第一章 チュートリアル 暗闇と追われる者
残り一時間と10分。
俺はスマホ画面に表示されたタイマーを確認してすぐに消した。
場所は部室棟1階への階段を降りたところ。
マップで見たところだとここの校舎は1階も壁とドアに遮られ、直接校庭とは繋がっていない。
階段の隅から覗いてみても、廊下は壁と教室に挟まれている。
とはいえ校庭側の壁は大きな窓がずっと並んでいて、内からも外からも丸見え状態。
校庭にはいまだ化け物がいるはずで、見つかったら窓を破って入ってくるかも知れない。
息を飲んでそっと暗い廊下にスニーカーの足を踏み出す。
美術部の部室を出た後から気づいたのだが、建物内は暗い。
もちろん電気のスイッチを付ければ明かりはつく。
そのことはすでに正面玄関で確認済だ。
けど室内の明かりがつくと、外からはよりいっそう丸見えになる。建物内の他の場所からも窓から確認できるだろう。
ーー今この状態で明かりをつける勇気はないよな。
正面玄関の時とは違い建物に入ってしまえばひと安心、ではなくなっている。内側にもいるのだから。
ーーたぶん人数の違いもあるか。
やはり数がいるということは多少なりとも人に安心感をもたらすものということか。
「やっぱり暗いッスよね」
階段の手すりから頭だけを出してジャージーー杉浦智基という名らしい、俺より背も高いし同じ年くらいかと思っていたがまだ中学三年生の15才になったばかり。
陸上部に所属していて、学校近くの河原をランニングしている途中気が付けばやはり校庭にいたとか。
「そりゃそうだろ。けど電気つける勇気はないだろ?」
「いや、じゃなくて。さっきから思ってたんですけど、周り暗すぎないですか?」
智基の言葉に目から上だけを出して窓の外を覗いた。
仄かな月の明かりだけが光源の広い校庭。
数メートル先はすでに暗闇に隠れて見えない。
目に見える位置に化け物はいない。
その事実にホッとしつつも、俺は智基の言う「暗すぎ」の意味に気づいた。
「暗すぎ」るのだ。
いくら校庭の敷地が広いにしても外周には普通外灯なりが設置されているものだろう。
付近にまったく住宅がないのもさすがに不自然だし。
あるなら家の明かりなり、店の明かりなりビルの明かりなり、道路の信号機の明かりなり外灯なり何らかの明かりがあって当然で。
なのに、見えるのはまったくの暗闇。
「ゲームのなか、だからッスかね?」
「さあ、ま、今は気にしてもしょーがない。それより早く武器になりそうなもの探すぞ」
「うぃッス」
暗闇から目を反らして智基と二人、廊下を中腰で進んで行く。
時おりスマホを機動させて現在地と赤い光点の位置を確認しながら。
予想していたとおり1階に並んでいる部室は運動部のものが多い。
グラウンドや体育館を使用する運動部が移動のしやすい1階に割り当てられているだろうと来たのだが、正解だったようだ。
『柔道部』
『剣道部』
『空手部』
『相撲部』
並んでいる部室のプレートを確認しながら進む。
「このあたりは格闘技系のが並んでるんスかね」
「……ああ」
ひそひそと話しながら廊下を半分ほど進んだ、その時。
ガタガタという机を激しく動かすような音とドアを開け閉めするような音が頭上から聞こえてきて、俺は顔を上げた。
「1体2階にいるみたいです。今奥の階段近くの部屋に……どっちに来ますかね?」
スマホでマップを確認した智基が言う。
リーマンたちがいる3階か、俺たちがいる1階か。
「……やっぱり彼女誘った方が良かったんじゃないッスか?」
考え込む俺の様子をカスミちゃん(?)を心配してのことと思ってか、智基が言うのに、俺は頭を振る。
「いや、本人が残るのを決めたんだし、正直ちゃんと守ってやれる自信もないのに俺の方から一緒に来いとかは言えないよ」
俺は美術部での騒動のあと、リーマンたちと別れて部屋を出た。
指導員である二人と行動した方がホントは賢い選択ってもんなんだろうけど、おっさんやチンピラを囮にするリーマンのやり方はどうしても信用がならない。
次にああなるのが自分じゃないって保証がどこにある?
しかもそれが他にどうしようもなかった結果でなく、ただリーマンの気に触ったとそれだけのことで。
「出ていく」と立ち上がった時はものすごく緊張したけど、リーマンたちは特に何も言わないししなかった。
勝手にしろ。とそういうことだったんだろう。
去る者は追わず、かな。
カスミちゃん(?)はしばらく俺の服を握ったままで、戸惑い気味に俺の顔を見上げてたけど、やがて手を放してまた俯いてそのまま動かなかった。
「俺からしたらおまえがついてきた方にびっくりだよ」
そう、一人で部屋を出ようとした俺の後に智基がついてきたのだ。
「いやぁ、さすがにあんなの見たらあの人たちに引っ付いてるのもちょっとね。けど一人で抜けるのもちょっと……って思ってたとこだったんで渡りに船っていうか」
アハハ、と笑う。
ま、ずいぶん引きつった笑いだけど。
「ま、一人じゃないのは心強いよ」
「俺もッス」
俺も軽く笑い返していると、また大きな物音と今度は悲鳴が聞こえて二人して固まった。
「……今の声」
「おっさんですよね?」
足を砕かれて階段の下に落とされた作業着のおっさん。
ーー化け物に見つかったのか。
あの状態で逃げられるわけがない。
つかまって……。
ゾクッと悪寒が爪先から這い上がってくる。
「………うっ」
想像したのか、すぐ後ろから嗚咽を抑える智基の気配。
俺は慌ててスマホでマップを出し赤い光点の位置を確認する。
光点はこの先の階段を上に上がっているようだ。
「化け物は3階に向かってる。急ごう」
もう1つの光点はまだ職員棟の3階付近をうろうろしている。
マップを信じるなららしばらくは会わないはず。
俺たちは頷きあって足を早めた。