微笑み
カンナは気付くと自分の部屋で寝ていた。
どうやって戻ってきたのかわからないでいる。
ただ、カンナの着流しに木の匂いが染み付いていることはわかっていた。
カンナは、布団の中、昨日の出来事を思い出していた。
「・・・っ山南・・・さんっ!?」
カンナは走り出す。
山南の部屋は少し遠い。
山南の部屋は、寒かった。
温かいお茶もない。
ただ、文机には置き手紙が・・・。
カンナはそれも読まずに握りしめて外へ抜け出す。
まだ、いるかもしれないと希望を持っていた。
「山南さんっっ!!」
カンナは屯所を出て少し行った通りで山南の後ろ姿を見た。
山南の後ろ姿は我が家を出て行く猫。
死に姿を見せまいと仕方なく去る。
「敢菜さん・・・。」
「離れるの?・・・約束したのに!?」
こうなることは、カンナにはとうに分かっていることだった。
しかし、その現実を目の当たりにすると、取り乱さずにはいられなかった。
「申し訳ありません・・・。」
「あやまらないでよ!・・・あやまらないで・・・ここにいて・・・。」
カンナはどうしても止めようとする。
そんなカンナを見て、山南は罪悪感を大きくした。
「お願いです・・・。行かせて下さい。
今の私には、新選組は辛い場でしかないのです。」
「山南さんなら、・・・最高の策士になれるよ。」
前も言った。
人の本当の武器は、刀、槍じゃない。
心だって・・・。
「ありがとう。
あなたには、色々助けられましたね・・・。」
「違う。・・・助けられたのは私。」
カンナと山南は、何時の間にやら、支え合う関係を出来上がらせていた。
兄弟のようだと、近藤はある日言った。
沈黙が続く。
言葉はいらなかった。
視線で分かっていた。
カンナは山南を引き留められない。
「用が済んだら、帰ってくるんだよ。
ただいまって言って・・・。 じゃ、山南さん、行ってらっしゃい。」
私は知らない・・・。
山南さんが脱走をしたなんて・・・。
私はただ、出かける山南さんを送り出しただけ。
帰ってくるって信じてた。
言い訳はそれで良い。
「行ってきます・・・。」
山南は無理矢理微笑んだ。
カンナも微笑みを返す。
しかし、この二人の顔は、果たして笑顔として成り立っていただろうか。
山南は江戸へ向かう。
その道中、カンナの声を聞いた気がして振り返る。
しかし、姿はない。
「・・・・っありがとう・・・。敢菜・・・っ」
山南は、久しぶりに涙を流した。
カンナの笑う顔が、怒る顔が、優しい声が、山南の頭を駆けめぐる。
そのとき、山南は約束のことを思い出した。
ーあぁ・・・約束を・・・果たさなければ・・・。-