在校生代表挨拶は終わった。

 噂程度で聞いたことはあるが、この魔界に『善魔』―悪の意思を嫌い、平和的行為を目標とする異質の悪魔―が存在するとは思わなかった。確かに、社会的に見れば、ウァサゴのようなトップがまともで良いヒトならば、その下で働くヒトたちはトップに真似て、全体的によくなるかもしれない。だが、悪魔にとって善や光、平和や優しさは反吐が出るほど嫌う。そんな奴らがウァサゴに見習うはずがない。むしろ反感を買い、敵を増やすだけだ。結果的に事実となり、新入生から反感を買った。

「俺には関係ない。勝手にやってろ…」

所詮悪魔の問題。人間である俺には無関係な話だ。好きにやってるがいい。


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