笛
天を射殺す一本の牙、その存在は街のどこにいても嫌に目に入る。テロリストを積んだ旅客機が突っ込むのに最適な高さである。その診断院の拠点となる建物は、白々とした色、そして建物の高さと規則的に設置された窓枠の特徴から、同士たちの間では「笛」という通称で通っている。
神皇にあてられた文書の中身によると、神皇に何か任せたい仕事があるらしい。そのことで一度、診断院まで足を運んでもらいたい、ということであった。そして、神皇はその文書入りの手紙を大事に携えて「笛」へとやってきた。
「笛」の内部はとても複雑な作りになっており、診断院で働く者でさえ迷子になって泣く羽目になるという。廊下が細かく右へ左へ折れ曲がり、自分が今どこにいるのか、という方向感覚を持ち続けるのは至難の技だ。また、この建物には階数という概念は通用しない。受付のある一階フロアは間違いなく一階なのだが、その上が二階だとは限らないという。何故そのような設計なのかというと、それは診断院という機関が実質的に国の成立そのものに関わっているからだという。神皇の想像力の及ぶ範囲を超えた話だが、要するに漏れてはいけない秘密が沢山あるから、誰にも全貌が掴めないように複雑な設計がなされたのがこの建物なのである。
神皇は建物に足を踏み入れた瞬間、ずるずると何かが後退していくような、そんな奇妙な感覚を覚えた。その何かが自分の手の届かないところまで後退していって、そしてそこにぽっかりと空いた穴だけが残った。僕は何か忘れ物でもしたのだろうか?と斜め上に広がる空間を意味もなく眺め耽っていると、
「神皇様、お待ちしておりました、係りの者が部屋までご案内致します」と受付嬢が鍛錬し尽された笑顔で神皇を迎え入れた。




