9話:予想外
「す、凄い……」
アルタイルが投げた火球は思っていたよりも威力が大きく、遅れて爆風と衝撃がシャロンの元へと伝ってきた。それは、シャロン達より離れた教室でもそうだった。教室で授業をしていた他のクラスの生徒達は何事かと野外練習場を覗いていた。
「せ、先生って……円卓の騎士の一人だったんですか?」
先頭あたりにいたリアナが呆然としながらもアルタイルへと質問をした。
「いや、ちがう。確かに従軍はしたが俺は一般の魔導士として戦線に立っていただけだ」
「でもあの威力……」
「さっきも言っただろう。俺の場合、火属性に特化した魔法を無詠唱で行える。そのため、俺は後方支援担当だった」
そんな風にアルタイルは適当なことを言ってしまう。アルタイルの実力なら火属性だけではなく、全属性の魔法をほぼ無詠唱で行うことができる。名前は伏せていても、風属性や水属性らの魔法を無詠唱で発動すればさすがに彼らでも勘付かれてしまうだろう。
まさか大戦の英雄が講師だなんて思ってもいない彼らには悪いと思いながら即興の設定を作り上げる。どこかボロが出なければいいかと思いながら……
「た、確かに……わかる気がします」
(ちっ……自分自身の手加減というのが一番厄介だな……)
さっきまであれだけ冷たい目を向けられていたアルタイルだったが、先ほどの魔法の威力を見てから生徒達の眼差しは尊敬というものに変わっていた。無詠唱であの威力の攻撃魔法を見せたら、それは当たり前のことだろう。
アルタイルにとって彼らがどこまで凄いと見られるのか分からないため珍しく困惑してしまう。あれでもかなり手加減して方なのだ……アルタイルにとってはだが。
「俺だって最初から使えたわけじゃない。特訓を積み重ねてやっと使えるようになったのは誰でも同じことだ」
アルタイルの言葉に生徒達は希望の声が出てき始める。ここまで実践して教えてくれる講師だったことと、腕もあり大戦に従軍していた魔道士だったことの大きさから彼らは嬉しかったのだ。
「とりあえず、今の目標は魔力制御をこなすことだ。二人一組で行うこと。もし、魔力が暴走しそうになったら片方が止めろよ」
「「「「はい!!」」」」
アルタイルの号令と共に生徒達は一斉に返事を返して各々二人組を作り、魔力制御の練習へと取り組むのだった。
練習を開始してから数十分が経つが、今のところ魔力制御に成功したものは誰一人もいない様子だ。アルタイルは歩きながら彼らの様子を伺い、アドバイスを求められればそれを的確に答えていく姿が見られる。教えられた生徒は多少だがマシになったと言える。
「ねっ?やっぱり私の言った通りでしょ?シャロン」
「な、なにが?」
「ベガ先生のこと。私達を見下してるならあんな風に教えないでしょ?」
「それは……そうだけど……でも、言い方が気に入らない!」
その中、シャロンとリアナはベガがクラスメイトに教える姿を見つめていた。
「まあ、シャロンって名前で呼ばれてないもんね……」
「そうよ……なによ青娘って」
ここに至るまでシャロンはアルタイルから名前で呼ばれておらず、それが不服なのか御機嫌斜めな様子。
「だったら少しは歳上に対する敬意というものを弁えるんだな」
「せ、先生!?」
「いつの間に……」
突然後ろから現れたアルタイルに驚いてしまい、リアナとシャロンは思わず後ずさりしてしまう。
「ベラベラとお喋りしている姿が目に入ってな」
「す、すみません……」
「まあいい。それよりも魔力制御の方は順調なのか?」
「私の方はまあまあと言ったところです……」
「ふむ……」
先に練習をしていたリアナは気まずそうにアルタイルを見つめながらそう言った。
「確かコナーズと言ったな」
「はい」
「お前は他の奴らよりはマシみたいだな」
「そう……ですか?」
「決して上手いわけではないが……」
この先なんと言えばいいのかアルタイルは思わず口ごもってしまう。彼にとって人にものを教えるのは苦手な部類に入るため、適切な言葉が見当たらないのだ。アラナとロキサナの場合、アルタイルが大戦の英雄でありマーリンの弟子であることを知っているため、気兼ねなく教えれたのだが、今は正体を隠しての指導……こんなにやりにくい状況はあるのだろうかと思うくらい彼は困惑している。
「自分を見つめたらすぐに出来るだろう……」
「自分を……見つめたら……」
「だからって急ぐことはない。時間はまだあるんだ」
「そう、ですね……ありがとうございます先生」
お礼を言われるようなことは言ってないのだがと、アルタイルはそう思いながらシャロンの方へと振り向いた。
「お前はどうなんだ?」
「わ、私は……」
「……どうやらお前もうまくいってないみたいだな」
その理由は彼女の顔を見ればすぐに分かった。
「やってみろ」
「えっ?」
「やってみろと言ったんだが?」
「そ、そんな急に……」
「今はその授業をやってるんだ。なにをためらう必要がある」
アルタイルの容赦のない言葉にシャロンは眉間にシワを寄せた。腕もあり、皮肉げながらもちゃんと教えてくれる講師なのだが、シャロンはどこか好きにはなれなかった。
「分かったわよ」
シャロンはため息を吐きながらそう言うと両手を前へかざして魔素の集束を始める。
呼吸を整え、魔素から魔力へと変換させて詠唱を始めたその時だった……
「えっ!?」
急にシャロンの両手から青い電流のようなものがバチバチと激しく音を立てながら出現した。
「っ!」
その光景を見たアルタイルは咄嗟にシャロンの手を掴みとる。珍しく動揺した様子を見せたアルタイルだがシャロンに起こっている現象をなにかは分かっていた。
魔力制限限度を超えての発動……つまり、魔力が暴走を起こしているのだ。
(なんだ、このバカでかい魔力は………くそっ、予想より上を上回ってるがやはりこいつは……)
しかし、そんな事を思っている暇もない状況。これは前回に教室のドアを破壊した時の比じゃない威力だ。このまま魔力を分散か発動すれば周りにいる生徒達が巻き込まれる。
「クロムウェル!魔力をこっちに送れ!!」
「ど、どうやって!?」
シャロン自身も感じたことのない膨大な魔力に動揺を隠せずパニックになっている。
(くっ……無理やりこちらに譲渡させるしかないか……!)
魔力譲渡は普通、相手から送られてくるものだ。それを無理やり譲渡させるとアルタイル自身も魔力が暴走する恐れがある。そのため、シャロンから魔力を譲渡した後、すぐに魔法を発動させないといけない。
「いいかクロムウェル。俺が手を離したらすぐ伏せろ!」
「わ、分かった!」
アルタイルはシャロンの手を強く握り、溜まった魔力を自身の方へと流し始める。
しかし、アルタイルの予想よりも魔力の流れが早く彼自身も感じたことのない力に焦りを見せた。
「っ………!今だ!離れろ!!」
アルタイルがそう叫ぶとシャロンは手を離し、地面へと倒れこむように伏せた。
その瞬間、アルタイルは短い時間の間に術式を展開させ、威力をなるべく小さくするべく、クラスター式の魔法を的の方へ向かって上空へと放つ。
すると、上空には青色の魔法陣が展開され、扇状に何十発の魔法弾が放たれた。地面へと着弾すると一つ一つの威力は小さいが、それは人類でいう迫撃砲並みの威力だ。まともに受ければひとたまりもないだろう。そんな、威力のある魔法弾が次々と着弾していき連鎖する爆発音と爆風が練習場にいる生徒達へと伝わっていく。
しかし、そんな攻撃魔法を行えるアルタイルは見向きもせず、自身の両手を見ていた。彼の両手には魔法を放った時に負担を和らげるグローブを装着している。これはアルタイル本人が作ったもので性能も保証できる……のだが、そのグローブの各部分には焦げた跡が残り、煙が上がっていたのだ。
(まだ手が痺れやがる……)
突発的な魔力譲渡を行なった為、直接触っていたアルタイルの両手に負荷がかかったのだ。さすがの魔法に万能だと言える英雄アルタイルも無理な行動は体にくるようだ。
「おい大丈夫か?クロムウェル」
「え、ええ……」
呆然とした様子でシャロンはアルタイルが攻撃魔法を放った方向を見つめていた。
「魔力制御には失敗したが……本気を出せばあのくらいの威力が出るということは分かったようだな……」
「で、でも……あんなに大きな魔力が出たの初めてよ……」
「みたいだな……」
アルタイルは軽くため息を吐くと、
「お前らなに突っ立ってやがる。さっさと魔力制御の練習をしろ」
唖然としている生徒達へそう言い放つと、全員我に帰り慌てながら魔力制御の練習を再開するのだった。