14話:お買い物
「違う。手綱はもう少し緩くてもいい」
「わ、分かったわよ………」
アルタイルの指摘に渋々となるシャロン。その両手には馬を操るための手綱が握られており、先程からぎこちない動作を見せ同乗者達をヒヤヒヤさせている。
だが、シャロンにとってそれは仕方のないことである。乗馬は幼い頃からやっていた為問題なく出来るものの、馬車は乗ったことがあるだけで操作したことがなく、速度の調整や曲がる時のタイミングが分からず少々パニックになってしまっていたのだ。
「うぅ~………馬車の操縦って難しい………」
「慣れれば問題はないだろう。これも経験だ」
「そうだよシャロン。これも経験だよ」
馬車のワゴンへと座っているリアナがニコニコしながらアルタイルの言葉に便乗する。
「帰りはリアナがやりなさいよ~………」
「もちろん」
「なんでそんなに楽しげに………」
「シャロン様の気持ちは分かりますよ~………馬車って大きいですから人を引かないか物を当てたりしないかヒヤヒヤしますもの」
リアナと対面してワゴンに乗っているもう一人の人物。黒色のローブを羽織った宮廷メイド隊のセリーヌはシャロンの気持ちに同情しているのか頷きながら自身の経験談を語った。
「ああ………セリーヌさんは分かってくれますか………」
「はい。私が馬車を運転するたびに隊長からしごかれちゃいますから」
(あのメイド隊長も大変だな………)
何故か同情できしまうアルタイルだった。
確かにアルタイルが見た中でもセリーヌはドジそうなイメージがあるためなんとなくメイド隊長である芽依が苦労してそうだと悟ってしまったのだろう。
「ところでなんで亜人区まで来たの?」
しばらく真っ直ぐな道が続くおかげかシャロンは心に余裕ができ、アルタイルへと質問を問いかける。
今アルタイル達がいる区画はロンダムの北東部に位置する"フェアリーウォーター"と言われる場所で別名"亜人区"と呼ばれている。名の通り亜人族が住まう地域として認知されている。
アルタイル達の学生寮からだと歩きで約45分の場所にあり、お買い物に最適な距離とは言いにくい。
「ああ。彼らの方がいい品を仕入れてくれるからな。値段も安く何より品質が良い」
「確かにそうですね。陛下のお料理もよく獣人様達が生産された物をよく使われていますよ?」
「へぇ~」
馬車を走らせていると目に入ってくる光景は同じ街並みのはずなのに人間よりも、頭に耳、臀部には尻尾を生やした人達が多くなっていた。
フェアリーウォーターに住んでいる亜人または獣人と呼ばれる彼らは人間に対してあまり憎しみの感情はなく一方的にフレンドリーに接してくれる。しかし、全員と言うわけではないため一部の亜人族達は人間に対して嫌悪な態度を示す者もいるが………
それでも、多くの亜人族達は昔からルミニスとは関係が良好なため移民してくる者もおり、ルミニス連合王国は親睦国として数少ない国の一つだろう。
だが一時期、世界大戦時には南同盟国である亜人国家と戦争になったことで荒れた時もあった。現国王であるギリスや前首相、外交官の働きがなければ今頃世界大戦関係なく連合王国は内戦へと発展していたに違いない。
「おっ?あんたら見ない顔だね?どこから来たんだい?」
突然、路上で屋台を出していた亜人の男性がアルタイル達へと話しかけくる。
アルタイルは一度シャロンへ馬車を停車させるよう指示を出す。
「私達はホワイトローターから来ました」
「ホワイトローターからかい?まあ、遠くから来たもんだ」
そうでもないと言いかけたアルタイルだがシャロンに余計なこと言うなとジト目で見られる結果が目に見えたのでやめておく。
「はい。馬車がないときついですよ~」
「はははっ!そうかい!それじゃあ、あんた達にこれやるよ!」
亜人の男性はそう言うと屋台で売られている赤い果実をセリーヌ達へと手渡していく。
「わぁ~………綺麗なリンゴですねぇ………」
「ああ。今朝届いたばかりの故郷のリンゴだ。味は保証するぜ」
「そうなんですか。お代は………」
「いいよいいよ!最近は景気もいいからな。この国の国王様には感謝しないと」
気前がよくそう語った亜人の男性は自分の屋台へと戻っていく。
「いい人ですね」
「亜人は元々友情深い性格だ。親しくなればこういうのは普通だろう」
アルタイルは亜人の男性からもらったリンゴにかぶりつくとシャロンに馬車を動かすよう指示を出す。
(甘いな………)
一口かじるだけで果汁が口の中へと広がり酸味よりも甘味が勝る味だ。さすが亜人の男性が自慢するだけのことはある。
「美味しいですねぇ………」
「ええ。今度このリンゴでパイを作ってみようかな」
どうやら彼女達もリンゴの味に大絶賛の様子。
シャロンも馬車の操縦にも慣れてきたのか鼻歌を歌いながら周りの景色に目移りしている。ながら運転はあまり良くないと思うアルタイルだが、今だけ自分が注意していればいいだろうと思い指摘はやめておいた。
「あの店の前で停めてくれ」
「分かったわ」
アルタイルがそう言うとシャロンは冷静に手綱を調整しながら馬を誘導し歩道のすぐ脇へと馬車を停めた。
「中々物覚えがいいな。その調子だと一人でも行けるだろう」
「えっ?そ、そうかしら………」
まさか褒めてくれるとは思っていなかったのかシャロンは頬をポリポリと掻きながら目線をそらした。
「こ、このお店に用があるの?」
「ああ。ここはドワーフの店だ。昔からの知り合いでな………」
「ドワーフ………」
ドワーフとは神話の時代からいたと言われている人間よりも背丈が小さい種族だ。高度な鍛治や工芸技術を持っていることから彼らと親しく接している国は多いという。勿論、ルミニスもその一つだ。
「少し店主と話してくるから待ってろ」
アルタイルはそう言うと御者席から飛び降りるとそのまま用がある店の中へと入って行く。
「ふふっ。案外優しい人でびっくりした?」
「そ、そうね。普段からあんな感じで接してくれればいいのよ」
「そうだね。じゃあ、先生が来るまで馬のブラッシングしておこうか?」
「そうね」
「私もお手伝いします」
「ありがとうございますセリーヌさん」
「いえいえ」
セリーヌ以外の二人は無理矢理連れてこられた買い物だったが………こんな日も悪くないと思い、彼が出てくるまで馬との信頼関係を深めるのだった。
「おい、アニカ。いるのか?」
「あん?誰だ?私の名前を馴れ馴れしく呼ぶ奴は」
小さな店の中に一人椅子に座っている幼い見た目の少女がいた。茶髪の髪に三つ編みを施しており、鋭い目付きと相まって側から見れば愛嬌のある美少女だ。
「………2日前に手紙を送ってるはずなんだがな」
「2日前?…………あっ。も、もしかして………ア、ア、アアアアアルタイル様!?」
「もう少し声落とせ」
アルタイルはため息を吐きながら少女を睨みつけながらそう言った。
さっきの敵を睨みつけるような目はどこに行ったのだろうと疑問に思う。
「す、すすすすみません!」
「まあいい。頼んでおいた奴はできてるのか?」
「あ、あの………それが………」
「………話してみろ」
冷や汗をかきながらしどろもどろになっている少女に何かを察したのかアルタイルはカウンターの前に置いてある椅子に腰掛けた。
「まだ………できていないんです………」
「理由は?」
「…………ギャングの妨害です」
「ギャングだぁ?」
少女は短く頷きばつが悪そうにアルタイルを見つめた。
「ここに来てから色々と目を付けられてる奴らです。私の技術目当てで裏で武器を作ってくれと言われて………だけど、そんな汚い仕事して汚い金をもらうなんてドワーフとして恥です!そんな事で私達の技術を使うなら死んだほうがマシだって言って追い返したんですが」
「なるほどな………それで材料となる物資をお前の店に入らないよう妨害されていると」
「はい………ギャングはこの辺りの人達にとってはだいぶ迷惑な 存在になっています」
少女一人がギャング相手によくそんな事が言えたとアルタイルは一人感心してしまう。ドワーフの技術に誇りを持つアニカだからこそギャングに言えた言葉なのだろう。
だが、相手はギャング。今は妨害で済んではいるがいずれ強硬策に出てくる可能性は高い。そうなれば言葉では勝るアニカでも武力の前には敵わないだろう。
「ちっ………面倒くさいことしやがるな」
「本当です………」
このままではアニカにもこの地域の人達にもよくないことだ。
アルタイルは少し考え込んでいると、外がなにか騒がしいことに気づく。
『ちょっと!離しなさいよ!!』
(この声はクロムウェルか?)
なにかただ事ではない様子だ。
アルタイルは立ち上がり、アニカの店から出るとそこにはいかつい男達がシャロン達を取り囲んでいたのだ。
「へへっ!いいじゃねぇか!俺達と遊ぼうぜ!」
「大人のいいことを教えてやるからさ!」
「興味ないって言ってるでしょ!」
シャロンはそう言い放つも、男達は耳にすら入っていないのかリアナやセリーヌを連れ去ろうとする。
「アルタイル様。一体なにが………って、あいつら!!」
店から出てきたアニカは男達を見ると血相が変わった。
「お前ら!!なにしてやがんだ!!!」
「あん?おいおい………聞き覚えがある声があると思ったら、ドワーフの小娘ちゃんじゃねぇか」
アニカに気づいた男達はゲラゲラと笑いながら彼女へと近づいて行く。
「どうした?俺達の仕事受ける気になったのかぁ?」
「んな訳ねーだろ!!」
(アニカの言葉から察するにこいつらが例のギャングか)
そう思いながらアルタイルはギャング達を見つめる。見るからに幹部ではなく下っ端………いや小物って奴だろう。
「ってか、てめぇ誰だ?巾着野郎」
「あ゛?」
ギャング達の目に突然とフードを被っているアルタイルが映ったのか意図もなく絡み出す。
「お、おい!この人は………」
「やめろアニカ」
前に出ようとしたアニカを手で抑止させる。
「丁度いい………こいつらに躾っていうやつを教えてやろう………」
アニカの目には久し振りに笑みを浮かべるアルタイルの姿が映る。
(アルタイル様が珍しく怒ってる………あいつら死んだな…………)