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他殺教習所  作者: 空亡
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Case2 大門 光 ②

「はい。確認致しました。初回講習は15時45分からとなっております。時間が来ましたら、2階南西にある第一教室までお願い致します。入室の際には、扉横のカードリーダーに教習カードをお通し下さい。その後は、お好きな席に腰掛けて頂いて結構です。着席して、指導員をお待ち下さい」


「……ども」


 祝日を利用して、俺は件の教習所まで足を運んでいた。「悪戯かもしれない」と半信半疑だったのだが、登録がつつがなく終わったことでその可能性は否定される。


「一時間近く空いてるな」


 賑やかな場所は好かない、俺は図書室に移動する事にした。



「まるで本屋だ」


 それが教習所の図書室を見た俺の第一声。

 聖天学園の比ではない。「利用者全員の注文にでも応えたのか?」と邪推してしまうほどの種類の本と、隣席と仕切られた落ち着ける読書スペース。俺は一目見ただけでこの場所の事を気に入った。


 適当な本を見繕い、殆ど人の居ない読書スペースの更に壁際に腰を掛ける。

 そして積まれた本達を流し読みしながら、俺は昔の事を思い出していた。



 小学生の時。

 俺は自分の事を『世界一幸せな人間である』事を信じて疑わなかった。



 強くて優しくて、素晴らしい才能を持った母。


 教養があり、運動も得意だった尊敬出来る父。


 そして、そんな二人から生まれた恵まれた自分。



 “あの日”が来るまで、家族全員が幸せのいただきにいたと断言する事も出来る。だからこそ、落ちた時の痛みは筆舌に尽くし難いものがあるのだ。俺達の家族がどうしてバラバラになったのか? それを説明するには、五年前の春にまで遡らなくてはいけない。



 当時の俺は、今ほど野球に魅せられてはいなかった。

 偶に父とのキャッチボールに興じていたぐらいである。その時の父は今とは違い、母と共に『インテリアデザイナー』という仕事にもたずさわっていた。独立してから、在宅での個人事務所。経営が順調にいっていた事は、両親の羽振りの良さから何となく察しはついていた。


 友人の中には家族間の仲の悪さを嘆いていた者もいたが、当時の俺にはその意味も理解出来ないぐらい別世界の出来事だった。疎遠すら想像出来ないほど、理想の家族であったからだ。おしどり夫婦に真面目な息子。俺達の絆は、目に見えるほどに強かった。



 だがその絆の強さが――――俺達家族の欠点である事に、当時は誰も気がついてはいなかったのだ。



 あの運命の日……。

 俺はいつものように学校で授業を受けていた。


『今日の晩御飯はカレーが良いなぁ』


 なんて呑気な事を考えていた5時間目の社会の授業。

 その知らせは唐突にやって来た。



『大門くん! お父さんから連絡よ! 職員室へ急いで!!』



 教室に飛び込んできた担任の言葉と表情を、今でも鮮明に覚えている。

 職員室の電話までの間に感じた胸騒ぎも、それが現実になった時の喪失感も、まるで昨日の事のように思い出す事が出来た。もしかしたら俺の時間は、あの時から全く動いていないのかも知れない。



『母さんが――――事故――――危険な――――』



 その一本の電話を皮切りに、俺達の人生の歯車は狂っていった。

 絆の無い家族ならば、母を失った傷も浅く済んだのだろう。それこそ何処かの国の、誰かが死んだというニュースを聞いたかのように、関心もなく普通に生きていけたのだろう。そうだったら、どれだけ幸福だったことか……。


 母が死んでから、依頼が激減したと父から聞かされた。

 世の中が望んでいたのは母の方の才能だったらしい。それからは、「何で俺じゃ無かったんだ?」が父の口癖になった。


 遂に父は仕事を辞め、母の遺した生命保険金で豪遊するようになっていった。

 会話の無くなった家庭から逃げるように、幸せな時間を思い出すのを拒むように、父は毎日家を留守にする。俺は腐っていく奴から目を背けるようになり、やがて表情を失った。


 だが俺は親父とは違う。

 不幸を笠に着て、腐ったりはしなかった。

 生前に母と交わした、ある“約束”があったからだ。



『いけ~! あっ! アチャ~! ボール球に手を出しちゃったか~』



 テレビで甲子園中継を見ながら、良く知りもしない野球の試合に口を挟む母。

 その姿は我が家の夏の風物詩となっていた。スポーツなど全くしない母だったが、何故か甲子園中継だけは欠かさず見ていたのだ。



『光も高校に入ったら、野球部に入りなさいよ? そしたらお母さん、甲子園会場まで応援に行くから!』


『じゃあ、ピッチャーになって優勝するよ。そしたらデザイナーの仕事も増えるよね?』


『あら! 言ったわね? 約束よ?』



 他愛もない。本気でもない約束。

 だが俺は、それにすがることで正気を保ったのだ。

 

 その約束を思い出してから、俺はがむしゃらに野球に打ち込んだ。

 我の事ながら、鬼気迫る勢いだったと思う。毎日毎日。朝から晩まで野球の事を考えて、手に入る金の全てをバッティングセンターにつぎ込んだ。高校に入ってからも、それは衰えるどころか、ますます苛烈さを増していった。


 そしてようやく。

 入部して三年目にして、俺はようやくエースピッチャーとなる事が出来たのだ。

 母との約束の時まで、もう少しの位置にまで到達することが出来たのだ。


 俺は腐った父とは違う。

 自らの手で輝かしい未来を手にする。他殺教習所に足を運んだのも、就職に有利だという点と、居たくもない家に帰る時間を遅くしたいからだ。

 

「俺は親父とは違う」


 時間が迫っているのを腕時計で確認した俺は、そんな言葉を吐きながら図書室を後にした。




♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥




 部活終了後に他殺教習所に通いだしてから、何度目かの実技教習。

 俺は別棟にある、“射撃訓練場”へと赴いていた。


「それでは、今日お二人には射撃を体験して頂きます。毒殺に次ぐ人気の他殺方法ですね。流石にこの教習は大勢では出来ないので、少人数での教習となります」


 凶器保管所の裏にある、防音設備の整ったシューティングレンジ。

 テレビで見たことがあるような、かなり本格的な射撃場だ。的がマネキンである事を除けばだが……。


 初回時に貰った携帯電話で、希望した時間に予約を入れるだけ。

 それだけでこうして教習を受けられるのだから、便利なものである。ただ一つ欠点があるとしたら、携帯電話の画面からは、一緒に受ける生徒を見れない事だろう。


「邪魔だよ、ハゲ」


 このやたらと態度の悪い女子高生がもう一人の生徒だ。

 彼女は俺を突き飛ばすようにして前に出て、さも嬉しそうに実銃を握っている。コレには中年の教官も苦笑いを浮かべていた。


「それじゃあ先にこの子に教えるから、君はその後で」


「……押忍」


 教官から貰ったイヤーマフを着け、近くのベンチに腰掛けて自分の番を待つ。

 喜々として銃を撃つ女子高生をぼんやりと眺めた後、何とはなしに首を右に捻った――――その時。


「どうも」


「うわっ!?」


 いつの間に現れたのだろう?

 隣に座っていたスーツの男に、俺は軽い驚きの声を上げた。

 

 帽子にスーツに靴。天辺てっぺんから足先まで黒ずくめだ。

 だからこそ、両手の白い手袋が嫌に目立っている。温厚そうな表情をしてはいるが、俺は男に何処か得体の知れないモノを感じていた。


「お教えしましょうか? 射撃」


 男は手持ち無沙汰だった俺に、射撃の教授を申し出る。


「ん……えっと……。お願いします」


 女子高生と教官はまだまだ掛かりそうな雰囲気だ。

 特に断る理由も思い付かなかった俺は、謎の男の授業を受ける事にした。



「人差し指はフレームの上に……そうそう。体は自然体で首は真っ直ぐ、銃は目線まで持ち上げて」


「……押忍」


「目は開けて良いから。うんうん、良い感じだ。安全装置は分かるかい? 心の準備が出来たら、マネキンの胸を撃ってごらん」


「胸……。頭じゃないんすか?」


「頭は的が小さい上に良く動く。それに比べ、胸なら外れても体の何処かには当たる可能性が高いからね。当たってしまいさえすれば、次の弾で確実に命を奪えるだろ?」


 確かに男の言う通りかも知れない。

 照準をマネキンの頭から胸へとずらし、俺はトリガーに指をかけた。


「うおっ!?」


 想像以上の衝撃と爆音。

 イヤーマフを装着しているというのに、その音の凄まじさは容易に理解できた。


「うん。初めてにしては上出来だよ」


 男が何かの操作をしたのだろう。

 遠くにあったマネキンが、こちらの方へとスライドしてくる。どうやら、マネキンを固定している台が動く仕組みになっているようだ。1m先で止まったマネキン。その右肩の部分には、俺の放った弾による銃創が確認出来た。


「実際に免許を行使する際は、サプレッサー付きの銃を使用するので音はここまで酷くないよ。あとそうだね、本気で相手を殺すつもりなら――――」


 マネキンの位置を戻した男は俺から銃を受け取ると、堂に入った構えで照準を合わせる。そして、二度破裂音を響かせた。


「今のように連続して撃つんだ。それだけで仕留める確率はグンと上がる。まあ、試してみてよ」


「押忍。有難うございました」


 俺が頭を下げると、男は満足顔で去って行った。




♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥♤♦♧♥




 その後。


 特に苦労する事も無く他殺免許資格を取得した俺は、もう一つの資格も手に入れていた。即ち、甲子園で登板出来る資格である。聖天学園野球部は予選を順調に突破し、甲子園までの切符を勝ち取ったのだ。


 人生にバイオリズムというものが存在するならば。

 俺の人生は上がった後で大きく下がり、そしてまた上がっているのだろう。『大門 光』という名の帆船は追い風に乗り、何処までも何処までも真っ直ぐに進んでいく。


「大門! 甲子園でも頼んだぜ!」


「大門くん! 絶対応援するからね!」


 今まで視線すら合わさなかったクラスの連中が、自分の方から俺に声を掛けてくる。そんな言葉を聞く度に、もっと大きな声で言って欲しいと俺は思った。そうすれば、天国の母にも聞こえるかも知れないからだ。



「もう少しで甲子園か」


 ある日の夕刻。

 鼻歌混じりで帰宅した俺は、アパート前で意外な人物に遭遇する。


「…………親父?」


 いつも夜遅くに帰るはずの親父が、何故この時刻に?

 俺は顔を合わせたくない一心から近くにあった壁に身を隠し、何処か違和感を覚える奴の様子を覗った。親父は挙動不審な動きで周囲を見渡し、やがて足早にその場を去って行く。


 こんな時間に帰って来ていたのにも驚いたが、それよりも気になったのは親父の居た場所。奴が立っていたのは、間違いなく郵便受けの前だった。


「まさか……な……」


 何なのかは分からなかったが、親父は何かを大事そうに抱えていた。

 そしてそれは――――俺には封筒のようにも見えたのだ。


 


 バイオリズムが、



 乱れていく音が聴こえた。







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