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第一章 チュートリアル 逃走

「走れ!とにかく逃げるんだ!」


 ほんの20分程前に始めて会った男。

 その男の叫び声に俺は広い校庭を走り出した。


「ふぼぼぼぼー!」


 背後から聞こえる雄叫び。

 それは辺りに広がる惨状を見ていなければ笑ってしまったかも知れない間抜けな響きで、けど今の俺にとっては恐怖の前兆だ。


 後ろは見ない。

 ただ前を向いて走る。


「ふぼ。ふぼ。ふぼぼ……」


 ボタボタと何かが落ちる音。


 ドタドタと重い足音。


 くぐもった声にならない声。



 だんだん近付いてくる!



「はあ、はあ、なんなんだよ!あれ!」



 同じ方向に走っていたチンピラ風の若い男が息を切らしながら毒づく。


「いやっ!もういや!」


 今にも足を止めてしまいそうな様子で頭を抱えるのは見知った顔の女子高生。

 確か隣のクラスの女子だ。

 話したことはないが、うちのクラスの女子グループのなかに友人がいるみたいで、休み時間にたまに教室に来ていたのを見たことがある。

 カスミちゃん、だったかな?

 そう呼ばれていた気がする。


「足を止めるな!死ぬぞ!?」


 そう声を上げたのは最初に「走れ!」と叫んで自らも走り出した男。

 サラリーマンだろうか。

 グレーのスーツに不似合いなスニーカーを履いて、片手に金属バットを握っている。

 その横を並走するのは紺のブレザーの学生服。

 こんな時でなければ女子はキャーキャー騒ぐだろうイケメンだ。

 実際、ここに来てすぐは何人もの女子が遠巻きに騒いでいた。


『アレ』が現れる前までは、だけど。


 もっとも声を掛ける剛の者はいなかった。

 ムリもない。

 いくらイケメンでも格好がいただけなかった。


 紺のブレザーにスニーカー。

 ここまではいい。


 だがそのブレザーの上下はところどころ破れており、赤黒い染みがこびりついている。

 極めつけが両手に抱えているものだ。


 町中で、というか、テレビのなか以外で持っている人間を始めて見た。


 ーーチェーンソー。


 主に木を伐採するのに使用され、某ホラー映画で殺人鬼が振り回す、あれだ。

 そんなもんを後生大事に胸にしっかりと抱えてずっと無言。

 女子じゃないけど俺も話しかけるとかムリだった。

 ってか話しかける気にもならなかった。


 だって怪しすぎるもん。




 ×××××××××××××




 一番前を走っていたジャージ姿が建物にたどり着いてドアを開ける。


 カギ閉まってなかったのか。


 足を止めないままそんなことを思う。


 ジャージはドアを手で抑えながらぐるぐるともう片方の腕を回して後続を誘導している。

 まだ若い(こいつも学生だろう)顔にはっきりと恐怖を浮かべて、暗がりのなかでも足がガクガクと震えているのがわかった。


 ーーおよそあと5メートル。


 中に入った誰かが電灯のスイッチを入れたのか、ドアの向こうに白色灯の明かりが灯る。


 ーーもう少し!


 俺もまた震える足に気合いを入れ直した、その時。


「きゃっ!」



 心臓がぎゅっ!と縮こまった。


 すぐ後ろからカスミちゃん(?)の小さな悲鳴と続けて聞こえてきたドスンという尻餅をついたような鈍い音。


 反射的に振り返って後悔した。


 目に入ったのはすぐ後ろで地面に転んで蹲ったカスミちゃん(?)とその後に迫る5体の化け物。


 ゾンビ、というのが一番近い。


 青黒く腫れ上がった皮膚。

 血走って充血した目。

 開かれた口からは止めどなく黒いコールタールのようなドロリとした液体が溢れてはごぼごぼと音を立てる。


 動きは遅い。

 ゾンビ映画の雑魚ゾンビを思い起こすとちょうどいいくらいか。


 元は人間だったのか、スーツ姿や学生服、Tシャツにジーンズといった服装をしている。


 それがカスミちゃん(?)の後ろわずか2メートル程の距離に迫っていた。


 喉元に襲いくる吐き気とともに数分前に見た光景が頭に浮かんでくる。


 奇妙な校内放送の後にどこからともなく現れた異形。

 茫然とし、硬直した人々。


 腕を引きちぎられたおっさん。

 首に噛みつかれて喰われた傷口から血を吹き出した若い男。

 腰にしがみつかれそのまま身体が二つに別れたOLっぽいお姉さん。殴られて倒れたところを四方からのし掛かられて動かなくなった中学生くらいの女の子。


 俺とあの人たちとの違いは、ただ化け物からほんの少し距離があったということと、硬直しかけた身体を側にいた男の「走れ!」という叫び声が動かしてくれたということだけ。


 カスミちゃん(?)は足でも挫いたのかはたまた恐怖で身体が固まっているのか蹲ったまま。

 このままだと『アレ』に捕まる。


 ーーどうする?


 自分の身は大事だ。

 だけどだからって見捨てていいのか?

 知り合いというわけではないけど、まったく知らない人間でもない。

 それをどうなるのかわかっていて、置いて自分だけ逃げるのか?



「……っ!クソっ!」


 俺はカスミちゃん(?)に駆け寄ると、腕を取って立ち上がらせる。膝からは血が流れてはいるが、挫いてはいないようだ。


 だが膝が笑っていてまともに歩くのは難しいようで、俺はカスミちゃん(?)に肩を貸して引きずるように前に進んだ。


「ごめ、なさい……」

「大丈夫」


 精一杯の強がりでそう言ってみたものの、背後で聞こえる「ふぼぼ……」という声に背筋が凍る。


 後ろを振り向く勇気はない。


 だけど見なくてもわかった。



 ーー近い。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

 すぐ後ろにいる。

 何メートルとかの単位じゃない。

 それこそ手を伸ばせば触れる距離に、いる。



 ーー死んだ。



 そう確信した。



 ガツン!


 すぐ側で鈍い音。

 棒か何かで固いものを殴ったような……。


「ボーッとしてないで走れ!」


 怒鳴られた。


 ーー金属バットのリーマン!


 リーマンは俺たちに手を伸ばしていた一体を振りかぶったバットで殴り、よろけた胸を蹴りつけていた。

 その勢いで一歩踏み出すと、その後ろに続いていた別の一体の頭にバットを打ち下ろす。


 俺はカスミちゃん(?)の身体を肩にかつぎ上げ、ほとんどおぶるような状態で校舎に走り出す。

 ジャージが開けたドアから転がり込むと、身体から力が抜けてカスミちゃん(?)ごと床にへたりこんだ。


 後を追ってリーマンが中に入ると、ジャージはドアを閉めた。


 激しいドアを叩く音がすぐに追ってくる。

 それにヒヤリとして、尻餅をついたまま後ずさりした。


「ひとまずは大丈夫だ」


 カギを閉めたのを確認したリーマンの声に顔を上げる。


「『ファースト』にドアを開けるなんて知能はない。偶然ぶつかってる内に壊されたりすることはあるけどな」

「あんた、何でそんなこと知ってるんだ?」


 ジャージが問うのにそこにいるイケメン以外の全員が顔を向けた。


「説明しよう。けどとりあえず上の階に移動した方がいいな。そこのドアは頑丈そうだが窓を壊される可能性はあるし、何よりここだと落ち着かないだろう?」


 階段に足を向けるリーマンの背中を黙って追うことしか俺には出来なかった。




















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