Section 4
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『4月1日、東京都豊島区に在住の高校生、東田邦夫くん15歳が行方不明となりました。本人が住んでいたアパートの部屋は荒らされた様子もないことから、警察では彼が失踪した可能性もあるとみて調べています。』
TVのニュースは消えた高校生の話題で持ちきりだった。
昼間のワイドショーでは、コメンテーターが言いたい放題言っていた。
『おとなしい子だったといいますが、そういう子ほど怖いんですよね~。突然何をしでかすかわからない』
『それはどういうことですか?』
『ほら、いま欧州の青年たちが過激派に合流したりしているじゃないですか?そういうものに案外憧れていて、参加した可能性もありますよ!』
何を言ってるんだか。そんなことは外務省に問い合わせて、出国履歴を調べれば一発で分かる。
別の番組では、突拍子もないことを言っている人がいた。
『宇宙人に誘拐されたとか?』
『いやいや、まさかそんなことは・・・』
『でも、アメリカの衛星には宇宙人へのメッセージを積んだものもありますから、そのメッセージを読んで人類に興味を示し、この地球の調査に来たのかもしれませんよ!』
何をバカなことを。こんなことを真顔で、さも真面目な話の様にテレビの中の人は言う。ばかばかしい。他人事だからそんなのんきなことを、バカなことを言えるのである。
風見ひろ子は、高校に登校する度、邦夫の席を見てしまう。ひょこっと登校していたりするのではないかと、ついついかんがえてみてしまうのである。
彼が失踪してから1週間。一体、邦夫はどこに行ってしまったのか。
警察へ捜索届を出したのは5日前である。邦夫の保証人である親族が出した。ひろ子が連絡を取り、最近邦夫がいないことを伝えて、出した。
彼の行方は未だ見つからない。いったいどこへ行ってしまったのか。
4月8日。ひろ子は教室にいた。
午前中の授業が終わり、お昼を食べに食堂に向かおうとした時だった。
「そういやさ、あそこの席にいたのって誰だっけ?」
クラスのある男子が言う。その問いにたいして、別の男子生徒がこう答える。
「覚えていねーや」
ひろ子は静かに、ショックを受ける。聞かなきゃよかったと思った。
確かに、邦夫はクラスで目立つタイプの子ではなかった。それは、小学校時代もそうであった。だけど、ひろ子の中ではそうではなかった。
―――そうか、しつこく覚えているのは私だけか。なんでだろう?みんなは忘れているのに、なんで私だけはこんなにしつこく覚えているのだろう。
今日も、登校した時邦夫の席をちらっと見てしまった。
―――私が探しに行くことができれば・・・。
そんなことを考えながら、彼の席を見てしまった。
そんな時だった。頭の中で邦夫の声がした。
『僕のことを探してくれているのかい?』
なぜ?いままでこんなことはなかったのに・・・。とうとう、気がくるってしまったのだろうか。
頭の中で邦夫の声がしたのは、その日はその時1回だけだった。
授業終了後、ひろ子はまっすぐ家に帰った。
邦夫が行方不明になってから、ひろ子は気がふさがったためだろうかあまり他人と話をしなかった。だから、今の高校に友達と呼べる存在はいなかった。部活の見学に行く気力も起きない。かといって、家に帰ってもやることは特にない。宿題を済ませれば、やらなきゃならないことはない。
ひろ子はあまり家でじっとするタイプではなかった。ただ、例の一件以来、外へ出かける気力がわかなかった。無気力になってしまったのである。
ただ、久々に会った幼馴染がいなくなっただけなのに。どうしてだろうか、と考えた。このことについて、踏ん切りがつかなかった。
当然、例のゲームもほとんどやっていない。あのゲームをすれば邦夫のことを思い出し、また気が沈む。だから、やりたくなかった。
―――早く気持ちを切り替えなきゃ。それはわかっているんだけど・・・。
そんなことを延々と考えながら、今日も床に就いた。
ひろ子はその日、夢を見た。
「やあ、君もこの世界に来たんだね。」
周りを見渡してみれば、自分は草原の上に寝転がっていた。
「どうして、私ここに・・・?」
「それはこっちが聞きたいことだよ。どうして、君がこの世界にいるんだい?」
「いや、別に私は・・・ただ、家で寝ていただけなのに・・・」
「そうか。」
「それより、あなたがいなくなったって、家族の方が心配しているわよ!警察に捜索願まで出しているのよ!」
「家族?僕にそんな心配してくれるような家族っていたっけ?」
「覚えていないの?横浜の親戚の方を!」
「ああ、そういえば保証人になってもらっていたね。」
「どうしたの?いったい何があったの?」
「何があったって、僕はこの世界に必要とされて召喚されたのさ。ただ、それだけだよ。」
「この世界に召喚?あなた、何言っているの?」
「何を言っているって、事実を言っているんじゃないか。」
「事実って・・・私はあなたが何を言っているのかわからないわ!」
すると、邦夫のもとに一人の美少女がやってきて、こう話しかける。
「邦夫殿、そろそろご飯の時間ですよ」
「ああ、そういえばそんな時間だ。じゃあひろ子、気を付けて帰るんだよ。ここは、君が来るべき世界ではない。」
「待って!どういうこと!!」
ひろ子は邦夫を呼び止めようとするが、邦夫は少女とともにひろ子の前から姿を消したのである。
目が覚めた。朝7時。いつも起きる時間である。
―――あの夢は、いったい何だったの??
邦夫に話しかけてきた少女に、なんとなく見覚えがあった。ただ、なんとなく見覚えがあっただけで、どこの誰なのかまでは思い出せない。
体がだるかった。こんな夢を見た後に、学校に行く気にはなれなかった。
ひろ子は学校に電話を掛けた。
「すいません、今日朝から熱があるのでお休みさせていただきます。」
担任は特に何も言わず、「お大事に」といっただけだった。
その後、ひろ子は布団に戻りもう一度寝たのであった。
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目が覚めると、時計は午後3時を示していた。かれこれ8時間ほど寝ていたのだろうか。
相変らず体はだるかった。頭も重い。食欲すらわかなかった。
そんな時、携帯電話が音を立てた。電話がかかってきたみたいである。
―――誰からだろう?
自分が欠席したことを心配してくれるような友人は今の高校にはいない。いったい誰だろうか?
電話に出ると、男性の声がした。
「もしもし、風見ひろ子さんの携帯電話ですか?」
「はい、そうですが。あなたは・・・」
「申し遅れました。トライアングルエニックスの柳田と申します。」
「ああ・・・」
彼は私に例の魔法少女育成ゲームの無料体験を進めてきた人物である。
「最近、ゲームにログインされていないようですが、何かありましたか?何か不満な点とか、ご満足いただけない点があるとか・・・」
「いえ、そういうわけではないのですが、同じゲームをやっていた友人が先日から行方不明になっておりまして・・・」
「そうなんですか。」
なぜだろう、なぜひろ子は彼に、邦夫のことを伝えたのだろうか?何もほかの理由があるではないか。なぜ、彼のことを理由にしたのか?
その理由はひろ子にはわからなかった。ただ、口をついて邦夫のことが出てきたのである。
「それはお気の毒です。そんな時だからこそ、弊社のゲームをプレイして元気を出してもらいたいです。ここ最近、追加のアップデートを行い、新キャラも追加しましたので、是非。」
「ありがとうございます。」
その後も、柳田は執拗にゲームをやるようひろ子に言ってきた。はいはいと、適当な返事をしながら彼からの電話を切ったのは午後3時半ごろだった。
―――30分も電話していたのか。
何をあんなに必死にひろ子にゲームをやらせたがっているのか。その理由がわからなかった。
―――ゲーム会社の人も大変だな。
そんなことを思いながら、ひろ子は横になった。
ひろ子のスマートフォンが、例のゲームを自動で立ち上げ、起動していたことも知らずに。
また夢を見た。今度は、ギリシアの神殿 のような場所で、この前とは別の美少女と話をしていた。
紺色の長い髪をしたすらっとした美少女だった。彼女はヘスティアと名乗った。
「私は貴方を必要としている。」
「私を?どうして?」
「この世界を守るためよ。貴方がいないと、この世界を守れないの。」
「守るって・・・どういうこと?」
「この世界は今、存続するか否かの瀬戸際なの。貴方の友人であるところの邦夫さんもそのためにこの世界に召喚され、住人となった。貴方も同じようにしてほしい。」
「私なんかに何ができるっていうの?」
「なんでもできる。あなたほどの力があれば、絶対にね。」
「何でもできるって言われても・・・。何をすればいいの?」
「君のその肉体を私にくれればいい。」
ひろ子は目の前の美少女が言ったことが理解できなかった。肉体をくれればいいとは、いったいどういう意味なのか?
「あなたは何を言っているの?」
「私があなたに求めることを、最もわかりやすい言葉で言っただけだ。」
「肉体をあげるって・・・それは私に死ねといっているという事?」
「そうではない。肉体の所有者が私に代わるというだけだ。」
「私の意識はどこに行ってしまうの?」
「そんなことは私にはわかるまい。」
「そんな無責任な・・・。」
絶句してしまう。目の前の美少女は、いったいどういう存在なのか。
というか、そもそもこれは本当に夢なのだろうか。
「さ、始めるとしようか。」
ヘスティアは呪文を唱え始めた。
「崇高なる神よ、魔女ヘスティアに魂を与えたまえ。」
すると、ヘスティアが伸ばした左手の先に魔法陣が現れ、ひろ子の体からたくさんの文字を吸い込んでいく。
「なに、これ・・・」
自分の体から、文字が表れ、次々とその魔法陣へと吸い込まれていく。異様な光景だった。
同時に、ひろ子は強烈な眠気に襲われた。
―――おかしいな、夢を見ているのに眠気に襲われるなんて・・・。でも、これもいいかな。きっと、疲れたんだね、私。
意識が遠のいていく中で、ひろ子はそう思ったのであった。