澄んだ剣
「おい!左之!道場へ行こうぜ!!」
「道場だぁ?・・・なんだって、こんな朝っぱらから行かなきゃなんねぇ?
今日は久しぶりに朝稽古がねぇってのに・・・。」
新八は、目を輝かせて子どもみてぇに俺に寄ってくる。
気持ち悪ぃったらありゃしねぇ・・・。
しっかし、新八がこんなにもそわそわしてるってこたぁ、剣だな・・・。
こいつはだいたい、酒か剣かにしか興味がねぇ。
・・・あぁ、あとは政治か。女はさっぱりだしな。
「それがよぉ!総司と敢菜が試合するんだってよ!」
・・・勝手にやってりゃ、いいだろ。
総司だって、護身程度の剣術しか出来ねぇ奴に、大怪我負わせたりなんてしねぇさ。
しかも、あんな細ぇ身体じゃ、あっさり負けるだろうな。
行ったってつまんねぇよ。
「行こうぜ!面白そうだろ!!」
・・・いや・・・つまんねぇだろ。
・・・しっかしな、新八の誘いや、頼みにはめっぽう弱いのよ。
なんてったって、新八は、脱藩した俺を一番最初に受け入れてくれた、恩人だからな。
しかも、こいつ俺が断ったりしたら、捨てられた子犬みてぇな目しやがる。
断れねぇだろ。
「ったく・・・。しゃあねぇ。行くぞ!!」
「おう!」
道場には既に、何処で聞きつけたのか、幹部のほとんどが揃って総司と敢菜を囲んでいやがる。
流石に、局長と副長は忙しかったようだが・・・。
「では、はじめ!」
・・・あいつら、試合で真剣使ってやがんのか!?
幹部同士なら良いかも知れねぇが、総司と敢菜じゃ、力量に差がありすぎる。
・・・副長は反対したんだろうが、二人揃って無視か・・・。
問題児だな。
それにしたって、敢菜のやつ、いっこうに構えねぇな。
本当に大丈夫か?
「もしかして、なめてる?」
あぁ、総司が怒りやがった。
こりゃ、厄介だな。
それにしたって、敢菜は無表情か。
総司のやつ、あっさりはめられやがって。
ほら、先に総司が動いた。
冷静じゃなくなっちまったら、終わりだな。
剣客がこうもあっさりと。
まあ、総司のことだ。
女ひとりに負けはしねぇだろうが・・・。
・・・敢菜の奴、けっこうやるな。
総司の剣を軽く受け止めてやがる。
男と女の差もあるだろうにな。
「ねぇ。剣客でしょ?この程度なの?」
敢菜・・・。
こいつ、笑いやがった。
余裕だな。
だが、総司の剣技には誰も、かなわねぇ。
「だから、なめないでくれる?」
ったく。
いつまで、こんなお遊びしてるつもりだ?
もう、朝餉時だろ。
我慢ならねぇ。
「お前ら!!早く終わらせろ!朝餉が食えねぇじゃねぇか!」
「左之助兄さんがお怒りだ。そろそろ、終わらせようかな?」
・・・なにが兄さんだ。
気色悪ぃ。
「そうだな。左之助兄さんに腹切らされる。」
何二人で俺をからかってんだ?
早くしろってんだ。
・・・そろそろ・・・か。
まずは、間をとらなきゃどうにもならねぇやな。
総司はどうくるか・・・。
・・・ん?
・・・敢菜のあの構え・・・おかしいな。
かかとを床につけてどっしり構えてやがる・・・。
道場なんかじゃ、かかとはつけねぇようにと教えられるはずだがな。
あの構えは、剣の重みを知ってる奴しかしねぇ。
つまりだ。
敢菜は、斬り合いをしたことがあるってことになる。
信じられねぇが・・・。
「行くよっ。」
総司が仕掛けるか。
あの構えは・・・三段突きか!?
敢菜相手にそんな危ねぇ技!
総司の剣は俺が思った通りに動いた。
踏み込み一回。 突き三回。
その突き3回が早くて一回にしか見えねぇんだよな。
俺は、避けられた試しがねぇ。
敢菜はどうだ?
・・・っやられたか・・・。
・・・なんで俺がおちこんでんだ?
やられるなんて、最初からわかってたことじゃねぇか。
・・・はぁ・・・。
・・・敢菜は後ろに倒れちまったのか。
やっぱり、一回にしか見えねぇよな。
「僕の勝ちだ。 でも、最後の突きを二回避けたのは誉めてあげる。
幹部でもなかなかいないんだよ。・・・あえていうなら、一君と土方さんと近藤さんくらいかな。」
なにっ!
二回避けてたのか!?
・・・なんて奴だ。
俺だって、一回が限界だってのに。
・・・敢菜の剣は、幹部並かもしれねぇな。
「それにしてもさ、驚いたよ。
君の剣があまりにも真っ直ぐで澄んでいるから。」
「澄んでる?・・・逆だけど。」
澄んでいる・・・か。
そうかもしれねぇな。
敢菜はひとを斬ることを知ってるかもしれねぇが、
そんなことは関係ねぇ。
敢菜の剣は、守るためだけに存在してる。
決して、力任せに斬るんじゃねぇ。
水面を割るように優しくすべらせていく。
水面を割るには、剣筋がぶれてちゃ、うまくいかねぇ。
真っ直ぐですんでいねぇとな。
敢菜の剣は・・・嫌いじゃねぇ。
・・・いいもんを見せて貰ったな。
さぁ、朝餉だ、朝餉。
腹が鳴ってしょうがねぇやな。