10話:落ち度
「っ………」
「貴方が怪我をするなんて珍しいわね?」
「うるせぇ」
今日一日の授業を終え、夕焼け色に染まった廊下をアルタイルとノエルは並んで歩いていた。少し小悪魔のような笑みを浮かべるノエルをジトッとした横目で睨みつけた。
アルタイルの手を見てノエルは怪我と言うが、彼にとってはかすった程度に過ぎないものだ。
「初日から無茶な教え方したんじゃないんでしょうね?」
「するか」
「聞いたわよ。無詠唱で魔法を放ったんですって?」
「実力を分からせるためにな……」
「気をつけなさいよ。貴方は正体を隠したいんでしょうけど、やり過ぎるとバレるわよ?」
「そんなヘマはするか」
アルタイルは口でそう言ったが、ノエルの言う通り、これから慎重に魔法を使わないとバレてしまう可能性がある。自分はあくまでも大戦に従軍していた一般の魔道士……その設定を貫き通さないとこれから面倒くさい事が待ってるに違いないと思い、心では肝に銘ずるのだった。
「それで、どうだった?担当講師というものは」
「面倒くさいな」
「即答ね」
怠げにするアルタイルの姿を見てノエルは思わず苦笑いを浮かべる。だが、本気でそうは思っていないと分かっているノエルは心のどこかでは安心してしまう。
*
「はぁ〜……」
「元気だしてよシャロン」
「そうは言ってもねぇ……」
夕焼けを背にロンダム市内を歩くシャロンとリアナは今日の事を振り返りながら帰宅路についていた。
時計塔を通り過ぎ、ラムス川に架かった石橋を渡っている途中で歩くのをやめて、川に停泊している戦艦"ドレッドノート"や行き交う蒸気船を見つめた。
「はぁ〜………」
「もう。何回ため息を吐いたら落ち着くの……」
「出ちゃうもんは出ちゃうんだから仕方ないでしょ……」
「でも。落ち込んだシャロンを見るのは久しぶりだね」
「そう?これでも毎日落ち込んでるわよ……」
人が見ていないところでは、の話だがとシャロンは心の中でそう付け足した。
「夢のためにがむしゃらと頑張ってるのに、どうしてこう失敗しちゃうのかしら……」
「それは仕方ないよ。まだ入学してから二ヶ月しか経ってないからね」
「でも。あいつに偉そうと言ってるそばからこのざまよ……落ち込みたくもなるわ……」
「あはは……」
シャロンの性格を思うと仕方なくはないと思うリアナは苦笑してしまう。
「でも。先生の言ってた通り、あんまり急ぐことはないんじゃないかな?」
「そうだけど……」
「私達はまだ一年生。魔法だってロクに使えないのは私だって同じだよ?」
「でも。他のクラスは魔力制御なんてとっくにできて、魔法の練習をしているわよ……」
「それは、今までの担当講師が悪かっただけだよ」
「………」
(確かにリアナの言う通りだと思うけど、魔力制御もできない私達にも非はあるわよね……)
魔導学院のクラス分けは魔力量や適性検査などで組み分けられる。その為、魔力が高く適性のある合格者達が集まったクラスができてしまうのだ。貴族の家庭が魔法との適性が高いことから、自分達より低い者を下に見られるのも珍しいことではない。
それでも、魔力適性が低い者も魔法が使えるまでには卒業できるが、シャロン達の場合は運悪く不真面目で差別的な目をした講師が担当となってしまい、現在に至る。
「もう。いつもの強気なシャロンはどこにいったの?」
「私が聞きたい……」
そう言いながらシャロンは手摺に頬杖をしてしまう。
大戦が終わったのにも関わらずドレッドノートの甲板にいる海軍兵士の人達は上官の元で慌ただしく動いている。
「じゃあ……やめちゃおうか?シャロン」
「えっ?」
「先生も言っていたでしょ?魔法を使うには責任があるって。それを自覚できないならやめた方が……」
「やめない!私、絶対にやめない!だって……あきらめたくないよ……」
涙目になりながらリアナに向かってそう言い放ったシャロン。だが、リアナは驚きもせず微笑すると、
「………うん。そう言うと思った」
「リアナ……」
「だって。落ち込んだシャロンなんて見たくなかったんだもん」
「うぅっ………」
「たまには親友から喝を入れないとね」
一笑しながらそう言うリアナを見て、シャロンもつられて微笑んでしまう。
「だったら頑張ろ?シャロン」
「うん」
「最初から最後まで……ね?」
*
「シャロン"アルバレス"クロムウェル……か」
日が沈み、闇の世界が訪れた。その中、アルタイルは学院内にあるバーの中で一人カウンター席に座り、シャロンの適性検査の結果表を見つめていた。
(魔力適性はDか……)
なら何故、今日のような魔力を彼女は作ることができたのか?学院の方で見抜けなかったものでもあるのかと思い、アルタイルは全員分の適性検査の結果表をノエルから預かったのだ。
だが、細かなことまで書かれているわけでもなく、シャロンについては直に魔力を感じたアルタイルが一番分かっていると言えるだろう。
(こいつは恐らく……いや。確定するのはもう少し様子を見てからの方がいい。俺自身……まだ信じられないからな……)
軽く吐息をつくと結果表を封筒の中へとしまい込む。
「お待たせしました。ルミニスウィスキーです」
カウンターの前にいたバーの店主ヴィヴはアルタイルの前へ黄金色のウィスキーが入ったグラスを置いた。アルタイルは相槌をして、グラスを手に持ち一口と口の中へと含む。
「ふむ……悪くないな……」
芳醇な香りと共に豊かでコクのある味わいが口の中を包む。
「俺が知っているルミニスウィスキーとは少し味が違うな……」
「こちらは12年以上熟成されたものです」
「なるほどな……」
そう笑顔をこぼしながらアルタイルはまた一口飲む。
「………」
「……どうした?俺の顔に何か付いているのか?」
「いえ……以前、シャロンさんから聞いた魔法魔術協会のお方がどんな人かと思いまして」
「あれはただのノエルの作り話だ」
「今は1-Eクラスの担当講師をしていらっしゃる」
「落ちこぼれクラスとは言わないんだな?」
「貴方こそ……」
謎の沈黙が訪れる。
しばらくすると口を開いたのはヴィヴの方だった。
「なるほど……貴方は良い方なのですね」
「何故わかる?」
「顔を見れば分かります。私、人を見る目はありますから」
そう苦笑するヴィヴを見て、アルタイルは食えない奴だと思いながら、ウィスキーを飲み干した。
「注ぎます?」
「ああ」
アルタイルは軽く頷くとヴィヴはウィスキーが入ったボトルを手に持ち、グラスの中へと注ぐ。
「話に聞くと、貴方は世界大戦に従軍していたらしいですね」
「……どうしてだ?」
「いえ。気になっただけです」
ウィスキーを注ぎ終えるとヴィヴはボトルを棚へと直し、空になったグラスをタオルで拭き始める。
「確かベガ・ウィンターズと言いましたか」
「……ああ」
二日も経てば学院内の関係者には知れ渡るだろうと思い、アルタイルは大人しく肯定した。
「……実は私もあの大戦に従軍していました」
ヴィヴの突然の告白にアルタイルは口元へ運んでいたグラスを飲む寸前で止めてしまう。
「1905年、オブスキュラの森の戦いから西部戦線へと私は戦いに身を投じました」
「あんたも一般の魔導部隊にか?」
「ええ。魔法に関しては強い方ですよ…私は」
でなければ、あのような地獄には来ていないだろう。
そう言いかけたが、彼女には彼女の理由があるのだろうと思いあえて聞かなかった。
「しかし、貴方は今日。無詠唱で魔法を使ってみせた……そんな方が戦線にいれば、噂にはなったはず……」
「……なにが言いたい?」
「ベガ・ウィンターズという方はあの戦線にはいなかった……違いますか?」
「あえて無詠唱で魔法を使わなかったとしたら?」
「死と隣り合わせの場所で……ですか?」
「違いない」
それは今日、アルタイル自身が生徒達へ言った言葉だ。分かって言って見たが、ヴィヴの冷静で的確な指摘にアルタイルは苦笑しながらそう言うしかなかった。
こんなに早くボロが出るとは思わなかったが、これは相手が悪かったのもあるだろう。
「貴方は何者なんですか?」
「それを聞いてどうする?」
「なにも……ただ、確証を得たいだけです。西部戦線の戦況を一気にひっくり返したあの英雄様かどうかを……」
「………はぁ。なあ、あんた」
「ヴィヴです。ヴィヴ・エマーソン」
「ヴィヴ。俺からの質問を先に答えろ」
「はい。何でしょう?」
「この学院で世界大戦に従軍しているのは何人いる?」
今回のことは完全にアルタイルの落ち度だ。生徒には誤魔化せてもヴィヴのように大戦に従軍した者がいればバレる事が目に見える。その為、この先の自分を偽るのにどうしても聞いておかないといけない。
「私とノエルさん……あと、ヨハネスさんですね」
「ちっ……あのデコハゲか……」
「彼は心配しなくても大丈夫でしょう。彼は大戦の終戦少し手前から従軍しましたから」
だとしても用心に越したことはない。バレてしまうと面倒くさいことには変わりがないため、疑われた時のための言葉を考えておかないといけない……やはり、講師というのは面倒だとほぼ八つ当たりなことを心の中で思ってしまう。
「それで……貴方の正体は……」
「……仕方ないか。頼むから、この事は本当に内密で頼む」
「約束しましょう」
「お前の思っている通り……俺は……」
こうして、この学院内でアルタイルが大戦の英雄であると知った人物がまた一人増えてしまったのだった……