変わらぬ世界で
廃都と化した街の廃ビルにコソコソと動く影が2つ。
『こちら03。目標確認、敵は6』
『……こちら01。了解、10秒後に突入する。任務は敵の殲滅、目的の資料の回収。敵は決して逃がすな』
『03、了解』
『02、同じく』
目標の扉に静かに近寄り、己の武器を構える。自分の反対側に01が立つ。
中では呑気な話し声が響いてくる。これから起こる悲劇の事など知らずに。
静かに深呼吸をして精神を落ち着かせる。
思考が鮮明になり、様々なパターンでの動きをシミュレーションする。
――よし、いける。
『カウント10……9……8―――』
これは殺し合いだ。そこに人としての感情はいらない。引き金を引かなければ、こちらが死ぬ。
――ならば敵を殺すしかない。
『………3……2………go』
ドアを思い切り蹴り飛ばし、中にスモークを放つ。
続いて01が中に入って銃の引き金を引く。
―――ダダダダダッ!
「なんだ貴様――グッ」
「ク―――ガァ!」
あと4人。
「――よくもザイとガッシュを!」
敵は即座に手元に置いてあった銃を取り、銃口を向けてくる。
――その瞬間、敵の頭部が爆ぜた。
03だ。
奴はスナイパーとして別の廃ビルからサポートする役目になっているので、こちらが危険に晒されても03が冷静に対処してくれるだろう。
紅い液体がそこら中に飛び散り、鉄と火薬の臭いが部屋に充満する。
こんな臭いなど、とっくの昔に慣れてしまった。
「目的の資料はあったか?」
「他の資料も混ざっている。資料を纏めるから見張りを頼んだ」
「了解」
まずは邪魔な死体を一纏めにする。
――チャリン。
死体の一体から懐中時計が落ちて金属質の音が響いた。
落ちた衝撃で懐中時計の蓋が開いて中が見える。
そこには仲睦まじく微笑む夫婦2人と無邪気な笑顔の子供が並んで座っている写真が貼られていた。
夫だと思われる人物はこの死体なのだろう。
「……………」
無言のまま落ちた懐中時計を死体の胸ポケットに静かにしまう。
きっと、死亡が確認された後に家族や親族の元に通達が届くのだろう。
この死体の奥さんは泣き崩れるだろうか。お子さんの無邪気な笑顔は消え去るのだろうか。
だけど気の毒だとは思わない。そんな事は思ってはいけない。
なぜなら男性を殺したのは自分達なのだから。
◆◇◆
俺達は長い間戦争をしている。
戦争が起こった原因は何だったのだろうか? ………それすらも分からないくらい昔に起こった戦争だ。
現在も戦場で殺し合いをしている人々に戦争が起こった理由を知っている人はほとんどいないだろう。
だったらなぜ戦争をしているのだろうか。
それは殺さないと殺られるからだ。
今更止めようとしても遅い。回った巨大な歯車は止められない。
「………はぁ」
「どうしたジャック。そんな深いため息なんかしやがって」
「……ん、ガイルか」
ガイルは青年の時から共に戦場を駆け回っている戦友だ。
「ほらよ、コーヒー缶やる」
「おう、サンキュー。――あっちぃ」
「……で? どうしたんだ?」
「いや、やってらんねぇなって思ってな」
「………あー、そうだなぁ……毎日が殺し合いだからな。その気持ちが分からないでもない」
ガイルがタバコを取り出して一服し始めた。
「またタバコかよ。お前も好きだな」
「俺の唯一のストレス発散と日々の楽しみだよ。これがなきゃ戦争なんてやってらんねぇな。お前も吸ってみれば良さに分かるさ」
「やだよ、体に悪いじゃねぇか」
「そんな事言わずに持っとけよ、ほれ」
強引にポケットにライターとタバコ1本を入れられる。
本当に強引で自分勝手な戦友だ。
だが、こんな廃れた戦場の良いムードメーカーになってて、こいつの存在が大切になっているのも事実だ。
「……早く戦争終わってくれねぇかな」
「なんだ、ガイルもそう思ってたのか」
「俺は別にどうだっていいんだよ。……ただ、この戦争がずっと続くなら産まれてきた子供達が可哀想だと思ってな」
もし、自分の子供が産まれるとする。そうしたら自分の愛する子供も戦場に駆りだされることになるだろう。
そう考えると確かに嫌な感覚になってしまう。
もう死んでしまった自分の親もそんな気持ちだったのだろうか。
「……なぁジャック。なんで昔の人は――」
――ビリリリリ!
各所に設置されている警報が鳴り響く。
――敵襲だ。
「………行くか。後で話の続きをしよう」
「おう、やってやろうじゃねぇか」
◆◇◆
「――クソッ! 増援はまだなのか!?」
「あと10分で来るはずだ! それまで持ちこたえろ!」
正直に言うと最悪の状況だった。
こちらが総勢10なのに対して敵の数はおよそ25。
さらに、警報が鳴り響いた時には深くまで侵入されており、俺達は司令室で籠城している。
時間が経つにつれて1人、また1人と倒れていく。今はもう俺とガイル、司令官しか残っていなかった。
俺も左腕を犠牲にして心臓を守ったが、案の定左腕は動かない。
「―――グアッ!」
「司令官! クソッ、クソッ!」
ガイルがマシンガンを乱射し、俺は倒れた司令官の元へ駆け寄る。
「……グッ……もうここはいい………裏からお前らは逃げろ」
「――そんな、貴方も!」
「俺はここで食い止めるさ。………なぁに、こんな老骨でも最後は足掻いてみせるさ」
近くに落ちてあるマシンガンを拾って、今も打ち続けているガイルをどかす。
「――早くしろ! そんなに時間はねぇぞ!」
「何言ってんだ司令官! 俺も……なんだよジャック」
また銃を構えて並ぼうとするガイルの腕を掴む。
「……行こう」
「――なっ……クソッ!」
「司令官………ありがとうございます」
「ふっ、早く行っちまえ若造が」
銃を持って裏口のドアを蹴破り外にいる敵を撃ちながら、ガイルと共に逃げる。
「――うぐっ……」
「ガイル!」
流れ弾がガイルに命中し、地面に倒れ込む。
足、腹、最悪には心臓にまで弾が当たって血がドロドロと流れており、すでに助かりそうにない。
「ははっ、俺も……運がねぇなぁ」
「――っ、ガイル!」
「なぁ、ジャック」
「もう喋るな! ……お願いだから1人にしないでくれ………」
それでもガイルは虚ろな目で空を眺め、虚空に手を伸ばす。
「……どうして、昔の人は戦争なんて起こしたんだろうな………」
「どこで間違えたんだろうな」
「………どうして……こんな事になっちゃったんだろうな…………俺はさ………―――」
「……ガイル? ――ガイル!」
なんでだよ。なんでなんだよ………
「……ちくしょう!」
敵はまだ沢山いる。
殺される前に殺るしか生き残る方法は無い。だったらやってやる。
「アァアアアア!」
敵と遭遇し1人で殺し合いをしていたが、相手は複数人いる。勝てるはずもないが、せめて一矢報いたいと思っていた。
その結果はグレネードを投げられて足が吹っ飛んだのだが、幸か不幸かまだ生きてはいた。
敵の足音はまだ聞こえる。
まもなく俺を見つけて殺すだろう。だが、足が無いのだから逃げる事も不可能だ。
意識も朦朧としてきた。体に力が入らない。
諦めて木に寄り掛かる。
「……はぁ。俺も終わりか」
ポケットを探ると襲撃される前にガイルに入れられたタバコ1本とライターがあった。
「………けほっ、やっぱり不味いじゃん。デメリットしかねぇな……これ」
足音が近づいてきて、チャキッという音が聞える。
(……どうして、昔の人は戦争なんて起こしたんだろうな………)
(どこで間違えたんだろうな)
(………どうして……こんな事になっちゃったんだろうな…………俺はさ………―――)
ここでガイルが最後に呟いた言葉が気になった。
「……なぁ、どうしてこんな時代になったんだろうな。
もし俺達が………平和な時代に生きられていたなら、毎日が……笑顔で………幸せに暮らせていたのかねぇ?」
息が途絶えながらも戦友の最後の疑問を投げかける。
俺だって平和な世界で暮らしてみたい。こんな弾丸が飛び交う世界が終わって欲しいと思っていた。
「俺は………さ、もし……生まれ変われるなら、平和な世界で暮……して、結婚して子供を持……て、幸せ……なりたかっ………―――」
名前も知らぬ敵はジャックとガイルの最後の問いかけの答えを一生探す事になるだろう。
だが、それに答えられる者は居ない。
昔に起こってしまった戦争は、もう誰にも止められない。
――殺らなければ殺られる。
これからもそんな世界で人々は生きていくしか無いのだから。
「……俺だってそんな世界で生きたかったよ」
初めての短編なのでおかしい箇所があるかもしれません。