Section.5
13
4月11日。ひばりが丘高校職員室。
緊急の職員会議が開かれた。
この10日間で、2人の生徒が行方不明となった。東田邦夫と風見ひろ子。どちらも、1人暮らしをしていた生徒である。
「ええっと、私は警視庁南目白警察署捜査一課の角田と申します。今回、こちらの学校の生徒さんが失踪したということで、お邪魔させていただいております。」
午後4時。これまでに経験のない出来事である。未だ手がかりすら見つからない。まるで、神隠しのように、忽然と姿を消した2人。
「どうでしょう、2人がいじめを受けていたとか、何か家庭事情で悩んでいたとか、聞いてませんかね?」
教師たちは日ごろ、授業で生徒がだんまりしていると、「何か意見のある者はいないのか」とか言って強制的に発言をさせる。その教師たちが一堂に集まった職員会議において、刑事からの問いに対し全員がだんまりしている。
―――生徒にはだんまりするなと言っている教師が、肝心な時にだんまり決め込むのかい。
すこしイライラしながら、再度聞く。
「誰か何か答えてくれませんかね。これじゃ手がかりを得られないのですが・・・。職質でも事情聴取でもないんですから、何か答えていただけませんかね?」
引き続き、無言である。
「あのですね、みなさんの学校の生徒さんが行方不明になったのですよ。捜査員も人間なのでね、あんまりここでの印象が悪いと、学校内で何か問題があったのではないかと思ってしまいますよ。」
半分脅しのようなセリフを放ったところで、ようやく教頭が口を開いた。
「特に・・・いじめを受けていたとか、家庭で問題を抱えていたなどの報告は受けておりません。はい。」
「そうならそうと、すっと答えていただけないですかね。」
はあ、とため息をつきながら角田はそう答えた。
「申し訳ありません。なにせ、こういったことには不慣れなもので」
「慣れている先生はいないと思いますよ、こんなことがしょっちゅう起こるようでは困りますけどね。」
そういいながら、前方の照明を落とし、予め用意してもらっていたスクリーンに捜査概要を映し出し、説明をする。
「えーと、まずですね、警察の方での捜査状況を報告させていただきますね。まず、お二人が住んでいたアパートですが、どちらも荒らされた様子などなく、普通に生活していたままの状態で残っています。事件性は薄いと考えていますが、事件・事故の両面で捜査は続行しています。東田君の方は、ご両親は現在イギリスのロンドンに在住、連絡は取れているのですが、すぐには戻ってこれないということで、保証人をされている横浜の広田さんにご対応取ってもらっています。一方風見さんのご両親は越谷にお住まいで、今はこちらに来てもらっています。両人のご両親ともにショックを受けた様子で、ご家庭で問題を抱えていたようではないのです。」
一息入れてから、角田は話を続ける。
「人間の行動には、何かしら理由がある。ご飯を食べるにも、何をするにも、何か理由があってやっている。“お腹が空いた”というのも、行動を起こすための大事な理由になります。つまり、こういう事件を解決する際に大事になってくるのは、些細なことでも我々警察に教えてくださることなんです。ちょっとした異変とかが、はたからしてみれば些細なことだとしても、当人にとっては一大事だったりするんです。思春期のお子さんは特にそうです。自分たちの周りで起こることは世界のあらゆることよりも大事だと考えがちです。ちょっとした友達同士の喧嘩でも、それが原因で自殺してしまうケースもある。そういうのを見過ごしてしまうと、大きな問題になるんですよ。なので、先生方には積極的に捜査にご協力いただきたいんです。ご理解いただけますかね?さっきみたいにだんまりされてしまうとこちらも困るんですよ。」
角田は教師たちに協力を求めた。
「我々のできる限りを尽くさせていただきます。」
教頭が、角田の前に出て頭を下げこう言った。
「頼みますよ。さっき見たいのはもうこりごりだ」
溝田は生徒に聞きこみを行っていた。
「あの、ちょっといいかな?」
廊下ですれ違った女子生徒に、溝田は警察手帳を見せながら声をかける。
「南目白警察署捜査一課の溝田といいます。こちらの学校で、1年生が2人、行方不明になっていることは知っているかな?」
セミロングの女子生徒が答える。
「はい、知っています。ただ、私たちとはあまり面識のある子たちではないので、あまりお力にはなれないと思いますが・・・。」
「些細なことでもいいんだ。それこそ、こんなうわさを聞いたとか、そういうのでもいいんだ。とにかく、手掛かりがなさ過ぎてね」
「そうですか・・・。」
「この2人なんだけど、東田邦夫と風見ひろ子。どうだろう、名前だけでも聞いたことがあるとか、ないかな?」
今度はショートカットの女子生徒が答える。
「う~ん、ないっすね。この時期は各部活新入生の勧誘で1年生の教室とか結構出入りするけど、この2人は見た覚えないなー」
「そうなんだ。ちなみに、部活はどこ?」
「わたし?わたしは水泳部。2年生。この子は部活はやってないけど、図書委員会で副委員長やってるよ。」
自分と、そのついでに隣にいるセミロングの女子生徒のことまで教えてくれた。
「私も委員会とかでは見ていないです。」
「そっか。わかった、ありがとう。」
「いえいえ。」
女子生徒2人はそのまま廊下を歩いて行った。
―――勧誘に行っても、教室にいなかった、ってのは気になるな。つまり、それは放課後は学校に残らずすぐに家に帰っていたってことだもんな・・・。
溝田はその点が気になった。この時期は、さっきの女子生徒が言っていた通り、新入生を勧誘する時期である。ということは、新入生は入部する部活を探す時期でもある。それを行わずに家に帰っていたとなると、学校に居づらいから早々に帰宅していたのか、それとも早く家に帰りたくなるようなことがあったのか。そのどちらかであると考えられる。
―――でも、1人暮らしの生徒に、そんな早く帰りたくなるようなことがあるだろうか?
すると、廊下の向こう側から、角田が声をかけてきた。
「角田さん、どうでした?」
「どうでしたもないよ。やっぱ、俺は先生ってやつが好きにはなれねえな。」
「有力な情報は?」
「あったら苦労しないさ。」
「そうですか。こちらも、大きな情報は得られませんでしたが、気になる情報なら手にしました。」
「なんだ?」
「2人が、新入生勧誘でみかけなかったと、そう言っていましたね。」
「というと、どういうことだ?」
「1年生で、入る部活を探すこの時期に、早々に下校していたという事実です。家でそんなにやりたいことがあるのか、それとも学校に居づらかったのか。いずれにせよ、2人の行動の手がかりになるかと。」
「なるほどな。ただ、東田くんに関してはそこは気にしなくていい。彼が失踪したのは2日だ。勧誘の場にいないのは当然だ。だが、風見さんに関しては、気にした方がよさそうだな。そういうことに気が付くところ、さすが溝田だ。」
「ありがとうございます。なるほど、東田さんは2日に失踪していたのですか・・・。」
「忘れるなよ。基本的なところだろ。」
「すいません。」
14
南目白署の3階にある鑑識作業室。ここで、あるゲームアプリが話題となっていた。
ひろ子のスマートフォンに入っていた、正式リリースされていない魔法少女育成ゲームアプリ。このゲームアプリが、不可思議なアプリだった。
起動中に、電磁波を発していることが分かったのである。
「何なのでしょうか?この電磁波は?」
「それがわかれば苦労せんよ。ゲームアプリから電磁波が発せられること自体が不可思議だ。」
現在鑑識ではこの電磁波の解析を進めているのだが、同じ電磁波を発するアプリは日本には存在しない。
「アプリの作成者も不明です。いったい誰がこんなものを。」
同じアプリは邦夫のスマートフォンにもインストールされていた。ただ、それは起動することすらできなかった。
「このアプリを立ち上げたまま、失踪したというのですか?妙じゃありませんか?」
「とにかく、捜査本部に伝えるんだ。我々は引き続き解析を進める。埒が明かない場合には科捜研だ。」
捜査本部にアプリの報告が入ると、捜査員がざわつき始めた。新種のテロなのではないか、海外の情報機関の陰謀なのではないかと。
「ゲームアプリですか。現代の子らしいですね。」
「そうだな。質が悪い。」
角田は未だにガラケーだった。スマートフォンすら持っていないため、アプリというものをよく理解していない。
「電磁波で脳波に刺激を与え、失踪させたというのですかね?でも何のためにそんなことを?」
「そもそも開発元もわからないらしいし、すべてが謎に包まれたゲームアプリだ。」
そう声をかけてきたのは溝田と同期の春日だった。
「普通、警察で調べればどこのだれが開発したのかくらいわかるのに、今回は全く手掛かりがつかめないみたいだ。こんなこと前代未聞だってよ。」
「そうだよね。」
「聞いたことない。ぞっとするぜ。」
そんな出自もよくわからないアプリを、最近の若者は警戒心もなくインストールしてしまうのだろうか。最近の子たちらしいといえばそう片付けられる。
「俺らが捜査をしていた頃には想像もできないことだ。さっぱりわかんねえ。」
角田が頭を抱える。
すると、突然捜査本部の会場に、署長が現れ、全員に着席を促した。
「なんだなんだ」
そわそわしながら、刑事たちが席に着く。そして、署長はゆっくりとマイクを持ち、刑事たちが想像だにしていなかったセリフを、ゆっくりとはなった。
「この事件は、公安の管轄となる。従って、現時点をもって捜査本部を解散し、全て公安へ引き継ぐ。以上。」
会場の空気が、一瞬にして凍り付いた。全員の思考が停止した。
「公安・・・だと」
ただの高校生の失踪事件が、刑事たちの想像もしていなかった形へと発展していった瞬間だった。