第二話 無人島アーデルベルク。探索魔法。
アーデルベルク島西側。砂浜。
「うー、思ったよりも薄暗いところだね」
「確かにね。でも魔獣もなにもいないから危険はないはずだよ」
「そうかもしれないけど……」
アリアは目の前に広がる鬱蒼とした森に、訝しそうな目を向けた。
樹の一本一本が大きく、深緑の葉が柳のように垂れ下がっている。無造作に伸びた雑草が地面を覆い、獣道すら見当たらない。
(何も出なくても、見た目が怖すぎるよこの森!)
アリアは心の中で文句を叫んだ。
と、同時に何か良い方法がないか画策する。
(飛行魔法で森を抜ければ……いや、だめか。オルカは魔法が使えないから飛べないんだ。抱えて飛ぶのは今の私の魔力じゃ難しいしなぁ。むぅ……)
しかし、いくら考えても良い案は浮かばず、アリアは恨めしそうな目で森をジトっと睨むことしかできなかった。
山薔薇は名前の通り山に生える薔薇。目的の山はこの森の先である。結局のところ、ここを抜けないわけにはいかなかった。
その時、オルカが口を開いた。
「そんなに嫌ならもう一回船に乗って迂回しようか? 確かこの反対側は森じゃなくて砂地だったと思うし」
アリアは首を横に振った。
「ううん、駄々こねてごめんね。大丈夫だよ。行こう、オルカ」
アリアは『帰ったら告白』を胸に覚悟を決めた。この時ちゃっかり迂回した場合の時間を一瞬で計算して、どちらが早く帰れるかを比較したのは内緒である。
それからしばらくの間、薄暗い森の中を二人は歩き続けた。オルカが剣で草木を切り裂いて道を作り、アリアはその後ろにくっついて歩いた。
最初はおっかなびっくり進んでいたアリアであったが、いつの間にか目を輝かせながら歩くようになった。
よく見ると、周囲に生えている植物が普通の雑草ではないことに気がついたのだ。魔法薬の材料として有名なマンドレイクやラフレシア、言葉を話すトークンフラワーなど、希少価値の高い植物があちこちにあった。
「楽しそうだね、アリア」
「うん。私、本読むの好きだから、図鑑とかもよく見たりするんだ。さっきから本でしか見たことないものがたくさん見られてなんだか嬉しくなっちゃった」
「そっか。それは良かったね」
「うん!」
上機嫌なアリア。その様子を見て、オルカも嬉しそうに笑みを浮かべた。
ふと、アリアは昔読んだ本のことを思い出した。
「ねぇ、オルカ。ガーフィーラって知ってる?」
「ガーフィーラ? あぁ、自伝本とか書いてる探検家の?」
「そうそう。あの人の本ね、すごく面白いの」
「らしいね。でも、内容が凄すぎて作者の幻想じゃないかって言われてなかったっけ?」
ガーフィーラの書いた本は世界各地で出版されるほど人気が高い。誰もが耳を疑うような大冒険が各国で読者の心を掴み、シリーズ化されている。
だがその反面否定派も多く、ガーフィーラを大嘘つきと呼ぶものもいる。
「そういう人もいるけどね。でも、私は結構信じてるんだ」
「ふーん。それでガーフィーラの本がどうしたんだ?」
「昔ね、読んだ本の中にこの島が出てきた話があったの」
「この島って……アーデルベルク?」
オルカは興味深そうに聞き返した。
「そうだよ。タイトルは、激闘! ガーフィーラ対伝説の精霊セルシウス!」
アリアはタイトルの如く、両手を振り上げて勇ましく言った。オルカは目をパチクリとさせた。
「精霊? そんなものまで出てくるんじゃ幻想呼ばわりされても仕方ないなぁ」
精霊は人間でも魔獣でもない。神や幽霊のような、いわゆるオカルト的存在である。国や土地によっては、もっと崇高なものとして奉っていることもあるが、一般的にはやはりオカルトの領域をでない。
「確かにそうかもね。でも本当に面白いんだよ、その話」
「どんなとこが面白かったんだ?」
「えとね、ガーフィーラはセルシウスに契約してもらうために会いに行ったの」
「契約?」
オルカは眉をひそめた。
「うん。精霊の力を借りるための契約」
「それで、契約できたの?」
アリアは首を振った。
「ううん。断られて戦う羽目になっちゃったんだ」
「……ガーフィーラシリーズが幻想だって言われる理由が、なんとなくわかった気がするよ」
オルカはそう言って肩を竦めた。
「うー。確かに信じがたい話かもしれないけど、私はとってもワクワクしたんだもん」
(契約し、人が精霊の力を手にすることができたなら、それは世界最強の生命体と呼ぶことができるだろう──)
アリアは心の中で、幼い頃に読んだ本の一文を読み上げた。自然と口もとがゆるむ。
(はぅ。今思い出しても胸が熱くなっちゃう)
別段戦いに興味があるわけでも、最強になりたいという強い願望があるわけでもなかった。だが、アリアはなぜかその一文に不思議な魅力を感じてしまうのであった。
そんな気分に浸っていると、ふいに目の前が明るくなり、視界が開けた。
「オルカ! 抜けたよ、森!」
目に飛び込んできたのは広い荒野と、大きな山であった。
「意外と時間かからなかったな」
「そうだね。話すのに夢中になってたからかな?」
「そうかもな」
オルカは立ち止まり、山の位置を確認した。そして、アリアの方へと振り返った。
「アリア。この距離なら探索で探せる?」
「あ、うん。たぶん大丈夫」
アリアは頷き、ゆっくりと目を閉じた。大きく深呼吸をし、右手を前に掲げる。
(集中、集中……)
アリアの周りから雑音が消える。スイッチが入ったように、アリアは詠唱を始めた。
「我は結ぶ。風の力を大気へと──」
詠唱をはじめると、アリアの足下に金色に光り輝く魔法陣が現れた。
体内から溢れる魔力を丁寧に、ゆっくりと広げていく。魔法陣から風が起こり、アリアのローブがバサバサと揺れる。
(空気中に存在する風の魔元素を、自分の魔力で広く薄く結合していくイメージで──)
「求めしは山薔薇。我の探しものを見つけよ!」
詠唱の完成である。
アリアは目を開き、右手を掲げ、魔法の解放キーを唱えた。
「探索」
魔方陣が一層輝きを増し、激しい風が巻き起こっ た。
感覚が空間に溶け込み、まるで自分の体が『空気そのもの』になったかのように、アリアの脳内に空間情報が直接流れ込んでくる。
(山薔薇の場所は……)
アリアは再び目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。
「…………あった」
「本当!? 場所は?」
「……山を少し登ったところ。ここから一キロくらい先の、大きな岩の陰のとこ」
アリアは安堵の息をこぼした。目をゆっくりと開き、探索を解除する。次第に風は弱まり、魔法陣も消えていった。
(よし、うまくいった。今日はできるだけ早く帰りたいからね。ちゃちゃっと見つかって良かった!)
「相変わらずすごい探索能力だね、アリア」
オルカに褒められて、アリアの顔が林檎のように真っ赤になった。
「わ、私、魔法学者志望だからこういうのが得意なだけで……す、すごくにゃんかにゃいよ!」
(噛んだー! 恥ずかしい、死にたい!)
魔法使いには六つの系統が存在する。
付与魔法に特化した魔法騎士。
殲滅に長けた魔砲撃手。
ゲートを自在に扱う召喚術師。
物質の生成を得意とする創成術師。
支配に秀でた傀儡師。
そして、アリアの目指す探索や調査に優れた魔法学者である。
初等部までは基礎魔法全般を学習し、中等部以降はそれぞれ目指す系統を選び、その道のプロフェッショナルを目指していく。
アリアの唱えた探索は、索敵や捜し物の時に使う風の属性魔法で、魔法学者にとっての必須魔法であった。
「いや、凄いよ実際。魔法の使えない俺が探したら、何時間もかかるだろうからね」
オルカは悪意もなにもない、純粋な称賛の言葉をアリアへと贈った。
「うー。……ありがとう」
戸惑いつつも、アリアはお礼を言った。
「行こう、アリア。ターゲットはもうすぐそこだ」






