総司の心の内
「トシ、どうだった?」
カンナは、松本の診断を受けた後、道場を訪れた。
これも庄吉の入隊を確認するためだ。
「だめに決まってんだろ。
剣すらなっちゃいねぇわ、肝も据わってねぇわで、
まったく、ひでぇもんだ。」
「うーん、やっぱりか。」
それは、カンナもわかっていたことだった。
しかし、どこかひっかかるのだ。
「庄吉、この懐刀を向こうの壁の傷に向かって投げてみな。
あの傷を狙うんだ。」
カンナは、直感で庄吉に懐刀を握らせた。
最初は庄吉も焦って落ち着きがなかったが、
カンナが庄吉と目を合わせてやると、落ち着いて慣れたように構える。
そのときの庄吉は、さっきまでの面影はなく、
ただ一点を見つめる目が鋭くまっすぐだった。
庄吉の立つ位置から壁の傷まで五メートルはある。
しかし、庄吉は動じることもなく、軽く息を吐く。
それと同時に懐刀は鋭い軌道をつくった。
気がつけば、懐刀は壁の縦傷に垂直な傷を残していた。
そして強く食い込み、抜けるまいとふんばっている。
「トシ、こいつは俺が面倒みるから。」
カンナは、唐突に入隊を勝手に決定してしまった。
「本気か?」
土方は、正気ではないというように顔を歪ませるが、
カンナにとって、そんなことはどうってことなかった。
土方は、そんなカンナに負け、ため息をつく。
それを承諾と判断したカンナは得意げな笑みを漏らした。
「よし。」
カンナは鍛えがいがあるといって庄吉と共に立ち去った。
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カンナが去った道場。
土方は、疲れを感じながらも、一人竹刀を力強く振った。
「いつもの一人稽古ですか?」
いつの間にか入り口に沖田がニコニコとしながらたっていた。
「なにやってる? 大人しく寝とけ。」
「あぁーあ・・・。松本先生から聞いちゃったんですか。」
「あぁ。」
沖田は診断を受ける前から自分の病を知っていた。
父も同じ病でこの世を去った。
幼い総司でも、目を逸らさずにそれを間近でみていた。
「土方さん、僕はね。
この世を去るまで剣を握っていたいんですよ。
僕の今までの人生、剣しかなかったですし、
それに、最後まであの子を守ってやりたいじゃないですか。」
「敢菜か。」
「はい。
あの子はきっと、今まで散々辛い思いしてきてます。
それなのに、ここでも人を殺させて辛い思いさせるなんて、
そんなの鬼じゃないですか。」
この頃には、総司にとってカンナの存在は大きくなっていて、
簡単に捨てられるものではなかった。
「ここは新選組だぞ。
そんな甘い考えは隊士としておいておけねぇ。」
「それでも、僕のそばで笑っていて欲しいんです。
変わらない笑顔で、僕の隣りにいてほしいんですよ。
僕はすぐに死んでしまうから、あの子にこの気持ちを伝えることは出来ませんけど、
死ぬ間際まで、あの子の笑顔が隣りにあったら僕はそれで満足なんです。」
沖田がカンナを愛しているということを、土方は初めて知った。
それと同時に、土方の胸は微かに締め付けられたような苦しさを感じた。
「馬鹿言うな。
お前は、俺に本音を簡単に言う奴じゃなかったじゃねぇか。」
沖田は一瞬はっとした顔をして、困ったように笑った。
沖田の妙に大人っぽい笑みが静かに迫る死を土方に感じさせる。
「ははっ・・・。
さすがは土方さんだ。 よくわかってるなぁ・・・。
まぁ、今日限りですから安心してください。」
「あぁ。そうしとけ。
いつも気色悪ぃぐらいに、ニコニコしている方がお前らしい。」
「ひどいなぁ。
土方さんみたいに、いつも眉間にしわ寄せてるよりは良いと思うんですけど。」
沖田はいつもの笑顔を取り戻し、道場を出て行こうとする。
「あぁ、そうだ。
土方さん・・・あの子のこと、頼みますよ。」
そう言った。
土方は、何も応えられないまま沖田を見送った。
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「敢菜。
なにやってんの?」
「ん? あ、総司。
こいつの剣術の指導をやってるところなんだ。」
総司は道場を出た後、敢菜を探し出した。
「ん? ・・・ごめん、気付かなかったよ。
君、名前は?」
「あ、えっと・・・林庄吉です。
よろしくお願いします・・・。」
総司はニコニコと笑ってよろしくと返す。
「珍しいなぁ。君みたいな子。
新選組は少し荒々しい子が多いから。
早く強くならないと、食べられちゃうよ。
ここにそうなちゃった子がいるし。」
「えっ!?」
驚いて焦る庄吉を嬉しそうな目で見る総司の一方でカンナはため息を吐く。
「やめてくれ総司。
俺がいったい誰にされたっていうんだよ。」
「土方さんでしょ?」
カンナは口をポカーンとあけて固まる。
「僕見ちゃったもん。
敢菜が土方さんに抱きしめられてるとこ。」
「んなっ!!?」
敢菜は顔を真っ赤にして、それを隠そうと腕で顔を覆った。
それを総司は楽しそうに笑う。
「はははっ!
可愛いなぁ!敢菜は!」
「えっ・・・本当に?」
不安そうに声を漏らす庄吉は、何処か勘違いをしている。
「ばかっ庄吉っ!!そんなわけないだろっ!」
敢菜は全力で否定するが、顔を真っ赤にして言われても、説得力はなかった。
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「まったく、変なこと言うなよ。総司。
庄吉が勘違いしたらどうする?」
夜になって、カンナは総司と酒を飲んでいた。
「あながち、間違いじゃないでしょ?
わかるよ。 君が、土方さんのこと好いてるの。」
「だから違うって・・・」
未だ否定するカンナをみる総司は子供を見る親のように穏やかだ。
「恋なんて、まともにしたことなかったから、気付いてないだけだよ。
敢菜見てたらわかる。 君は恋してる。」
「・・・恋・・・ねぇ。
恋って、何なんだろうな。」
カンナは、未来でも恋というものをしたことがなかった。
それは、ほとんど一人で生きてきたからだ。
愛というものも、何一つ知らずに育った。
だから、世界が滅びたときも未練何一つなかった。
「難しいけど、簡単に言えば・・・相手の隣りにずっといたいって気持ちとか、
一緒にいたら気持ちがたかぶったり、触れたいって思ったり。 そんな感じ。」
「うーん。難しいかも。
総司は?したことある?」
カンナが総司にきく。
総司にとって、胸が締め付けられるようなことだった。
「僕?
・・・僕は、したことあるよ。
叶わなかったけれど。」
「苦しい?」
「とてもね。
恋って、楽しいよりも、辛くて苦しいんだ。
それを思い知ったかな。 でも、その子に出会えてよかったって思えるから・・・もういいんだ。」
「そっか。」
カンナはうつむき何かを思っていた。
「ねぇ敢菜。
恐がっちゃ駄目だよ。恋に臆病になっちゃ駄目だ。
きっと、一生後悔するから。」
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総司は自室で壁にもたれかかって、物思いにふけっていた。
・・・ははっ・・・情けないなぁ。
格好付けて敢菜の背中をおしたけど、この様か。
・・・やっぱり、苦しいなぁ。 恋っていうのはさぁ。
もし、僕が労咳じゃなかったら、土方さんから敢菜を奪ってたのかな。
それはそれで面白いかもね。
土方さんの泣き顔が見られるかもだし。
・・・でも、きっと敢菜が心から笑っていられるのは土方さんの隣だけだから。
・・・だから・・・僕は大人しく退いた。
最後に、少しだけでも格好付けたくて背中おしたけど、
結局は情けなく一人で泣いてる。
こんな時でさえも、君が抱きしめてくれたらなんて考えちゃうけど、
そんなのは、叶わない夢でしかない。
土方さんの前では、意地悪して死ぬ間際まで隣りにいてくれたら満足・・・なんて言った。
けど、そんなの嘘だ。
本当は、君が幸せに笑っていてくれたらそれで満足なんだ。
だって、もし君が僕の死に際、僕の隣にいたら、君は笑顔でいられないに決まってるから。
泣いて、笑顔なんて見せてくれないから。
京の町が火事になったとき、君は泣いていて、ボロボロだった。
僕はそんな君の姿を見て、何にも出来なかった。
君の悲しそうな姿が見ていられなかったんだ。
情けないよね。 土方さんは、真っ先に君に手を差しのべたっていうのにさ。
・・・君には、みえていないのかな?
土方さんの気持ちが。 いっつも眉間に皺寄せてる土方さんだけど、
君の笑顔を見たときは、穏やかで優しいんだよ。
なんだかんだで君には甘いし、君が泣いているとき、君を抱きしめて慰めるのは土方さんだ。
土方さんが心底羨ましいよ。
そりゃ、俳句は日本一下手だけどさ、君と想い合えるなんていいなって思うんだよ。
健康な体があって、剣も上手くて、ひとに優しく出来て・・・君を抱きしめられて。
僕は、君を抱きしめて慰めてあげられないから、
少しでも君の傍にいて、僕が忙しい土方さんの代わりに守ってあげる。
君が、ひとを斬らなくてもいいように、泣かなくてもいいように。
たださ、その代わりに君の笑顔を見ていたいな。
死ぬときに後悔しないぐらい。
瞬きなんてしないで君をみつめていたら、死んでも君の笑顔が見えるぐらい目に焼きつくかな?
君の笑顔を見るのに、一瞬の瞬きでさえも惜しい。
だから、出来るだけ僕の前では笑っていて。
これは、僕のわがままかもしれないけれど・・・ー