ぬくもり
カンナは、山南の亡骸を目に映さず、そのまま走り出した。
涙は、いとも簡単に流れて落ちる。
何も、考えて等いなかった。
ただ、何でか涙が出る。
こっちに来てから、泣いてばっかりだと思う。
大切なものを、つくりすぎたから、弱くなった。
通武も、かつさんも、・・・山南さんも失くしてしまった。
結局、あたしは、どこにいっても一人でいろってことか。
神様も、何だかんだで厳しいんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・あれ・・・。
どこだ?・・・ここ。
「どないしはったんどすか?」
女の、柔らかい京言葉。
「・・・道に・・・迷って・・・。
・・・・・・ここは?」
「お侍はん、何にも知らへんでここに来よったんどすか?」
女は、クスクスと上品に笑う。
決して嫌な笑い方ではない。
むしろ、好感が持てるようなかわいらしさ。
「・・・えと・・・」
「ここは、島原いう花町どすえ。」
・・・花町・・・。
あぁ・・・。
ここで男共は女遊びをするのか・・・。
「・・・まだ、朝早うて、どっこの店もやってへんからなぁ。
こんな芸子で、満足なもてなしは出来へんけんど、あんさんが道に迷わはってここに来たのも、
何かの縁やも知れへんさかい。
中に入って、ゆっくりしてってや。」
・・・・・・
「そんな悲しいお顔、せんどいてくりゃす。」
この芸子は、美人で、こんな風に気遣いもできる。
こんなに美人な芸子は、ほかに探してもいないだろうというくらい。
「・・・笑うとったら、どうにでもならはるんとちゃいますのん?」
笑ってたら、どんなことも乗り切れる。
・・・ははっ・・・。
かつさんも、通武も、そうだったな。
「それに、おなごなんやさかい。
せっかくのかぁいらしいお顔、台無しにしたらあきまへんえ。」
「・・・っえ?
・・・女だって、気付いて・・・?」
「見てはったら、わかります。
こんな綺麗な男は、どこにもいやはりまへん。」
綺麗・・・かぁ。
・・・っは。
あんたには負けるよ。
「・・・酒・・・くれるかい?」
酒なんて、飲んだことはないけれど、
飲みたい気分なんだ。
むしゃくしゃして、どうにでもなっちまえよってさ。
「へぇ。 今もってきはりますよって、待っとってください。」
・・・・・・・・
「・・・飲み過ぎとちゃいます?」
「酔っちゃいないよ。」
以外と、酒には強いみたいだ。
けど、喉が熱い。
焼けてるみたいだ・・・。
・・・ん?
・・・・・・足音・・・。
「失礼するよ。」
・・・っこの声!!
襖が開いた。
「おや。・・・客人かな?」
「道に迷ってはって・・・。」
芸子は、たじたじとした様子・・・。
「・・・あれ?・・・カンナか?」
「・・・やっぱり、桂小五郎か・・・。」
この時代に来て、初めて関わったホスト野郎。
こんな奴が、維新の三傑だなんて認めない。
「その目。懐かしいよ。
私の仲間を斬ってくれちゃって・・・。」
「味方だって、勘違いしたあんたがわるいんじゃないか。」
あーあ。
・・・芸子さんも困ってるなぁ・・・。
「まぁ、いいさ。
君には、あの義助もお世話になったようだし?」
「・・・っ通武のこと?」
義助。
久坂玄瑞の一番新しい名。
「そうか・・・。
君には、その名で通していたのか・・・。」
「久坂玄瑞っていう名も教えてもらった・・・。」
今はもう、過去のひとになってしまったけれど、
あたしは、通武を忘れない・・・。
あの笑顔も、あの声も。
「君のことは、義助からよく聞かされていたよ。
あの大の異人嫌いがあそこまで、執心するだなんて、驚いたよ。」
異人嫌い?
・・・あの通武が?
「・・・なんでといった感じだな・・・。
あいつの親や兄さんは、黒船に殺されたようなもんなのさ。
実際には違うが、当時は、あいつも子どもだったから、傷が深かったんだろう。
だから、君のことも殺さないと気が済まないのかと思っていたら・・・
あっさり心奪われて、恋の相談までされる始末だ。
それで、気になって、ある日聞いてみたのさ。
その子は異人だろう?って。
・・・そしたら、あいつ、カンナさんは日本人だって言ったんだ。」
「・・・日本人?
私が? ・・・どう見たって・・・」
異人だ。
金の髪して、金の目して。
鼻は普通の日本人より高いし・・・。
「確かに、君は異人なんだろう。
だが、私も不思議に思うんだよ。
日本人以上に、日本人らしい・・・。」
日本人らしいって、なんだろう。
「・・・ははっ・・・。
君は、どんな日本人よりも誇り高く、誠実なんだよ。
・・・・・・そんな目をしている・・・。」
あたしの目が何を表しているのか、さっぱりわからない。
そういえば、初めて山南さんと会ったときも、目が真っ直ぐだって言われた。
「・・・きみは、何なんだ?」
「・・・何なんだって・・・失礼なやつ。
私は、ただのハーフだけど。」
「・・・・・・ハーフ・・・とは・・・えー・・・と」
あ・・・。
通じないのか・・・。
原田さんと、永倉さんにも通じなかったな・・・そういえば。
「・・・異人と日本人の子ってこと。
簡単に言えば、混血。 母が異人で、父が日本人なんだよ。」
「なるほど・・・。
・・・筋が通るな・・・。
しかし、この時代に混血が日本にいるとはな。
危険ではないのか。」
危険と言えば、危険だな。
この時代に来たときも、早々に殺されかけたし。
でも、自分の身くらい自分で守れる。
「簡単に死にゃあしないさ。
この刀に見合う死に場所は、少ないんでね。」
「和泉守兼定か・・・。
そもそも、君の死を許さないんじゃないかな?」
死を許さない・・・なんて、酷いもんだ。
「・・・私の大切な人は、みんな死んでくってのに・・・。」
「そりゃあ、君が容易に死んでいく奴を大切な人として選んでるだけだ。
真っ直ぐにしか進めない奴、自分よりも他人を優先する奴。
そんな奴等が、早く死んでいくんだ。
・・・だが、私は嫌いじゃないんだよ。
そんな奴等が。・・・羨ましいくらいだ。
私は、そんな風には、生きられないからね。」
あたしもだ。
結局は、自分が可愛くてしょうがない。
いざってときは、守って貰ってばかりの人生。
「私とあんたは、似たもの同士って事か。
・・・ふっ・・・酒でも飲もうや。」
あたしは新選組だ。
けど、桂には着物の借りがあるから、今回は見逃す。
トシにばれたら、終いだけどね。
・・・・・・・・・・・
「ちょいと、カンナはん。
さきから、飲み過ぎやありまへん?
・・・お酒はもうあきまへんえ。」
「大丈夫、大丈夫。
この時代の酒は度が弱いみたいだし。」
「・・・この時代?
頭いかれてるのか?・・・もう帰るぞ。」
桂の奴、あたしをめんどくさいと思ってるな・・・。
あ・・・むかついた・・・。
「お姉さんもなんか言ってよ。
桂の奴、あたしから酒を奪うんだ!」
「お姉さんじゃないよ。
幾松だ。 名くらい覚えな。」
・・・幾松?
ふーん。
・・・・・・う・・・気持ちわる・・・。
「吐く・・・」
「待て。・・・我慢してくれっ。」
「小五郎はん、おきばりやす・・・。」
「・・・っまた来るっ。」
・・・幾松と桂か。
・・・夫婦みたいだな。
・・・・・・桂も、恋なんてできるんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まったく。道端で吐くなんて・・・。
手がかかりすぎだよ・・・。」
「うるさいな。」
しょうがないじゃん。
むしゃくしゃしてて、自制が利かなかったんだ。
山南さんの苦しそうな吐息が、耳から離れない。
かき消したかった。
・・・だから、酒を飲んで、桂と話し込んで、あのことを忘れたかった。
「君の家はどこ?」
「・・・自分で帰れる。」
どうせ言ったって、あんたはおくってってくれないんだろ。
敵陣だもんな。
「危なっかしいだろう。送ってってやる。」
「っは・・・・・・新選組だよ。・・・いいのか?」
笑える。
今まで、仲間を捨てながらも逃げ切ってきたこの男が、
酔った人間を送っただけで捕まるなんて・・・。
喜劇だね。
「・・・はは・・・困ったな。
・・・まぁ、良い。 君になにかあったら、義助に呪われるから、・・・送ってくよ。」
・・・桂が?
この桂小五郎が?
「正気?」
「あぁ。正気よ。」
笑う余裕があるのか・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほら、着いたよ。」
・・・笠を使うか・・・。
まったく、用意のいいやつ。
しかも、送るのが、屯所からは見えない建物の陰って・・・。
ちょっとずるい。
「これで借りはなしだからな。」
「借り?・・・なんかあったかな?」
「あの上質な着物。」
「あぁ・・・。
そうか・・・。その貸しで私は捕まらなかったわけだ。」
あぁ・・・桂の笑顔は苦手だ。
なんだよ。 この上から目線・・・。
「今度からは、本気でかかる。」
「あぁ。・・・今日は楽しかったよ。」
楽しくなんかなかった。
あれをかき消すのに必死で、苦しくて・・・・・。
おまけに吐いたし・・・。
「ただ、その顔やめてくれないかな?
・・・非常に不愉快なんだよ。
こっちまで、悲しくなってくる。
何があったのかは知ったこっちゃないけどね、笑っていれば、以外と何とかなるもんだよ。」
それだけ言って帰っていくのか?
なんだよ。 みんな、笑っていれば何とかなるっていうんだ・・・。
・・・笑うなんて・・・もう出来ない・・・。
・・・あ。
・・・・・・涙・・・。
・・・まだでるのか・・・。
涙の止め方なんて、知らないのに・・・。
「・・・馬鹿野郎。
勝手に出て行くな。」
・・・木の香り・・・。
これ・・・トシの匂いだ。
頭なんてなでて・・・・。
子どもじゃないのに。
・・・でも、・・・涙が・・・止まっていく。
「ったく。 酒くせぇぞ。
今日は、水でも飲んで布団にでももぐってろ。
明日からは、しっかり戻ってこい。
久しぶりに、稽古でも付けてやる。」
「・・・ありがと・・・トシ・・・。」
なんでだろ・・・。
なんで、このひとの隣は、こんなにも居心地がいいんだろう。
あたしには・・・そんなのわかんない・・・・。