序章:なんともかったるい頼みごと
序章:なんともかったるい頼みごと
2年前……世界を巻き込んだ大戦が終結した。この5年間に渡って行われた世界大戦は各国に多大な影響を及ぼした……
欧州の南大陸に住む亜人族、魔人種、魔族の国々が同盟を結び宣戦布告せずに北上し国境侵犯を犯したのだ。突如のことに次々と欧州国家が占領されていき虐殺の限りを尽くされていく。それに対抗するべく人類は連合国を結成し南同盟国と本格的な戦争を始めたのだ。
産業革命による技術が発達していた人類と魔法文明により魔法、魔術が発達していた亜人種族によるこの総力戦は双方と多大な被害を受けた。特に人類は史上初めての大戦により塹壕戦を展開したことで戦線の泥沼化が原因の一つだった。
初めは連合国が押されていたが、大戦が始まってから2年後。世界侵略を危惧した合衆国と連合王国が本格的に参戦したことで戦線は徐々に巻き返していった。
その中には、ある一人の魔導士の活躍もあり世界大戦は南同盟国が欧州から撤退したことで終わりを迎えたのだった……
1910年 ペルグランデ合衆国
「お願い!」
「断る」
暗めの照明に照らされる下で、男達が酒を飲みながら騒ぐ中。店の一角ではとある男女二人が相対するように矛と盾で言葉の攻守を繰り返していた。
「なぜ!?遥々、大西洋を渡って合衆国へ渡って会いに来たというのに!」
「それはご苦労様。だが、生憎とお前に借りを作った覚えはないし承諾する気もない」
フードを被りその影で目元まで遮られているが真紅の瞳が鋭く光り、他者を寄せ付けない風貌をしている男……アルタイルはグラスに入った黄金色のウィスキーを一口飲み、とある女性の話を切り捨てた。
そのとある女性は20代を迎えたばかりで他の人から見れば美人な部類に入る。なにせ、合衆国で長い白髪で青眼をした女性は美人として見られるのだ。その証拠としてバーにいる男達は彼女をチラ見をしたりと口説こうとする者も見られる。
「……それよりもなぜ俺の居場所が分かった。お前みたいに戦闘以外ポンコツの奴が探し出せるわけがない」
「ひどくない!?私だって連合王国軍特殊部隊"円卓の騎士"の一人なんだよ!?」
「2年前までの話だろうが」
大西洋を渡った先にある島国。ルミニス連合王国。今では産業革命の中心である先進国だ。
「あなたもそうでしょう。英雄アルタイル"オーウェン"サンダースさん?」
「黙ってろ」
眉間にしわを寄せながら、グラスに入ったウィスキーを飲み干し、テーブルの上に力強く置いた。
「今じゃ、酒に浸るだけの人生……何が楽しいの?」
「おい。俺が酒を呑んだくれているだけに見えるか?」
「私にはそう見える」
「だったら、なんで俺は合衆国に居ると思う?わざわざ、酒もまずいし料理も重いし、誰が好き好んでここに居ると思う?」
「よく合衆国人の前で言えるわね……まあ、確かにそれは否定しないけど。話を戻すとして、もし、追われてるなら貴方だけでも対処できるだろうし……」
「お前の言う通り、そこら辺のゴロツキやギャングに追われるだけなら大したことない」
「理由があるの?」
「お前に話す義理はないな」
アルタイルは椅子にもたれ、足を組み替えて鋭い視線で彼女にそう言い放った。
「……まあいいわ。それよりも本題は貴方が学院の担当講師になってくれるかよ」
「なんども言うが断る」
「理由くらい聞いてよ!」
「じゃあ、さっさと言えルミニス連合王国軍元"円卓の騎士"の一人。ノエル・クロスビー」
「聞いてくれるのね!?」
話を聞いてくれることが嬉しかったのか目に星型の輝きを見せ詰め寄ってくる。思わず普段から表情を崩さないアルタイルでも動揺してしまい、不覚だと思ってしまった。
「現在、ルミニス連合王国魔導学院では丁度一組だけ担当講師が不足しているの」
「都合がよすぎる話だが、何かあったのか?」
「まあ……色々あってね……」
ノエルはこの先を言いたくないのか、アルタイルから目線をそらし後頭部をポリポリとかいた。
「と、とにかく、貴方にはぜひ担当講師をやってほしいの!お願い!」
「はぁ……あのな。この際言っておくが、俺の魔法と魔術はお前がいる学院のガキどもには早いんだ。最悪の場合、魔力が暴走して死ぬこともあるんだぞ?」
「たしかに貴方の魔法と魔術は常人には扱えない。でもね、誰が貴方のそのままイカれた力を教えろって言ったの?」
「だったら言葉を正しく使えポンコツ」
「いだだだだ!?ほ、ほっぺひゃほつへるはー!!」
それが人にものを頼む態度かと苛立ちを見せながらアルタイルはノエルの左頬を力強くひねる。相当痛いのか5秒も経たずにノエルはギブと言わんばかりにテーブルを何度も叩いた。
「し、信じられない!女の子の頬っぺたをつけるなんて!」
「次は燃やすぞ」
「す、すみませんでした……」
こいつはやると言ったらやる奴だ……
それは、ノエル自身一番分かっていることなので、大人しく謝罪した。なにせ、彼女にはアルタイルの殺気というものが誰よりも敏感なのだ。
「全く……昔から変わらないんだから……」
「変える気ないんでな」
「はぁ……これでも賢者マーリン様の正式な弟子なんだから驚きよね……」
「ここだけの話にしとけよ」
「分かってるわよ」
幸い、周りには酒豪が勢ぞろいで騒いでおり、彼らの話を聞いているものは誰一人といなかった。
「別にね。さっき言った通り、貴方が使う魔法魔術を教えなくていいの」
「だったら専門の人間なら誰でもいいだろ」
「あのね……普通の講師と歴史の教科書に載るような人物が教えるのとは格が違うのよ」
「お前。しれっと酷いこと言ってるぞ」
「それほど貴方が教えることに価値があるということなの。それに……大戦が終わっても世界はまだ混乱としている。奴らがまた攻めてくるかもしれないし、貴方が連合王国にいてくれた方が助かるのよ」
「それは抑止力として言ってるのか?」
「言い方が悪ければそうね」
「遠回しに言いやがって。どうせ、ギリスに言われて来たんだろう」
「正解。国王陛下も欧州諸国から問い出されて大変みたいよ?英雄はどこにいるんだ!って」
それは災難なことだ……と思いながら、アルタイルはテーブルに置いてあるウィスキーボトルを手に持ち、グラスへと注ぐ。
「だからお願い!有無言わずに講師になって!じゃないと私の給料がカットされちゃう!」
「そんな簡単に減給される所なんていっそ辞めちまえ」
らしくもなくツッコミを入れてしまったアルタイルだが、グラスを持ちウィスキーを飲み干す。
「……はぁ。分かった」
「引き受けてくれるの!?」
「いや、引き受けるのは別として、一度ギリスの挨拶ついでにお前の学院に行って見てやる」
「と言うと……」
「観察だ」
「え~……素直に引き受けてくれてもいいのに」
「柄じゃないんだよ」
アルタイルはため息混じりにそう言うと席から立ち上がり、上着のポケットから一枚の札を出しテーブルの上にチップを置いた。アルタイルの行動に慌てたノエルは少しだけ残っていたビールのグラスを飲み干し、彼と同じようにチップを置き店から出て行く彼の後を追いかける。
外に出ると暗闇が支配した世界に街灯が程よい間隔で道に沿って設置されている。お陰で人の通行や自動車が走るには丁度いい明るさだ。海が近いせいか風が寒く感じ、ノエルは思わず身震いをしてしまう。
「それで?連合王国へはいつ出るんだ?」
「明日の早朝よ」
早いな……と思うアルタイルだが、一応ノエルの仕事上仕方ないことだろうと考え口には出さないことにした。なにせ、合衆国と連合王国はかなり遠い。大西洋を挟んで船で渡航するには6~7日はかかるのだ。
「ドレッドス港、午前の7時丁度の出航だから、1時間前には来といてね」
「ああ」
「絶対よ」
ノエルは目を細めて念を押しながそう言うとアルタイルも「はいはい」とアバウトに返事を返した。軽くため息を吐いたノエルは待機していた自動車の後部座席へと乗り込み闇夜の向こう側へと消えて行くのだった。
それを見つめるアルタイルは深いため息を吐くと。
「これも、じーさんの策略とかじゃないよな……」