大物女優カンナ
カンナは、しくしくと涙を流し、ある家に上がっていた。
「大丈夫や。・・・」
正体の知れないカンナを家に入れる親切な女性は、カンナの背をさすって
なだめていた。
「怖かったやろねぇ・・・。あないな所に巻き込まれはって・・・。」
カンナは再び嗚咽を漏らし、泣き始め、頷く。
暫く泣きやまず、仕舞いには、女性に優しく抱きしめられる。
しかし、この抱きしめられた時は演技でもなく、本当に泣きそうになった。
こんなにも優しさを近くに感じたのは初めてだった。
だから、なるべく長く優しさを感じていたくて暫く泣きやまない事にした。
・・・ようやくカンナは満足し、泣きやんだ。
「・・・ご迷惑・・おかけして申し訳・・ありません。」
「そんなこと、いいんよ。全く、・・・壬生浪も祭りの日ぐらい、
静かにしとったらええのになぁ。」
6月6日は、祇園祭で人が賑わっている。
住民としては、騒ぎを起こさず、祭りを楽しみたいのだろう。
祭りの日に騒ぎが起こっては、外へ出ることも避けたくなる。
祭りどころではない。
「・・あの、・・・実は私、池田屋で住み込みで働いていて・・・
頼れる人も・・・・っいなくて・・。」
「そうやったの。・・・・・・・・そや。うちに暫く居たらええ。
ちゃんと、仕事もあるんやさかい。」
カンナは思い通りにことが進んでホッと安心する。
「・・・では、・・・本当に暫くの間だけ、よろしくお願い致します。
私は、名を敢菜と申します」
カンナが頭を下げると女性は元気の良い笑顔で声を張った。
「あたしは勝いうのんや。よろしくぅ。あんたはべっぴんやから、商売繁盛しやはるんやないかね?」
この女性の笑顔には、人を元気づける力がある。
カンナは自然と自分も笑顔になっていることに気が付きはしなかった。
現代では笑わないカンナが、この時代ではいとも簡単に笑顔になる。
そんなこの時代は、純粋に綺麗だと言えるのではないだろうか。
嘘は、どんな時代にもあるものだが、現代よりはずっと少なく
また、人の笑顔は輝いている。
笑顔だけは、偽りのないものだった。
カンナはこの掛茶屋で働くことになった。
掛茶屋は、宿のようなもので料理や酒も出している。
着物は勝のものを頂いた。
お古であるらしいのだが、随分と新しそうに見えた。
柄も色も鮮やかで勝のものではないような気もしたのだが、聞きはしなかった。
カンナは初日から、急きょ料理を頼まれてしまい、少々この時代特有の
火の扱いに戸惑ってしまったが、何とか作り終えた。
それを客に出してきた勝は、ニコニコとしている。
「敢菜ちゃん、ありがとうねぇ。あの煮物が評判ええんやわ。
これからも色々と作ってくれはったら嬉しいんやけど。」
カンナは嬉しかった。
人にこんな風に必要とされることが、こんなにも嬉しいとは思いもしなかった。
涙が出そうだったが、泣くところではないとこらえる。
「はい。作らせてください。」
カンナは、この時代に来てまもないうちに着物の着方を覚え、
火の扱いも慣れ始めていた。
こんなに早く慣れるものなのかと思っていたが、
早く慣れるのはありがたい事だった。