狂宴の始まり2
「父上に、会ってやってくれないか」
日が傾き、空を赤く染めた頃。
いざ、パーティへ乗り込もうとしたところを、不意にオウロに呼び止められた。
「……必要ないわ」
しかめっ面で振り向けばいつもよりも丈の長いスカートの裾が、暑さに少し汗ばんだ脹脛にまとわりつく。
日中の暑さを残したどこか濁った大気の中、吹き抜ける風も涼やかというよりもムッとしていた。
空には分厚い雲が赤黒く光っていて、これからきっと雨が降るのだろうと予想される。
――嫌だな。これでは十年前の再現をしているみたいだ。
ふらりと一人で行こうとして、昔もオウロに見つかり呼び止められた。
父上に、つまりは当時の国王の元へ会いに行こう、と。
「昔も言ったけれど、わたしはあの人の子どもではないわ」
「そんな、悲しい事を言うな。父上は君の無事をきっと喜ぶ」
「は。どうだか。現に、王太后さんは心底嫌がっていたじゃない」
「――母上は、その、とても不器用な人だから……」
「可哀想に。折角密やかに連れ戻した実の娘だったのに、想い描いた理想をわたしにぶち壊しにされてしまったものね」
あー、はいはい。と言葉を投げつけて、オウロから目を逸らす。
デセール王国が平和なだけで、大陸全体が平和であるとは断じて言えない。
豊かな国土の取り合いや、ああだこうだと因縁をつけて、世界のどこかでは戦火が燻り、赤い血が流れ続けている。
そんな悲しい真実を目前に据えられて育った少女が一人。
争い事など絵空事として甘やかされて育った少女が一人。
互いにその風貌は似ていても、互いに光という意味を持つ名を持った一国の姫であっても、その本質は鏡のようにあべこべで、互いに受け入れる事はできなかった。
――できるはずが、無かったのに。
レーチェはそっと、スカートの上からポケットにしまいこんだ折り畳みナイフを撫でた。
かつて己を切り裂いた、ケダモノの牙、を。
「――!」
目を閉じ、過去に想いを馳せていると不意に違和感に気がついた。
「誰かが、魔法を使っている」
「え」
「王様、体の調子はどう?」
「いや、私は特には……」
「っ。出し抜かれたか」
レーチェは舌打ちをすると、異常の中枢へ向かって全力で駆け出した。
オウロが被害にあったから、常にオウロの周りを警戒していればいいと考えていた。
だが、その考えは甘かったのだ。
そうでなければ、現に第二の被害者が出るはずがない。
「レーチェ!」
「問題はわたしが必ず解決してみせる。だから、王様は王様として、ちゃんと踏ん張ってみせなさいよね!」
呼び止める声に一度だけ首を曲げて叫び、先を急いだ。
「……頼むから、今度はちゃんと帰ってきてくれよ。レーチェ」
――クスクス。クスクス。
己の鼓動と吐息が周囲の音を掻き消す中、かぶさるように誰かの笑う声が聞こえる。
否、誰か、なんてもう知りすぎるくらいにレーチェは知っている。
こんなにレーチェが困るような状況を、楽しそうに笑える相手なんて憎らしい兄弟弟子のテアの他には、『彼女』だけだ。
――さあ、血の宴を始めましょう、赤眼のソルシエール?