弔い
決意を固めたカンナは、桂とともに墓の前に立った。
桂は一つの墓に寄り添うように並んだ墓を見つめて口を引き結んでいた。
「どんなひとだったの?吉田松陰って。」
「先生か。優しいひとでな。どんな身分の者でも受け入れて、共に夜通し国のことについて語っていた。数回会ったぐらいだったが、話を聞いて先生は鳥のようなおひとだと思ったことがある。高く飛んでこの世界を空から見下ろしているかのように話をする。そういうところは、お前に少し似ているかもしれんな。広い目をもって、未来をも見通しているかのような。義助がお前を慕ったのも先生に似たところがあったからかもしれん。」
玄瑞の歌集が重みを増した。まるで生きているかのよう。
懐からそれを取り出す。
「それは、義助の歌集か。」
「そう。あたし、あの戦の中、玄瑞のもとまで走ったのよ。玄瑞に会ったの。」
「あの中を?」
桂が避けた戦のなかに、カンナは自ら飛び込んだ。
しかし、重要なのはそれではない。
「何故お前はそうまでして...」
「知ってるのよ。何が起こったのか。何が、起こるのか。」
カンナは笑った。自分が何を言ったのか桂に悟られたくはなかった。真面目な桂は、未来から来たなどと考えることは、おそらくないだろう。
「さぁ、松下村塾に案内してくれる?この歌集をお返ししたいから。」
「わかった。行こう。」
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「ごめんください。おふみさんは、いらっしゃらないだろうか。」
桂が少し声を張ると、奥から小柄でこじんまりとした女子が急いだように小走りで顔をだす。
「相変わらず元気なお方だ。お久しぶりです。」
「桂さんではありませんか。いつお戻りに?」
久しぶりの帰還に、嬉々とした顔を見せているふみが、カンナにはとても可愛らしく見えた。
「あら?こちらの方は?異人さんかしら?」
「敢菜といいます。半分は日本人で。」
珍しそうにカンナの髪を見ている。
先ほどの可愛らしい笑みはない。
「申しわけありませんが、今夜一晩、こちらに泊まらせてはいけませんでしょうか。」
桂の声に反応して、ふみの視線はカンナから外れた。
「ええ、もちろん。何泊でもしてってください。沢山お話も聞きたいですし。」
「ありがたい。」
桂に続いて玄関から上がると、カンナはいくつもの視線が自分に向けられていることに気づく。
松下村塾の塾生であった。桂も気づいたらしく、笑みを漏らした。
「久しぶりじゃないか。」
「桂さん!ご無事でなによりです。早速、京のお話しなどでもお聞かせください。」
「わかったわかった。もう少しゆっくりさせてくれ。後でそっちに行く。」
塾生たちはそれで満足したらしく、塾に戻っていった。
カンナは静かに息を吐いた。
「大丈夫か。美しいと言われるはずのその容姿も、ここでは辛いものなのだな。ここには、異人を嫌う者も少なくない。」
「慣れてるわ。いつの時代も奇異の目で見られるのは同じ。」
そのあと、カンナは泥がはねた着物を着替えたいと言って桂を部屋から追い出す。
桂は、カンナの悲しげな眼を思い出しながら衣ずれの音を聞いていた。
しばらくして、桂は眉間にしわをよせる。
「袴か。」
「やっぱり動きやすいし。ここでだけなら良いかなと思って。」
「まあ、信用できる者ばかりだから大丈夫だとは思うが、皆腰を抜かすぞ。」
カンナは久しぶりの袴ににっこりと笑った。
「しっくりくるなぁ。あとで相手になってよ。」
「なんのだ?」
「決まってる。剣の相手だよ。お互いなまってるんだし。」
桂は、まさか勝負を申し込まれるとは思ってもいなかったが、なまっているのも確か。頷いた。
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カンナは、慣れ親しんだ袴姿になり、桂の周りに集まった塾生たちを見ていた。 子供のように目を輝かせ、未来に光を見ている。 皆、そんな目をしていた。 玄瑞もそうであった。塾生たちは皆、未知の世界に魅せられながら恐れ、乱世だからこそ未来に光を見る。もしも自分の無知を知らず、生を受けた時既に世が平らであれば闇と光があることにも気付かない。その人は死んだような目をしているのだろう。
カンナ自身も、世界のおわりを知って社会が乱れたとき初めて闇を知った。社会が崩れていく様、人間の人間という部分が欠落していく人々、そして人間の狡くて残酷な部分も。しかし、ここには、闇のなかで光に手を伸ばす者たちがいる。カンナは安堵し、また彼らに光を与えた吉田松陰という存在の偉大さにただ感動していた。