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神皇は、役所の特定の研究者しか立ち入りを許可されていない、歴史館なる図書が大量に貯蔵されている建物で研究資料を探していた。「コドモノ国」において、図書を創ることも読むことも、基本的に禁止されている。「本」なるものは御伽噺の世界のものだと思っている者すらいる。しかし、実際には「本」は存在し、神皇のような一部の研究者のための、いわば特権物となっている。
「Bの・・・71の1・・・あった、これだ」
よくよく考えてみれば、神皇は「コドモノ国」(じぶんのくに)について殆ど何も知らなかった。それは神皇だけではなく、この国に住む同志の大半がそうであろう。正確に言えば、殆どの同志たちは「コドモノ国」について何も知らないということを知らないのだ。また、知りたいとも思わないだろう。神皇もそうであった。しかし、哀鬼の失踪、そして哀鬼と神皇の共通の知人でさえ哀鬼に無関心であり、またその記憶を失いつつある事実は、神皇にこの国のあり方への知的欲求をもたらすのに充分であった。
B-71-1「コドモノ国建国-聖来ヶ破羅の戦い-」
天下分け目の戦いと言われる「聖来ヶ破羅の戦い」により、「コドモ軍」が「オトナ軍」に勝利し、それを経て「コドモノ国」が建国されたということは、研究分野こそ異なるが研究者の端くれとして、神皇も以前から知っていたことである。しかし、それがどのような戦いであったか、といったことを記述する文献は、少なくとも神皇は発見できなかった。「オトナ軍」、つまりオトナと呼ばれる者たちの特徴を描写する文献はいくつか残っている。
B-71-23「前時代の歴史-低俗文化とオトナ時代-」
B-71-4「下位体新書-オトナの生態と文化-」
体長は約1m50~80cm、体重は個体によってばらつきはあるが、平均としては約40~100kgであるという。オトナたちの体積は、神皇たち「コドモノ国」の同志たちと比較すると最大二倍近くも大きい。また、食文化に関してはコドモと大きな違いはないが、オトナは動物の肉や科学物質に塗れた食物を摂取していたという。ビタミンといった植物成分が不足し、油や炭水化物を過剰摂取するような食文化になった結果、オトナは健康被害に悩まされていたというから、神皇も納得である。
その他にも、目に有害な機械製品や人びとの欲望を過剰に駆り立てる広告、そして株式会社なる変わった文化などが紹介されていたが、神皇の関心事の外の話であった。
B-72-8「コドモノ国憲法-同志の同志による同志のための政治-」
普段は意識することはないが、「コドモノ国」にも法律と呼ばれる枠組みは存在する。日常生活で気にすることがないのは、それは気にしなくても同志たちは法律を犯すような行為に及ばないからである。この本は具体的な事例を挙げて、「コドモノ国」のあるべき姿を同志に提出しているようだ。
・オトナに関わる、いかなる事物を創造又は消費してはならない
・動物を食べてはならない
・許可なく街を囲う柵を越えて外に出てはならない
・街の中央にある教会にお祈りに行かなければならない
・不必要に物を溜め込んではならない
・通貨制度を廃止する
神皇は不気味は感覚に襲われた。これらが大々的に喧伝され、同志たちの間で情報共有された結果として、法律を意識しない現在の日常生活が成立しているならまだわかる。しかし、同志の大半は法律の存在など知らない者もいる。であれば、同志たちは無意識に法律を遵守して生活しているということだ。いや、それは「イノセンス」での裁きといった抑止力によって、同志たちの生活に一定の枠を自然発生的に生じさせたのかもしれない。「イノセンス」・・・、そういえば、どうして僕はこんなところで法律書を開いているんだっけ?