Case3 音艫 ティアラ④
男に襲撃された翌日の昼。
あたしは他殺教習所へと足を運んでいた。
「めんどくせぇ。ハイ書類」
「はい、確認致しました。これで手続きは完了となります。お疲れ様でした」
「どーも」
昨日あたしの携帯電話に届いた、『教習所の凶器を使用した場合は、直ちにその用途や使った場所を申請して下さい』のメール。そんなルールの所為で、再びここに来ることになってしまった。
受付では昨日来なかった事について怒られたし、10万受け取る前にこんな場所まで足を運んだりと、まさに踏んだり蹴ったりだ。午後呼び出す予定の小鐘には、金の他にもたっぷりとストレスのはけ口になって貰わなければ割に合わない。
「お腹空いた。食堂にでも行くか」
ここのメシは安くて美味い。
あたしは腹の虫の声に従って、教習所一階の食堂まで移動することにした。
「ケッコー混んでんじゃん。マジだりぃ」
今日が土曜日である事と、昼時でもある事が相まってやたらと食堂内に人が多い。券売機の前で列になっている奴等を見ると、うんざりとした気持ちが込み上げてくる。ストレスは溜まる一方だ。
こんな気分の時に素直に列に並ぶのは、馬鹿のすることに違いない。
「しつれ~い!」
列に小さな隙間を見つけたあたしは、遠慮なくその間に割り入った。
「なんだよお前? 順番守れよ!」
「はぁ? あーし最初にここに並んでたんだし? ちょっとトイレ行ってただけですけど?」
「こっちはずっと並んでたんだよ! お前なんか知るか!」
「聞こえな~い」
文句を言ってくるウザい男の言葉を無視し、あたしは前を向いた。
手も出せず歯ぎしりをする連中の視線を背中に感じ、優越感が湧き上がる。強者はルールなんかに縛られたりしない。
「あの~? もしもし?」
「あ?」
悦に浸っていると、誰かが横から肩を突っつく。
礼儀知らずなその態度に苛立ちながら視線をスライドさせると、そこには見覚えのある黒ずくめの男が立っていた。
夏場だというのに手袋をしたその男は、人懐っこい笑みを浮かべて語り掛けてくる。
「教習ナンバー37564番。教習名・アーサーさんですね?」
「そうだけど? なんか用?」
確かにそれはあたしが最初に設定した教習名で、ナンバーも一致している。
怪訝な顔を黒ずくめの男へ向けたが、男は全く動じず言葉を続けた。
「貴女に対して色んな生徒から苦情が寄せられています。今だって列に割り込みをしましたよね? この教習所内で生徒として行動するからには、周囲との強調を――――」
「うっせーな」
この教習所の職員なのだろう。
確か一番最初に他殺教習所に来た時、あたしが突き飛ばしたババアを介護していた男だ。学校の教師のような事を言ってくる上に偽善者。この上なくウザい。
「まあまあ。ここは一つ私の顔に免じて――――」
「こっちはテメエらに呼ばれたから来てやってんだ! そっちがこっちに合わせりゃいいだろ!」
「あいたっ!」
あたしが男の肩を小突くと、黒ずくめの男はふらふらと後ろによろめき、置いてあった観葉植物と共に盛大に倒れ込んだ。当然のように集まる周囲の視線。その中から一人の中年男が飛び出して、慌てふためいた顔で黒ずくめの男へと声を掛ける。
「だ、大丈夫ですか!? 『所長』!」
「ああ。勿論、大丈夫だよ」
中年男の言葉に、所長と呼ばれた黒ずくめの男は服を叩きながら立ち上がった。
「あ、あんた所長なの?」
あたしは目を大きくして、素っ頓狂な声を出す。どう老けて見たって、その男は30代前半ぐらいまでにしか見えない。まさかこの場所の頂点だなんて、思っても見なかった。
「はい。他殺教習所、所長の『鷲羽 蔵人』と申します。私には授業というコミュニケーション手段がありませんので、普段はこういった場所で生徒と交流を持っています。アーサーさん。今日は特別に私の有り難い言葉を贈りましょう」
「はあ?」
展開が飲み込みきれず困惑顔を浮かべるあたしに、男は顔を近付ける。
そして鷲羽蔵人はあたしにだけ聞こえるように、
「孤高の王として生きるのも良いですが、人望と云う名の凶器を甘く見ない方が良い。今から起きる事を教訓に、これからも頑張って下さい。まあ、“生きていられたら”という前提の話ですが」
と耳元で囁いた。
そして人懐っこい笑顔を浮かべてから、中年男とそのまま食堂を去っていく。
後に残ったのは男の残した不吉な言葉と、あたしを見る周囲の視線だ。
「な、何見てんだよ!!」
叫ぶことによって、体に纏わり付く視線を払いのけようとしたが、その試みは失敗に終わる。食堂に集まった比較的若い生徒達は、依然としてあたしに心地の悪い視線を投げ掛けていた。そして、状況は更に悪化の一途を辿る。
「お前さぁ。いつも授業中に文句言ってた奴だろ? うるさくて全然集中出来なかったんだけど?」
近くの席に座っていた男子学生が、あたしにイチャモンをつけてきたのだ。
しかもそれだけでなく――――
「ああコイツあれだわ! 試験中に指で机を叩いてた奴だ。その所為で試験落ちてやり直しだぜ。どうしてくれるんだよ?」
それに同調するかのように、他の奴まで非難の言葉をあたしに言い放ってくる。
「はあ!? テメェらがバカだっただけだろ? あーしのせいみたいに言ってんじゃねぇよ!」
いい加減にキレたあたしは、がなり声で連中を否定した。
しかし学生風の男には、全く堪えた様子など無い。携帯電話をのんびりと取り出し、操作まで始める始末だ。
「あ? テメェなにシカトこいてんだよ? 人に言いがかり付けといて詫びもなしかよ?」
男に顔を近付けてそう凄んでも、「まあ待てって」と一言。
そのなめきった態度に、あたしが再び怒声を上げようと思った――――
――――――そんな時。
「………………え?」
食堂内に、不吉なメロディーが鳴り響く。
最近聴いたばかりの、あの“警報音”だ。
そして周囲の奴等が一斉に自身のポケットや鞄に手を入れ、真剣な表情で携帯電話を取り出し、明るくなった画面を確認する。そんな中でメロディーは鳴りを潜め、次に無機質な機会音声が辺りにばら撒かれた。
『あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ』
機会音声が警告を告げる食堂内で、周囲の連中は次々と安心を顔に浮かべる。
あたしはその音声が誰の携帯から流れて来ていたのか? 頭の片隅で、薄々分かっていたのかも知れない。
「く……くそ!!」
バッグの中から取り出したあたしの携帯電話の画面には、くっきりと『警報』の二文字。その申請が誰の手によって提出されたのか。既に見当はついている。
「テメェ!! ふざけんな!!」
男子学生の胸ぐらを携帯を持っていない方の手で掴み、先程よりも声を荒げる。皆が慌てた顔で携帯電話をチェックする中、コイツだけは余裕の表情を浮かべていた事にあたしは気付いていたのだ。
「なに? 殴んの?」
右拳を振り上げたあたしに、男は表情を全く変えずにそう返した。
そして男子学生はドスの利いた声で、
「殴っても良いけど、その時は時間かけて殺すぞ? 苦しんで死にたいなら殴れよ」
そんな脅し文句を吐いた。
あたしは男の冷たい瞳とその言葉に、右拳を振り上げたままで動けなくなる。
だが、ここで引くのは『弱者』のする事に他ならない。
せめて一矢報いる為、あたしは胸ぐらを掴んだ手を解き、男を睨みつけて言った。
「それで優位に立ったつもりかよ? こっちはもう、一人を“返り討ち”にしてんだ!! テメェごときが襲ってきても、逆に殺して――――」
毒を吐こうとしたその時。
またもあのメロディーが鳴り響く。今度のそれは、あたしのすぐ側から聴こえた。
「は、はあ?」
恐る恐る顔を音の方へ向けると、やはりと言うべきか?
あたしの携帯にはまたも大きく『警報』の赤文字。一人が他殺申請を出せるのは、他殺を失敗しない限り一年に一つまで。つまりもう一つの申請を出したのは、目の前の男ではないという事になる。
「誰だよくそが! この中の誰かだろうが!!」
メロディーが機会音声に変わる中で、男から手を離したあたしは叫びながら周囲を見渡した。すると一人、手を上げている女が視界の隅に飛び込んでくる。中学生ぐらいにしか見えないその女は、感情の無い瞳をこちらへ向けていた。
「おめぇ……どういうつもりで……!」
「理由? 理由なら簡単だよ。あんたが私にケンカを売ったから」
「はぁ!?」
メスガキの言ってる事が理解出来ない。
あたしがコイツに何をしたというのか?
困惑を顔いっぱいで表現したあたしにも分かるように、女は言葉を更に重ねた。
「所長はこんな私でも優しく接してくれるとても良い人なの。そんな人の教習所で好き勝手やったり、挙句の果てに突き飛ばしたり……。あんた目障りだから死んでよ」
「ふ……ふざけ……」
あたしはここでようやく気が付いた。
殆ど力を入れていないにも関わらず、奴が倒れたその理由に。所長はこうなる事を予期した上で、わざと大袈裟にコケて弱者を演じたのだ。
「あ、あの野郎!!」
しかしもう遅い。
いくら真実を話そうとも、こちらを睨む周りの奴等が耳を貸す筈がないからだ。
顔を青くするあたしに、さっき列に割り入った時に揉めた男が声を掛けた。
「お前バカだろ? 他殺教習所は“地球上のどこよりも協調性が大切な場所”なのによ。お前みたいに好き勝手やる奴は、ココにはいらねぇ」
そんな言葉を吐き捨て、男も携帯電話を操作する。
そして――――三度鳴り響く、もう覚えてしまったあのメロディー。
「…………やめろよ」
あたしの言葉に従う奴は、この教習所内のどこにも居ない。
それどころか、男に触発されるかのように――――皆が携帯電話の操作を始める。
『あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ』
「……やめ……ろ……」
『あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ』
「……やめて……よ……」
『あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ』
「…………やめてよ!!!!!!!!!!」
あたしの命令は、誰にも――――――
『あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに』
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X月X日
教習所別棟。『死体安置所』。
そこで働く初老の男性職員は、新しく送られてきた遺体を見て顔を顰めた。
「何だぁこりゃ!? 打撲の痕に刺し傷に……おいおい、銃創まであるじゃないか! 一体何人に襲われたってんだ?」
職員の前にあるのは、見るも無残な誰かの死体。
書類には女子高生とあるが、最早それを判別するのも難しい。この場所に務めて多くの死体を見てきた男性職員でも、ここまで酷い状態を見るのは初めての経験だった。
「顔にいたっては焼かれてまでいるし……。くわばらくわばら! こんな殺され方だけはしたくねぇな」
男性職員はそう言って手を合わせると、『人だった物』の顔に白い布を被せる。
その姿は皮肉にも、彼女が踏み潰した――――名も無き花のようだった。




