会合
今、カンナは窮屈な思いをしていた。
これも、あの訳の分からない男のせいである。
「ちょっと、何すんのよ。きつい・・・。」
・・・・ー
「どうだい?」
男はひょっこりと顔を覗かせた。
・・・目が輝いている。
「あぁ。・・やっぱり、君にはその着物が似合ってる。綺麗だよ。」
カンナは、目を細め、さらに眉間に皺を寄せた。
着物の帯を思いっきりしめられ、窮屈で仕方がないという顔だ。
「・・・あんた嫌い。・・じゃ。この着物、ありがと。」
着物を着たままその呉服屋を出ようと一歩ふみだす。
しかし、2歩目はかなわなかった。
「ちょっと、まちなよ。着物を贈ってあげたんだから、すこし付き合って。」
男は、ニヤリと笑った。
カンナに、この男の感情は読めなかった。
「何処?」
「ちょっとした宿に。これから、大事な集まりがあるんだよ。」
(・・・幕末6月5日の集まり・・・?)
カンナは、歴女としての知識を掘り返していた。
「あたし、カンナ。あんたの名前って、桂小五郎?だったり。」
男は、表情も変えずにくすりと笑った。
「さぁ?どうだろうねぇ。 僕もわからないよ。どれが、本当の名前かなんて。」
(こんなホストみたいな男が、後の木戸孝允?
・・・維新の三傑の?)
「まぁ、だとしたらちょうどいいかも。 会いたい人が居て。」
「そう? 良かったよ。」
桂は、少し疑うような目つきをしたが、すぐに元へと戻した。
カンナは、確信していた。
この集まりが、倒幕派の会合であり、
企てている計画が、失敗に終わることも。
そして、カンナの持つ刀の持ち主が現れることも全て。
(桂には悪いけど、あたしは、佐幕派なの。尊敬してるひとがそうだから。
着物の借りは、いつか。)
宿に着いて、カンナはひとり、部屋の隅で座り、刀を見つめていた。
相変わらず、変な視線は感じるが気になどしない。
(やっぱり、あの池田屋事件か。・・・ちょっと危ないかも。)
カンナは、静かに立ち上がり、厠だと言って少し抜けた。
外へ出て、周りの様子をうかがい、ある男と目が合う。
見かけは商人。・・・でも確か・・・
「ちょっと、そこの薬屋さん。あたしに薬をうってくださいな。」
カンナがそう言うと、男は、じんわりと汗をかきながら来た。
「今、胃が痛いの。それに効くものはある?」
「へぇ・・。」
男は、カンナを敵だと思いこんでいる。
カンナは、薬を受け取って、その薬の包みにボールペンで何かを書き出した。
ー会合は池田屋。副長へ報告を。ー
男は、目を丸くしてカンナを見た。
カンナは、頷く代わりに瞬きをする。
そして、この文を残さないために、水も無いまま薬を口に放り込み、
包みは粉々に破って、男の頭の上に散りばめた。
「見て。紙吹雪。・・きれいでしょ。」
久しぶりにカンナは笑った。
男の、驚いてから一気に気の抜けた顔が面白くて。
「あぁ、ごめんなさいね。 お仕事の邪魔しちゃったかしら。」
「いえ。ありがとうございました。」
カンナは、早歩きで去っていく男の後ろ姿に手を振った。
(良かった。ちょっと、安心。・・・後は、待つだけか。)
だんだんと日が暮れ、志士達も酒で酔ってきたようだ。
そんな時でも、刻一刻と、あの歴史的大事件は迫っていた。