Case3 音艫 ティアラ①
※胸糞展開注意!
“都会”という名前のコンクリートジャングル。
そんな灰色の世界のセメントで固められた地面にも、一輪の花が咲く。
英会話ビルの裏路地。
ひび割れた隙間から懸命に顔を出したにも関わらず、殆ど陽光も当たらない暗い場所。
なのに。
白い花は立派に咲き誇り、たった一人で背筋を伸ばし生きている。
あたしはそんな強く美しく咲いた、名も知らぬ花を――――――
思いっ切り靴裏で踏みつけた。
一瞬で無残な姿へと変わる、“花だった物”。
あたしはその滑稽な姿に笑みを浮かべながら、遠くから聞こえるクラスメイトの声の方へと向かった。
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「あ~だっりぃ。来週から中間かよ」
「おめぇTBS(テンションバリ下がること)言うんじゃねーよ。シェイク不味くなるじゃん」
「ねぇねぇ。今からオケる? きのう神ってる曲みっけたんだけど?」
「金ねぇわ~。マジつらたん」
高校のクラスメイト3人にあたしを加えた4人のグループは、学校の近くにあるファーストフード店に集合していた。日曜はこのメンバーで、適当な場所に集まるのが当たり前となっている。高校に入学して一年経っても愛着が湧かない連中だけど、一人で居るよりは退屈しないので切ってはいない。
「ティアラはこっからどうすんの?」
コレだ。
特にやる事が思い付かないと、直ぐあたしに意見を求めてくる。
今を享受するだけで主体性すら持ち合わせていない、ただ強い者に従うだけの腰巾着。
あたしはコイツ等とは違う。
自分の力でこの世界に君臨している。
楯突いて来た奴には漏れなく後悔をさせてきたし、気に入らない奴はシメてきた。そしてそれはこれからも変わらないだろう。あたしの癇に障るような奴は、この世界を生きる権利すら与えたくない。
「あーしも金ねぇけどさぁ――――無ければ借りれば良いんじゃね?」
そう言ってあたしが取り出したのはスマートフォン。
その中の電話帳の一つに『財布』と記入された電話番号がある。あたしは躊躇する事無くその名前をタップし、スマートフォンを右耳に当てた。
「…………も、もしもし?」
十数秒後に聞こえる小さな声。
あたしは声の主に向かって、怒号にも近い声を上げた。
「3コール以内に出ろっつったべ? てめぇマジ舐めてんの?」
「ご、ごめんなさい……。今ちょっと用事が……」
「はぁ? 言い訳すんじゃねぇよ! 罰として今すぐ金持って聖天公園に来い! 急げよ!! あーしを待たせたらどうなるか分かってんな?」
「で、でも。今か――――」
あたしは相手の返事を最後まで聞く事なく電話を切った。
これで今日遊ぶ金には事欠かない。
「こっえ~。さすがティアラ。マジADK(悪代官)じゃん」
「越後屋みてぇなセコいキャラはあーしに合わないっしょ? やるならトコトンな」
「んじゃあ聖天公園行くべ? あいつん家からは一分っしょ?」
「これ食ったら秒で行くわ」
「呼び出した側なのに待たせんの? チョ~ウケル! やっぱティアラすげぇわ」
残っていたフライドポテトを会話しながら片付ける。
結局あたし達が待ち合わせ場所に到着した頃には、電話をかけてから30分の時間が経過していた。
「お~ちゃんと来てんじゃん? 偉い偉い」
あたしが声を掛けたのは、公園で落ち着きが無さそうに立っている“財布”こと『鵞澄 小鐘』。同じクラスの金の成る木である。
「ね、音艫さん……。お金は前回で“最後”だって……」
「借りるのはね? 今回は“罰金”だから」
「そ、そんな……」
泣きそうな顔で俯く小鐘を見て、あたしは酷く愉快な気分になった。
やはり人の苦しむ姿は何とも言えない。とかくこの世は弱肉強食。弱い者は、強い者の為に生きていれば良いんだ。あたしが「金」と一言告げれば貢げば良いし、あたしが「死ね」と言ったら首を吊りゃあ良い。
そして強い者である証明。
それは――――――
「超MMC(マジむかつくし殺す)はテメェ……おらっ!」
「きゃあっ!!」
あたしは周囲に人の目が無いのを確認してから、小鐘の頬をグーで殴った。
勿論手加減なんてものはしない。
「あ。顔は目立つからダメだった。あんた等は隠せる場所ね?」
「おっけ~!」
「友達はボールだから、蹴ってもいいよねぇ~?」
殴られた勢いで砂場に倒れ込んだ小鐘に、腰巾着共が群がって腹や背中を蹴り上げる。呻き声と泣き声を交互に放つ弱者を眺めながら、あたしは「ああはなりたくない」と言った軽蔑の視線を彼女へと向けた。
「……う……うう……」
抵抗する力すら折れた小鐘は、うつ伏せの状態でただ啜り泣いている。
その傍らにしゃがみ込んだあたしは、彼女の上着のポケットから目的の物を拝借し、中身を改めた。
「U吉がたったの1枚? これでどうやって4人で遊ぶんだよ! 黄金虫!」
「……うぐっ! ゲホッ……エホ……」
蹴りを腹に叩き込めば、小鐘は滑稽な息を吐き出す。
それが面白くて、あたしはそれから三度黄金虫の腹を蹴った。そしてその前髪を乱暴に掴み無理矢理に面を上げさせると、砂に塗れた泣き顔が現れる。
「あたしはまだ手を抜いてやってんだよ? 本当にその気になればもっと酷いよ? 財布らしくファスナー開いて“ウリ”でもするか? それが嫌なら、家にある物を全部売ってでも金作って来いよ。最低でも3万な? 来週中によ・ろ・し・く!」
一万円を自分の財布に入れた後で、あたしは取り巻きと共にその場を去る。
数分間で一万円の給料。これだから『暴力』は止められない。
そう。
世の中で最も尊く、最も強い力。
それが『暴力』。
例えばどんなに偉い画家が描いた芸術も、どんなに凄い彫刻家の作った彫像も、あたしの暴力の前では何の意味も持たない。火を使えば絵は炭になり、金槌を使えば彫像も石ころに早変わりだ。どんな才能だって、暴力には敵わない。
強者は弱者を虐げる権利を有している。
そしてそれは、何も腕っ節だけを示している訳ではない。
別の日。
あたしは新しくオープンした遠くのアパレルショップへ出掛ける為、電車へと乗り込んでいた。良い感じに込んだ車内を見ていると、ムクムクと悪戯心が顔を出す。
「あいつにすっか」
適当な中年オヤジを見つけ、あたしはワザとそいつの近くへと身を寄せる。
そして電車が駅へと近付いたのを確認し、
「きゃあああ!! この人痴漢です!!」
オヤジの手が尻に当たってるようにしか見えない角度で、あたしは声を上げた。
すると乗客の視線は一度にあたし達に降り注ぎ、懐疑の瞳に耐えられなくなった中年オヤジは、しどろもどろになりながらも「ち、違う!」と必死に弁明を開始する。その姿は実に滑稽で、どんなバラエティ番組よりも楽しい見世物だった。
「ぐすっ……うう……」
泣き真似をすれば、乗客達はもうこちらの味方だ。
中年オヤジに軽蔑の眼差しを向け、口々に「サイテー」「クズ」等の罵詈雑言を吐き出す。
恐らく泣きたいのは中年オヤジの方なのだけれど、それを知らないゴミ共は無実の人間を糾弾し続ける。その可笑しい姿に笑いを堪えるのが難しくなったあたしは、電車が駅に到着して直ぐにその場を走り去った。
暴力には様々な形がある。
権力や立場を利用した暴力に、容姿や年齢を活かした暴力。
その幾つもある力を使い分けてこそ、本当の強者と言えるだろう。
小鐘の金で買い物を済ませ、機嫌良く帰宅したあたしは戦利品を放り出し、自室のベッドの上へとダイブする。
「ああ~! 足疲れた~!」
仰向けになり天井を見ていると、中年オヤジの情けない顔が脳裏を過ぎった。
「ぷ! くくくっ! 超レシーブ(ウケル)」
込み上げる笑いを隠す必要も無くなったあたしは、一頻り笑った後で机の上へと視線を走らせた。そこに置いてあるのは、帰宅した際に郵便受けから取り出した手紙の束だ。
「あっ?」
あたしはその中に、“不思議”な便箋がある事に気が付いた。
真っ黒な手紙で、一見何かしらの不吉を感じざるを得ないオーラを放っている。
「何だよコレ。悪戯じゃねぇだろうな……」
先程の陽気な気分を害された事に腹を立てたあたしは、その差出人に怒りをぶつけるべく黒い便箋を裏返した。すると視界に飛び込んでくる差出人の情報。
そこに記入された内容は――――
「く……くくく……あはは……アハハハハハハアハアハハハ!!!!!!!!」
この上なくあたしを上機嫌にさせた。
遂にあたしは、人殺しの権利すら有したのだ。




