13話:新しい寮に至るまで
シャロンとリアナが寮に着く1時間前。
アルタイルはいつも通り、不規則にアラナとロキサナに起こされ、ホテルをチェックアウトし寮へ向かって歩いていた。
日は上り始めているおかげか、冷えていた空気は徐々になくなっていき、寒さに身震いすることもなくなっていた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん!寮ってどんなところなの?」
「人同士が集まって生活する場所だ」
学校に通っていないアルタイルにとっては、寮という場所はよく分からないため、独学の知識の範囲内で二人に簡単に説明した。
マーリンが師である以上、魔法や常識を彼から学んでいるため、社会に適合できなかったわけではない。だが、自分も認めるほど性格が捻くれているおかげで大戦中、仲間と味方大将と数え切れないほど口喧嘩をして荒れていたことか。
話を戻すことにしよう。
事の発端はアルタイルが講師として勤務することになってから2日後のことだ。ここからは少しだけ回想のためあしからかず……
「レオン学院長。ここには寮というものがないのか?」
「寮ですか……あるといえばあるのですが……」
「なんだ?」
「AクラスとBクラスしか寮がないのです」
「どういうことだ?」
「名家のご依存となりますか……」
「そういうことか」
つくづく学院長というのも大変だと、アルタイルは同情してしまう。
「貴族共のご意向か……」
「すみませんな……貴族の方々は巨大な力を持っておりまして、私の立場ですと何を言っても跳ね返されてしまうのです」
「未だに自分らの血が優秀だとぬかしてるのか。くだらない」
この国では未だに貴族が優位に立っており格差社会から抜け出せていない。昔に比べればマシだが、欧州の一部で広まった第三身分の名残は染み付いているようだ。
その辺りは国王であるギリスがなんとか改善しようと頑張ってはいるのだが、名家という立場を生かして貴族達は連合を組んで対抗しているのだそう……
「それにしても、なぜ寮など?」
「ああ。あいつらには連携というのが分かっていない。集団で生活すれば、信頼というものを自然と得れるからな」
「ほほう」
レオンは興味深かそうにあご髭をさすりながらアルタイルの話を聞き入ってしまう。
「これは俺の経験談だが……魔法の訓練というのは第三者と行う方が上達する。まあ、俺がそうだった。俺が魔法使うたびにマーリンは気持ち悪いくらいにひっついていたからな……話を戻すとして、寮に集めれば相手の行動を嫌というほど目に入ってしまう。人というものは他人の行動パターンを無意識に把握してしまう癖があるらしい。簡単に言えば、それを利用する」
「ふむ……」
「確かに魔法を習得するのには個人だってできる……が、それはいずれ限界がやってくるだろう。しかし、他者がいることでそいつの癖を指摘したり、不十分なところを補えることができる。それは、ここでも出来るだろうと思うが、信頼関係といのは思っている以上に重要だ」
自分でもらしくないと思いながらも、アルタイルは話を続けた。
「あいつらが本気で魔法を上達したいと思うならこのやり方が俺は効果的だと思うがな……学院長はどう思う?」
「アルタイル様のおっしゃる通りですな。他者と学ぶことで切磋琢磨しあい能力も普段以上に向上できるのは私自身体験していますし………しかし、話が変わって申し訳ないのですが、先ほどの寮の件、男女混同のように聞こえるのですが……」
「俺はその辺どうでもいいと思っているが……恋愛が禁止されているわけではないだろ?」
「ま、まぁ……」
この学院の寮は男子寮と女子寮と別れており、レオンはアルタイルが男子と女子兼用の寮ということに少し驚きを隠せなかった。
「それで……実際、私としては寮の件は賛成なのですが……一体、どうするのですか?」
「名家共より強い力を使えばいい」
「アルタイル様の名前を使うのですか?」
「いや。友人の力を借りる。あいつには貸しがたんまりとあるからな」
感情を見せないアルタイルだが、この時レオンはフード越しでも小悪魔気に笑う姿が浮かんだらしい………
時間は戻って現在。
アルタイル達はギリスが用意してくれた寮へとたどり着くと、そこはいつか有名な貴族が使っていたであろう豪邸が街の一角にそびえ立っているのだ。これは流石に予想外の規模だったのか、アルタイルも思わず動揺してしまった。
「わー!!すごいね、お兄ちゃん!でっかいお屋敷!!」
「お城みたい………」
彼女達から見ればそれくらい見栄えのある建物なのだろう。
「ギリスのやつ……」
適当な広さのある建物を用意してくれと言ってはいたものの、これほど大きいものを提供してくれたのは嫌がらせではないのかとアルタイルは思ってしまう。
(まあ、そこはどうでもいいか)
過ごせることに越したことはないので、アルタイルは完全に妥協してしまう。
軽く溜息を吐き、寮の敷地内へと足を踏み入れ、扉を開けた。
「「お帰りなさいませ。ご主人様」」
すると、そこにはメイド服姿の女性が二人、お辞儀をしながら立っていた。
「この度、この寮の全てを奉公させていただきます。宮廷メイド隊長の如月芽衣と申します」
「お、同じく宮廷メイド隊隊長のセリーヌ・ラングと申します」
「………ああ」
姿勢を戻すと、如月芽衣と名乗ったメイドは黒色のショートボブに極東人によく見られる黒色の瞳をしていた。
その横にいるセリーヌ・ラングという少女は赤髪のツインテールで少しだけ薄い紅色の瞳を輝かせている。
初めてメイドというものを見るアラナとロキサナは目をキラキラしながら見つめるなか、アルタイルは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
これは間違いなくギリスの嫌がらせ(気遣い)だ。
「それで………宮廷メイド隊長。これは王の命令で来たのか?」
「はい。陛下より御命令を承り参った所存です」
「そうか。まさか、学院の為にメイドまで送ってくるとはな」
「はい。陛下からはアルタイル様は料理や掃除が出来ないだろうと言っていましたので」
芽衣の言葉を聞いてアルタイルはギリスのことを心底失礼な奴だと思った。料理は自給自足な生活を送っていたとは言え、即席料理は作れるので料理が出来ないわけではない。また、掃除もマーリンと一緒に住んでいた時期には自分の部屋は週に何回も片付けや掃除をするといった綺麗好きでもあり、むしろ掃除等は得意だ。
どうやら戦場や旅をしていたせいか、ギリスにはアルタイルがずぼらな奴だと思われているらしい。
「あ、あの~……アルタイル様……」
「なんだ?」
芽衣の横にいたセリーヌはツインテールを靡かせながら、一歩前へと出ると。
「あ、あの時は大変失礼致しました」
セリーヌはアルタイルへ向かって頭を深く下げて謝罪した。
「あの時?」
「王宮でアルタイル様が突然現れた時のことで……」
「ああ……あの時のメイドか」
「本当に申し訳ありません。あの時の私、アルタイル様だと分かった瞬間舞い上がってしまって……」
「気にするな。あれは俺が悪かったんだ。あんたが謝ることじゃない」
アルタイルはそう言うと、持っていたバッグを床へと下ろす。
「まあ、それはいい。とりあえず、あんたらは俺のクラスの連中を世話をしてくれるんだな?」
「はい。アルタイル様を含めてご奉仕させていただきます」
「………分かった」
仕方なくといった感じのアルタイルだが、せっかくの、ギリスの厚意を無下にすることは出来ない。何より、このメイド達も英雄の下で働くことができることに誇りを持っている事が見えるからにして、追い出すこともできないため本心困惑している。
(世界を回って色んな人間を見て来たが………人間というのは本当に分からない生き物だ)
そして、時間はシャロンとリアナが寮までやって来た所まで戻る。
「ということだ」
「そうだったんですか……」
掃除を一旦止めたアルタイルはホールにあるソファへと腰掛け、テーブルを挟んで対面にシャロンとリアナを座らせて、紅茶を飲みながらここまでの発端を一部伏せて話した。
(本当に何者なのよ……分からなさすぎて頭が混乱してきたわ……)
校長と話し合ったのは分かるが、王と話をするのは別だ。
勿論、アルタイル自身が大戦の英雄だということは話してはいない。王とコンタクト取れたのは、大戦時に王の親族と関わりがあったからと補足している。
「話は以上だ。それよりも……お前ら乗馬資格は持ってるか?」
「えっ?乗馬資格?」
アルタイルの突然とした問いかけにシャロンは思わず聞き返してしまう。
乗馬資格というのは名の通り馬に乗るための資格だ。産業が発達し始めたこの世界では、車やバイクは大戦の影響もあってか、大人が乗る乗り物だと概念づけられている。その為、学生が乗れるもの言えば自転車と馬がセオリーだ。まあ、何十年も前なんか通りには車はなく馬車が行き来していたのだ。馬も普通に乗っている人はいるためロンダム中どこでも見かける。
その乗馬資格だが14歳から習得することができる。貴族の場合だと小さい時から教える事も多く、その場合、ちゃんと教えましたよという書類だけ市役所に持っていけば資格は貰えるらしい。まあ、貴族なら馬に乗れて当然という風当たりも強いせいで、大体の貴族は乗馬ができるらしい。
「一応持ってるけど」
「私も持ってます」
「なら丁度いい。お前ら少し買い物に付き合え」
「「えっ?」」