舞い込んだ蝶
「あの人の予想が珍しく外れましたね。それに応援も来てないみたいですよ。」
「・・・あぁ。仕様があるまい。行くぞ。」
宿の外には、浅葱色をまとった者達が数名。
とうとう、このときがやってきてしまったのだ。
宿内は、相変わらず・・・いや、先にも増して泥酔者が増えていた。
それにカンナがため息を吐くと、桂がふと立ち上がり、外へ出て行く。
「ちょっと、逃げるの? 」
「まさか。周辺の見回りさ。」
桂は、また読めないような笑顔を作り、
さっさと出て行った。
この男は、見回りをしていてたまたま異変に気づき、一人逃げたのか、
それとも、もともと気づいていて仲間を置いて逃げたのか。
わからない。
だが、これだけは確かだろう。
桂は、ここに戻らない。カンナさえも置いていく。
しかし、それとは反対に、桂はこっそり戻り、手招きでカンナを呼んだ。
そして、何も言わずに足早に手を引き、歩き出した。
「やめて。・・・今更なによ。」
「あの新選組がここに討ち入ってくる様だ。逃げる。」
簡潔に内容を言って、また歩き出すのだが、カンナは桂の手を振り払った。
「とんだ腰抜けね。・・・」
カンナは反対方向に堂々と前を見据え、男顔負けの度胸を見せつける様に一歩一歩を
踏みしめる。
桂は、舌打ちをしてカンナに背を向けた。
この男にとって、カンナのこの行動は悔しいものであったことだろう。
女子に腰抜けと言われ、女子は逃げようとする自分を否定するかの様に
堂々とした背中を見せつける。
(・・・っ・・。あぁ。僕は腰抜けさ。
だが、この時代では逃げる者がより長く生きることもある。
それに、僕はここで死体をさらすわけにはいかないのさ。)
桂は、カンナの雰囲気や性格を大層気に入っていたのだが
ほんの短い時間しか見ることは敵わなかった。
桂が見たカンナの刀を持つ姿は、美しくも勇ましく、
戦場に向かう武士と同等にたくましかった。
裏口から宿を出て、なるべく遠くにと走っている最中、太い男の声を遠くで聴いた。
「新選組だ!!!宿内を改める!!」
(かんな、あいつらを頼んだよ。)
しかし、悲しいことに桂のこの願いは聞き入れられない。
この男は、思い違いをしていた。
カンナは佐幕派であり、倒幕派ではない。
故に、桂の仲間ではなく、新選組につくことになる。