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他殺教習所  作者: 空亡
9/16

Case3 音艫 ティアラ①

※胸糞展開注意!


 “都会”という名前のコンクリートジャングル。

 そんな灰色の世界のセメントで固められた地面にも、一輪の花が咲く。



 英会話ビルの裏路地。

 ひび割れた隙間から懸命に顔を出したにも関わらず、殆ど陽光も当たらない暗い場所。



 なのに。

 白い花は立派に咲き誇り、たった一人で背筋を伸ばし生きている。



 あたしはそんな強く美しく咲いた、名も知らぬ花を――――――











 思いっ切り靴裏で踏みつけた。



 一瞬で無残な姿へと変わる、“花だった物”。

 あたしはその滑稽な姿に笑みを浮かべながら、遠くから聞こえるクラスメイトの声の方へと向かった。




♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥




「あ~だっりぃ。来週から中間かよ」


「おめぇTBS(テンションバリ下がること)言うんじゃねーよ。シェイク不味くなるじゃん」


「ねぇねぇ。今からオケる? きのう神ってる曲みっけたんだけど?」


「金ねぇわ~。マジつらたん」


 高校のクラスメイト3人にあたしを加えた4人のグループは、学校の近くにあるファーストフード店に集合していた。日曜はこのメンバーで、適当な場所に集まるのが当たり前となっている。高校に入学して一年経っても愛着が湧かない連中だけど、一人で居るよりは退屈しないので切ってはいない。


「ティアラはこっからどうすんの?」


 コレだ。

 特にやる事が思い付かないと、直ぐあたしに意見を求めてくる。

 今を享受するだけで主体性すら持ち合わせていない、ただ強い者に従うだけの腰巾着。


 あたしはコイツ等とは違う。

 自分の力でこの世界に君臨している。


 楯突いて来た奴には漏れなく後悔をさせてきたし、気に入らない奴はシメてきた。そしてそれはこれからも変わらないだろう。あたしの癇に障るような奴は、この世界を生きる権利すら与えたくない。


「あーしも金ねぇけどさぁ――――無ければ借りれば良いんじゃね?」


 そう言ってあたしが取り出したのはスマートフォン。

 その中の電話帳の一つに『財布』と記入された電話番号がある。あたしは躊躇する事無くその名前をタップし、スマートフォンを右耳に当てた。


「…………も、もしもし?」


 十数秒後に聞こえる小さな声。

 あたしは声の主に向かって、怒号にも近い声を上げた。


「3コール以内に出ろっつったべ? てめぇマジ舐めてんの?」


「ご、ごめんなさい……。今ちょっと用事が……」


「はぁ? 言い訳すんじゃねぇよ! 罰として今すぐ金持って聖天公園に来い! 急げよ!! あーしを待たせたらどうなるか分かってんな?」


「で、でも。今か――――」


 あたしは相手の返事を最後まで聞く事なく電話を切った。

 これで今日遊ぶ金には事欠かない。


「こっえ~。さすがティアラ。マジADK(悪代官)じゃん」


「越後屋みてぇなセコいキャラはあーしに合わないっしょ? やるならトコトンな」


「んじゃあ聖天公園行くべ? あいつんからは一分っしょ?」


「これ食ったら秒で行くわ」


「呼び出した側なのに待たせんの? チョ~ウケル! やっぱティアラすげぇわ」


 残っていたフライドポテトを会話しながら片付ける。

 結局あたし達が待ち合わせ場所に到着した頃には、電話をかけてから30分の時間が経過していた。


「お~ちゃんと来てんじゃん? 偉い偉い」


 あたしが声を掛けたのは、公園で落ち着きが無さそうに立っている“財布”こと『鵞澄がちょう 小鐘こがね』。同じクラスの金の成る木(友達)である。


「ね、音艫ねろさん……。お金は前回で“最後”だって……」


「借りるのはね? 今回は“罰金”だから」


「そ、そんな……」


 泣きそうな顔で俯く小鐘を見て、あたしは酷く愉快な気分になった。

 やはり人の苦しむ姿は何とも言えない。とかくこの世は弱肉強食。弱い者は、強い者の為に生きていれば良いんだ。あたしが「金」と一言告げれば貢げば良いし、あたしが「死ね」と言ったら首を吊りゃあ良い。


 そして強い者である証明。

 それは――――――


「超MMC(マジむかつくし殺す)はテメェ……おらっ!」


「きゃあっ!!」


 あたしは周囲に人の目が無いのを確認してから、小鐘の頬をグーで殴った。

 勿論手加減なんてものはしない。


「あ。顔は目立つからダメだった。あんた等は隠せる場所ね?」


「おっけ~!」


「友達はボールだから、蹴ってもいいよねぇ~?」


 殴られた勢いで砂場に倒れ込んだ小鐘に、腰巾着共が群がって腹や背中を蹴り上げる。呻き声と泣き声を交互に放つ弱者を眺めながら、あたしは「ああはなりたくない」と言った軽蔑の視線を彼女へと向けた。


「……う……うう……」


 抵抗する力すら折れた小鐘は、うつ伏せの状態でただ啜り泣いている。

 そのかたわらにしゃがみ込んだあたしは、彼女の上着のポケットから目的の物を拝借し、中身を改めた。


「U吉がたったの1枚? これでどうやって4人で遊ぶんだよ! 黄金虫コガネムシ!」


「……うぐっ! ゲホッ……エホ……」


 蹴りを腹に叩き込めば、小鐘は滑稽な息を吐き出す。

 それが面白くて、あたしはそれから三度黄金虫の腹を蹴った。そしてその前髪を乱暴に掴み無理矢理に面を上げさせると、砂に塗れた泣き顔が現れる。


「あたしはまだ手を抜いてやってんだよ? 本当にその気になればもっと酷いよ? 財布らしくファスナー開いて“ウリ”でもするか? それが嫌なら、家にある物を全部売ってでも金作って来いよ。最低でも3万な? 来週中によ・ろ・し・く!」


 一万円を自分の財布に入れた後で、あたしは取り巻きと共にその場を去る。

 数分間で一万円の給料。これだから『暴力』は止められない。



 そう。

 世の中で最もたっとく、最も強い力。

 それが『暴力』。



 例えばどんなに偉い画家が描いた芸術も、どんなに凄い彫刻家の作った彫像も、あたしの暴力の前では何の意味も持たない。火を使えば絵は炭になり、金槌を使えば彫像も石ころに早変わりだ。どんな才能だって、暴力には敵わない。


 強者は弱者を虐げる権利を有している。

 そしてそれは、何も腕っ節だけを示している訳ではない。



 別の日。

 あたしは新しくオープンした遠くのアパレルショップへ出掛ける為、電車へと乗り込んでいた。良い感じに込んだ車内を見ていると、ムクムクと悪戯心が顔を出す。


「あいつにすっか」


 適当な中年オヤジを見つけ、あたしはワザとそいつの近くへと身を寄せる。

 そして電車が駅へと近付いたのを確認し、


「きゃあああ!! この人痴漢です!!」


 オヤジの手が尻に当たってるようにしか見えない角度で、あたしは声を上げた。

 すると乗客の視線は一度にあたし達に降り注ぎ、懐疑の瞳に耐えられなくなった中年オヤジは、しどろもどろになりながらも「ち、違う!」と必死に弁明を開始する。その姿は実に滑稽で、どんなバラエティ番組よりも楽しい見世物だった。


「ぐすっ……うう……」


 泣き真似をすれば、乗客達はもうこちらの味方だ。

 中年オヤジに軽蔑の眼差しを向け、口々に「サイテー」「クズ」等の罵詈雑言を吐き出す。


 恐らく泣きたいのは中年オヤジの方なのだけれど、それを知らないゴミ共は無実の人間を糾弾し続ける。その可笑しい姿に笑いを堪えるのが難しくなったあたしは、電車が駅に到着して直ぐにその場を走り去った。


 暴力には様々な形がある。

 権力や立場を利用した暴力に、容姿や年齢を活かした暴力。

 その幾つもある力を使い分けてこそ、本当の強者と言えるだろう。

 


 小鐘(他人)の金で買い物を済ませ、機嫌良く帰宅したあたしは戦利品を放り出し、自室のベッドの上へとダイブする。


「ああ~! 足疲れた~!」


 仰向けになり天井を見ていると、中年オヤジの情けない顔が脳裏を過ぎった。

 

「ぷ! くくくっ! 超レシーブ(ウケル)」


 込み上げる笑いを隠す必要も無くなったあたしは、一頻り笑った後で机の上へと視線を走らせた。そこに置いてあるのは、帰宅した際に郵便受けから取り出した手紙の束だ。


「あっ?」


 あたしはその中に、“不思議”な便箋がある事に気が付いた。

 真っ黒な手紙で、一見何かしらの不吉を感じざるを得ないオーラを放っている。


「何だよコレ。悪戯じゃねぇだろうな……」


 先程の陽気な気分を害された事に腹を立てたあたしは、その差出人に怒りをぶつけるべく黒い便箋を裏返した。すると視界に飛び込んでくる差出人の情報。


 

 そこに記入された内容は――――




「く……くくく……あはは……アハハハハハハアハアハハハ!!!!!!!!」




 この上なくあたしを上機嫌にさせた。



 遂にあたしは、人殺しの権利すら有したのだ。





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