名探偵
「グットゥオモォーニンンでーす!」とその小さな人影が言った。
「・・・は?」
「哀しみに鬼と書いて『哀鬼』様・・・でよろしいでしょうか?」
「・・・ああ、そうだけど。って、お前勝手に人ん家入ってくるなよ!」
「まあまあまあまあ~細かい話は置いておこうじゃありませんか」
見ない顔だ・・・、というより、居ちゃいけない顔だ、と哀鬼は思った。正確に言うなら、顔ではなくその存在だ。科学塗料でたっぷり味付けされた、縁が太い眼鏡をかけ、黒ベースのシャツには白い水玉模様が散りばめられ、皮膚のようなズボンは毒々しい紫に染まっている。髪型はきのこの笠のようで、それが彼の容姿を一段と気色悪く引き立てた。
「・・・で、あんたは誰だ?」と哀鬼は尋ねた。
「誰?ワタクシの名前でございますか?そうだなァ・・・、」
「グッドモーニングマン(仮)とでも呼んでください」
「・・・ふざけたネーミングセンスだ」と哀鬼は心の中で思い、そして苦い笑いを浮かべた。
黒い綿菓子が街の天井にふわふわと、しかし確かな存在感を放ちながら居座り、街全体を覆う黒は一段と深く、照明なしでは歩くことが困難な程だ。湿り気を含んだ季節風が窓ガラスをイレギュラーに叩き、そのカタカタと震える窓ガラスは見事に哀鬼の心理を表象していた。グッドモーニングどころかバッドモーニングだってえの!ていうか、まだ真夜中じゃないか!
寝間着から日常着に着替えた哀鬼は台所兼リビングのソファにグッドモーニングマン(仮)を座らせ、薪ストーブに火を灯した。哀鬼のリビングは、というよりも同志たちのリビングには、特に描写すべき特徴はない。ソファ、机、棚、照明、鉢植え、があるべき場所に収まっているだけである。
「・・・で、人の家に不法進入までして何の御用ですか?」と哀鬼は尋ねた。
机を真ん中に挟んで二人掛けのソファが二つあるので、玄関からの位置取りとして、哀鬼が上座、グッドモーニングマン(仮)が下座のソファに腰を下ろした。
「まあまあまあまあ、そんな改まらずに、堅苦しいのはなしにしましょうよ。ワタクシがそうであるように、彼方もそういうことを好む性格ではないでしょ?」とグッドモーニングマン(仮)は言った。
「いやー、それにしても!このお紅茶、大変美味しゅうございます。それに・・・うん、なんともくつろげるリビングじゃありませんか!」
「世間話をしに来たなら帰ってくれ、ていうか・・・、こんな時間に外出するなんて、それこそ「イノセンス」の審議にかけられかねない事態になるんじゃないの?」と哀鬼は語気を強めて言った。
自分の発言の残音が空気中を漂っている間、哀鬼はそれを反芻し、そして考えた。コイツハナニモノダ?と。「コドモノ国」の人間ではない?確かに装飾品などを見れば、その可能性は大いにありうる。「コドモノ国」において、あらゆる事物に関する「装飾」には厳しい規制(約束)がある。グッドモーニングマン(仮)とかいう可笑しな奴が身に着けているそれは、明らかに「コドモノ国憲法」に違反するものであり、そのような格好で「コドモノ国」をうろつけば、必ず逮捕されてしまうだろう。であれば、こいつは「コドモノ国」の外からきたのか?・・・オトナか・・・?いや、オトナの身体的特徴をあいつから聞かされたことがあるが、こいつの身体には俺たちとそう差がない。
「それはそれは、ご心配の程感謝いたします。しかし、心配ご無用でございまして、国に捕まるようなヘマはいたしませんので」と、営業スマイルを浮かべて、さらっと答えてみせたグッドモーニングマン(仮)。
「・・・あんた、あんた一体・・・?」
「私は、身体は子供、頭脳は大人、その名もグッドモーニングマン(仮)でございます」と、自信に満ち溢れた顔で、そう言い切った。