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北へ・・・   作者: Haruka
34/51

あの人の残した愛



元治2年3月10日



西本願寺敷地内








「トシ!!これはこっちでいいのか!?」


カンナは、大荷物を持たされて、フラフラとした足取りで歩いている。






「あぁ。・・・って、おい待て!!」



土方は、急いで駆け寄って、カンナの持つ荷物から、ある冊子を抜き取った。




「よし。行け。」


「・・・俳句か。

まったく。 くだらねぇ俳句詠んでねぇで、隊士に稽古つけてやってくれよ。

どうせ、梅やら春の月やらでうまってんだろ?」




カンナはため息を吐くが、本気でやっている土方には毒だったらしい。







「・・・なんで知ってる?見たのか?」



「気にすんな。勘だ。

それより、半分荷物持ってくれ。

男なんだからさ。」




カンナは、土方の怒りをするりとかわして、強制的に荷物を持たせた。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・











「・・・ここが副長室になるのかぁ。

立派なこったな。ここが間もなく書類の倉庫と化すのか。」



「ぶつくさ言ってねぇで、働きやがれ。」



「そういや、一ちゃんは?」


カンナは、斉藤の様子が気になった。

いつもは、自室か道場にいるのだが、この広い新屯所ではわからない。




「斉藤なら、稽古をすると言っていたが。」


斉藤は、何処へ行っても稽古だ。

日々の鍛錬を欠かさず、寝坊もない規則正しい生活を送っている。



「一ちゃんらしいな。

うしっ! 俺も行ってくる!

片付けぐらい一人でしろってんだ!!」



カンナは逃げるようにして道場にむかった。

内心、斉藤との試合を楽しみにしていたのだろう。





・・・・・・



「ったく。

あいつも斉藤も剣術馬鹿か。」


一人残された土方は、面倒くさそうに片付けを再開し始める。

そして、本やら書類やらを積み上げられた山の上から順に片付けていったのだが、

最後の一冊だけ、土方の見慣れない冊子があった。

それは、土方も一度見たことのあるものであったのだが、

とうにそんな記憶は消え去っている。



(なんだ?・・・)


土方は、疑問に思いながらもそれを手に取り、表紙を開く。




「これぁ・・・」


土方が、思わず声を漏らした理由は、そこに書かれている名前にあった。


(久坂・・・玄瑞だと?

・・・・・・まさか・・・)



土方は、疑った。

こんなことはあり得ないのだと勝手に思いこんだ。

しかし、句を読んで何故か本物であると納得したのであった。





ー 香を千世に 留めぬるとも 武士の

         あだなる花の 跡ぞ悲しき ー


ー ゆく川の過ぎにし人の跡とへば

         ますら猛男も涙ぐましも ー





土方は、それからどんどんめくり句を読んでいく。

儚く、切ない武士の心情がそこにはあった。

しかし、その句も途中で途切れる。

後のページは白紙だ。

それらには数え切れないほどのしわと、黒々とした血の痕があった。

土方は、そんなものに少しの恐怖を抱いたが、ページをめくらずにはいられなかった。



 そして、裏表紙が目に映る、最後のページ。


(・・・あの時の?・・・)




土方が思い出したのは、土方がカンナを屯所に連れてきたあの日のことだった。

あの日、カンナは土方にこの句を読んでくれと言ったのだ。



ー 私の、兄さんのものなの。

  血は繋がっていないけど、大切で・・・。 これは、その人の唯一の形見なの。ー




カンナが、その時に言った言葉である。

憎しみも、偽りもなく、汚れすらもない透き通った瞳が、涙が・・・土方には眩しかった。

心から、その兄を羨んだ。

昔から、土方には捧げられる愛が足りなかった。



(優しい兄さんも、気っ風のきいたまさに江戸の女な姉さんも居る。

・・・だが、俺の存在一つで、兄さん達の幸せを壊したくなかった。

何時だって俺は悪ガキで、いっつも迷惑を掛ける。 兄さん達の幸せを壊すぐらいなら、

愛なんていらなかった。・・・だが、今はどうしようもねぇぐらい愛が欲しい。

・・・俺は・・・今も昔も孤独だ・・・。)








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








土方は、冊子を持って道場を訪れた。

道場と言っても、この西本願寺のだだっ広い一室と、庭なのだが・・・。




「おい、敢菜。」



土方は、一室のど真ん中で斉藤と寝っ転がるカンナに苦笑いをしながら声を掛ける。


「トシ。どうしたぁ?」


目を閉じて、だるそうに応えるカンナだったのだが・・・。





「俺の荷物の中に、混ざってたぞ。

大切なもんだろうが・・・。」


そう言った瞬間、カンナは勢いよく起きあがって奪うようにして受け取った。

そして、中を良く確認し出した。

そんなカンナに、斉藤も起きあがり首を傾げるが、何も聞かなかった。




「兄さんのだろ。

兄さんの名は・・・見なかったことにしといてやる。

過去の話だろうからな。」


「黙れ。」



カンナは涙を流した。

あの時と同じ、汚れのない涙を。

しかし、瞳は強い意志を持ち、土方を威圧した。




「通武を過去の人にするなんて許さない。

・・・あの人は、ちゃんと生きてるから。

あの人の剣は、私の中でちゃんと生きてる。」


「・・・久坂玄瑞か。

厄介な男だったらしいがな。

・・・全く、良い句を詠みやがる。」



ずっと話を聞いていた斉藤は、よく聞く名に、反応した。

だが、何も言わず。





「トシなんかよりずっと上手かった。

声もすごく通ってて綺麗で、真っ直ぐだった。

それが、思い出されるからずっと・・・開いてなかった。」



「・・・これ。

それに挟まっていた。 読んでみろ。」



カンナが受け取ったのは、小さく折りたたまれた紙切れだ。







ー  カンナさん、これで最期となりましょう。

 しかし、もう一度だけ、貴方の笑顔が見たい。私は欲張りでしょうか。

 

 せめて、一句だけでも貴方に贈りたい。私の、心の内を知って欲しいのです。


  軒端の 月の露とすむ

      さむき夕べは 手枕に いのねられねば

              橘の 匂へる妹の 恋しけれ


                         久坂 玄瑞     ー






(通武は、何時も私を泣かせる。

不器用だね・・・。 真っ直ぐにしか進めないひと。

・・・なんて不器用で愚か。

・・・けど、そんなひとは。 ・・・そんな生き方は、嫌いじゃない。

むしろ、羨ましい。 ・・・桂と一緒。

私は、そんなに真っ直ぐに生きられないから。

・・・わたしは、通武に愛されて、かつさんにも愛されて、幸せだね。

きっと、笑っていられるよ。

なんてったって、通武とかつさんが愛してくれているから。)





ー ありがとう。 でもきっと、こんな言葉じゃ全然足りなくて。・・・ ー













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