プロローグ
「ただ今より大罪人、極東の悪魔の公開処刑を執り行う」
進行人の低くよく通った声が処刑会場である中央広場に響き渡り、辺りが静まり返った。
広場の中心に設置された、高さ五メートルの鉄の処刑台。その台上で、極東の悪魔と呼ばれた人物は項垂れ、力無く立ち尽くしていた。頭から布を被せられ、枝のように痩せ細った両手両足を鎖で繋がれている。まるで死人のように、動く気配はない。
歴史的大犯罪者の最期を一目見ようと、国内外から集まった多くの見物人が広場を埋め尽くしていた。その数、およそ四千人。
しかし、それだけの人数がいるにも関わらず、処刑台前は異様な静けさに包まれていた。台上に立つ、顔も年齢も性別も、何もかもが謎に包まれたその大罪人の姿に、人々の目は釘付けになっていたのだ。
「処刑執行人は台上へ」
静寂を破るような進行人の声。
ガシャリ、ガシャリと処刑台に取り付けられた鉄の階段をゆっくり上る音が響く。程無くして、重厚な甲冑を身に纏った兵が二人、台上に姿を現した。歩を揃え、ゆっくりとした動作で、極東の悪魔を挟むように両脇に移動する。
大柄の執行人と小柄な補佐官は、それぞれ処刑用の大剣と、木製の斬首台を手にしていた。斬首台はこれまでに何度も使われてきたためか、首を置く部分に血が滲み込んで木が腐り、赤黒く変色していた。
「罪人を斬首台へ」
進行人の言葉を聞くなり、補佐官は手に持った斬首台を足元に置き、極東の悪魔の背後へと回って首を掴み、乱暴にその場に跪かせた。抵抗する様子はなく、されるがままに細い首が台上に乗る。
「宜しいですね?」
処刑台の正面。人々から最高観客席と呼ばれる場所に向けて、進行人は言葉を投げた。
十メトラ四方に敷かれた華美な刺繍の施された赤絨毯と、その中心に設置された金色の玉座。頬杖をつき、そこに悠然と腰掛ける初老の男。レイファルス王国第十二代目国王、グリム・レイ・ファルス。
そして、国王グリムを囲うように、王国最強の騎士団エクイテスの面々が立ち並ぶ。
その姿、威風堂々。誰一人口を開かず、ただじっと、処刑台の様子を窺っている。彼らの羽織る白いコートが風ではためく音だけが、バサバサと広場に響いた。
そんな中、グリムは翡翠色の瞳を処刑台へと向け、銀色の美髯を撫でながら、「始めろ」と、小さく言った。
「大罪人の顔を上げさせろ」
進行人が指示を出すと、台上の補佐官は小さく頷き、極東の悪魔に被せられた布を剥ぎ取り捨てた。そして前髪を掴み、無理矢理顔をあげさせた。その素顔が露わになり、静まり返っていた広場は一瞬にして騒然となった。
それもそのはずだ。極東の悪魔の正体が、幼い少女だったのだから。
「な、なんてことだ!?」
「女の……それも、子どもじゃないか!?」
「お、恐ろしい……きっと悪魔に取りつかれているんだわ!」
「女でも子供でも人殺しに変わりはねぇ! 早く処刑しろ!」
見物人たちは驚愕の表情を浮かべ、口々に少女を罵った。
彼女の名はアリア。愛した少年を守るために、たった一人でレイファルス王国に反乱を起こした、魔法使い。
アリアは王族を殺し、街や軍の施設を潰し、多くの命を奪った。そして、わずか一か月足らずで王国を恐怖のどん底に陥れた、史上最悪の犯罪者なのである。
「静粛に! これより尋問を開始する」
ざわめき立つ広場に進行人の凛とした声が響き、再び静寂に包まれる。
グリムは頬杖をついたまま、恐ろしいほど冷たい視線をアリアへと向けた。
「極東の悪魔……いや、アリア・イル・フリーデルト。この一か月、随分と好き勝手暴れまわってくれたな。貴様は我が一族に、王国に何か恨みでもあったのか?」
「…………」
アリアは何も答えなかった。虚ろな目で虚空を見つめ、ぼんやりとしている。そんなアリアの様子にグリムは眉をひそめた。
「あれだけのことをしでかしたのだ。何か主義主張があったのではないのか?」
先ほどよりも口調を強め、グリムは言葉を続けた。
「…………」
しかし、待てども待てども返事はなく、時間だけが過ぎていった。
「だんまり……か。これ以上は時間の無駄だな」
国王は溜息を吐き、興味なく手を払う動作をした。
「やれ」
その動作を確認した進行人は拳を口元にあて、軽く咳払いをした。そして、処刑台へと体を向けなおし、口を開いた。
「それでは斬首刑に移る。執行人は準備を――」
進行人から指示が出るなり、小柄な執行人はアリアの首を再び斬首台へとのせ、鎖で繋がれた両手と後ろ首を力強く押さえつけた。大柄な執行人は処刑用の大剣を両手でしっかりと握り、アリアの首元にそっと添えた。
その様子を、広場にいるすべての人間が固唾を飲んで見守っている。緊張感からか、それとも空気が張り詰めていたからか、誰一人声を発する者はいなかった。そんな中、進行人の声があがった。
「執行ッ!」
大柄な執行人は待ちわびたように、勢いよく両腕を天高く振り翳した。
その刹那、アリアの頬に一筋の涙がつたった。
「……オルカ」
消えるような声で、アリアはポツリと呟いた。
そして次の瞬間、大剣は振り下ろされた。
鈍い太刀音と共に首が跳ね上がり、噴き出た血しぶきが処刑台を真っ赤に染めた。