和泉守兼定 其の弐 ~カンナの半身~
カンナは、土方に和泉守兼定を譲ろうと考えていた。
カンナがこれを持っている。
・・・とすれば、もう一本の和泉守兼定がこの世界に存在しているのはふつうに考えてありえない。
このままでは、土方は和泉守兼定を手にしないまま一生を終える。
カンナは手入れのために、初めてこの刀の目釘を抜いて、茎の部分を拝見した。
刀身を柄から抜くとき、茎の部分に何やら紙が巻いてあった。
それは和紙ではなく、現代にあったコピー用紙のようなしっかりしたものだった。
少し錆でへばりついていたが、思いの外すぐにとることが出来た。
開いてみれば、それは土方家の家系図だった。
祖父の名もあった。
勿論カンナの名もあった。
しかし、何かが違っていた。
「・・・嘘だ・・・」
カンナが見たのは、カンナの親の名だ。
土方歳之 ーー ハナ・グラバー
|
土方カンナ
ハナ・グラバー。
坂本が言っていたことが急に気になりだした。
これが本当であるならば、ハナ・グラバーはカンナと同様に時を越えたということになる。
父は今と変わらずだが、母が違う。
母はイタリア人だった。名も全く違うし、随分と現代らしく、世の中を上手く渡っていくひとだった。
幼い頃の記憶は薄い。
ただ、その頃は幸せだった。
母の顔はハッキリ思い出せないけど、美しい金髪だけが印象に残っている。
そして、とても優しい笑顔をしていたような気がする。
その頃は父も優しくて、一緒に剣道をやったっけ。
けど、いつからだっただろう。
父の反応が薄くなったり、深酒がおおくなったり、家族の笑い声が聞こえなくなったのは。
何があったのかはわからないけど、気付けばいつの間にか父も母も私を置いて海外に行ってしまった。
父が荒れて、母の声が聞こえなくなっていた空白の時間、何があったのか私は知らない。
幼いが故に、理解し難いことだったのか。
・・・・・
「敢菜。入っても良いか?」
カンナが考え込んでいた時、部屋の外から斉藤の落ち着いた声が聞こえた。
それによって、カンナのほてった頭の熱は瞬時に冷え、その反動で刀を落とした。
刀が畳の上に落ちる鈍い音がして、それに反応したのか、斉藤は了承の言葉を聞かないまま入ってきた。
「どうしたっ?」
「っいや・・・なんでもないよ。」
そうは言うが、刀を落としたとき、少しばかり指先を切ってしまったらしく、
ちりちりと指先に痛みがはしっていた。
「動揺しているようだが。」
「そう見える?」
「あぁ。酷く動揺しているようだ。」
カンナは気付いていた。
先ほど切った指先の痛みが、すべて消え去っていたことに。
何もかもが、最初からおかしかった。
カンナはここに来てから、異常な程までにこの世界にとけ込んでいた。
着物も着たことがないのに、手が覚えているような感覚で着ることが出来た。
道を知っているかのように、自然に足が動いた。
あまり抵抗もなく人を斬った。
そして、負った傷が治るのも異常に早かった。
カンナは、自分におこっていることの説明がつかないでいた。
この家系図が真実であるかということも分からず、何もかもが繋がらない。
「敢菜?」
「一ちゃん、・・・っなんでもないよ。
少し、寝不足なだけだ。昨日の夜は、巡察だったからさ。」
カンナは、自分の頭の中の葛藤を隠し、あの家系図をそっと自分の後ろに隠した。
斉藤はそれに気付いていたが、直接は触れなかった。
「そうか。しっかり休んでおけ。
あんたは以外と体が弱いから、休息をしっかりとらないとすぐに体調を悪くする。」
カンナは隠していたつもりだったが、斉藤はしっかり見ていた。
数日間にわたって夜遅くまでカンナの部屋の灯りがついていた場合は、必ずと言って良いほど
近いうちにめまいをおこしたり、酷いときは立ちくらみで座り込んでしまう。
「鋭いなぁ・・・。
これだから一ちゃんは嫌なんだ。
・・・まぁ、自分でもわかってるよ。・・・気を付ける。」
「それから、あんたは一人で考え込む癖があるようだ。
・・・だが、俺はあんたが与している3番組の組長なのだから、遠慮せず頼れば良い。」
カンナは、不器用な斉藤の優しさにふっと笑みをもらした。
「いつも不器用だねぇ。」
「余計な世話だ。 黙って頼っていれば良いのだ、あんたは。」
カンナはくつくつと笑いはじめ、その後一息つく。
「じゃあ、ひとつお願い。
少しだけで良いから、手を握っていて・・・。」
「あんたは、そういうところに関しては普通の女なのだな。
今まで、一人でも生きていけるような男顔負けの強い女だと思っておったが・・・。」
「・・・あたしも、少し前までそう思ってたけど。」
カンナは左手をそっと差し出した。
それを斉藤は静かに握りしめた。
「俺も、最近までは一人で生きてゆけるものと思っていた。
だが、違うのだな。 俺はそこまで強くない。
俺には、欠けているものがある。」
「それは何?」
「あんたは知らんで良い。」
カンナはぷくっと頬をふくらませた。
少しして何か思いついたかのように嬉しそうな顔をする。
「わかった。笑顔だ。」
「・・・何故その答えに行きつくかが理解できんな。
違うにきまっている。 ・・・もっと、大切なものだ。」
斉藤は無意識に握りしめる手に力を入れていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日、カンナは土方の部屋に押し入っていた。
「で?用ったぁなんだ?」
土方は目の下に隈をつくっていて、ため息をついていた。
おまけに機嫌の悪い土方の背後には山積みになった紙の束が見える。
「ん。やる。」
カンナは和泉守兼定2代目を目の前に突きだして見せた。
予想通り、土方は眉間に皺を寄せる。
「は?」
「換え時なんだろ?
だったら、これを使うと良い。」
カンナはけろっとした顔で刀を突き出したままでいる。
「お前のだろうが。」
「もともとはあんたのだ。
俺がこの刀をもって時を越えてきた今、
ここにもう一本これが有るとは考えられない。
だから、やる。・・・というか、返す。
こいつの本当の主はあんただ。 使ってやって。」
土方は、納得したようではあったが、受け取ろうとしなかった。
「こいつはさ、今まで俺の半身のようなものだったんだ。
どんなときでも、この手の中にあった。・・・いや、正確にはいてくれた・・・か。
それは、あの時代に使ってくれるのが俺しか居なかったからだ。
けど、今ここには本当の主であるあんたが居る。
きっと、こいつが一番望んでいるのはあんたの手の中だ。
・・・ほら、受け取れ。」
土方は、遠慮しがちに受け取った。
「あまり刀身も痩せてないし、俺の扱いが良くて綺麗な状態だから、これで充分なはずだ。
前の刀より、すこしばかり長いが、これはあんたが使っていたもんだ。 じきに慣れる。」
「ありがとよ。」
「いや。」
土方は、鞘をさらりとなでて、柄を握りしめた。
手にしっかりとおさまる感覚が土方の手にはあった。
「お前には、明日にでも良い刀を買ってやる。
今日は小太刀だけで我慢しとけ。」
「了解。高くつくよ。」
「あぁ。 受けて立つさ。」
土方とカンナは満足したようにニヤリと笑った。