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魔法使いたちの集い

 デセール王国の北。

 クレアス王国との国境には今尚、爆発を繰り返す活火山・フィアンメ山脈が高く高く聳え立っている。

 時折、有毒なガスが発生するせいで、山肌には雑草すらろくに生えず、鳥の鳴き声一つ聞こえることは無い。

 登山家たちすら恐れ、忌み嫌うその山に、一羽のカラスが飛んでいた。

 カラスは山脈の中腹まで真っ直ぐに上昇していくと、幾度もの噴火の間マグマが及ぶ事の無かった、深い深い谷底へと滑空していく。

 ――そこに、人目を忍ぶ、一軒の屋敷があった。

 固い岩壁を削られて作られたその建物の広間には、カラスの前にも蛇や蛙、猫といった多くの動物たちが集っている。

 その中央に、一人の老婆と、一人の青年がいるのを見つけ、カラスは漆黒の嘴を開いた。

「ご機嫌麗しゅう、フィアンメの魔女」

 鳴き声の代わりに聞こえてくるのは、成人した女の声。

 老婆は人語を話すカラスに、さして驚く様子も無く、細かい皺の刻まれた瞼をゆっくりと開いた。

「あんたで最後だよ。全く、今日は一生分の客人が一度に押し寄せたようだねぇ」

 動物だらけの広間を深紅の瞳で一望すると、老婆は小さく肩を震わせた。

 目の前の動物たちは全て『使い魔』と呼ばれる存在で、その裏には魔法使いたちの存在がある。

 老婆は彼らとこうして交流をしてきたものだが、広間を埋めつくさんがばかりに一度に集うなんて事は前代未聞の出来事だった。

「笑い事ではありません」

 カラスは溜め息混じりに首を傾げた。

「皆がこの場に集ったのは、一重に苦言を申し上げたい故でしょう。貴方の弟子ときたら、城の管理を放棄したばかりか、魔法使いとして王都へ出向いたそうではありませんか。類稀なる才能があったにせよ、魔法使いの禁忌を立て続けに二度も犯した罪は重い。早々に破門にし、処分すべきです」

 カラスの演説に、その場に集った使い魔たちは賛同するように声を上げた。

 皆、一様にそれが言いたくてこの場に集ったのである。

 けれど、老婆はゆっくりと首を横に振る。

「一見無意味に思える事でも、全ての物事には後からだろうと、それ相応の理由があるものだ。何も聞かずに一方的に裁くだなんて真似を、あたしゃする気は無いよ。あの子はあの子で、もう十分に大人で、何か考えがあって動いている。見守るのも、親の……いいや、婆の務めじゃて」

「――フィアンメの魔女よ! 事態はそれほど甘く無いのです。いつ、貴方の弟子が我々の居場所を吐き、魔法使い狩りが起こるか――」

「……魔法使い狩りは、起きません。決して、起こさせません」

 のんびりとした老婆の受け答えに、魔法使いたちは一気に熱を上げる。

 それに口を挟んだのは、壁に張り付いた漆黒の鱗にえんじ色の瞳の蜥蜴とかげだった。

「俺は王都での土地感や縁者に恵まれております。同じ師を持つ弟子として、責任を取るために、俺が後を追いましょう」

 蜥蜴の申し出に、一同は動揺にどよめいた。

 ざわめく彼らに、蜥蜴は冷たい視線で見渡すと、小さな溜め息を吐き出した。

「師匠はお年を召しの上古傷が傷み、一人で歩く事もままならない。この館を出るなど酷な話。だがしかし、誰かが行かねばならないのが現状です。他に、どなたか名乗り出る方はいますか?」

「……それは」

 蜥蜴の言葉に、一同は言葉を無くし、明後日の方向へ視線を背ける。

 まとめ役のカラスですら、じっと老婆を見つめて黙り込んでいた。

 ――魔法使いにとって、王都は死地と言っても過言では無い。

 王都には歴史上何度も魔法使いの力を恐れ、狩り取る事を命じる王族が住んでいる。

 けれど、実は彼らに隙さえ与えなければいくらでも逃げる事が出来るのだから、魔法使いたちにとっては存外脅威ではない。

 問題は、デサール王国にはもう一つ、恐るべき敵が潜んでいる事だ。

 彼の地には、魔法使いの皇である老婆でさえ討伐できなかった、とある魔物の縄張りだ。

 なんとか老婆が封印する事に成功したものの、僅かな衝撃で目覚めてしまう危険性があり、王都へ立ち入ることさえ彼らは禁止されていた。

 それ故に、今、老婆を神の如く崇め、忠誠を誓うレーチェが王都へ出向いた事を誰もが信じられない思いでいるくらいなのだ。

(いいや、きっと、この場にいる誰もが勘付いているはずだ。レーチェは、特別なのだ、と)

 蜥蜴は周囲を見渡し、チロリと赤い舌を躍らせた。

 赤の皇の寵愛を受けているというだけではなく、もっとずっと彼女は特殊だ。

 ――他にはない、浄化の能力。

 魔にとって、まさに邪魔にしかならないだろう力が、彼女に与えられたのは何故か。

 浄化の力があって、彼女自身魔女であり続けるのは何故か。

 その異能と圧倒的魔法の才を持ちながら、老婆が一度も自陣の討伐部隊に編成せず、長期滞在すれば周囲の瘴気を取り込み魔物と化すという魔の森を任せ続けたのは何故か。

 幾多の解明されない謎を秘めたレーチェという魔女は、一族の希望になり得る反面、恐怖の存在だ。

 ――薬にならないのなら、殺してしまえ。

 そんなほの暗い空気に目の前の老婆も、気付いているはずだ。

 だが、そうなってしまっては困るのだ。

 結局、薬にならないという確証もないし、それにアレは間違いなく一部の者の薬になり得る。

 どれだけ、殺してやりたいと願っても、アレは生きねばならない。

 生きて向き合わなければならないのだ。己の仕組まれた運命と。

「話は終わったようだ。皆、気をつけて帰りなさい。――どうにも、最近ではヤツの動きが大層活発なようだからのう」

 老婆は先ほどカラスが飛び込んできた窓を手のひらで示し、柔らかく微笑んだ。

 その赤い瞳は確かに、他の者たちの心と行動を威圧する、強者の光を宿していたから皆は沸き起こる不安や愚痴を抑え込み、帰るしかない。

 ――皇は何を考えているのか。

 他の者同様、蜥蜴は内心で首を傾げた。

 わからない。わかりようもない。

 彼女はこの場にいる誰よりも昔から魔法使いとして生き、多くの魔法使いたちの死を看取った御年九百超えの大賢者。一朝一夕で理解しろという方がきっと難しい。

 だが、少なくとも今は、レーチェも、そして探しに出かける蜥蜴の事も止める気はなさそうだ。

 それだけ、分かればいい。

 まずは、それだけ。

 蜥蜴は渋る使い魔たちを背に一番に外へと駈け出した。

 ――遥かなる、故郷へ、と。

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