鬼の休息
元治2年3月
庭でカンナが洗濯物を干していたある昼。
「・・・え?
引っ越すだぁ?」
カンナは嫌そうに顔をしかめた。
そんなカンナの相手になっているのは、巨漢で口のでかい永倉だ。
「そうらしい。
なんでも、土方副長がそう提案してるんだと。
あれじゃあ、もう決定事項だろうな。」
「・・・そうか・・・。」
カンナは、ため息を吐いて現屯所のある間を見つめる。
「・・・あぁ・・・ここは、山南さんの部屋だったか・・・。
ここを離れるとなると、寂しくなるなぁ。」
山南が、2月に切腹で果てた後、土方は隊士全員に山南の死を告げた。
隊士の統制のため、全てを包み隠さず語った。
山南を利用したといえば、聞こえは悪いが、これも山南が望んだ新選組のため。
勿論、隊士達は長い間、共に働いてきた幹部をも殺してしまう土方を改めて鬼として認識した。
これで、規律はとれた。
そして、最近では、新選組の名が各地に広まり、
百姓、商人から脱藩者や、全く身元の知れない者まで新規隊士志願者として新選組を訪れた。
これも、新選組の働き故・・・と言いたいところだが、それだけでもないようだ。
新選組は、金回りがよく、剣を上手く扱い、手柄さえとってしまえば、
一気に金が手に入る。
それが目当てな者が大半である。
「すみません!
どなたかいらっしゃいますか!?」
カンナが永倉と話していると、外から高い少年の声が聞こえた。
「・・・ガキかぁ?」
永倉は頭をかきながら声のする方へと向かう。
それに洗濯物を放り出して、カンナも付き添うことにした。
「・・・何用だ?」
「あ。・・・えと・・・隊士を募集してるって聞いて・・・
それで・・・・・・それで・・・・」
少年は、おどおどと話し始めたが、どうやら、最後の言葉が出てこないようだ。
「入れてくれって話かい?」
カンナは明るく声を掛けてやる。
「あ・・・はいっ!」
「そう。・・・覚悟は?」
「ありますっ!
・・・それなりの・・・覚悟はしてきたんです・・・。」
この少年の物言いから、望んで等いなかったのだろう。
何か訳がある。
「来な。
うちの鬼とご対面だ。」
「・・・鬼??」
「トシ。
入隊希望者が訪ねてきているんだが。」
返事はない。
土方は、忙しくとも、そこに存在していれば、必ず返事だけはするはずである。
いつもはそうだ。
「・・・?・・・トシ?」
出かけてはいないはずだ。
この部屋の位置、出かける際は、必ず庭の前を通るし、
いつもは、留守を頼むとカンナに一言言っていく。
おかしい・・・。
「トシっっっ!!?」
カンナは不安が募り、障子を勢いよく開けた。
「・・・・・・トシ?
・・・(寝てるのか?)」
筆を持ったまま机に伏して寝る姿は、まさに無防備である。
鬼の影など、見ることも出来ない。
カンナは、新隊士になるかも知れない少年に、この姿を見せまいと、
襖を一瞬で閉めた。
「はは・・・すまないな。
仕事が・・・忙しいらしい・・・。
・・・あぁっと・・・新八さん、この人を、広間で待たせてやってくれ。
俺は、トシの仕事を手伝わなきゃ・・・。」
「あ?・・・あぁ。」
永倉は、とりあえずというところか。
「はやく行けっ!」
カンナは、永倉達を追い払った。
そして、カンナは再び障子を開けて、のほほんとした雰囲気にため息。
「トシ。
・・・全く。
頑張りすぎるからこうなるんでしょ?」
土方はいっこうに起きない。
「・・・起こすのも、酷だな。
しょうがない・・・。 明日だな。」
カンナは、土方の手から筆を抜き取り、
静かに置く。
更に、面倒見が良いのか、布団を無造作に斜めに敷き、
布団に寝かせてやった。
土方は、男で身長も高く、女に比べれば、ずっと重い。
女のカンナにとって、移動させるのは一苦労だった。
ようやく移動させ終わって、
一息吐くと、カンナは優しく微笑む。
「おやすみ。トシ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「すまんが、今日は帰ってくれるか?
仕事が山積みでな。
うちの鬼は、手が放せそうにないんだよ。」
結局は明日。
「あの、鬼って?・・・」
「新八さん、教えてやって。
長年一緒にやってきたんだろ?」
永倉は、カンナの振りに苦笑いで応えてやる。
「鬼っつうのは、
この新選組の副長、土方歳三のことさ。
怒ったら怖ぇのなんのって・・・。」
「へぇ・・・。
そ・・・そうなんですか・・・。」
少年は、明らかに怯えているようだ。
「嫌わないでやってくれよ。
トシは、新選組のために必死になってるだけなんだ。」
少年の顔は多少緩む。
「そういや、あんたの名は?
俺の名は、敢菜だ。」
「あ。・・・林庄吉です。」
「庄吉か。わかった。
また明日来な。覚えといてやるから。」
「はい!」
この庄吉という少年、返事だけは威勢の良い少年であった。
人柄は、疑うことなく良さそうであるのだが、肝心の剣については弱そうで、
果たして、入隊は許されるのか・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・庄吉ねぇ・・・。
鍛えてやりたい気もするが・・・。」
そんなことをつぶやきながら、林の後ろ姿を見送るカンナ。
林が見えなくなると、カンナは永倉と別れ、厨で茶を煎れて湯飲みを二つ持ち、
どこかへと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「失礼。」
カンナは返事を待たずに障子を開ける。
「勝手に入ってくんな。」
「ったく。
恩知らずだな。
・・・布団を敷いて、寝かせてやったのは誰だ?」
土方は顔をしかめてカンナを見た。
「・・・まさかお前か?」
「当たり。しかも、そろそろ起きる頃だと思って、
茶まで煎れてきてやった。」
「・・・すまねぇ。」
「まったく、困るねぇ。
自己管理がなってないのがひとの上に立つなんてな。
隊士に示しがつかない。
更に、俺があんなに密着しても起きないなんて、間者にすぐやられるな。
・・・・・・頑張りすぎんな。・・・頼むから。」
カンナの不器用な優しさであった。