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北へ・・・   作者: Haruka
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斉藤一の苦悩

慶応3年11月18日 夜中


 敢菜含む3番組と永倉の2番組、そして原田の10番組は、月のない暗闇の中、息を潜めていた。

それというのも、16日のある報告が原因である。



ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 11月16日  夜


土方は、広間にひっそりと組長らを集めた。

もちろん、3番組組長という役割を斉藤から受け継いだ敢菜もそこにあった。



「皆、覚悟して聞け。

俺たちは2日後、我らが局長の暗殺を企む伊東及び、御陵衛士の粛清を行うことになった。

だが、粛清といっても名目であって、俺たちがやるのはただの暗殺でしかない。

覚悟のない奴ぁ、いらねぇ。 新選組から出てけ。」


土方は、皆が座る上から目を尖らせる。

しかし、流石組長といったところか、誰一人その目から逃れようとはしない。



「平助と、斉藤はどうなる。」


あぐらをかいて畳を見つめながら一番に口を開いたのは藤堂と関わりの深かった永倉だった。

局長である近藤はというと、その言葉には反応せずただ静かに目を伏せるだけだ。


「斉藤は、間者として潜入していた。

今回の情報を持ってきたのもあいつだ。

今は、狙われることのないよう、安全な場所で身を隠している。」


「平助は。」


微かに震えた声を出す永倉に、土方は冷え切った視線を突き刺す。

そんな土方を直視できない組長達は、視線を畳へと逃げさせる。

その中で真っ直ぐと土方の目を見つめるカンナ。 ただ ただ、無表情である。

その表情は、土方の答えを聞いてもぴくりとも動かない。



土方は告げる。


「刃向かうようであれば、迷わず斬れ。」



その声音の冷たさに、そこにいた誰もが息を飲んだ。

息も出来ない程に空気が凍る。

最初に、息をしたのは誰だったろう。


カンナは息を吐き、立ち上がって広間を出ようと襖に手を掛け、音を立てて開ける。




「敢菜。...逃げるのか。」


土方は、カンナにもあの視線を向ける。

カンナはその視線をかわすようにして口元に弧を描く。


「今更、逃げなんて許されないさ。

それに多分、間違っちゃいねぇよ。あんたは。」



そう言い残してカンナは背を向けて帰っていった。

カンナが時折見せる大きな背中。

その背中は、組長達に安心感を与えた。


「そうだったな。どんなに厳しかろうが、残酷だろうが、あんたはいつも間違っちゃいねぇ。

副長、俺はあんたについて行く。 だから、最後には笑わせてくれ。」


荒々しく立ち上がって、ついて行くと皆の決心を代弁したのは原田だった。

その原田の爛々と光る目に勝負の笑みを浮かべたのは土方だった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 カンナは屯所を出て、一人夜道を歩く。

月の明かりがないおかげで、カンナの髪が輝き目立つことはない。

気配に敏感になりながら、素早く歩いて目的地へと向かう。

危険だと分かっていながら、カンナはそこに向かわずにはいられなかった。


『天満屋』


カンナはためらいなくのれんをくぐる。


店主は、いらっしゃいと声を掛けようとして、一瞬固まる。

視線の先には黄金色の髪と金色がかった美しい瞳。



「山口二郎はここに居るかい? 三浦休太郎ってのでもいいんだが。」


「そういうお方らは、いらしておりまへんわ。 すんまへんなぁ...。」



困ったように言う店主。 演技とも言い難い動揺。




「そうか。 ま、ついでだし、ゆっくりさせて貰う。

こんなうるさいとこよりも個室が良いんだが。」


「...へぇ。ではこちらへ。」


すんなりとカンナは店の二階へと上がる。

小さな個室へと案内され、酒を頼み落ち着く。

店主も、下に降りていったようだ。

カンナは部屋を出て個室の並ぶ廊下を少しずつ進み、耳をそばだてる。

そうしていると、厠の前でデカイ男とぶつかってしまう。



「すまない。」


「こっちこそ、すまんなぁ。

お?...珍しいお客もいるもんだねぇ。

異人なのに日本語は完璧で、和服まで着こなしてるときた。 それに、おなごか。」


目の前でニコニコと笑う長身の男。

その笑顔は大きいものではないが、どこか坂本龍馬を思い出させる。



「珍しいか?異人のおなごが。」


「いや。あんたの雰囲気だよ。」


それだけ言って口を閉ざし、再びカンナをじろじろと観察しだした。




「一人なら、ちょいと酒に付き合ってくれんか?」


「そんなヒマはない。」


カンナは、興味も湧かない男の横を通り過ぎようとしたが、

男のデカイ手が、それを遮る。



「一杯だけ。頼むよ。

連れが無言で酒を飲むもんだから、まずくて仕方ないのさ。な?」


こうなってしまうと、カンナは断れない性質なのだ。

それも、この時代に来て明らかになったこと。


 

 強制的にデカい手で手を引かれ、カンナは結局酒につき合うことになってしまった。

しかし、カンナ自身この男のことは嫌いではなかった。




 店の隅の部屋の前で立ち止まり、男は意外にも静かに、なんとか自分が通れるほどの隙間を作るように襖をあける。


中に入れば、少し辛口の酒の香りが漂っているのがわかる。

そして、その香りなかで一人酒を煽っている男がひとり。

全身黒ずくめで、ピリピリとした空気を作り出している。



「もう少し、穏やかに酒を飲むことは出来んのか?」


呆れたようにデカい男は黒ずくめの男の向かえに座り込む。

黒ずくめの男は何も応えず、ただ窓の外を哀しげに見つめている。


カンナはその顔をよく知っていた。

カンナの良い師であり、良い仲間である。

未だカンナの存在に気づいていないその男の背中は、懐かしく思うが、なぜだか酷く小さく見えた。


カンナは、そんな男が注ごうとしている酒を上から奪い取り、慣れない酒を飲み干す。



「おぉ?あんた、いける口だな。」


デカイ男は嬉しそうにカンナを見上げ、

もう一人の黒い男は勢いよく立ち上がる。





「敢菜...」


「おかえり。一ちゃん」


カンナは優しく笑みを向ける。

斉藤は、ほっとため息ひとつ。


「... ...あぁ。」


・・・


「ほお。...あんた新選組か。とことん変わった女だねぇ。」


「よく言われるよ。もう、うんざりだ。」



そう話す三浦とカンナ。

一方、斉藤は黙り込み下を向いている。

呼吸の音さえ立てない斉藤は唐突に口を開く。


「すまない。」

その一言。


「は?」


カンナには訳が分からない。

三浦は苦い顔をして酒を一口。


「すまない。」

斉藤は恐ろしかった。

斉藤の脳内にはあの声が甦る。

昨夜15日の夜のこと。


-新選組の斉藤・・・っ、 すまんかった、っと坂本がゆうてたちゅう事だけ・・

敢菜という者に・・・っ伝えてくれ・・・-


斉藤の刀を二回も受けた中岡慎太郎は、血を喉の奥から吐き出しながらその言葉を絞り出した。

カンナに自分の口で謝りたかっただろう坂本竜馬は、額を割られながらも死にきれないと言うように

目はしっかりと開けられたまま息絶えていた。

その光景から目を背け、刀の鞘を予定通り放置したまま斉藤は近江屋を足早に去る。

目の端に黒い装いの男が数人見えたが、気にしている余裕など斉藤にはなかった。

赤黒くぬれ、月明かりで鈍く光を放つ抜き身の刀は、走りながら震える手で草むらに投げ捨てた。

斉藤は気付けば無心に手を清めるように、何度も、何度も、冷たくなり始めた川の水の中でこすり続けていて、自分が自分でなくなってしまったかのような感覚に陥っていた。

自分の手を見つめると、震える指先は赤く腫れ、

手の甲には、精一杯生きようともがいた人間の爪痕が痛々しく残っていたのである。


手の震えがおさまった後、斉藤は御陵衛士屯所の高台寺にもどった。

伊東にこのことを報告すれば、伊東はよくやったと優しげに微笑んだ。


斉藤は自分の手の平を傷つけた。




 後日、息があったまま発見された中岡は体中に三十もの傷を負っていて、

下手人やその時の状況を問われたが、下手人については、

その時には既に意識が朦朧としていてわからなかった、と言って証言はしなかったんだとか。


2日間血を流し続け、御陵衛士暗殺計画が決定した16日の翌日、

中岡はどこか満足そうな顔をして息をひきとったそうだ。










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