A fairy-tale
気がつくと、哀鬼は諮問機関「イノセンス」による決議の真っ最中であった。自分にすっぽりと薄い膜が覆いかぶさっているかのように、周りのあらゆる響きにリアリティーがない。突然知らない人の体に乗り移った魂のように、事態がうまく掴めない。酷く記憶が錯綜している。落ち着け俺、どこがどうなったんだ?
街の木々が心地よい季節風に体を揺すり、淡い光が街全体を綺麗に演出する。鳥の美しいハミングと草花に宿った新緑が、街の人たちの気分を高揚させる。神皇は目覚めると、その気持ちがいい朝に感動した。窓から差し込む日差しが体をほど暖かく包み込み、家の小さな庭に植えられた木の枝では小鳥たちが楽しそうにじゃれ合っている。
チッチッチ・・・、その規則正しい時計の音に気付き、時計を見てみると、針は六時四十分を指していた。祈祷の時間には少し早い、先に幸福省技術科から届いた「脳の伝達信号とその思考形態の推移」についての意見書の手直しにとりかかろう。神皇は凝り固まって重々しく感じられる自分の体をベッドから引き剥がし、さっそく作業にかかった。
充分な時間をもって、祈祷が行われる教会へ足を進める。白々とした家屋が降り注ぐ光を天へと送り返していた。街の人々はスキップしたり、地面に絵を描いたり、好き好きに朝の余暇を楽しんでいた。
一般人の観賞は禁じられいるのだが、過去の事象を事細かに記した絵巻物がある。それによると、その昔には街は車なる地球環境を破壊する装置で溢れかえっており、また人の邪気や欲望を悪しき方角へ推し進めようとする広告なる知らせもまた、街中に張り巡らされていたそうな。飲食の世界においても、健康を害す科学食料品や酒なる心の平常を乱す飲料が楽しまれていたそうだ。神皇はそのような世界を具体的に想像することは叶わなかったが、世紀末なる混沌の時代であったことだけは理解できた。
おお、今の世とはなんと素晴らしき世界なんだ!皆が皆を慈悲深く支え合い、争いごとなど皆無な世界を生きていることに、神皇は体を震わせながら歓喜した。しかし、教会の門前に着くまでに、彼はある例外的な出来事を頭から払うことができなかった。
「哀鬼・・・」と神皇は小さく呟いた。