第一章 チュートリアル 過去
3階。
西校舎、部室棟。
「チュートリアルだよ」
ーーあ、俺らは違うけどな。
リーマンは窓際の席に座って足を机の上に投げ出しながら言った。俺ら、のところでチェーンソーのイケメンをチラ見する。
迫りくる化け物から逃げ出して校舎に入った俺たちはリーマンの後について3階まで階段を上がり、そこから渡り廊下を通って部室棟、と入り口の案内板に書かれた棟に入った。
いくつも並ぶ中小の部屋の中からリーマンが選んだのは部屋が二つ並んで内側のドアで繋がっている部屋。
ドアの表には『美術部』のプレート。
通常の教室を一回り小さくしたような部屋が実習室。
その横の半分程のサイズの小部屋が倉庫になっている。
リーマンは部屋に入るなり廊下に続くドアをどちらも施錠し、部屋を繋ぐドアは逆に開け放した。
部屋の中には8名の男女。
男が6、女が2。
訳知り顔が二人。
訳がわからず混乱気味なのが四人。
イラついて今にも訳知り顔二人に食ってかかりそうなのが一人。
チンピラ風の若い男だ。
チンピラは部屋の中をうろうろしながら時折ガンガンと机に八つ当たりしていた。
目前の脅威が去って、恐怖が苛立ちに代わったというところか。
俺はというと自分でも意外なほど落ち着いている。
ついさっき死にかけたわりには比較的冷静に周りを観察しているくらいに。
ただ感覚が麻痺しているだけかも知れないけど。
隣には床に蹲って俯いているカスミちゃん(?)。
「あんたら、ゲームアプリにログインしただろ?」
ーーゲームアプリ。
「……え?」
ーーした。
けど、バグってるのか先に進まなくて。
そのまま。
×××××××××××
思い返すのは一月ほど前。
通っている県立高校の校舎。
その屋上。
俺はその日、一つ年下の幼馴染みで学校の後輩でもある香織にそこに呼び出された。
香織は頭もそれなりにいいし、顔もかなり可愛い。
150センチそこそこの小柄な身体にフワフワの猫っ毛、大きな黒目がちの瞳。
穏やかな雰囲気と人当たりの良さ。
派手な見た目ではないし、特筆して目立つ存在というわけではないが校内にはファンも多い。
高校に進学してからは女らしさも出てきたということで、告白されたことも一度や二度でないらしい。
全て断っているようだったが。
そんな香織と比べて俺は絵に描いたような平々凡々だ。
頭も普通。顔も普通。
身長だけは175とそこそこ高いが、体力測定で座高を計ったさい聞こえてくる周りの奴らより少々足が短い気がしてこっそり涙を飲んだのは誰にも言えない秘密。
そんな俺に。
「好き」
香織はそう告げてきた。
正直、もしかして……とか思ったことはあって。
だけどまさか、とも思っていた。
思いたかった、かも知れない。
困ると、思っていたから。
俺にとって香織は幼稚園に入る前からの大事な友達で。
家族ぐるみの付き合いのあるご近所さんで。
大事な『妹』だった。
「……その、ワリイ」
そんなことしか言えなかった。
ダチの中には告白されたらとりあえず付き合ってみるという奴も少なくない。
今は『妹』でも付き合いを続ける内にその気になるかも知れない。そう言う奴もいるだろう。
だけど俺の中ではそれはないって思ってて。
大事な相手だからこそ、適当な気持ちで付き合うとかはムリで。
そんな俺の気持ちに香織は気付いてたのかも知れない。
もしかしたら告白する前から。
「だよね」
泣き笑いのような表情でだけど笑った香織。
「ごめん」
昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「きっと後でもったいないことしたなあって後悔するんだからね。スッゴいイケメンの彼氏そのうち紹介してやるから」
「……うん」
「ほら、五時間目遅刻しちゃうよ。先、行ってて?」
いたたまれない気持ちで、俺は屋上を後にした。
香織を置いて。
あの時。
香織を一人にしなかったら。
香織はーー。
いなくならなかったのだろうか?
香織が学校から帰っていない。
そのことを知ったのは深夜近くになってからだ。
連絡もなしで帰りが夜中になったり外泊したりしたことがなかったため、心配した香織の両親が知り合いに電話を掛けた。
電話を受けた知り合いから別の友人に、あちこち連絡を繋ぎ。
けど誰も香織がどこにいるのか知らなかった。
わかったのは俺と屋上で別れてから、香織は教室に戻っていなかったということ。
翌朝になっても、夜になっても、香織は戻らなかった。
俺は。
屋上でのことを誰にも言い出せなかった。
最初はなんとなくただ言い出しにくくて。
結局は友達の家にでも行っているのだろうという希望的観測もあって。
そのうち言い出すタイミングが掴めなくなって。
二日、三日と過ぎ。
一週間が過ぎたころには、香織は事件に巻き込まれたのではないか、あるいは自殺しているのではないか。
『自殺』
それを聞いた時、正直恐くなった。
最低だ。
俺は香織が自殺したのかも知れないと聞いて自分のせい、あるいは自分のせいではないかと他人に疑われることを恐れた。
恐れてしまった。
俺は保身のために口をつぐんだ。
それから一月ほどが過ぎて。
いまだに香織は見つかっていない。
けど。
今日のちょうど昼休憩の時間。
俺のスマホにゲームアプリの招待状が届いた。
差出人は香織。
いなくなった香織からの招待状だった。
香織の携帯は香織とともに行方不明になっていて、ずっと電源は落とされていた。
解約はされていないはずだから、電源が入っていれば繋がるはずで、すぐに電話したけど、繋がらなかった。
俺は少し考えて、送られてきたURLをクリックした。
「ナイトウォーカーの世界へようこそ」
わずかそれだけの文字が真っ黒な画面に白く浮き上がっている。
だけど何度スマホの画面をクリックしてもその先に進まない。
アンインストールしてやり直しをとも思ったが、ちょうどチャイムが鳴って、俺はいったん画面を待ち受けに戻してスマホを鞄の中にしまった。
「ナイトウォーカー」
リーマンが口にしたのはやっぱりあのゲーム。
ログインしたと言われて、俺はすぐにそのタイトルを思い浮かべた。
他にも頻繁にログインするゲームアプリはあるが、今日開いたのはそれだけだ。
「ここはゲーム世界のなか。で、これはあんたらルーキーのチュートリアルなわけ」