Case3 音艫 ティアラ②
※胸糞注意!
「どけよババア!」
あたしは教習所の入り口でうろうろしていたババアに怒鳴り声を上げた。
道を塞いでる自覚も無ければ、ここまで足を運びながら踏み入れる勇気も持ってない。そんなゴミに、この場所の敷居を跨ぐ権利なんかあるもんか。
「す、すみませんすみません。キャッ!?」
「どけっつってんの!」
要領も最悪。
避けろと言ってるのにその場で謝りだすババアを、あたしは薙ぎ払うかのように突き飛ばした。小さな悲鳴を上げて地面に倒れるババア。そんなに力を込めた訳じゃないのに、その転倒具合はやたら大袈裟。自分を支える力すらない非力具合といい、ここまでくれば笑いさえ込み上げて来る。
「勇気もねぇ奴がこんなとこ来てんじゃねぇよ」
「すみませんすみません!」
この場所は、あたしのような強者の為の場所だ。
弱者なんか、立ち入りさえ禁止にすればいい。あたしは軽蔑の視線をババアに投げ掛けた後で、他殺教習所の中へと足を踏み入れた。
受付で黒い手紙と学生証を提示し、その手紙が冗談の類では無いことを知る。
機械操作の為に受付を離れたあたしは、意味もなく走らせた視線の先で、さっきのババアが黒ずくめの男に介抱されている姿を見つけた。
「誰かに支えて貰わねぇと立って歩く事も出来ねぇのかよ? ゴミだな。生きる価値もねぇわ。あーしがだいとーりょーなら間違いなく駆逐対象」
教習所もランダムじゃなく、人を見て選んで欲しいものだ。
あんな弱者では、誰かを殺す気すら起きないに違いない。
「まっ! ど~でもいいか」
ゴミに関わるほど暇じゃない。
あたしはATMのような機械のあるボックスに入った。
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登録を済ませたあたしは、外見も年齢も全然違う数人の生徒と一緒に、冴えないオヤジ教官の授業を受けていた。取得までの流れや注意事項など、学校の授業よりも真剣に聞いたかも知れない。
そして授業は途中で30分程のVTRを挟み、携帯電話とバッジを配った後に最終段階へと移行した。
「初回講習はこれで終了となりますが、質問のある方はいますか?」
教官の告げる最後の質問を聞いたあたしは、左手で頬杖をつきながら右手を上げた。気になるコトは最初に聞いておくに限る。
「しつも~ん! 殺せる人数って、本当のホントに一人だけなんすかぁ~? 一年で一人って少な過ぎると思うんですけど~?」
あたしの質問に教官だけでなく、数人の生徒達も目を丸くする。
良い子振りやがった連中には虫唾が走る。
お前らだってデス○ートがあれば、嫌いな奴の一人や二人書くに決まってるだろうが。
「えっと……一応。一人までですね……」
「んだよ超つまんねぇ~!」
一年でたったの一人。そんなんじゃ全然満たされない。
嫌な教師。
付き合いの悪いクラスメイト。
態度の悪かった店員。
両親だって、時々殺したいほど憎く感じる事もある。
やはり一人じゃ全然足りない。
あたしは眉を顰めてため息を吐いた。
「……まあ人を殺しても、てカウントされない場合もありますけどね」
「マジで!? どうやんの!!」
「あ……聞こえてしまいましたか……」
目を逸らした教官がそんな台詞を呟いた場面を、あたしは見逃しはしなかった。教官は悩む仕草を披露してから、たっぷりと時間を掛ける。そして何かしらの葛藤を終えたようで、意を決したように口を開いた。
「先程も軽く説明しましたが、『正当防衛』という教習所のシステムです。誰かの襲撃で命の危険を感じた場合に限り、自己防衛が可能となるシステムですね。もちろん襲撃の証明の為にバッジはつけて頂きますし、凶器も当教習所からレンタルした物に限ります」
「はっ? 襲われた時だけ?」
明らかな不満の声を出したあたしに言い訳するように、教官は大量の汗をかきながら補足を加える。
「い、いやいや。『そんな機会ねぇよ』と感じる方も多いと思いますが、これはあながち馬鹿に出来ないシステムなんですよ! 生徒同士による他殺は年間何件もありますし、正当防衛を行使した方もおられます」
教官はそこまで話した後で、「しまった」と言った顔を浮かべる。
あたし以外の生徒が、教官の話で不安を抱いてしまったのだ。当然だろう。誰だって、自分が殺されるのは嫌に違いない。
「み、皆さん安心して下さい! 教習所の関係者には特別な措置として『通知』というモノがあります! コレは生徒間で他殺申請が出された場合、その通知が“申請された側”の携帯電話に来るというモノです。なのでいきなり殺されるような事態になりません。隠れても良いですし、正当防衛を行使されても構いませんので!」
もはや泥沼。
今更何を言ったところで、生徒達の疑心暗鬼を拭う事は出来ないだろう。
だがあたしは他の奴等みたいに怯えたりしない。身を守る事も、強者の証だからだ。
「結局自分から殺れるのは一人だけか。まっ! 殺るのだけが免許の使い道でも無いし……。正当防衛も出来るなら問題ねぇわ」
あたしは支給された携帯電話を握りしめ、免許取得の日が早く来る事を心から願った。
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そして一ヶ月後。
あたし達のグループは聖天公園に来ていた。
目的はモチロン。
「ね、音艫さん……なんで……?」
「小鐘ぇ。一ヶ月も声を掛け無かったけど、安心だった? 用事があったからゴメンねぇ? コレからは今まで以上に呼び出し掛けっから!」
笑い声を上げるあたし達とは逆に萎縮する小鐘。
その姿が実に痛快で、更なる笑いが込み上げて来る。やっぱりコイツほど虐め甲斐のある人間はそうはいない。
「で? ちゃんと電話で伝えた通り、10万持って来た?」
「そ、そんな大金……持ってません」
コイツが最初に拒否するのも計算に入れている。
というか、そうでなきゃ面白くない。あたしは小鐘の怯えた瞳を覗き込んだ後で、「あ?」と声に凄みを利かしその胸ぐらを掴んだ。
「あーし今月の小遣いピンチだって伝えたよねぇ? 何あんた? 友達が困ってんのに助けたいとか思わねぇの?」
「黄金虫マジサイテー!」
「自己チュー過ぎキッモ!」
周りの腰巾着共も一緒になって小鐘を非難した。
すると彼女は俯いて涙を零し、ただ口唇を噛んで耐え忍んでいる。
そう。
弱者はそんな風に我慢して、強者が自分から興味を無くすのを待っているのだ。そんな奴から金を搾り取るには、立場を弁えさせる必要がある。あたしは持参してきたバッグから財布を取り出した。
「……えっ?」
あたしの仕草に、小鐘は不思議な表情を浮かべる。
それはそうだ。金を集ってるあたしの方が財布を取り出したのだから。だけどそんな顔が出来るの少しだけ。もう少し経った時のその顔が本当に楽しみだ。
「コレ。何だか分かる?」
小鐘の目の前に差し出した“あるカード”。
それが何なのか理解出来ない彼女は、首を傾げて不思議な顔を継続する。
やっぱり、言わなきゃ伝わらないようだ。
「このカードね? 『他殺免許資格』の取得を証明するカードなの。ここまで言えば、どんだけとろ臭いアンタでも分かるよね?」
「ま……まさか……他殺教習所……の!?」
見る見るうちに青褪めていく小鐘。
まるで印籠を出す場面のようで、凄く気分が良い。
「そう! つまりあーしは、アンタを殺しても罪に問われないのよ。それでも小鐘わぁ、お金を寄付してくれないの?」
「マジ半端ねぇ!」
「さっすがティアラ! マジ神ってるわ!」
遂に小鐘は、目に見えるぐらいガタガタと震えだした。
そして当然の如く震える声で「わ、わかった」と、了承の声を出す。
「やっぱ持つべき者は友達よねぇ! 明後日までに用意してくんない? あっ。別に10万よりも多くて良いからね?」
そしてギャハハと笑うあたし達。
小鐘は最早恐怖を通り越して、魂の抜けたような表情をしている。
顔色は白に近い。
フラフラとした足取りで公園を去る彼女の背中に、あたしは一言――――
「明後日までに用意しなかったら、アンタの家族殺すから。じゃ、よろしくねぇ~!」
そう言葉を贈った。
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「あ~サイッコー! あの小鐘の顔……ぷっ! ククク。もっと虐める奴を増やそうかなぁ~?」
何も人殺しをしなくても、免許はこうして脅しにも使えるのだ。
そうすれば、多くの人間の苦しむ顔が見れるだろう。スリルも楽しめ加虐心も満たせる。更に金まで。こんなに楽しい事は他に無いだろう。あたしは他殺免許を持っていない者を哀れに思った。
「豪運だって強者の証。恨むなら運が悪い自分を恨めってね」
自室のベッドに横になったあたしは、次のターゲットへ思いを巡らす。
正にそんな時だった。
“あの音”があたしの部屋に鳴り響いたのは――――
「あ? 何だこの音?」
突然、何処からともなく響いた何かのメロディー。
それは地震が起きる時に鳴る、携帯電話の警報に良く似ていた。
「……違う」
咄嗟にベッドの脇で充電していた携帯電話を手に取ったが、その画面は通常そのもの。頭上に疑問符を浮かべ首を捻ったあたしだが、その答えには直ぐに辿り着く事が出来た。普段使用しているこの携帯電話以外にも、あたしはもう一つ携帯電話を持っている。
「やっぱり!」
口の開いたバッグから、教習所で支給された携帯電話を取り出したあたしは、その画面を見て声を上げた。四角の小さな画面には、『警報』の二文字。こんな表示を見るのは初めてである。
「何なんだよ! 鳴り止めよコラ!!」
あたしの怒号に驚いたかのように、不吉な音は鳴りを潜める。
だが安堵した次の瞬間。そのメロディーに代わり、今度は無機質な機械音声が携帯電話から声を発した。
その内容は――――――
『あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ。あなタに、教習生ヨリ、他殺申請書が提出されまシた。注意シて下さイ』




