解ける
桂とカンナは今、天下の台所といわれる大阪に訪れていた。どこへいっても人、人、人。中心部では商人のかけ声が絶えない。
「あ、手ぬぐい。
へえ、こんなに種類があるんだ。」
「キョロキョロするんじゃない。
みっともないだろう。」
なんだかんだで言いたいことを言える二人。
「宿はすぐそこなんでしょう?
まちを見て行くから、先に行ってくつろいでいて。これもよろしく。」
桂はすっかりカンナに振り回されることとなってしまっていた。
そんな桂も、大人しくカンナのしたいようにさせているのだが。
桂はカンナに押しつけられた荷物を手に、先に宿へ向かった。
一方カンナは、武器屋へ。
「どこぞのお嬢ちゃんがこんなとこに。珍しいおなごもおったもんやなぁ。」
店の奥から出てきたのはこの武器屋の若旦那。
「銃を探しているんだけれど。こちらにおいているかしら?」
「お嬢ちゃん、いくら商人いうても最近は取り締まりが厳しゅうてそんなもんなかなか置いてへんわ。
しっかし、なんに使うんかいな。そんな物騒なもん。」
若旦那は顔をしかめ、カンナを上から下まで見尽くした。
「物騒なのは今の時代よ。自分の身を守る術なしじゃ一人で外も出歩けないじゃない。」
「その背中のもんがあるんとちゃうか。」
「ただのお飾りよ。銃を調達するまでのね。」
「嬢ちゃんみたいな綺麗なお人なら、用心棒なんて山のようにおるて。」
「からかわないでちょうだいな。そんな者いたら一人でゆっくりもできないわよ。
ま、無いならしょうがないわね。 他をあたってみるわ。」
カンナは店に背を向ける。
若旦那は自分の首筋を何度かこすった後、カンナを呼び止めた。
「そんな急がんで、茶一杯ぐらい飲んでいったらええわ。」
・・・・・・
「まったく。長州もおなごに頼るようになったんかいな。」
旦那は何か勘違いをしているようだ。
「まぁ、大阪のここいらは長州びいきやさかい、銃ぐらい売ったるわ。
で?何丁入り用や?」
「とりあえずは150ほど。最新のものがいいんだけれど。」
金はあった。いままで給金はほとんどつかってないうえに、この頃の新撰組は金回りがよかった。
「150か。お安いごようで。
金は、、、」
言い終わる前にカンナは袋に入ったありったけの金子を前に置いた。
「足りる?」
「......ちと足りぬようで。けど、それぐらい嬢ちゃんの美しさに免じてまけたるわ。」
カンナはにっこりと笑ってそこを去った。
買った銃は京のある宿屋に届けさせた。
そこには十分に恩をうってあるから、
心配はいらないだろう。
こうやって少しずつ、準備を進めていけば、後の戦いにも間に合う。
敢菜は満足して宿に向かった。
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桂は既に到着し、暗い部屋の中で壁に背を預けていた。どこを見ているのか、桂の目はどこか宙をとらえていた。
「桂?」
敢菜の存在に珍しく気付かなかったが、
ようやく桂は敢菜の姿を捉えた。
「あぁ、敢菜か。 どこへ行ってきたんだ?」
桂はいつもらしくない笑顔をみせる。
「砂糖を買いにね。久しぶりに食べたくなってさ。 はいっ。」
敢菜は透明で琥珀色をしたお菓子を桂の口に放り込んだ。
「...あまい。」
「べっこう飴だよ。おじいちゃんがすきだったから、よく作ってあげてたんだ。おいしいでしょ。」
敢菜の笑顔に、桂はかつての仲間たちを見た。真っ直ぐすぎた。彼等は、何事にも真っ直ぐすぎたのだ。それ故に、また真っ直ぐに突き進み散っていったのだ。
口の中の砂糖の塊が溶けて熱へとかわった。
桂はようやっと涙を流したのだ。
どんなに仲間が先立とうと、犠牲が出ようと、一度も泣くことはなかった。そんな男の中で何かが溢れ出た瞬間。
敢菜はその涙に現実を思い知らされた。
すべては日本のためと命すらも捨てる志士たちがここにはいたのだ。日本の行く末を見ずに散っていった者たちの想いは、残された志士に重くのし掛かり、その者の力を増大させる力もあれば、その者の心を押し潰す力も持つ。だんだんと積み重なっていく想いはそれを背負う者の許容量をあっという間に越えていってしまうのだ。
桂はそんな状態に陥ろうとしていた。
「桂、どうして一番つらい道を選んで歩むあんたの身体はこんなにも細いんだろうな。」
敢菜はぐっと歯を食いしばって泣く桂の腕に触れる。剣を持ち、鍛え抜かれたはずのその腕は、思ったよりも細く、頼りなかった。
「これだから、刀は嫌なんだ。
刀は武士たちの魂を吸い取って重くなる。
いずれ、持てなくなるほどに、重くなる...。」
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あれから、桂と敢菜はいつの間にか眠ってしまっていた。泣いていた桂の手を握りしめていた敢菜の肩に、桂はよしかかっていた。まるで、母親に甘える子供のようであった。