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北へ・・・   作者: Haruka
39/51

上司と部下と本音


 慶応3年3月









 ・・・今日も、くもりか。

坂本とはあれ以来会っていない。

もう6ヶ月ほど経っている。




「敢菜か?そこで何をやっている?

おかげで、素振りに集中できんのだが・・・。」



カンナは、屯所である西本願寺の境内の石階段に座って斉藤の手元をボーっと見ていたのだった。




「いや・・・。一ちゃんの手首が、今日は堅すぎると思ってさ。」



「そうだろうか。」



「あぁ。一ちゃんの剣はしなやかだろ?

今日は、らしくない。」





カンナには、その原因が見えていた。

悲しい未来が待っていることも、自分には何もできないことも。






「・・・そうか。どうやらなまっているらしい。

久しぶりに、手合わせでもどうだろうか。」


「いいよっ!久しぶりだ!!」







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








「非番なのに怪我したってことになったら、トシの雷が落ちるな。」


「あんたが気を付ければ良いだけだ。」




斉藤は、微かに目を細めた。笑っているのだ。





「一ちゃんこそ気をつけなよ。どっから何が出てくるかわかんねぇんだから。」





敢菜がにやりと笑って見せていると、軽い足音がして、誰かが姿を見せる。。





「敢菜さんと、斉藤組長でしたか。」


にこにことしてやってきたのは、カンナが鍛えている庄吉であった。

庄吉は、新選組に入って以来、カンナの稽古により、メキメキと剣の腕を上げていた。





「林か。」


「庄吉のやつ、なかなか強くなってきたんだよ。

あ、そうだ。一ちゃんさ、相手してやってくれないか?」



カンナは、石階段に座り直した。




「え!?・・・僕が、斉藤組長とですか!?」


「あぁ。あんたも強くなってきたようだし、

天才といわれる斉藤大先生に見て貰ったらいいんじゃないのか?」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 ・・・ということで、一ちゃんと庄吉の手合わせは始まったわけだが・・・。

まさかこんなにも早く完敗するとは。




「だめだな。

剣筋が揺れている。 今まで何をやってきた。」



「ははは・・・。まぁ、やっぱり庄吉には刀は向かなかったか。」




カンナは苦笑いし、袂に手を入れてなにやらあさりだした。



「あったあった。・・・ほら、あんたに。」



カンナが出したのはピストルだ。

それも、未来に有るようなものではなく、ちょうどこの時代に海外からやってきた旧式のものだ。





「これって・・・」


「ん?ピストルだよ。知り合いに取り寄せて貰った。

・・・あんたには、やっぱりこっちの方が合っていると思ったんだよ。」


庄吉は嬉しそうにそっと手にした。




「敢菜。いったい誰から・・・」


「だから、知り合い。

茶屋で働いてたときにさ、そういう貿易関係の仕事をやってる常連客がいてさ、

最近は物騒だから護身出来るようなものが欲しいって言ったら、手に入れてくれたんだ。」



そうは言うが、本当は違った。

桂に頼んだ。

面と向かってではなく、幾松を通して伝えて貰った。

最初は、敵だからと断られた。それもそうだとは思ったけれど、頼れるのは結局あいつしかいなかったんだ。


 きっと、龍馬と友好が続いていれば、俺は龍馬に頼んだと思う。

けれど、あいつとはずっと会えていない。

きっと、傷つけたのは俺で、騙したのも俺だ。


だから、俺には何も言えない。

  




「おい、庄吉。

ここらでは撃つなよ。

トシの雷がおちるからな。」


冗談のように笑ってカンナは言うが、

勿論冗談ではなく。



「あ、そうだ。非番のときにでも

森に行くか。弾なら有り余るほどあるから、心配はいらねぇし。」


「本当ですか!?

よろしくお願いします!!」



林は、おもちゃをもらった子供のように喜び、いつもの威勢のいい声をだす。

カンナは、庄吉のそういうところが

好きだった。

素直に喜び、素直に落ち込む。

子供と同じくらいに純粋である。

屯所の中にそういう存在があるというのは、

カンナにとって、大切だった。


カンナが、やむなく人を斬り、血を浴びて帰って来たことが度々ある。

そんなとき、林は、あの純粋な笑顔でカンナの気を鎮める。

そう気を保ってきたからこそカンナはカンナ自身でいられるのだ。




「なぁ、庄吉。

あんたが羨ましいよ。」



「敢菜さん?」




「いや、あんたは、真っ直ぐで純粋だからさ。俺もそうやって生きてぇなってさ。」



敢菜は、通武を思い出していた。

桂は言っていた。


ー真っ直ぐにしか進めないやつ、...そんな奴等が早く死んでいくのさ。...だが、そんな奴らは嫌いじゃない。むしろ羨ましいくらいだ。......私は...そんな風には生きられないからね。ー




真っ直ぐな奴らばっかりだ。 俺の周りは。

...いやになる。

自分だけが、浮いていて、いつか皆と離れてしまう。そんな気がしてならない。


手を取ってくれたトシでさえも、俺のこの手を放してしまう。




「馬鹿が。真に受けてそんな悲しい顔すんじゃねぇよ。全く、からかいがいのある奴だな。笑っとけ。あんたは、それでいい。」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 夜になって、カンナは副長室を訪れ、壁に寄っかかって土方の手元をじっと見ていた。

土方は、いつも迷いなく筆を動かし、無駄な動きなど一つもない。

しかし、今日は何処かぎこちなく、微かに筆先が泳いでいた。



「らしくない。」


「あ?」



「知ってるぞ。一ちゃんと平助のこと。」



 トシは、一瞬だけど筆を止めて驚いた顔をした・・・と思う。



「実はさ、俺も誘われたんだよね。あの人に。」


「ぁあ?そんなこと聞いてねぇぞ。」



「誰にも言ってなかったし。」



 あの人とは、新選組参謀である伊東甲子太郎のことで、最近になってから大きく動き始めた。

伊東は、新選組からの離脱を考えていて、何人かの仲間を集めている。

伊東の掲げる思想は、天皇に中心と考える勤王であり、

新選組局長である近藤さんは幕府を中心と考える佐幕だ。


近藤さんの思想は確かに佐幕だけど、少しずれていて、幕府あっての尊皇攘夷(王・天皇を尊んで異国を追い払う)という考え方だ。


・・・と言うわけで、伊東と近藤さんの考え方には、少しだけ似通ったところがあった。

似通っているといっても、ほんとにほんの少しだけで、時間が経つにつれてぼろがでできた。

伊東は、新選組を邪魔であると思い始めている。





「俺はさ、ずっとトシの近くにいるよ。

助けて貰った恩もあるしさ。 ・・・それに、トシは危なっかしいだろ?」



「危なっかしいだ?お前よりはずっとマシだがな。」




「いーや。トシの方が危なっかしい。

いつも無理してる。今だってそうだ。

もうこんな夜中なのに、目の下にくま作りながら死ぬまで仕事しようとする。

・・・ここの奴等、みんな危なっかしいんだ。特に幹部連中はさ、人を頼ろうとしねぇじゃん?

だから、何もかも無理してる気がしてさぁ・・・。」



カンナは静かに土方を睨む。




「左之なんてさ、制札の件のときに部下一人いなくなっちまったとき、一人でこらえてこらえて酷かった。

俺が無理矢理攻めたら、あいつ簡単に酒に酔って何もかもぶちまけたんだよ。

いっつも酒一滴じゃ酔わない酒豪がさ。でも、帰るときにゃ、あいつ妙にスッキリした顔で寝てた。

組長としての責任とか罪悪感とかが一気に抜け落ちて、こっちも気分が良かったよ。

俺は、なかなか人に頼ってもらえないから不安になる。

何も出来ない邪魔な奴だと思われてるんじゃないかとか、必要とされてないんじゃないかとか。いっつも。」




土方は、カンナの思わぬ本音に少し戸惑っていた。

だが、そんなカンナの気持ちを見捨てる土方ではなかった。




「なら、手伝いやがれ。

これらを、今日中に終わらせる。」



土方は、実際に仕事を与えた。

そうすることで、カンナの心は軽くなるだろうと思ったのだ。

カンナは、一瞬土方の横顔を見てボーっとした後、安心したような柔らかい笑顔を見せた。



「了解。副長。」





「辛くなったら、大人しく寝ろ。無理はすんな。」



「お互いさま。」





土方とカンナはよく似た笑い方でふっと笑った。












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